第二十九話 襲撃 その二
箱魔法でナリヤ上空に飛び出した俺は近くにある魔法陣に飛び込み逆走する。何体かのモンスターとぶつかったがそのまま転送元に押し戻す。
魔法陣を突き抜けた先は赤黒い空が広がり、まだ夕方のようだ。
ナリヤと違い乾いた空気の感じがした。辺り一帯埋め尽くされたモンスター軍勢。数百はあるそれぞれの魔法陣に向けて、きっちり整列して降下を待っているようだ。
軍隊みたいで律儀なものだな……。
とりあえず圧縮火炎球数十個での絨毯爆撃を開始。着地できるスペースを作る。
魔法陣から逆に入ってくることを想定してなかったのだろう、モンスターたちは混乱している。
着地した後、霊格の炎を二メートルの大きさで俺を中心に正三角形の位置にアズアフィア、ゴールジュ、シルヴィの三体を召喚する。
そして伝えることはただ一つ。
「殲滅せよ!」
『獲物がいっぱいだな』
『いい宝石持っている奴いるかしら』
『ご主人様のお望みのままに……』
青、金、銀の炎はモンスターたちを猛烈な勢いで飲み込み、焼き始めた。
俺も圧縮火炎球でモンスターを焼き払いながら近くの魔法陣へ向かう。
両手をかざし転移魔法陣を維持している魔法使いを分析能力で見る。職業が”空間魔導士”となっているこいつだな……。
早速、硬度固めの捕獲用箱魔法で角が生えている人型の魔導士を一体捕獲する。
作戦はいたって簡単。一、異世界に飛び込む。二、転移魔法陣を展開している奴らを捕獲。三、全ての敵を倒す。四、捕らえた奴に転移魔法陣を展開させて元の世界に帰る。だ!
捕獲した敵に帰還用魔法陣を用意させて大丈夫なのか分からないという点で、かなり問題ありの作戦なのだが、来てしまったものはしょうがない。
頑張って殲滅して元の世界に帰ろう。
領域を十キロ四方に展開し、さらにスキャニング機能を発動。表示されたテリトリー内の情報を集計ページで確認すると、空間魔導士が三百二十五人と表示されている。
領域内の敵の数は十万オーバー。あのまま魔法陣を開けっぱなしで戦いを続けていたら、苦戦どころか負けていたかもしれない。
自身の回りに防御用の硬化した箱魔法を自動継続魔法指輪経由で発動する。
魔法攻撃や弓矢攻撃が飛んできて防御用の箱魔法に当たるが、硬度を維持するためのMPを自動的に指輪を通して補充されるので、意識して硬度を保つ必要がなく戦闘に集中できる。
さてやりますか…。
十万という敵の数に対してちまちま攻撃している場合でもないので、幅三十メートル高さ三メートルの円柱状の形にした圧縮火炎を展開し、巨大ローラーを転がして潰すことにした。
俺は防御用の箱魔法で捕まえた空間魔導士とともに上昇し、上がってくる奴らは通常の圧縮火炎球で打ち落とし、ローラーを転がす。もはや戦闘という行為には程遠く、作業と化したローラーゴロゴロ作戦で敵をプチプチ潰していく。
三体の炎は猛烈な勢いで魔物たちを飲み込み、焼いている。時折魔力を注ぐように指示が来るがほとんどおまかせで倒してくれる。
かれこれ三時間は続けただろうか。転移魔法陣を展開している魔導士も全て倒して、最後の敵のひと固まりを霊格の炎たちに任せる。
アズアフィアが捕まえた魔導士を見て聞いた。
『そいつはどうするんだ?』
「元の世界に戻るために空間魔導士を一人捕獲しておいたんだ」
捕まえた魔導士に向けて命令する。
「おい、お前、転移魔法陣を開け——」と、伝えようとしたところ。
「逃がさんぞ!!」と、どこからともなく声が聞こえてきた。
侵略してくる奴らの特徴として分かったことが一つある。みんな声がでかい。まったくどこから叫んでいるのだろうか。
一キロ……五キロ……十キロ……と領域を拡張し、相手がどこにいるか探る。
十五キロ先にいる三体こちらへ猛スピードで向かってきているのがわかった。スキャニング機能の情報を確認すると、職業は”魔人”となっている。
職業が魔人て何だよと思った瞬間、そいつらは十五キロ先から一瞬にして目の前に現れた。
速い!なんて移動速度だ。
分析能力を発動。
◇ ◇ ◇
魔人……レベルXXXX……
◇ ◇ ◇
三体とも分析できてない。
魔人の真ん中にいる奴が指を鳴らすと、捕らえていた空間魔導士が泡を吹いて死んだ。
おいおい帰れないじゃないか……。
魔人の身長はおよそ三メートルと大きく、鎧とマントに身を包み、手には剣を携えている。こいつらに勝てるのか!?
