第十三話 祝杯
普段着に着替えた彼女たちは、屋台で購入した様々な料理と飲み物用の樽三つをアイテムボックスから取り出す。
ワンフロアある宿の部屋は広く、彼女たちのそれぞれの部屋とお風呂とリビングがある。リビングスペースには対面しているソファが二つ、その間にテーブルがあり、料理や皿やコップなどが次々に並べられていく。
俺は座って待っているだけで良いと言われたので、ソファーに座りその様子を眺める。
しばらくすると準備ができてユウキがうれしそうにグラスを掲げた。
「それではアキトの無傷の帰還とエスタの存続に……かんぱーい!!」
「「「かんぱーい!」」」
喉が乾いていたので勢い良く一杯目を飲み干した。
「お、うまいなこれ。お酒?」
アルコール感を感じさせない爽快な味が口の中に広がる。軽い……。
「そうだよ。お酒は十七になってから。ってことでノイリは残念ながら飲めませーん」
「あと一年たてば、大人の仲間入りですから、我慢しますよ。ゴクゴク……」
「まじめだね~、あたしなんか十五の頃から飲んでたよ。そうだ!アキトは今いくつ?」
「十九歳だよ」
「一番年上だ~。あたしが十七歳で、ルーミエが十八歳だよ。——ねぇ、お兄ちゃんって呼んでいい?」
「お兄ちゃんて……」
「えーー!!いいじゃなーい、よーばーせーてーよー」
ユウキはもう酔っぱらってんのか?十五の時から飲んでいるんじゃないのか?ペース早えぇ……今日の戦闘の話とかしないのか?
袖口をぶんぶん左右に振りながら駄々をこねはじめているので破れそうだ。ルーミエに頼んで引き離してもらおう。
「ルーミエ、頼むユウキを離してくれ……。ん!?ルーミエさーん?」
「わ・た・し・のアキトから離れなさーい!」
”私の”じゃねえよ、……なんなんだ二人とも酒癖が悪すぎるぞ。
「助けて、ノイリ……」
「どーせ、私だけ、ヒック……仲間はずれですよ。まだ大人じゃないし、ヒック……。討伐でも役に立たないし……」
あ、泣き上戸が一人いる……。結局全部酒かよ。
訳がわからないが、俺もいい気分で楽しくなってきたぞ。HP、MPバー近くで”?”マークが点滅している。混乱してるのか?
『治癒魔法発動』
意識がクリアになり、浮遊感が消えた。やはり酒のせいだった。
両隣では俺を引っ張り合う女子と目の前でめそめそしている女子がいる。なんなのこれ……。
治癒魔法で3人を戻すことはできるが、この状況も面白いので、このまま話を聞いてみよう。俺はグラスに水生成魔法で水を注いだ。
さあ尋問タイムの始まりだ!
「まぁまぁ二人とも落ち着いて……。じゃあユウキから話を聞こうか。お兄ちゃんって呼んでいいぞ」
「わーい」と、言うなり、きゅうっと右腕に巻きついてきた。柔らかいですよ、ユウキさん。
「ルーミエのお兄さんが超かっこよくてぇ、お兄ちゃんって存在に昔から憧れがあったんだけどぉ、うちに家臣を勝手に”お兄ちゃん”て呼んじゃうとみんなお父様が怖くて”姫様やめてください”っていうからぁ……」
何げに王女ってことがばれているのだが、まあいいか……。どうやらユウキは年上男性に甘えたかっただけのようだ……。ニコニコと楽しそうにしているので、次はルーミエに話を振った。
「ルゥと呼んでください」
なにやら二人の距離がグッと縮まりそうな呼び方だな、そういうのは嫌いじゃないぞ。
「ルゥは俺にどんな風に接してほしいの?」
「……ほしいです」
「えっ?聞こえないんだけど……」
うつむいていた顔を上げ、うるんだ瞳に俺が映りそうな超至近距離から
「私のものになってほしいです」と、ささやいた。
キスか!キスするのか!?あまりの色気に頭がくらくらして、動悸が激しくなってきた、あ、これはまずいかも。
急いで治癒魔法を開始する。バクバクしていた心臓が落ち着く。なんて色気だ。混乱系魔法か?危うく意識を持っていかれるところだった……。気を取り直して詳しく聞いてみる。
「昨日、会ったばかりだけど、どうして?」
「アキトに出会った瞬間に感じたの、この方が私の将来の旦那様になる方だわ。と……」
うーん、その場面を思い返してみても、一番最初は剣を突き付けられただけなんだけどな……。状況と気持ちに食い違いがあるが、こちらも満足そうに左腕に絡みついている。さらにルーミエは続ける。
「見た目は普通の青年ですが、だれもが驚くほどの強い魔法を持っているの。まさにギャップ萌え。うふふふ……」
萌えとかこの世界にもあるのな……。しばらく尋問を楽しんだあと、三人に治癒魔法をかけた。
酔いが覚めたのか、ルーミエとユウキが赤面し始めたと思ったら、自分の部屋に逃げこんだ。ノイリはぽかんとした表情でこちらを見ている。
「いやー、いろいろと話を聞かせてくれて、ありがとう」
ユウキが部屋から顔を出しながら「アキト、お酒で女の子を酔わして尋問なんて趣味がわるいよ」と、少し怒っている。
「ははは、ごめんごめん。でもそのお酒買ってきたのユウキなんだろ?」
「うん、面白いかなって思って。それにアキトのこといろいろ知りたかったし——」
「そうだったのか、そんなことしなくてもいいから何でも聞いてくれよ、仲間なんだろ?」
「うん、ごめんね。お兄ちゃん」
お兄ちゃんの部分は残してくれるんだ。結構うれしい。隣に戻ってきたので頭をよしよしと撫でてあげる。
「それにしても、こんなに軽くてすぐ回るなんて……。なんてお酒なんだ?」
