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魔法

作者: 雨咲ひいら

 魔法なんか存在しない。

 私が年の離れた弟にそう言ったのは、確か夕食後に家族と一緒にテレビで何かのドキュメント番組を見ている時で、私は口の中に入っていたご飯とお新香をやけくそになって飲み込んでいた。番組では人間が動物に助けられたという話で、奇蹟が起きたとか、誰それの魔法が成功したとか脚色していて、弟はそれを真剣に見入っていたのだ。それで弟は真顔で私に、「姉ちゃん、魔法ってあると思うん?」と聞いてきたから、卒業直後に彼氏にふられて気が立っていた私は、「そんなのあったら誰も苦労せんがなー。魔法なんて存在せえへん」と投げやりに答えた。魔法があったら、仕事に就くために必死になって勉強しなくても良いし、彼氏が上京を理由に別れを言い出す事もない。私はそんな軽い考えで魔法の存在を一蹴したのだが、弟にとって魔法の存在の有無は、私の予想を遙かに超える程の深刻な問題だった。

 その晩、弟は家の庭の端に申し訳なそうに立っているトタン小屋に閉じこもり、立て付けの悪い引き戸に張り紙を貼った。幼さが残る汚い字で勢い任せに一文。

「魔法を使えるまで、出ません」

 そんな弟の行動に動揺しなかった両親と私は、どうせ二日三日もすれば空腹と寒さに耐えきれず、泣いて這い出てくるだろうと思っていた。小屋には食料も何もなかったし、弟の手持ちのお金もたかが知れていた。それに季節は冬に近い秋で、暖房無しでは夜も越せない寒さが続いていた。

 しかし、二日三日たっても弟は出てこなかった。そこで私は心配になって弟の様子を覗きに行った。木枯らしが煩いくらいに鳴り響いていて、親父の日曜大工で建てた廃材だらけの小屋は今にも風で吹き飛ばされるのではないかと私は心配した。

 私は小屋の引き戸を開け、中の様子を窺う。すると弟はしぶとくも石油ストーブで暖を取り、あろうことに、女の子を連れ込んで黙々とパソコンに向かっていた。小屋内部の様子を見回すと、缶詰やカップラーメンが山になって重なっていて、灯油の詰まったポリタンクまでもがしっかりと用意されていた。一応、生活に必要な備蓄が蓄えられていたので、私が小屋に入る前に抱えていた「ったくもう、いつまで私に面倒かけさせるのよ」という不満と、「ちゃんと食べてんのかなー」という不安はとりあえず解消された。

 後から聞いた話で、それは親父の援助で備え付けられたものらしかった。こんな時、弟と親父は仲が良い。弟のわがままを後でゆっくり聞いてあげるのが、私の家族における親父の役割なのだ。

 しかし、私にとって衝撃的だったのは、それまで女の話の匂いさえ感じさせなかった弟が、堂々と女の子を連れ込んでいる事実だった。年頃になってもまったく女の子に興味を示さなかった奴なのに、やる事が大胆である。

 女の子の連れ込みに打ち拉がれた私は、弟に対抗して自室に籠もり、弟とその女の事を想像して、小説を書くことにした。幸いにも、多少の時間があった。就職する来月までにあと一週間はある。短編くらいは書けるだろう。

 結果として、小説は完成しなかった。書く必要がなくなったというか、小説という枠組みが邪魔になったからだった。そもそも、私にとって小説の意味など何も見いだせてはいないのだが、今回は意外にも、一つの答えを導く結果となった。そしてまた、彼女と弟の関係を語る伝記として残すこともできた。

 この話は、その女の子の視点で描き、彼女についての私の知る由もない部分は、勝手に想像して書いた。それで良いのだろうと思う。私はこのペンで、二人には覗けなかった闇の部分を照らしてあげようと考えるからだ。


