第五十九話 いざダンジョンへ
ザフスタの街に着いたのは昼前だった。街の近くで箱魔法を下りて城壁門をくぐり中に入る。門番に宿屋が集まっている場所を聞き、数日間の拠点になる宿を探すのはいつもの流れだ。
幾つかの宿を見て回り、小綺麗なところを選んだ。受付は人族で男性だったので俺の食指はピクリとも動かない。ルーミエに手続きをしてもらった。
今回の宿は、食事なし素泊まり四人部屋を一泊三万モコだった。とりあえず七日間押さえてもらった。宿泊費用を前払いで払い、部屋に案内される。
女性三人が昼食の用意をするなか、応接セットに座り、街の中を領域で探索する。ギルドの場所と混み具合を見たところ、暇そうにしていたので昼食後に向かうことにした。
□
ギルドのカウンターで討伐情報を受け取る。カラルがムカつくほどの情報とはいったいどんなものだろうか——
◇ ◇ ◇
1.ザフスタ、ダンジョンなう
2.おすすめダンジョンはここだ。
3.ハローマイハニー!
……
◇ ◇ ◇
よくあるダンジョンの旬を切り取った感じの記事が多い、ダンジョンが街の周りに三つあるようだ。
二つ目の記事まで読んでこの街の周辺にあるダンジョンは、初心者向けだということに気が付いた。そして三つ目の記事を見て愕然とした。
黒い頭巾をかぶり、青髪を二つのおさげにしている。ふっくらとした赤いほっぺの三頭身幼女の妖精モンスターが手書きのイラストで描かれている。なかなかの絵師ではあるな……。デフォルメされているのか?様々な角度から描かれているのと目撃された場所や時間が克明に記載されている。
デスピクシーっていうのか……。どうやら冒険者たちの間でその愛くるしい見た目で人気となっていて特集記事が組まれているほどだ。
確かにイラッとはするな……。無言でギルドを後にして、問題のダンジョンに向う。
「ルーミエ、ユウキ。わらわはこれからこのようなモンスターを倒していくけれど、どうする?」
カラルは遠回しに見に来ないほうがいいと勧めているようだ。
「モンスターだけどちょっとかわいいなぁって思うところがあるのよね。どうしよう。ルーミエ?」
「私はどのようなモンスターが来ても倒したいのと、カラルやアキトの戦い方をみたいわ」
確認も取れたので四人でダンジョンに向かって歩き、ダンジョンまでの道のりは舗装されていて人や馬車の往来も多く、ダンジョンの近くでは露店が多く出ていてにぎわっている。ギルドから三十分くらいでの入り口付近にたどり着く。
露店ではダンジョン情報にもあったようなモンスターが二頭身キャラにデフォルメされたタヌキの巫女装束の幼女や背中に多くのしっぽが見える狐……あれは妖狐かな?
その他ちびっこモンスターキャラクターが描かれているシャツ、靴下、お守り、お皿、コップなどのグッズが並んでいる。他にも饅頭に焼き型でキャラを焼き付けて販売しているところや、ポーションの瓶に描かれているのもあるようだな。
屋台のおっさんが威勢よく声をかけてくる。
「いらっしゃい、いらっしゃーい!今日の目玉はこれ!期待の新人、デスピクシーの”キョウたん”だよ!」
”たん”って……気持ち悪いなおっさん。
「カラル、デスピクシーってどんなモンスターなんだ?」
「死を呼ぶ妖精よ。対象に付きまとって男性には色仕掛けで迫ってきて、隙があれば命を奪うのよ。でもあれだけ小さいと戦力的に使えないのだけど、わざと成長させないでこんな使い方をするとは……」
冷静な解説が入るなか、おっさんは意気揚々と商品を掲げる。
「そしてこれが今最も注目されている商品!」
妖狸、妖狐、デスピクシーの三人のコラボ商品のようだ。
妖狸のリンネは狸耳の幼女が巫女装束を着ている。絵の中の狸少女は目がクリクリっとしていて、愛くるしい瞳でこちらをみている。
妖狐のハンナは狐耳、九尾のふさふさの尻尾が描かれている着物を着た狐少女だ。
リンネとキョウ、リンネとハンナなどコラボのバリエーションも様々で水着を着ていたり、コスチュームを変えたり工夫しているのはわかるが、ここの冒険者たちはこういうものを求めているのか?
