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Honmonokawa's Doll Cafe

午前0時、タイムカードを押した山川は先に入っていた同僚と入れ替わる形で監視カメラの前に座った。


「はー…今日も何も起こらないといいんだけど…」


山川が警備を務める「Honmonokawa's Doll Cafe」は様々なドールを飾った喫茶店であり、店のアンティークな雰囲気から、ドール愛好家以外からも人気の高い喫茶店だ。ここに展示しているドールはそれなりの値段がするため、閉店した後も警備会社に依頼し、盗難防止のためカメラで店内を監視している。しかしその盗難防止というのが表向きの理由だということを、山川はこの仕事についたその日に知った。


「おっ、本物川さんが動き出しましたね」


この”本物川”というのは喫茶店の店主、本物川さゆりのことではなく、彼女を模した等身大ドールのことである。そう、この「Honmonokawa's Doll Cafe」では夜な夜な四体の等身大ドールたちが動き出すのだ。最も警備してる人間のところまでやってきてドールの中に押し込んだりだとか、頭からかぶりつくなんてことはない。彼女たちは一部の例外を除いて、店の中でお茶を飲んだり、本を読んだりしてゆっくりと過ごしている。そもそも会社の中で監視しているから、彼女たちが山川のところにやってこれるわけがないのだが。


本物川は動き出してゆっくりとキッチンに向かうと、ヤカンに火をかけてお湯を沸かし始める。山川はそんなフリルまみれの服で彼女が火を使うのをハラハラしながら監視し、(人形に何かがあった場合彼の給料から天引きされるため。とばっちりもいいところだ。)もしもの時のためにスプリンクラーの作動スイッチに手を伸ばしていた。幸いにも袖に燃え移るといったアクシデントもなく、無事に彼女は紅茶を淹れるとテーブルに3つのカップに注ぐ。それを見て山川が安堵すると、他の部屋にいたドールが動き出した。唯一セーラー服を着ていて若干浮いている”ヴォル子”と、店の制服を着ている案内役の”スナヲ”が本物川が用意した紅茶のところへ集まる。あとはこのまま店主が仕込みにやってくる午前6時まで、彼女たち三人は紅茶を飲みながら歓談をする。あとは先ほどのように火の使い方に注意したり、本物川がヴォル子の乳をしばいたり、ケツにタイキックするようなことがないように喧嘩を山川がマイクで仲裁する程度だ。イレギュラーさえなければ…


「イレギュラー…あっ」


山川は監視すべき最後の対象を忘れていたことを思い出す。廊下のカメラに目をやると、奥のドアから学ラン、学生帽の男の人形が体を乗り出していた。


「やめるんだ春原くん!これ以上君はおしりにタイキックを受けると、君の体は文字通り真っ二つになってしまうんだぞ!」


山川は春原と呼ばれたドールにマイクで訴えかける。春原提督と呼ばれるそのドールは端正な顔つきをしているのだが、マゾヒスティックな性癖があるようで毎夜スキを見計らっては彼女たちのお茶会に乱入し、本物川のタイキックを受けようとしていた。山川はマイクで説得したり防火シャッターでそれを防いでいたのだが、今のところの勝率は五分五分と行ったところである。


そんな山川の説得を耳に入れず、春原はダッシュでお茶会へと向かう。先程の山川の説得は嘘ではない。彼は本物川のタイキックを受けすぎて限界を迎えていた。もし更にタイキックを尻に受ければ、彼はAパーツとBパーツに分かれるだろう。そんな限界を迎えた体で、彼はいつも以上の走りを見せた。しかし、山川も黙ってはいない。春原が走りだした瞬間に彼は防火シャッターの作動ボタンを押した。いかに彼が早くダッシュしようとも、このタイミングで閉まり始めた扉には間に合うまい…山川は勝利を確信していた。


しかし、今日の春原は違った。今までとは違い、シャッターの前で立ち止まらず彼はヘッドスライディングをした…彼は自分の死は本物川のタイキックでもたらされると確信していたのだ。こんなシャッターには殺されない、と。彼の勇気は本物川への道を切り開き、山川は自分の安月給からいくら天引きされるかを考えて絶望した。


春原はヘッドスライディングのまま侵入しテーブルにぶつかる。ひっくり返った紅茶を被った彼女たちは春原を静かな怒りで見つめていた―――


「やめろーっ!やめるんだ!今日だけは見逃してやってくれーっ!」


山川の必死の説得も届かず、今世紀最大の本物川のローリングソバットは春原の尻にクリーンヒットし、AパーツとBパーツに分かれ、山川の今月の給料は半分になった。

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