 私の一日は暗闇から始まる。

 目を開ければ黒。

 遠い遠い、先の見えない闇。

 そこで私は、しばらくじっとする。

 次第に目が慣れ、地下室のおぼろ気な輪郭が見えてくる。

 不気味だ。けれども、もうとっくの前に慣れていた。

 ロウソクの蝋が気化した匂いや、コンクリート張りの床の冷たい触感。

 それが私を刺激し始め、私は体を動かすことを思い出す。

 そして今日も錯覚していた。

 生き返った。生き返ってしまった。

 もともと凍り付いていた私が、また蘇生されたのだと。

 体を刺すような痛みが、まだ皮膚に残っている。

 全てを麻痺させるような寒さが、全身の気を逆立たせている。

 それも私の日常だ。

 首には、牛革の赤い首輪がかけられていた。

 汗を必要以上に染みこんだそれは、浅黒く変色していて、首筋に不快な感覚を間断無く与え続ける。

 そしてその首輪には、高純度の鉛でできた鎖が繋がれていた。

 鎖は地下室の中で最も太い柱に巻き付けられていて、首輪と鎖のつなぎ目には二個の南京錠が掛けられている。それらは時々、私の首元で鈍い音を立ててかち合う。

 私は代わり映えしない目覚めを受け入れ、身を丸めて父がこの地下室に来るのを待っていた。

 父は、冷たいミルクと小さな鍵を持って、地下室に降りてくる。

 そして父は、そのミルクを神聖な儀式でも行うかのように、プラスチックの小皿に静かに注ぐ。

 私はそれを、舌を使って飲み干さなければならない。また、ぴちゃぴちゃと音を立てなければならない。

 そうしなければ父の機嫌が悪くなることを、私は知っている。

 もし父の機嫌を悪くしてしまったら、私は地下室から出られなくなる。

 皿は床に置かれたままだ。私はそれに舌を付けるために頭を下げなければならない。顔を皿に近づける度に、首輪は私の首を締め付ける。

 舌に付けたミルクを飲み込もうと頭を上げる度に、私の咽喉は細くなり、ミルクは大きな痛みと共に私の身体の中に押し込まれていく。時に私は嗚咽をあげながら、その儀式を終わらせる。父は満足そうに私の悶え苦しむ姿を見下しては、南京錠の鍵を放り投げる。

「さあ、自分で外すんだ」

 父の手から離れた鍵は、首輪の鎖が届くか届かないかの所で嫌らしく光る。

 そうして父は小皿を取り上げ、地上へ戻っていく。




 学校に行かなければならない。

 どんな朝が始まろうとも、私は学校へ向かう。

 通学路は絶対に通ってはいけなかった。

 歩いている姿を誰かに見られると、石を投げられるからだ。

 木の棒やランドセルで、体を強く打ち付けてくる子もいる。

 だから私は、みんなの歩いている道を通らない。

 できるだけ、人の少ない、雑林や家屋の隙間にできた小道を歩かなければだめだ。

 そんな道の上には角の尖った石や、肌を切る草が生い茂っている。

 生傷を覚悟しなければならない。

 けれど私には、その方が随分楽な選択だと思う。

 そうやって、誰の足跡もない遠回りの裏道を踏み進む。

 学校への道のりを詰めていく。

 しばらくすると、坂の上に立つ校舎の頭が少しだけ覗けた。その頃には私はもう、全速力で駆けるようにしている。

 誰の目にも映らないよう、学校に入る。

 その為の努力を、私は最後まで惜しまない。

 昇降口の死角を縫って、私は下駄箱の前に立つ。

 下駄箱には私の靴はないが、私はそれに対し思い止まることはもうしない。

 新しい靴は買って貰えないし、買ったところでまた隠されてしまうのだ。

 私は教室まで走り、机の下に入り込む。

 幸運にも私の席はあるが、いつも廊下や階段の踊り場に投げ出されていて、教室の中に椅子と机がセットであることは殆どない。

「おはよう」

 と、誰かが私に声を掛けた。

 私はその声の主を探るために、周囲を見渡そうとするが、すぐにそれは妨害された。

 周囲が黒色に塗り替えられた。

 そして私は直ぐに、その事態を把握する。脳の働きを介さず、私の鼻が闇の正体を探り、脊髄で諦めることを判断するのだ。私は一日中、その闇から逃れられないことを知っている。

 それは、匂いで分かる。仄かにネギの薫りがする、段ボール箱。

 クラスメイトが持ってきたものだ。

 私はその箱の四方に体をなすりつけ、その大きさを測る。

 それほどの大きさはなく、ある程度の保温効果を期待することができた。

 私は少しだけ嬉しいと思う。

 それは、際限なく広い地下室の黒よりは遙かに暖かいのものなのだ。私は寒さや冷たさを死より恐れる。

 段ボール箱には鉛筆で空けられた小さなが穴があって、私はそこから授業の風景を眺めることになっている。先生は、私のその様子を知ってか知らぬか、私の二つの目に視線を合わせようとはしない。