「帰ってきたらもうないかもしれないよ。お兄さん一つどうだい?」
売り込みはスルーして俺は露店のおっさんに尋ねる。
「なんでコラボなんだ?」
「実際の話なんですがね……三人とも仲良いいんですよ……そんな姿を見るとこちらまで、ほぅって癒されるじゃないすか、お兄さん!
それにデスピクシーはまだ新人だけど、ハンナとリンネはダンジョン五覇星ですぜ……ああ、五覇星ってのはこのダンジョンで最強の力を持つ五人に与えられる称号だよ。見た目は可愛くて強いってんだからたいしたもんだよな〜」
なんだか、えらくダンジョン寄りの男だな……。おっさんからの情報収集もほどほどに店を後にする。ダンジョンの入口までずらっと続く露店の多くはグッズ販売の店だ。景観的にも、緊張感がなくなるので、ポーションとか食料とか武器や防具を売って欲しいと思った。
「ここのダンジョンマスターはおそらく悪魔族の男ね。まあ、それはいいのだけど。悪魔族同士のダンジョンの取り合いはあまり例がないの……」
カラルはダンジョンについて語り始めた。
通常ダンジョンマスターは冒険者たちからの精気の吸出しが目当てのため、あまり表には出てこず、最終フロアの奥深くに潜んでいる。だからダンジョンマスターを見つけ出すのは悪魔同士であってもとても困難だそうだ。
「それなら方法があるから問題ない。実際にカラルを見つけ出しているし……」
「ええ、アキト様なら可能かと。そして見つけ出したあと、脅してダンジョンの支配権限をわらわに移譲させるの。それから殺しちゃってください」
「ダンジョンマスターの権限でモンスターたちを抹殺するのか?」
「いいえ、ダンジョンマスターでもモンスターたちの命を奪う権限はなく、全てのモンスターを倒していく必要があるの。
一体ずつダンジョン内のどこかに格納されているモンスター・コアというのがあって、殺されたモンスターたちの意識はそこに戻るの。そしてダンジョンマスターの権限で精気を与えられ受肉するの。記憶は残っているから得た経験を活かし、強くなっていくのがモンスターの成長の仕組みなの」
「ほぉ〜、そんなことになってるんだ。ところでこのダンジョンを手に入れてどうするの?」
「アキト様のお望みのままに……。わらわの自由にしてもよいのであればもっと骨のあるムキムキダンジョンに作り替えるわ」
何それ!ムキムキダンジョンって、切れてる切れてる!とか、バリバリだぁ!とか掛け声かかる奴だよな。
「さあ!アキト様、悪魔族を探してください」
「ちょっと待ってろ……」
その場に座り込み俺は目をつぶる。領域を発動。ワンフロアの大きさまで広げる。特に変わったところがないか……。
さらに広げると、壁の向こう側の隠し部屋を発見するがどこにもつながってない。他にも螺旋階段を見つけることができた。
「一層目に螺旋階段の隠し通路を発見、どうする下層をみるか?」
「螺旋階段の先を追って」
「了解」
うねうねと続く通路は迂回しながら最下層へとよりさらに下へと続いている。
領域を下層へと移動させていくと、ダンジョンとは別の方角に通路が伸びている。大きな空間があることを確認する。何だここは?……街か?
「二十層より下で、ダンジョンから離れた位置に街があるぞ」
「居住区ね。大きさは?」
領域を空間を覆うように広げていくがなかなか端まで届かない。
「……ザフスタの街ほどありそうだな」
「ふっざけやがって!どこに力入れてんだこいつは!」
いつもと違う言い方に、ドキッとして意識を戻す。
「あのぅ、カラルさん?」
「はっ、わらわとしたことが、ついダンジョンのことだと熱くなってしまって……。ダンジョンマスターはいますか?」
意識を居住区に移して全体を領域で覆う。そして追加でスキャン機能発動。
領域内には二万体のモンスターが生息しているようだ。統計情報には悪魔族は見当たらない。
なかなか見つけるのが難しい。
「カラル、もう少し時間をくれ」
「ダンジョンマスターを見つけ出すことが最優先なの。お願いね」
領域を拡大してようやく見つけた。隠し部屋というか家だな。一人で寝そべっている。つながっている通路はない。壁をすり抜けられるから必要ないのか…?
