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第七十五話 逃避

 宰相ゾンヌフとの飲み会は続いている。


「ところでジーン、妻はいるのか?」


「ああ、四人いる。エルフが一人と人族が二人と悪魔族が一人だ。一人身ごもっているが、子供はまだいない」


「悪魔族ってまたレアな嫁さんだな……相当な強さがないと嫁にならないって噂は本当なのか?」


「うちのも強さを求めてるから、おそらくそうなんじゃないか?」


「あと変幻自在に服や見た目が変えられると聞いているのだが……。そんなことできるのか?」


「できる。衣装も変わる。身長も変わる。プロポーションも変わる。獣人族の耳まで真似ができる。あれはとても楽しい……」


「マジかー!最高の女だな……大切にしろよ……」


 肩を落とすゾンヌフ。


「どうした、急に元気失くしてんじゃねーよ」


「うちは三人の嫁と三人の子供がいてよ」


「おお、いいじゃないか。子供もかわいいんだろ?」


「そりゃあ、子供は可愛いよ。かみさんはみんな貴族の女で美人だし、いい女だったよ。子供ができるまではな……」


「おぉぅ?」


「子供ができてみろ、みんな性格がゴロっと変わっちゃって、”金をもっと稼げ”とか、”子供の面倒見ろ!”とか、”あっちの女の部屋にばっかり行ってるんじゃないよ”とか散々だよ。俺、一応宰相なんだけど……。帝国でも結構お偉いさんなんだけどな……」


 そりゃ宰相といえばかなりの上位になるんじゃないか?


「そうか、いろいろと大変なんだな……」


 ポンポンと肩を叩く。


「そうなんだよ、お前は分かってくれるんだよな、さすが我が友よ!」


肩に乗せていた手をがしっと掴んでじっと見つめる。いや……俺そっちの趣味はないんだけど……。


「そ・こ・で・だ。ジーンよぉ、日頃の鬱憤をパアァーーーっと忘れさせてくれるイベントがある。それが……」


 アレだな。


「「仮面舞踏会」」


 二人でハモって大笑いした。なるほどね。リゾート地に先に入り、皇帝陛下がバカンスに訪れる前に仮面舞踏会を段取りしつつ自分も羽を伸ばすための、別荘での一人きりというわけか!


 この男かなりの切れ者だな。若くして宰相にのし上がるだけのことはある。


「皇帝陛下が来られる前の下準備をして、温めておかなければならないのだよ」


 ゾンヌフの語り口調が熱くなってきた……。


「皇帝陛下がこられました、さあみんな、仮面舞踏会だ、はっちゃけなちゃさいって、やっても初心者は戸惑うばかりでな。要は経験が浅い連中に仮面舞踏会とはこういうものだと練習をさせなければならない。そのために俺は今ここにいる!」


 ドンとカッコよく胸を張るゾンヌフ。その金はまさか税金じゃないよね?


「いよっ!段取り大臣!」


「もちろんお前も参加な!」


「え?俺、嫁がいるし……」


「そんなこと、俺も一緒だ!来て楽しむだけでいいんだよ、頼むよぉ、友達だろぉ?」


なんだこの展開。ダダこね始めやがった……。一国の宰相には見えないぞ。


「どんな服装で行っていいか、わからん」


「俺の服をかしてやるよ、ほれっ!」


アイテムボックスから放り投げてきた。


黒いスーツ……。美しい刺繍などが施されていて、一目で高そうなものとわかる。前世ではクラブすら行ったことない俺だ。興味が無いと言えば嘘になる。


「そしたら、ちょっとだけな……」


「よしっ!じゃあ明日の昼過ぎ、ここに来てくれ」


 そういってアイテムボックスから招待状を取り出し渡してくれた。昼間からか……場所も探せばすぐにわかるだろう……まあ行ってみるか……。


 さてそろそろ帰るか……。


「ここでの会話は下には届かないようにしていたんだ。護衛の奴らを叱らないでやってくれ」と帰り際に伝える。


「そうだよ、なんかおかしいと思ったらそんなことしてたのか、大丈夫だ」


 俺たちは握手を交わしその日はお開きとなった。



 翌日、昼前に目が覚めた。女性たちはみんな買い物と家探しに出かけるという書置きがあった。


 朝ごはんを食べつつ考えた。


 仮面舞踏会って現地までどうやって行くんだよ。箱魔法か?いやそれは逆に目立ってしまう……。徒歩か?そうしたら仮面はいつ装着するんだ?


 こんなことならゾンヌフに聞いときゃ良かったな。嫁さんズに聞くのは絶対に間違っていることだけは分かっている……。


 考えろ……考えろ俺!!



 しばらく考えて出した答えは、宿に馬車を呼んでもらい、移動中の馬車の中で着替えて、仮面装着。御者に運賃と一緒に少し多めにチップを握らせて、「くれぐれも内密にな……」ということだった。


 しかし、これが案外正解のようで、指定された場所の前の道は馬車でごった返していた。屋敷の門から入り口まで渋滞ができるほど混雑している。


 馬車を一旦、門の前で止めて招待状を確認する。その後屋敷のロータリーまでいってそこで馬車を降り、予定通りにチップを渡して会場へと向かった。


 屋敷の正面玄関でもう一度チケットを見せて中に入ると、開始時間より遅く着いたので、すでに始まっていた。


 そのフロアにはおよそ二百人はいるだろう、ステージには楽団があがり、優雅で少しアップテンポな曲を演奏している。こちらの世界の楽器も前世と同じものが多い、ヴァイオリン、チェロ、ティンパニー、フルートなど合計二十数名による重厚な音を奏でているが、気持ちが上がっていくような演奏だな。


 楽しい雰囲気は分かった。色とりどりの仮面をつけて踊っているものもいるが、グラスを片手に男女が仲睦まじく語らっているところが多い。そしてその距離が結構近い。


 さて、俺はここで一体何をすればいいのだろうか……。ホールを給仕して回っている女性からグラスを受け取ってゾンヌフを探しながら、フロアを縫うように歩いた。


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