 そして残念なことに、手元は暗いので、私は何も書き取ることはできない。

 声もまた箱の中にこもり、私は私の音を外に伝えることができない。

 それでも私はその状態を我慢する。

 人として扱ってもらえないことに腹を立てるわけでもなく、私はこの状況を受け入れる。

 少なくともこのダンボールは、私の恐怖や不安を微熱と共に緩和してくれるからだ。

 孤独を感じる温度は、私の体温より高いようだ。




 帰り道、水をかけられた。

 クラスで飼っているメダカの水槽。

 今日は掃除の日だったらしい。

 その水槽の水をバケツに溜めておき、帰宅中の私を目がけてかけたのだ。

 瞬間、私は何をされたのか判断できなかったが、そのような状況時にはとにかくその場から離れることにしていた。

 その時も、運良く緑の深い茂みに逃げることができ、私は混乱を収めることができた。

 その場でじっと息を殺し、近くに誰もいなくなったのを確かめた後、私は自分の体を観察する。

 よく見れば、体には藻や砂が付着していた。

 そして、どろどろとした粘性の汚水が私の全身を覆い、吐き気を催すような辛い臭いを放っていた。

 私は水道を自由に浴びられる場所探しながら、家に帰ろう考えた。けれどそれは、ほぼ不可能であることに気付かされた。

 水は、人の集まる場所にある。そのことを、私はその時初めて知ったのだ。

 水道を目の前にして、私は人の気配に恐れ戦いた。誰かが見ているという恐怖を無視するには、それに打ち勝つ勇気が必要だった。

 境界の上を何度も彷徨っては躊躇う私の足は、少しずつ疲れていった。

 仕方ない。家に帰って洗おう。

 水を浴びることを諦め、仕方なくそのままの状態で家に帰ることを私は決める。

 臭いだって、我慢すればどうにかなる。

 そうやって自分自身に言い聞かせながら、帰り道を急いだ。

 いつもは遠回りしているところも、気持ちが焦り、できるだけ早く帰れる道を選んだ。

 その急ぐ気持ちが、私の警戒する心を鈍くさせていたのだろう。

 私は家に辿り着くあと少しというところで、クラスメイトに見つけられた。

 正しくは、待ち伏せをされていた。彼らは家の前で私を待っていたのだ。

 後退りをしようとした瞬間、彼らは跳んでいた。

 気が付くと、私の体はビニールの大きなゴミ袋の中に包まれている。

 誰も私に触りたくないのだろう。

 私は袋に入れられたまま、どこかに運ばれていった。

 外からは笑い声が聞こえ、その度に私は袋越しに脇腹を蹴られる。

 私は体の内部から溢れようとしている、酸味のする液体を喉元で止めるのに必死になった。

 体の両側から与えられる苦しみの中で、私は意識を持つことに努めた。

 考えることを止めてしまったら、私は終わりなのだと思う。


 次第に息が苦しくなり、私は周りの人たちの動きを目で追う事を諦めていった。

 袋の口が閉められているせいなのか、外の世界は徐々に白く濁っていく。

 またビニール越しに聞こえていた彼らの声も、次第に聞こえなくなり、私は浅い眠気に襲われて始めていた。

 しかし私には、死への不安はない。

 今、自分の体をどのようにも動かすことができない状態でも、私はそれほど怖いと感じなかった。

 私にとって一番怖いのは、冷たさだ。

 時々、体の芯から私を襲ってくる、とてつもない程の冷気。

 それは私の全てを凍らせると共に、重さのある大きな不安を体の中で膨らませていくのだ。

 全身の肌の毛が総立ちになり、皮膚の細胞一つ一つが寒さに震え、活動を諦めていく。

 冷たい体から、意識が離れていく感覚を味わったのはただの一度ではない。

 それが死であり、また冷たい体から解放される誘惑を知っている私は、それでも諦めない。

 誰のためではないが、私は生きることを諦めない。


 そして私は気を失った。

 眠りに落ちていくのと変わりはなかった。

 死んでしまったのかもしれない。

 寒さから解放されたのかもしれない。




 声が聞こえる

「……さんはね、僕に何度も言うんや。プログラマーにだけはなるなって……」

 もの凄く遠いところ。

 そこから、声が聞こえる。

「……おかしい話。来年の春からプログラマーとして働く人が、そんな訳判らん事をぬかすんや……」

 そしてその声は、誰かに囁いているようだ。

 しかし、誰に対してなのだろう。

 良く分からない。

「……生きとる。みんな生きている以上、好きなことせなあかん……」

 私の視界が、少しずつ開けてきた。 

 炎がある。

 目の前に、火と熱があった。

 私はそれを見ている。

 何故だろう。

 私はどうしてそれを見ているのか、まったく判らなかった。

「……僕は、諦めてない……絶対、自分の好きな道を選ぶって……」

 その囁きは、微かに力を込め、私の耳の傍を掠ったかのように感じた。

 誰かが私のすぐ近くにいるようだ。

 けれど私は、その状況をまだ把握できていない。

