第二十六話 出立準備
昼食後レイラの書斎に行き、ナリヤまでの道の地図で教えてもらった。
「ルーちゃんと、ユウちゃんのこと、お願いね。あとこれから食料調達するんでしょ?私も何品か作るから持って行ってね」
「わかった、ありがとう」
「ナリヤまでどのくらいでいけるの?」
「そうだな、正確な距離が分からないけど馬車での移動日数の四十日から換算すると一、二日でいけるかな」
「そんなに早くいけちゃうんだ。箱魔法すごいね!」
「この世界には転移魔法とかはないのか?」
「うん、ないよ。だから移動速度が速いアキトは貴重な存在なんだよ」
「浮遊魔法は移動に使えないの?」
「あるけど、速度もそんなに速くないし、魔力も消費しつづけるから持続してもせいぜい二時間くらいなんだって」
「長距離の移動向きじゃないんだな」
俺はチートのお陰でMPが回復しているから長時間航行が可能になっている。
「そうなの。あとこの地図に途中のにある街や目印となる山とか書いてあるし、分からなくなったら指輪で呼びかけてね。ほかに用意しておくようなものはないかな?」
「食料以外は服とか買っておくか。あ、あと野営に備えてベッド買わないと……」
「あっ、じゃあ私のベッド持って行ってよ」
「え、なんで?」
「だって私が使っているベッドだから、アキトが寂しくないかなって……」
なるほど、大変ありがたいご提案だ。それ借りる。
「ありがとう、ちょっと恥ずかしいけど嬉しいよ」
「うふふふ、じゃあ今晩は私の部屋に来てね」
「うん」
さきほど新たな炎の力を得たことを伝える。
「すごいよ、アキト。金色の炎と銀色の炎は古い経典にしか載っていない幻の炎だよ。どうやって呼び寄せたの?」
経緯を一から順に話して聞かせた結果。
「あはははははは、お腹痛い……ふふふふ」
大笑いされた。
「そりゃそうだよな、伝説の炎が仲間で、しかも嫁だとかありえないよな」
「でも、なんか羨ましいね」
「どのへんが?」
「だって、そんな姿になっても夫婦という形が存在して、お互い愛し合っているんで?私たちもそうなりたいね」
そういうことか、人間の寿命を遥かに超える命として生き続ける存在。まさに永遠を誓います。ってやつだな。
「……そうだな。レイラ」
しばらくの間、俺たちは抱きしめ合った。
□
明日の朝出発ということもあり、夜の食事もそこそこにして、レイラの部屋に向かうドアをノックする。少開かれたドアのから覗いた姿はいつもの家の中、限定のビキニ姿だった。
我が嫁ながら素敵すぎて見とれてしまう。
「どうぞ」
「おじゃまします」
初めて入ったレイラの部屋は広く多くの書物が本棚に綺麗に片付けられている。行灯が四つあり、部屋の中は比較的明るい。そしていい香りがする。
明日は出発だが、しばらく離れるので色々と二人で楽しみました。
□
翌朝。
早めに朝食が用意されているということで、レイラと二人で食堂に向かう。
ノイリがすでに食堂で座っていた。
「気分はどうだ?」
「ゆっくり休ませてもらいましたのでだいぶ良くなりました」
「巫女の仕事は辛いか?」
「ここまではっきり見えるものだとは思いませんでした。師匠が子供の頃にこのようなイメージを見て頑張っていたと思うと私もまだまだ頑張れますよ」
「ノイリ、これからはあなたが巫女なのだから、師匠という呼び方はもう終わりだね」
「そうですね。すこし寂しいけれど、師匠とお呼びするのは最後にしますね。……そうなると、先代ということでいいでしょうか?」
「うん、それでいいよ」
朝食を食べて、自室で出発前の最終確認を行う。
「じゃあ行ってくるね。レイラ」
「いってらっしゃい、あなた。気を付けてね」
抱き合った後、キスをした。
「ああ、ぱぱっと片付けてくるよ」
「何かあったら指輪ですぐに呼びかけてね」
通信用の指輪は三つ。それを俺、レイラ、ルーミエで持つことにした。
レイラとノイリは街の門まで見送ってくれた。しばらく歩き、人気の無い場所へ移動する。そこから箱魔法を展開し、飛び立った。カムラドネの上空で地図に磁石をのせ進行方向を決める。
移動速度の限界を出してみたが、おそらく時速百キロくらいだろう。カムラドネに来た時と速度はあまり変わらない。
炎魔法での実験の時を思い出す。魔法の発動の早さは”賢さ”が影響していて、速度については、”器用さ”が影響していたな……。
一分ごとのMPの回復は”強さ”が影響しているからそのままで、”守り”を100にして余剰の400を”器用さ”に振った。
◇ ◇ ◇
Lv147 HP1470/MP1470
強さ:600 守り:100 器用さ:700 賢さ:270 魔法耐性:300 魔法威力:500 ボーナス:0
◇ ◇ ◇
”器用さ”を上げることで、体感したことのない速度に変わる。集中しておかないとすぐに速度が落ちてしまう。MP消費も激しいが、自動回復の範囲内で問題ない。