「お前一人か?」
声が腹に響く……なんて威圧感だ。
「……」
返事はしない。
「ちっ、だんまりかよ……」
三体の魔人が襲い掛かってくる。
アズアフィア、ゴールジュ、シルヴィが俺と魔人の間に入り、攻撃を防でくれた。が、束の間、霊格の炎は弾き飛ばされてしまった。
あいつらでも倒せないってどんだけ強いんだよ。なおもくらいつく霊格の炎を何故か拳で殴り捨てる。あの炎を殴れるのか……。
頭の中に『逃げろ、アキト』と、アズアフィアの声が響き、青い炎、金色の炎、銀色の炎は消えてしまった。
魔人は何事もなかったかのように歩み進める。急いで戦闘準備を始める。
硬化箱魔法発動、継続治癒魔法発動。
ステータス確認。
◇ ◇ ◇
Lv256 HP2560/MP2560
強さ:600 守り:500 器用さ:300 賢さ:270 魔法耐性:300 魔法威力:500
ボーナス:1090
◇ ◇ ◇
こちらの世界にきて倒しまくった結果、レベルが格段に上がっている。
迷っている時間は無い。守りに500、"強さ"に残りを振る。
◇ ◇ ◇
Lv256 HP2560/MP2560
強さ:1190 守り:1000 器用さ:300 賢さ:270 魔法耐性:300 魔法威力:500
ボーナス:0
◇ ◇ ◇
「残るはお前ひとりだけだな。俺が相手してやるよ。さあ、出て来い、そんなちっぽけな障壁でどうするんだ」
魔人が挑発するが、出たら殺される。とっさに高速で奴ら反対の方向に移動を開始する。
「ざげんなよ!興ざめだな……」
一足飛びで箱魔法を切りつけると、一撃で箱魔法は割れてしまい後ろ向きで放り出されたが、なんとか着地する。
逃げられないとなれば、攻撃あるのみだ。アイテムボックスから剣を二本取り出す。かなりの硬度を誇る箱魔法の障壁を打ち破るような破壊力に耐えられる盾を俺は持っていない。
「いいねぇ、ようやくやる気になったか、楽しませてもらうぜ」
この状況を楽しめるのは圧倒的に強者だという自負なのだろう。他の二体の魔人は静観している。
魔人が中段から切り上げる剣を叩きつけるように迎え打つが、とても重たい攻撃でこちらの剣は跳ね上げられてしまう。
なおも魔人の攻撃は続き、浮いた右腕が切り飛ばされた。
いでーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!