「……夢を叶える。時間は大したあらへんけど、僕は挑戦するんや……」

 私の体は横たわり、凍っている。

 しかし、それほど寒いとは感じていない。

 むしろ、体全体が外側から温められ、私は心地よく横たわっていた。

 今まで感じてきた体温の中で、最も暖かいのかも知れない。

 熱で体が解れていく。

 どうやら首から動きそうだ。

 私は無理をしないよう、首をゆっくりと回していく。

 やがて、目が利くようになり、私は周囲を観察し始めた。

 そこは本当に狭い、何かの建物の中だった。

 もしかしたら、建物とは呼べないのかもしれない。

 トタン板の壁の上に、ボロボロの木板が乗っただけの、小さな廃屋だった。

 そんな今にも崩れそうな小屋の中に、大小それぞれの機械がある。

「……ここでしかできんことをやる。狭くて汚いけど、僕の夢にはそないこと関係あらへん……」

 声の主はそう言って、私を抱き上げた。

 私の体の上にかかっていた毛布が、するりと落ちる。

 壁の隙間からは、太陽の光が覗ける。風も流れ込む。

 私は彼の顔を覗き込み、彼もまた、私の瞳を見下ろしていた。

「……君の夢は……君の名前は……どんな名前なん?……」

 私はそれに答えた。

 とても簡単な言葉を、私は口に出した。

 彼は、満足そうに微笑んだ。




私は、地下室を出る。朝を飲み込む。

私は首輪からジャラジャラとぶら下がる鎖を片手に巻いて、地下室の重いドアを押す。

 ドアの開けた先には、玄関のガラス越しに太陽の光が溢れている。

眩しさに、私は目を細め、息を飲む。

 地下室の白熱灯では絶対に得られない、自然の温かみが、私の体を軽くした。

 裸足の私は、その足にボロボロになったゴムサンダルをひっかけ、急いで家の外に出る。

 外気は相変わらず、私の肌には厳しい。

 冬は近いのか、遠いのか、その最中にいる私は判断することができない。

 空は薄暗い雲で覆われていて、空気は寒さで固まっている。

 薄着の私は、体を丸めながらお兄ちゃんの所に向かう。

 お兄ちゃんの住む小屋は、外から見るととても小さく、古びていた。

 壁は薄く、所々に穴が開いていたので、強い風が吹く度にゆらゆらと揺れている。

 私は腕から垂れ下がる鎖の冷たさを我慢しながら、お兄ちゃんがいる小屋の前に立つ。

 今日もいるだろうか。

 少ない確率に、私の不安は大きくなる。

 小屋の扉の隙間に手を差し入れる。

 ゆっくりと扉を開くのだ。

 

小屋の中では、お兄ちゃんがテレビ画面と向かい合っていた。

 手許には、ボタンがたくさんついた機械がある。

 お兄ちゃんのしなやかな指がボタンを弾いては止まり、場所を変え、また跳ねた。

 そのステップは、カタカタとリズムを刻み、静かに高揚しているようだった。

私はお兄ちゃんの隣に座って、その様子をじっと見つめる。

おもしろいな。

その動きを見ているだけで、私は何だか楽しくなった。

私はお兄ちゃんからもらっている毛布を被り、そこから頭だけを出す。

小屋の中には何でも揃っている。

なべ、やかん、コンロ、ストーブ、毛布……。

あたたかいものばかりだ。

その中の一つである石油ストーブは、熱の源を赤く発光させ、お兄ちゃんの頬をじわじわと照らしている。

そのストーブの上に乗せられた薬缶は、自身の蓋を水蒸気でコトコトとリズムを刻みながら弄ぶ。

外では小屋の薄い壁を突き破るかのように、北風が乱暴な音を立てて壁を揺らし、その隙間からはひゅうひゅうと荒い吐息が聞こえる。

私は身を震わせながら、薬缶から出る白い湯気にかじかんだ手を当てる。

お兄ちゃんは座った姿勢のまま、私に顔だけを向け、よくこう話しかけてくれた。

「いの。そと、寒かったん?」

いのは私の呼び名だ。そして私は、お兄ちゃんにいつもこう答える。

「うん。寒かったん。でも、もう大丈夫……」


私は熱で解れてきた手を擦っている。

ストーブの中央で穏やかに燃える朱色の炎が綺麗で、それをぼんやりと眺めていた。

小屋の中は隙間風が部屋全体の空気を脅かしているようで、決して暖かい場所ではなかった。けれど、お兄ちゃんと一緒にこうやってストーブに当たっていると、体の芯からしっかりと温められているような気がする。心の奥底の方から、じわじわと全体を優しく炙る。

お兄ちゃんは土の上に何重にも強いたシートの床に寝そべりながら、機械のボタンを打ち続けている。画面にはアルファベットや色々な記号でできた文章がたくさん並んでいて、その文章の左端には十番、二十番と番号が記されていた。見たことのないその文字の列が変わる度に、番号は十ずつ増えている。

「なにやってんの?」

私はお兄ちゃんに訊ねる。

お兄ちゃんは得意そうに私を見上げ、キーボードの隣で開いていた本を私に渡した。

「魔法つくってんよ」

 私はその本をパラパラめくった。その本にはさっきまでお兄ちゃんが打ち込んでいたような奇妙な文章達が、お互いの居場所を奪おうとするかのように狭いページの中でひしめき合っていた。