「いた!!居住区の上に空間がある。そこが奴の部屋だ」
「さすがですわ。ではそこに一番近い階層はどこにある?」
「十五層からが近いかな……」
カラルは一層目の螺旋階段に一番近い通路まできたところで、壁の向こう側の螺旋階段がある方向に手をかざすと、壁に通路ができて伸びていく。中に入って開けた穴をふさぐ。
「これがダンジョン生成能力か」
「わらわの今持っている精気には限りがあってダンジョン生成能力も無限ではないわ。だから最短ルートで進まないと到達しない場合もありえるの、あと改変していることはダンジョンマスターにばれていると思うので急ぎましょう」
「わかった。最速で行くぞ」
箱魔法を展開して、みんなで乗り込み、猛スピードで移動を開始する。クロックアップを発動させると、みんなには猛スピードでも俺にとっては走っているくらいの感覚になる。
極私的絶対王国を先行して走らせている。敵を見つけては、絶命させて進む。
「カラル、着いたぞ……あれ?どうした?」
俺以外の三人はぺたりと座り込んでしまっていた。
「なんという速さなのかしら、しかもぶつからないし、遭遇するモンスターは既に倒されているし……」
「気持ち悪い~」
「目が回るわ~」
狭い通路を超高速で移動したのでルーミエとユウキは目を回している。
「さあ、どんどん行くぞ、俺の指さす方角に奴はいるから、通路を作ってくれ」
「承知」
ポンポンポンと前に広がる通路。箱魔法で通路ができるタイミングにに合わせて進む。ダンジョンマスターはあたふたしているようだが部屋からは出ていない。
部屋の壁が取り壊されて、ダンジョンマスターは透明化で隠れてやがる。
「カラルの時もそうだったな……」
極私的絶対王国の中では透明な何かがあるのはわかっている。
「捕縛、魔法禁止、透明化解除、ダンジョン改変禁止」
現れたダンジョンマスターを凝視した。
◇ ◇ ◇
Lv452 レコンメンザ ダンジョンマスター 150cm 52kg 358歳 悪魔族
◇ ◇ ◇
小さいおっさんだな……感想終わり。
極私的絶対王国に抗い暴れようとするが、レベルが高い割に力が強くないようでMP消費は少なく、永遠に抑え込むことは可能だ。
カラルがダンジョンマスターであるレコメンザに詰め寄る。
「このダンジョンの権限を渡せ」
「それはできない!」
魂宿剣を出して、カラルは躊躇なく腕を切り落とした。まったく動けない状態でこれはきついはずだ。
「ぎゃああ!渡す!渡しますから!」
「アキト様、治療を……」
治癒魔法発動。
腕がもりもりと生え、レコメンザは驚きながらも痛みが引いたことで取引に応じるようだ。
「変なことをすると次は下半身切り落とすぞ」
カラルが剣を突き付けると諦めたようにコマンドを唱える。
「アクセス、ダンジョン・コア。”へんみほつほおれつろみわえふ”」
反応がない……。ああ、そうか俺がダンジョン改変を禁止してたからだ。……ダンジョン改変行為を解除。
「もう一度言え」
俺がいうと男は呪文を繰り返した。
「アクセス、ダンジョン・コア。”へんみほつほおれつろみわえふ”。女、名前は」
ダンジョンコアが床下から現れる。
「カラル」
「マスター変更要請。レコンメンザからカラルへ」
「マスター変更受付完了」と、ダンジョン・コアから反応があった。
カラルがダンジョン・コアに手をかざし確認している。それが終わるとこちらを向いてこう言った。
「完了ですわ。アキト様。予定通りに……」
「ああ、じゃあな。レコンメンザ」
絶命を命じると、束縛されたままレコンメンザは絶命し、ダンジョンの法則にのっとり死体はダンジョンによって吸収された。
ユウキが恐る恐る口を開いた。
「あたしたち、お邪魔よね」
「そ、そうね……戦いの次元が違うというかなんていえばいいのかしら……」
通常のダンジョン攻略とは全く異なる過程を見てルーミエもどうしていいのやら戸惑っている。
「次元が違うのはアキト様だけよ。わらわは普通の女の子だもの」
普通の女の子は下半身を切り落とすなんて絶対に言わないよね。




