おかしなアレク兄様と笑うヴィンス兄様
「アレク兄様……!まさかとは思いますが、父様に何かチクったのではありませんよね!?」
アレク兄様に手を引かれながら私は訊ねた。
私はもう父様に怒られるのではと、ドキドキだ。
父様は怒ると本当に怖い。それはもう怖い。
父様は笑顔で怒るのだ。目が笑っていないのに。
しかも美形だから余計に怖さが増す。
ああ……どうしよう!
そう私は震えているのにアレク兄様はあっさりと言った。
「何をおびえているか知らないが、父様が呼んでいるというのは嘘だ」
「はぁ!?」
嘘!?嘘だと!?
なんてやつだ!私はこんなに怯えていたというのに!
いったいなんのためにそんな嘘をはいたのか。
そんな私の疑問が通じたのだろう、アレク兄様はまたも意味不明なことを言った。
「お前がバルコニーからなかなか出てこなかったからな。しかもシャルル様も出てこないし……何かあったんじゃないかと思ったんだ」
「はぁ!?何かってなんですか!」
何もないよ!
まさか、私が誰にでも足を踏みに行く女だと思っているのか!失敬な!私が踏むのはアレク兄様だけだ!
「ふふふ。あんまり怒らないでやってくれ、リリアンナ。アレクはお前が心配だったんだよ」
うっ!この麗しい声は……
「ヴィンス兄様……」
ヴィンス兄様はエクラリュウール家の四番目の息子であり、リーゼロッテ姉様と同じ母を持つ兄妹だ。
母譲りのブラウンの髪に、リーゼロッテ姉様と同じ深緑の瞳を持つイケメンだ。
「……リリアンナ。目を逸らされると傷つくのだけど……」
「直視すると目が焼かれますから……」
「まったく……お前は相変わらず変な子だね」
いえ、私は普通です。
少しむっとしたけど足は踏まない。
あれをするのはアレク兄様だけだ。
「で、ヴィンス兄様。さっきのはどういうことですか?」
「うん?ああ……アレクはね、人気のないとこからリリアンナが出てこないから心配したんだよ。しかもそこにシャルル様もいらっしゃったんだろう?さっきからずっと……」
「ヴィンス兄様!もういいですから!」
顔を真っ赤にしてヴィンス兄様の言葉を止めたのはアレク兄様だった。
私は意味がわからない。
「どうして、二人でそこにいるとアレク兄様が心配するんですか?」
「それは……君が誑かされてたり、いかがわしいことをされてたら困るだろう?」
「ヴィンス兄様!」
もう、アレク兄様の顔は真っ赤だ。
そして、それと同じくらいに私の顔も真っ赤になる。
「ア、アレク兄様!い、いかがわしいことって……想像力がありすぎます!!このむっつり!!」
「なっ!?俺はむっつりじゃない!!」
そう怒鳴るが、そんな想像がぱっと浮かぶだけでアレク兄様は変態だ!むっつりだ!
「わ、私をそんないやらしい目で見ないでくださいませっ!」
「見てない!」
「いやっ!近づかないでくださいな!しっ!しっ!」
私が手を払うと、アレク兄様は怒りが頂点に達したらしい。
「もういいっ!」
そう言い残して背中を向けて去ってしまった。
そんなアレク兄様と息の上がった私を見て、何がおかしいのかヴィンス兄様はクスクスと笑う。
「なんですか?ヴィンス兄様。何がおかしいのですか?」
「うん?アレクも素直じゃないな、と思って」
そう言って、ヴィンス兄様に頭をポンポンと優しく叩かれる。
「あまりアレクに冷たくしてはダメだよ。あいつはお前のことがとても大好きなんだから」
「はぁ?それはないと思いますけど」
むしろ家族の中で一番、ぞんざいに扱われている気がする。
たしかに一番仲が良いとは思うが、それも一番年が近いからだろう。
ないない!と首を振る私にヴィンス兄様はもう一度楽しそうに笑った。