第二十七話 ナリヤ防衛戦線
目が覚めると翌日の朝だった。昨日は半日でカムラドネからナリヤまでの超長距離移動を箱魔法を高速で使用したために疲れが出て、昼過ぎから翌朝まで爆睡してしまった。
そのおかげで朝から精神的にも肉体的にもすっかり回復している。
ログを見るが昨日強く願った”異世界転移魔法”は追加されていない。なんでもかんでも願えば追加されるわけではないようだ。
大きなダブルベッドには俺を真ん中にルーミエとユウキが隣に眠っている。贅沢なことだがベッドで女の子と一緒に寝ている状況にも、もう慣れた。
間近にいるユウキのかわいい寝顔をみた後、全身を眺める、ん……何故か下着だけになっているぞ。レイラの影響か?
嘘でした。やっぱり慣れることありませんでした。寝転がったままチラチラと美しい肢体を眺めつつ今日の予定を考える。
街の地理的関係や状況を把握しておきたい。あとはこの広大な街をどうすれば効率よく守れるのだろうか。
ユウキが「んん~ん、お兄ちゃん……」と、寝言をつぶやきながら俺に覆いかぶさってくる。されるがまま柔らかい感触を楽しみつつ、ユウキの顔見ると、なんだか演技臭い。
「ユウキ、もしかして起きてる?」
「……ありゃ、バレた?えっへへへ…」と、変な笑いで誤魔化された。
□
朝食を部屋で取ったあと三人で街を歩く。
襲撃が早まったことが伝わっているのか街の中は昨日以上にごった返していた。荷車を引いて街を出ていく家族。防衛のために派兵された兵士たち。その兵士たちを応援するかのように食料、武器、防具を安く売る商人。
様々な人間の想いが渦巻いている。
ギルドに立ち寄り、受付のお姉さんに記録石を渡し、情報更新だけをしてもらう。
記録石をタップしてもらった情報を見る。
◇ ◇ ◇
緊急特集 遠夜見の巫女十五年ぶりの世代交代
~ 初めての神託は城塞都市ナリヤ ~
特集一 ナリヤの防衛機能と戦力状況
◇ ◇ ◇
ノイリのことが書いてある緊急特集に目を通す。屋敷で見せてもらった神託のイメージの文章ではなく、オブラートに包んだ言い方に変えてある。激しい戦闘が予想されるが最後まで望みを捨てないように。と、書いてある。それと悪魔の塔のことについても少し触れてあるな。
特集一を読み進める。城塞都市ナリヤ防衛軍は警備隊千五百人、エスタ王国軍五千人、ギルド冒険者三千人で構成される。街中の防御機能の紹介や一般市民はできるだけ街を離れるようになど避難勧告の記事内容だった。
数字だけ見ても戦力的に足りているのか足りていないのかがわからない。近隣の街からさらに援軍が来て、当日までに防衛軍は一万二千人まで増えると報じられている。
今回もエスタの時のような魂を縛るようなことが起こると想定しておこう。何かしらの術が施されているに違いない。敵側も加護を持ったものが何度も蘇ってくるこは厄介な存在だからな。
次はギルドを出て街の端から端まで歩く。今は人が多く、歩きにくいが当日は出歩いているのは防衛軍ぐらいだろう。箱魔法の全速力だと端から端まで一分くらいでいけるはずだ。
街の中央には塔の近くに屋台村があった。腹も減ったし、屋台で目に止まったものをいくつか注文して食べる。いつものようにうまかった食事を追加注文して持ち帰り用として包んでもらった。これで十日分くらいは確保した。ただ、そんなに長く戦況を続けるわけにはいかない。
食べながら、ルーミエとユウキの戦闘能力について聞いた。
「私たちはそんなに強くはないのよ。生き残るためには強い敵とは戦わないのが鉄則よ。それに空からの敵に関しては攻撃を当てる術がないということと、ドラゴンのブレスも防ぐことができないわ」
ルーミエが申し訳なさそうに言うが、元王女が戦っていること事態がすごいことだと思うぞ。
「普通ならドラゴンみたいな大型モンスターはパーティで倒すもんだろう?」
「一般的にはね。ドラゴンの種類にもよるのだけれど、冒険者ランクが高い人は一人で倒せてしまうそうよ」
お茶をしながらルーミエとユウキは楽しそうにおしゃべりをしている。
俺の弱点について考えてみた。攻撃を食らっても丈夫な肉体や強力な魔法があれば戦っていけると思っていたが、そうでもない。エスタの時でも気が付くのが遅いと相手の攻撃は当たるので、それを問題と捉えるべきだろう。
敵の居場所や攻撃を察知できればいいのだが、殺気や魔力を感知する感覚だけは、どの数値をいくら上げようが、察知することができない。なんとかならないものか……。
箱魔法だったら中にあるものは目をつぶっていても、何があるのか認識できるのにな~。
……ん?