「それ、魔法書。訳分かんない言葉で書いてあるやろ?」

 お兄ちゃんはのそのそと起きあがり、私の隣に並んで座った。

 お兄ちゃんの細くて華奢な指が、丁寧にページをめくっていく。

「そしてこれが日本語で書かれた解説。どんな魔法かを説明してるんや」

 そこには角張った絵がたくさん描かれていて、それらに添うように日本語の言葉がパラパラと並んでいた。私はそれを読んでみようと思ったけれど、まだ読むことができない漢字が多かったので途中で諦めた。

「なに書いてるかわかんない」

 小さく頷いたお兄ちゃんは、またページをめくってある絵を指差した。

「今、この魔法つくってたんだぞー」

 その絵にはギザギザの文字で「ブロックくずし」と書いてあって、そのすぐ隣の絵にはそのブロックが崩された様子なのか、所々欠けている長方形が写し出されていた。

「本当なら、魔法使いみたいに呪文を唱えられればいいんやけど。そこに書いてあるやつは、口に出すだけではダメなんや。あの機械を使わなきゃあかん」

そう言ってお兄ちゃんは、機械を手許に手繰り寄せた。

その機械をキーボードと言うらしい。

「そんでな、このキーボードはそこらのキーボードとは全く違うんや。中にパソコンが入っててな。このキーボードの中で……」

「パソコン?」

お兄ちゃんは私の疑問に小さく息をつき、少しだけ笑って見せた。

「パソコンっていうのは……そうやな、言われたことを順序守ってきちんとやってくれる、どえらい機械のことや。機械だから、計算するのが早いんやで」

「へー」

私は感心して、そのキーボードに目を移した。

ボタンとボタンの隙間に溜まっていた埃は、人間のおじいちゃんの皺のような印象を私に与えた。ふっと息を吹きかける。すると、小屋の暗がりの中に舞った埃がストーブの灯りに照らされ、紅い雪となった。私はそれをじっと眺める。

「そんで、この特殊なキーボードをMSXって言うらしい」

お兄ちゃんは得意そうに、その機械についている四角形のフタをパコパコと開いた。

「そして、まだ驚くのは早いで。ここにカセットを差し込めば、一瞬で魔法を唱えることができるんや。カセットというのは、その魔法書に書いてある呪文を機械が記録したものでな……」

「はぁ…」

正直、私にはお兄ちゃんの言っていることがよく判らない。

「それをこのMSXに読み込ませれば、わざわざその魔法書に書いてある呪文を打ち込まなくて済む。けれどこのカセットは読み込み専用で……」

「ふーん…」

「ま、いのにはこんな事を言っても分からんだろ?」

私は肩をすくめて、素直に頷く。

「うん」

そして私は、ストーブの灯りにもっと身を寄せた。

お兄ちゃんも私と一緒にストーブに手をあてる。

私は訊ねた。

「魔法使えば、あったかくなるん?」

お兄ちゃんは首を捻りながら答える。

「うーん…そうやな。そんな魔法もあるかもしれん」

私は言う。

「私、ヒカリがいっぱい出てくる魔法が欲しい」

「光?」

「うん。ほわっとあったかくて、ええ感じに明るいヒカリや」

「そやなー。それもええかな」

「お兄ちゃんなら、そんな魔法作れるやろ?」

「まあな。けど、ごっつ時間かかるでー」

「えー……それってどのくらいかかるんや?」

「うーっんとな、ちょっと待て。今計算しとる」

お兄ちゃんは目を閉じて、頭で空中に弧を描いた。

「うーん…むっずいわな、これ。もしかしたら、お兄ちゃんが生きてるうちに作れないかもしれん」

「えー」

「まあまあ、心配すんなって。暖かくなりたいなら、ここにストーブがあるやろ」

「まあ、確かにそやけど……」

「これで十分やん。いのと一緒に温まってれば、そんな魔法よりもっと暖かくなれるで」

そういってお兄ちゃんはストーブに手をかざし、息をついた。

お兄ちゃんの長く垂れた前髪の隙間から、細い目がちらりちらりと覗ける。

その目はストーブの揺らめく灯火を強かに反射して、微かに淀んでいた。

私はお兄ちゃんの口から自然と漏れ出す吐息に、「うんうん」と静かに相槌を打ちながら、その灯火と熱に身を委ねていた。

時の流れは緩やかになり、私はこの時間がいつまでも続けばいいと願った。

私の瞼は重くなり、次第にお兄ちゃんの声が遠くなっていくのだ。

かすれていく意識の中で、私はそれを嬉しく思う。


日が沈み、空が闇に覆われ始める。私はお兄ちゃんの言葉に背中を押されて小屋を出る。

帰りたくなかった。

家には誰もいない。冷たい地下室が待っているだけだ。

「家に帰らんと、お父さん心配するでー」

私は、誰かに心配された事が今までにあっただろうか。

首輪に繋がった鎖はストーブの熱で十分に温められていた。

私はそれに温かさを分けて貰いながら、家に帰る。

玄関に入って、お父さんの靴がないのを確認した後、私は地下室に戻る。

そして地下室の一番奥でずっしりと立っている柱に鎖を巻き付け、すぐ足下に落ちている南京錠で鍵を掛ける。地下室の壁や床はコンクリートで固められているので、とても冷たい。