右腕と一緒に飛んでいく剣。それが地面に落ちる前に剣を握っている右腕は消え、元通りに再生され剣だけが地面に転がる。
「おいおいおいおい、なんだよその手品みたいな回復は!」
魔人は俺の回復能力を驚きながらも、喜んでやがる。
魔人はまだ本気で攻撃してはいない。今の初撃だって軽く振った感じだったし、追撃で首や胴体を攻撃する事も可能だったはずだ。
ダメージは継続治癒魔法のおかげ瞬時に完治するが、再生できるからといって勝てる相手ではない……。
”守り”を強化しても防ぐことはできないし、これ以上”強さ”にポイントを振っても剣や体術では勝てる見込みがない。炎魔法に関しても霊格の炎を倒すほどの力をもっているので、俺の炎が簡単に通じるような相手ではない。
それでも俺にはもうこれしかない。——数十個の圧縮火炎球を並べる。
数と速さで足止めするしかない。それと通常の速さではなく、これまで以上の速さで当てなければならない。
速さか……。
速度は”器用さ”の数値に影響を受ける。一か八か”守り”を100にして余剰分の900を”器用さ”に振る。
◇ ◇ ◇
Lv256 HP2560/MP2560
強さ:1190 守り:100 器用さ:1200 賢さ:270 魔法耐性:300 魔法威力:500
ボーナス:0
◇ ◇ ◇
とにかく速く当てることを念じ一個を射出すると、残像と軌跡を残し魔人に着弾する。
お、当たった……。
「痛ってーな、なんだその魔法は?ただの火炎球なのか?」
当たったのはいいが、ちょっとしか効いていない……。二弾、三段を射出するが手で防がれてしまった。
今の俺ではあいつには勝てないし、さらに後ろには二体控えている。距離を取って逃げなければ、……逃げるといってもどこに行けばいいんだ。
それに十五キロ先から一気に間合いを詰めてくる相手を振り切ることは可能なのだろうか……。
出来ないことづくしで、アイディアがまとまらない。それでも奴とは距離をとって近づけないようにしなければならない。
俺と魔人を囲む領域を発動し、相手の動きに注視する。領域で圧縮火炎球数十個を感じながら死角から頭などめがけて攻撃する。当たった圧縮火炎球を押し付けて、焼こうとするが、魔人は炎を手で握り潰している。
そして圧縮火炎球が飛び交う中、魔人は被弾しながらも、こちらに向かって歩いてくる。
魔人は鼻で笑いながら「ははっ、おもしれーガキだな……。こんな魔法攻撃みたことねーぜ、連れて帰って実験台にしようぜ」と、いくつ被弾しようとも全く気にしていない。まるで珍しいおもちゃを目の前にしている子供のようだ。
まったく攻撃が効かない……何か他に方法は無いのか……。圧縮火炎球の数が減っていく。
「もう終わりか?それじゃこっちからいくぜ」
魔人は一見むちゃくちゃに剣を振り回しているような動きで、すべて的確に残りの圧縮火炎球を弾き飛ばしてしまった。
レイラ、みんな……ごめん……帰れないかも。
死を覚悟したその時、ポーンという小さなお知らせ音と共に視界の左下に奇跡とも呼べるログが流れた。
”新しい機能が追加されました。異世界転移魔法”
——えっ!どうして今?
疑問には思ったが、これに賭けるしかない。生き残れる最後のチャンスだ。
スキを作って、異世界転移魔法を発動させてやる。
MPはほぼ満タンだ。圧縮火炎球をさらに三十個展開し、全弾魔人の元へ飛ばす。
さっきよりはコントロールは雑になっているが、圧縮火炎球同士がぶつかったり、障壁がない地面にぶつかると、爆発していい目くらましになっている。次々に圧縮火炎球を箱魔法の中に展開して魔人をかく乱する。
そして異世界転移魔法……発動! 行先はナリヤしか表示されないが急いで選択する。
「お前まだいいもの隠し持ってんじゃねーか、でもこの攻撃はもう飽きたぞ……ん?」
向かってくる圧縮火炎球を剣で、打ち消しながら余裕の表情だった魔人がこちらを見て声を荒げる。
「何故その魔法が使えるんだ。おい、ガーラ!奴を捕まえろ」
異世界転移魔法陣が俺の足元に浮かび上がっているのが見えたようだ。
「急だね~、間に合うかな?」
後ろに控えていた魔人の一体が俺と対峙していた魔人を飛び越えこちらに向かってくる。
周りに硬化箱魔法展開。と、同時に魔法陣に飛び込む。
通り抜けた瞬間、眼下に街並みが広がる。
ナリヤ上空だ。やった帰ってこられた!
体を反転し、魔法陣を閉じるイメージをすると魔法陣は粉々になり光となってはじけた。
三時間程しか離れてなかったが懐かしい気持ちでいっぱいだ。
ふぅ…。後ろ向きで落下していたが、箱魔法を展開し落下を止める。
なんとか逃げ切ることができた。さてナリヤの戦況はどうなっているかな。
いやいや、その前にアズアフィアだ…。心の中で呼びかけてみると、弱々しいアズアフィアの声が聞こえてきた。
『——3人ともかなりの深手を負ってしまった。当分はお前の呼びかけに応じられないのと継続的に魔力を強制徴収させてもらっている』
「生きていてくれて何よりだ、魔力の事なら心配しなくてもいい」
少しずつMPが消費されているが通常運用なら問題ない消費量だ。
「また、今度ゆっくり話を聞かせてくれ」
『分かった』