「グラッブ・ハート」
まるで自白剤のような酒だ。心臓を鷲づかみといった意味かな——。確かにそれくらいの威力はあった。
「ユウキったらこそこそと何か買っていると思ったら、そんな高級酒を買ってたのね……」
顔を赤くしながら、ルーミエも戻ってきて俺の隣に座った。
「ユウキ、他の樽は大丈夫なんでしょうね?」
「うん、他のは普通の葡萄酒と果実酒で大丈夫だよ」
四人とも果実酒に替えて、再度仕切りなおす。
「じゃあ、改めて——」
「「「「かんぱーい」」」」
「料理もたくさんあるよ。さあ、食べて食べて」
うまい酒、うまい料理、かわいい女の子たち。しかも俺に好意を持ってくれている子までいるなんて……。この世界にきて本当に良かったと思う瞬間だった。
□
誰も今日の戦いのことを聞いてこないのでこちらから聞いてみた。
「あの相談なんだけど、俺がガルジアを倒したことをギルドには報告せずにこのまま隠しておくことはできるかな?」
ほろ酔いのノイリが答えてくれる。
「それは難しいかもしれませんね。報酬を受けとるためには必ず記録石を出さなければなりません。ご存知のことと思いますが、記録石は地脈を使ってデータを保存していて、世界中のギルドで使えます。記録石を失くしたことにして、今回の戦いの記録と討伐報酬を捨てても良いのであれば、情報は残りませんけど……。アキトさんはそれでいいのですか?」
なるほど、記録されている討伐データを地脈に読み取らせなければいいのか、金には困ってないしな……。
「今回の記録をすてる……か、それもありかもしれない。ゆっくり考えてみるよ」
あと聞いておきたいことは——
「ガルジアのような領地支配を目的とした奴らの襲撃はよくあるの?」
「ええ、よくあるわ……。いろんな手段で街ごと、ひどい時には国ごと支配するのよ」
沈黙が流れる。
「実はね……。私たちアキトに話をしておきたいことがあるの」
「どうしたの?急にあらたまって」
「別に隠しておくつもりはなかったのだけど、なんとなく言いそびれちゃってね」
「そりゃ、昨日出会ったばかりで、今日は朝から襲撃があったし……。言いたくなかったら無理強いはしないよ」
「ありがとう、でもやっぱりちゃんと自己紹介しておきたいの……。
私はエソルタ島カノユール王国第一王女ルーミエです。今はもう国が滅びて、王女でもなんでもなく、ただの冒険者なんだけどね……」
と、力なく笑う。
「あたしはルーミエのお隣の国の”元”イメノア王国第三王女のユウキです」
改めて自己紹介がされたが、分析能力で彼女たちの身分などは知っていた。ルーミエが申し訳なさそうに話を続ける。
「私たちの故郷である二つの王国は、今日のような襲撃があって滅びてしまったの。いろいろあってなんとか島を二人で逃げ出して以来、冒険者として生きてきたわ……」
聞いていて簡単に慰められるような話ではないと感じ、黙って頷くしかできなかった。
「それでね、あたしたちがアキトを探していた理由なんだけれど……どうしてもあって欲しい人がいるの」
話の流れから言って、巫女が予言しているのだから、その本人が会いたいと思っているのだろう。
「巫女を助けるために会いに行くんだろう、別にかまわないよ」
やらなければならないことなんて、まだ決まっていない。気の向くまま、流されるまま行ってみるのもいいだろう。それに巫女という人物にも興味がある。未来が見えるなんて、すごいじゃないか。味方になっておかない手はない。それと——
「ルーミエ、ユウキ、辛いことを聞いているのかもしれないが、エソルタ島の現状はどうなっているんだ?」
ルーミエが重々しく口を開く。
「……現在もあの島は占領されたままなの、生きている人間なんていないと思うわ。幸い島と大陸はとても離れていて、今は占領した奴らも海は渡ってこれないようなのよ」
冒険者は冒険する意味を自ら決める。俺は協会の神父の言葉を思い出していた。
「……いつか……それもいつになるか、見当もつかないし、もしかして途方もないことを口にするかもしれないけれど……」つまりながら俺は言葉を探す。
状況が分からない。相手の戦力が分からない。その自信の根拠はまったくないのだけれど、それでも彼女たちの悲しい気持ちを少しでも和らげたいと思った。
「……ルーミエやユウキの故郷のことで、できることであれば協力させてほしい」と、思いを伝えた。
エスタを救い、気が大きくなっていることは確かだ。
しかし右も左もちょっとしか分かっていないこの状態でも、これだけの活躍ができたんだ。もっともっと強くなっていけば状況は必ず変わるはずだ。
故郷への思いを我慢していたのだろうか、嫌なことを思い出させてしまったのか、分からないがルーミエとユウキの目から涙がこぼれていた。
「ありがとう……アキト……その気持だけでも充分うれしいよ」
二人は涙を拭い、しばらくの間、俺の手を握っていた。
「……えへへ、なんだかしんみりしちゃったね。これからのことは明日考えよう!今日のことは今日のうちにしっかり打ち上げするぞー」と、暗くなってしまった雰囲気を変えようとユウキが元気にグラスを掲げる。どうやらこういう雰囲気は苦手のようだ。
不自然な展開にみんなで笑いあう。
その晩は彼女たちの生い立ちやこれまでの冒険話をたくさん聞いて、泣いて、飲んで、笑って、食べて、嫌なことを忘れるくらいに大いにはしゃいだ。