そこに身を寄せることは、私にとっては棺桶に入ることと等しかった。

背筋の神経を一本づつ食らっていく悪寒を、私は二度と体験したくない。

私は不気味にチカチカ光る蛍光灯の真下で膝を折って抱え、目を閉じてお父さんの帰りを待った。お父さんが恋しいのではなく、その後の時間の訪れを私は待ち望んでいた。

お父さんは一日に二回しか降りてこず、それをやり過ごせば私は自由なのだ。

閉じた瞼の裏には、お兄ちゃんの小屋で細々とたゆたうストーブの炎が映っている。

炎はゆっくりと残像を残しながら揺れ、私はその残像の一つをも逃さないように暗闇の中で目を懲らした。

そうすれば、小屋の中で感じることができた温かさを、少しでも思い出せるような気がした。

その炎の隣で目を伏せながら静かに笑うお兄ちゃんの姿が、少しでも見えるような気がした。


扉の開く音で、私は目覚めた。

闇の中に浮かぶロウソクの炎。空になったミルクの皿。

私はゆっくりと顔を上げながら、その人の姿を正面に見据えた。

お父さん、お父さんだ。

紺色のスーツを着たお父さんは、私の所まで歩いてきて、私の顎を上げさせた。

そして、私に問う。

「今日も、学校に行ってきたのかい?」

私は答える。

「いいえ、今日は行っていません」

お父さんは少しだけ不思議そうに訊ねる。

「どうしてかね?」

 その声色は優しいようで、空々しい。

「みんなに、苛められるようになったから」

 私はできるだけ低い音で、言葉を並べた。

 お父さんは、間髪を入れずに答える。

「どのようにだい?」

「箱の中に入れられます」

「それはどんな箱だい?」

「段ボールの箱です。目の前に二つの穴が空いています」

 お父さんは不敵に笑い、顎に手を添えた。

「その穴から、外を見なさいと言うのかい?」

 私は微かに震えながら、頷く。

思い出したくはないからだ。

「そうか。君はその穴から、黒板を見る。その穴から、先生の話を聞くんだ」

 お父さんは、やはり満足そうに頬を緩めた。




私は放課後、お兄ちゃんの小屋に立ち寄る。

「おう、いのやないか。今日もぎょうさん冷えてるやろ?」

お兄ちゃんは毛布を被って、魔法書とテレビの画面を一生懸命に見比べていた。

「うん。学校から飛んで来た」

私は靴を脱ぎ、ランドセルを置いて、ストーブの側に駆け寄る。

ストーブの中の炎は相変わらず炎々と燃えていた。

私はお兄ちゃんに掛けられていた毛布の端を掴んで、少しだけ自分の方へ引っ張る。

「今日はな、いのに手伝ってもらいたい事があるんや」

そう言いながら、お兄ちゃんは毛布を力強く引いた。

私の穴だらけの靴下が、去っていった毛布の下から露わになり、私は直ぐにそれを隠した。

「何?私にできることなんてあるん?」

「おう。それがな、デバッグ作業ってやつを手伝ってほしいんやわ」

「デバッグ?」

「そうや、デバッグや。デバッグ作業っていうのはな、まだ未完成の魔法を、完璧にする作業なんや」

「みかんせいな魔法?魔法をカンペキにする?」

「おう……イマイチわからんか。そやな……」

そう言って、お兄ちゃんは小屋の中で眠っていた机に手をかけた。

引き出しの中から出てきたのは、何かの絵が描かれた16ピースパズルだった。

「このパズルをよう見てみ。まだ途中で、絵がごちゃごちゃになってるやろ?」

「うん……」

「これだと、なんとなくは分かるような気もするけど、今ひとつ足りんやろ。なんせ、最後のピースがはまってない。だから、このパズルは未完成。まだ完成してないんや」

「そうだね」

「そんでな……、デバッグっちゅうのは、欠けたピースを埋めるようなものなんや。こうやって、ピースを填めればこの通り」

お兄ちゃんは手に隠し持っていた最後のピースをそのパズルにはめ、一枚の絵を完成させた。

「せやけど、魔法っては何のピースが欠けてるか、よう判りにくい。だから、それをいのに探してもらう」

「ええーそれじゃあ、頭を使わなきゃだめなん?私、ごっつ頭よわいよー」