箱魔法でできることは、面の強度を自由に変更できて、移動させたり、大きさをや色を変えることができる。それに空気を通したり、遮断することも可能だ。
空気を通す……物体も通せるか?
イメージする。なんでも透過する壁、薄く薄く、空気のような壁。
弱い壁ができてしまい、触れると割れてしまう。何度か試してみたが失敗に終わる。
うーん、何かいい方法はないだろうか。
「ねえ、大丈夫?」
ルーミエが俺の顔を覗き込んできた。
「おぉっ!」
かわいらしい顔が眼前に現れどぎまぎする。
「ごめんごめん、考え事してた。どうかした?」
「ぶつぶつ言って何かしているから、どうしたのかな?って思って……。あまり気負わなくてもいいんだよ」
気負っているわけではないが、はたから見れば苦しそうにしていたのかもしれない。形を作ろうとするからダメなのかな。気を楽にして適当にやってみるのもいいかもしれない。
無色透明の概念の箱が欲しい。
……えいっ!
自分でもアホかって思ったけど——。あ、できたっ!!
見えないけれど確かにそこにある。
「やった、できたよ!ルーミエ」
嬉しさのあまり、抱きしめてしまった。無言で俺のハグを受け入れてくれるルーミエ。
「ゴホンゴホン!!ちょっとちょっとお二人さん、あたしもいるんだけど……」と、咳ばらいをしながらユウキが苦笑いでこちらを見ている。
「ああ、ごめん、ルーミエ……つい嬉しくて」
「ううん、私は別に構わないわ。それで、できたって何ができたの?」
「俺の領域?」
「ふふっ、何言ってるのよ、アキト」
「はははっ、確かに変だよな俺。でも面白いものができたよ。あとで宿で説明するよ」
そして食後のデザートを食べて宿に戻った。
早速二人に協力してもらい実験開始だ。……領域発動。
一度成功した概念だけの箱は簡単に発動し、その立方体が見えるようにオレンジ色を着色した。
物体を通しても通り抜ける。箱の内部に何があるのか手に取るようにわかる。大きさも自在に操ることが可能だ。
部屋全体に広げ、目をつぶってもしっかり感じることができる。試しにユウキにコインを投げてもらいキャッチすると「手品みたいね、これでわかっちゃうんだね」と、驚いていた。
無色透明にして広げてみる。MP消費はそれほど多くないようだ。宿を覆うように広げると宿屋にいる全員の存在を感じる。場所や動きを見なくても、どういう状態にあるか、そこに意識を持っていけばわかる不思議な感覚だ。あまり大きすぎても情報量が多いので混乱するかもしれない。
そして実験を勧めていくうちに領域に対して、スキャニング機能が並行して使えることもわかった。
箱魔法内にいる人の情報が表示される。任意の空間にいる人の情報が見ることができるのは大変便利な機能だ。襲撃は明日でもう少し時間もあるので、使い慣れておこう。
続いて机の上にこれまでに得た戦利品のオリハルコン、アダマンタイト、ミスリルなどの剣を十本ほど並べる。
「どれでも好きなのを選んでくれ」
ユウキが「……これって、もしかしてあたしたちと結婚したいってことよね!?」と、つぶやく。
ルーミエも「ついにこの時が来たのね…」と、にやにやしている。
レイラのご両親に婚約の品としてご両親に短剣を納めたことを思い出した。
「えええ?あの婚約の時の剣を納める儀式のことか?あれは短剣を使うんだろ。これはどう見ても長剣でしょうが!」
「え~~そうなの?私は短剣でも長剣でもどっちでもいいのに——」
「じゃあ、あたしはそういうつもりで二本もらっとくね~」
「え、私もそうするわ」
お二人さん、命を守る大切な剣ですよ。
「エスタとカムラドネの討伐で得たものだよ。目立つようなら戦う時だけ出して使ってほしい」
「ありがとう、どれも業物のようね。剣からかなりの気迫が伝わってくるわ。大切に使わせてもらうね」
ルーミエとユウキはそれぞれ二本ずつ剣を選んでアイテムボックスにしまった。
最後にステータス確認して、バランスをとった数値で設定しておく。
◇ ◇ ◇
Lv147 HP1470/MP1470
強さ:600 守り:500 器用さ:300 賢さ:270 魔法耐性:300 魔法威力:500 ボーナス:0
◇ ◇ ◇
襲撃は明日だが、充分な休養も取りながら、炎魔法の練習や体術や剣技の訓練をして、新しく得た箱魔法の領域の使い方や感覚を掴み、作戦を練った。
そして襲撃の当日を迎える。