ルーミエとユウキに地図を見てもらいながら、地図上でカムラドネとナリヤを直線で結び、ちょうどその中間地点であるカンリツという街を目指す。
街を一望できる場所からスキャニング機能が使えることが分かったので、街の名前をいちいち人に聞いて確かめる必要はない。ルーミエとユウキはただならぬ速度になっていることに気づき、必要なこと以外はしゃべらなかった。
そして出発からおよそ二時間くらいで、中間地点のカンリツに到着した。街道沿いだと山を避けたり、橋を渡るために遠回りをしていることもあり、ナリヤまで直線で向かっているので距離はもっと短縮されるはずだ。
休憩するため、近くの山の中腹の見晴らしの良さそうなところに下りた。軽くおやつとお茶をして先を急ぐことにした。
さすがにこれだけの移動距離ともなると、航行中にいろいろな景色を楽しめる。綺麗な赤い湖、大きな滝、頂上に雪をうっすら残している雄大な山脈など、綺麗な景色が目白押しだったので、その時だけ速度を落とし、ゆっくりと目に焼き付ける。
レイラにもいろんな景色を見せてやりたいな。この世界はカメラはなく、映像を残すことができないのが残念だ。
そして昼すぎにはナリヤについてしまった。
上空で旋回して街全体を見渡す。人口二十万人が住む街。小さく見える建物がごちゃごちゃしているが、ジオラマを見ているようできれいな眺めだ。街を取り囲むように城壁がある。
魔法陣が出現してからの敵がどのように街を侵略していくのか、ルーミエに聞いた。
「そうね。まず魔法陣が出現して最初は比較的に強い奴が降下してきて、魔法陣直下を占領するの。次に異世界にいる魔法陣を維持している奴らがこちらの世界に移り、魔法陣を拡大させつつ、さらにモンスターを降下させるわ」
「敵の数を増やさないようにするには、魔法陣を展開している奴らを倒せばいいんだよな」
「それがそう簡単ではないのよ。魔法陣の破壊は、浮遊魔法が使える者が向かうのだけれど、魔法陣は上空にあるから、到達するまでの間、攻撃をかいくぐりながら魔法陣付近の敵を殲滅しないといけないの。それを実行できる人間はなかなかいないのよ」
上空にある魔法陣の破壊は難易度が高いのか……。防御側は降下してくる中ボスクラスの敵を相手にしていて、殲滅には時間はかかるだろう。その間にも敵は次々と落ちてくるし、そうなると魔法陣の周りを固められてしまう。
ルーミエの表情が険しくなっている。あ、しまった……。昔の事を思い出せてしまったか。
「ごめん、無神経な質問をして——」
「気にしていないわ、これからはアキトが私たちのことを守ってくれるんでしょ?」
「ああ、そうだよ」と、伝えるといつもの明るい表情に戻った。
魔法陣を破壊してもモンスターたちは倒せていないので、準備が整いしだいまた侵略してくるはずだ。やはり元を断つのが一番だが、そうなると異世界に行って殲滅する必要があるな。
ダメもとで願ってみるか……。
『異世界転移魔法が使えるようになりたい』
よし、明日の朝を楽しみに待つことにしよう。
街のはずれの森へ着陸して、昼ご飯を広げながら、到着したことをレイラに伝える。
「もうついたの?まだお昼だよ」
「結構飛ばしたからな」
「さっきね、また神託があったわ。次の満月の夜に襲撃があるって話だったけど正確には二日早まったの」
「どういうことだ?」
「街の前回神託で見えたであろう、建物に日付をつけてもらって正確な日がわかったのよ。かなりの数のモンスターが召喚されているわ」
「残り四日ではなく二日になったという事か……分かった。ありがとう」
その他の情報交換を行い、昼飯を食べ終わった俺たちは、徒歩で街の入り口に向かう。上空から確認したところ街への入り口は八か所あり、たどり着いた門には数人の門兵がついている。高さ十五メートルほどで、間口もかなり広い立派な門だ。
宿屋に行くには少し早いので街を散策する。人の往来は多く活気があるのだが、人々の表情は一様に笑顔はなく、険しい顔をしている。
歩き回っていると、頭が重くなり、気力がなくなっていくような疲れを感じたので宿屋に向かい部屋を取ってもらう。
嫁のレイラからもこれまで通りみんなと接してほしいというお達しが出ているので同じ部屋でもかまわない。たぶん間違いを起こすこともないだろう。
部屋に入ってすぐに寝る準備に入る。
「悪いけど、先に休ましてもらうよ」
「大丈夫。アキト?顔色悪いよ」
「少し寝れば大丈夫だよ、おやすみ、ルーミエ、ユウキ」
明日はもう少し土地勘を掴みたいな。あとギルドにも寄って情報収集とこの街の戦力情報なんかも仕入れておきたいな。あと、検討しておきたい事は……と、考えているうちに深い眠りに落ちていった。