お兄ちゃんが目尻を微かに下げ、諭すように私に言った。

「心配あらへんで。頭は一切つかわへん。いのにやって欲しいのは、その魔法書を朗読するだけや」

私はお兄ちゃんから、ボロボロになった魔法書を受け取る。

「アルファベットはもう読めるやろ?」

「うん。書けへんけど、読めるー」

私はAからZまでのアルファベットの歌を得意げに歌った。

お兄ちゃんは拍手をして、頭の後ろを掻いた。

「おう。偉いなぁ」

「偉いやろ」

私は魔法書をめくり、お兄ちゃんに言われたページ番号を探した。そして、お兄ちゃんはカタカタとキーボードを押す。

「文字がぎょうさん書いてある左側に番号が書いてあるやろ?その中から1220番を探すんや」

私は文章の左側からその番号を探した。よく見てみると、その番号は文章の下に下がるにつれて十づつ増えていた。お兄ちゃんが打ち込んでいた文章と同じみたいだ。

「みぃつけたか?」

「うん。あったよ」

「じゃあ、その番号から続く文章を読んでなぁ。アルファベット一文字ずつで良いでー」

「うん。じゃあ読むね」

私はお兄ちゃんに言われたとおり、そのアルファベットで書かれている魔法の断片を読んでいく。私にとって意味の分からないその文章は、まさしく魔法を唱えるための呪文そのものだ。

「ねえ兄ちゃん。これ読めへん。なんて読むの?」

「あ、それな。アンドって読むんや」

「へー。アンドねぇ……」

魔法の呪文を唱えるためには、アルファベットだけでは足りなかった。私が今まで見たことがないような記号をたくさん使い、数字もたくさん使わなければならない。

「iとfが続いてな、その後何も来ぃへんかったら、それはイフって読めるんやで」

「アイとエフで、イフ……へぇ」

「それとな、G、O、T、Oってよく出てくるやろ?」

「うん。ぎょうさんのってる」

「それはゴートゥーって言うんや。勉強になるでー」

「うわあー、すごいやお兄ちゃん」

「そやろ?お兄ちゃんは天才やからな」

「さすがやー」

寝そべりながら魔法書を読んでいた私は、お兄ちゃんを下から見上げた。

お兄ちゃんは余所を向いて、細い手でポリポリと頭を掻いた。

「これやってれば、私も他のみんなと勉強できるようになるん?」

「そやなー。そのうち英語がペラペラになるでー。先生より喋れるようになる」

「へー楽しみやぁ……」

お兄ちゃんは私が喋っていく呪文に時々反応し、その度にキーボードのボタンを数回叩く。そして言われた番号の行を読み終えると、お兄ちゃんは自分で何かの文を作り、キーボードの中で一番大きそうなボタンを強く弾いた。画面上には、RUNと表示されている。

「いのに魔法の間違っている部分を教えてもらったから、それを直してもう一回魔法を唱え直しているんや」

しばらく立つと、画面の色が黒一色に変わった。

そして、その中央には白い文字で何かが写し出されている。

何だろう?

良く目を凝らしてみると、「ブロック」というカタカナが読めた。

あとの二文字はよく読み取れない。

「お、ここまではオッケーやな。さて、次はどうやろ……」

お兄ちゃんはまた大きなボタンを押した。

そうすると、画面がまた切り替わって、今度は紺色の長方形のブロックが二つ現れた。そしてその下には細長い白い棒と、物凄く小さな白い点が見える。その白い点が見えた時には、既にその点は動き出していて、紺色のブロックと、細長い白い棒の間を行ったり来たりしていた。

 点がブロックにぶつかる度に紺色のブロックは崩れていき、テレビの下にたくさん開いている小さな穴からはコンコンとおかしな音が聞こえてきた。私はその動きに目を奪われ、半ば放心状態になって画面の様子を見入っていた。

「おー。良い感じや。よしよし、今度はバーを動かしてみるでー」

そう言って、お兄ちゃんは矢印がついたボタンを押し始めた。

細長くて白いバーが、お兄ちゃんが押す矢印のボタンの方向に対応して、左右に動き出す。すると今まで上下に跳ね返っていただけの白い点が、バーにぶつかった瞬間に右や左に動き出し始めた。

