その日の夜
一人称視点は茂のままです
チカの家について話し忘れたことがある。菖蒲さんと桔梗さんのことだ。
2人は柳家の家政婦さんで、菖蒲さんは家庭教師のようなこともしている。料理は桔梗さんの専門だ。この2人がいるからこそ千崎さんも雪光さんも仕事に打ち込めるし、チカも勉強に集中できるのだろう。
(そもそも家政婦さんっていう存在が庶民には縁がないんだよ……)
まぁ、チカの家がそれだけすごいってことだ。
「「「「「「「いただきます」」」」」」」
まず海鮮ちらしに箸を伸ばす。ちなみに鮮魚系とちらし寿司なんかは雪光さん直々に腕を振るったものだったりする。うん、うまい。
「まずは一花、美咲ちゃん、茂君、合格おめでとう」
「ありがとうございます」
「本当に良かったです。一花君と美咲ちゃんが疑似大学科に合格できて」
菖蒲さんはチカと美咲が小学校に上がるか上がらないか位の頃から2人の勉強を見てきたのだそうだ。そんな訳だから今回2人が疑大科に受かったことに大きな達成感を感じているのだろう。あ、この唐揚げめっちゃジューシーでうまい。
「すみません、自分までごちそうになっちゃって……」
「お気になさらずに、茂さん。今日の主役はあなたたち3人なのですから」
「(もきゅ)ふぉうふぁお、ふぃえうん。(ごくん)ん、主役がいないなんてさみしいじゃん」
チカが「行儀」と言って美咲をたしなめる横で力なく笑う。こんなこともあろうかと自分の家でのお祝いを明日にしておいてよかったよ、まったく。
「雪光さん、このお刺身は――」
「ああ、そりゃブリトロだな。たまたま店のほうで売れ残っちまってよ、廃棄するところだったんだ。遠慮なく食ってくれや」
がははと笑う雪光さん。本当に売れ残ったものなんだろうか? そんな疑問が顔に出ていたのか、チカがフォローに入った。
「父さんが売れ残ったネタを持って帰ってくるのはいつものことだよ。イカとか貝とかはよく持って帰ってくる」
ふーん、そんなもんかねぇ……
1時間後――
雪光さんと千崎さんは骨せんべいをつまみにお酒を飲んでいた。チカと美咲はジンジャエールで相手をしている。俺はと言えば……特に何をするでもなく、ボーっとしていた。
「お口に合いましたでしょうか」
まったく意識を向けていなかったところに声をかけられて、不本意ながら少し跳ね上がってしまった。
「あ、はい……とても美味しかったです。味付けも濃すぎず薄すぎず」
「そうですか、それはよかったです。これ、桃の氷菓なのですが少し味見をお願いしてもよろしいでしょうか」
「あ、はい。えっと……ご自分で?」
桔梗さんは静かにうなずいた。
「ええ、お菓子作りは趣味でして。お料理のお口直しに何かできないかと」
この人はフランス料理のフルコースでも作る気なのか。
「はむ……うん、薄味だけど桃の甘さがちゃんと出ていておいしいです」
「そうですか……それはよかったです」
そういうと桔梗さんは台所に引っ込んでいった。
(あー、たらふく食べたなぁ……)
家でお祝いするときは大抵肉料理だから、魚をこんなに食べたのは久しぶりだった。
満腹感でうとうとしていたら、桔梗さんが台所から戻ってきた。
「みなさん、ステーキが焼けましたよ」
「いよっ、待ってました!」
(…………)
さっきのアイスはほんとに口直しだったのか……
思わぬ伏線に驚きつつステーキを見る。
……お肉は別腹、かな。
柳家の食卓は座卓です。