やがて白い点は、ブロックを四方八方から崩し始める。

「もうここまでくればカンペキやろー。いの、あんたはようやったでー」

お兄ちゃんがキーボードから手を離したとき、白い点はバーで弾かれることなく、真下へ落ちていった。白い点が見えなくなった頃、画面にGAMEOVERの文字が現れる。

「これが魔法……?」

「そうや」

お兄ちゃんは胸を張って答える。

「いのは初めて見たと思うけど、これが魔法や。どうや、ビックリしすぎて言葉も出えへんやろ?」

「うーん、魔法ってもっと違う物だと思うてた」

すると、お兄ちゃんは私の顔を怪訝そうに見つめて、

「どんなん想像してたん?」

 と、聞いてきた。

 私はそれを上手く言葉にすることができなかったので、思いつく言葉を言ってみた。

「もっともわーっとした感じ」

「なんや?もわーって」

「もわーってゆうたら、もわーっや。それに、ほわーって、温かい感じがする」

お兄ちゃんは、今度は少しだけ笑って、

「そやな。だったらお兄ちゃん、もっと修行するわ。そのうち、いのが満足する魔法を見せてやるわ」

「うん。お兄ちゃんが魔法見せてくれるの待ってる」

 お兄ちゃんはそれに笑って答え、私もつられて笑った。

「じゃあ、次はどんな修行してみるかなー」




 私は、抜け出していた。

 難しいことではない。

 南京錠がかけられているふりをすれば、お父さんは気付かないのだ。

 私はこの時の為に、何度も練習していた。

 そして私は、成功した。

 今、家の外にいる。

 初めての夜だった。

 外は、目映い程に光り輝く、淡い青の星空で囲まれていた。

 私は思わず、その夜空を見上げる。

 地下室で生活する私にとって、それほど眩しい夜はなかった。

 胸に、星や月の光が満たされていき、私は満腹感に息を吐いた。

 この気持ちを、お兄ちゃんに伝えたい。

 でもどうすれば伝わるのだろう。

 私の知っている言葉では言い足りないし、私のできるジェスチャーでは、表しきることができない。

 だから、一緒にこの空を見上げれば良いのだと思う。

 言葉も何も、要らないのだと思う。

 私の足は、自然とお兄ちゃんの小屋に向かっていた。

 感動は、一人だけのものにしておくのは勿体ないし、独りで受け止めるのは心悲しい。


 小屋の中に入ってみると、お兄ちゃんはいなかった。

 私は不思議だと思い、小屋の周りを見回してみた。

 誰もいない。

 お兄ちゃんのいない小屋は、いつもと比べて肌寒く感じ、私を微かに少し身震いさせた。

 そして私達の支えであるストーブは消えていて、灯りとなるものは全て活動を止めていた。

 何処だろう?

 私は手探りでお兄ちゃんの姿を探す。

 色々なものが私にぶつかり、音を立てた。

その度に悲しさと寂しさが私の胸に募ってゆく。

 何故だろう。

 悪いことばかりが頭に浮かぶ。嫌なことだけを、想像してしまう。

 何処だろう、お兄ちゃんはどこにいるんだろう?

 私は気を取り直して、お兄ちゃんを探す。

 耳を澄ましてみた。目でも手でも駄目なら、耳しかない。

 小屋の中はしんと静まりかえり、私を蝕む冷気は、更に勢いを増す。

 けれども私は耳に集中した。

 一刻でも早く、お兄ちゃんに会いたかった。

 早く会いたい。

 せっかく抜け出してきたのだ。

 今会えなければ、私はどうにかなってしまう。

 その時、私は人の声を掬った。

 首を捻る。その音の方向に足を進める。

次第にそれは大きく、はっきりとした音となって私の耳に入ってきた。

人と人が争っている。

 私はもっと耳を澄ませ、その方向を探った。

 どうやら、小屋の近くに建っている家の方からのようだった。

 障子越しに漏れる白い光の影に、人の動く姿が見て取れる。

「あいつが苛められていたからって、そんな事は関係ないじゃない」

 女性の声だ。まだ、二十歳前後だと思う。

「あんただって小学生の時、同じクラスの男子の子にスカートの事を馬鹿にされて小屋に閉じこもちゃったんじゃないの。あの時は確か、藁人形を作って……」

「よ、よく覚えてるわね、母さん……」

どうやら、娘と母との会話のようだ。

「あんたって、根が暗いんだもの。それに一度や二度じゃなくて、事ある度にあそこで鬱憤を晴らそうとしたのは、あんたのアイデアちゃうの?」

 少し間を置いて、会話が続く。

「それは認めるわ。弟が私の真似をし始めたのは、確かに私が悪い」

「あんたがあそこで死のうとした事もあったやろ」

 影が少し仰け反った。娘の方だと思う。

「酷いわね。今その話を出してくるのは」

「そうよそうよ、めっちゃ酷い母親よ。けどね、もう、あんなこと、ほんまに勘弁して欲しいんや」

 沈黙が続いた。

「……悪い。あの時は確かに悪かった。みんなにはホンマに迷惑かけた」

 娘は一つ呼吸を置いて、次の言葉を選んだ。

「良い経験になったん。本気で人を憎むって大事やと思うし、自分もまた然り。袋に入れられて殺されそうになったり、自分から死のうとしたり、色々あった。母さん達には、本当に悪いとは思ってる」

「まあ、あの後のあんたには感心した。何度も言うけど。本当に良く立ち直った。けどね……」

「弟は弟で、やっぱ心配なん?」

「……そう。せやから私は、早く入寮させた方が良いと思って……」

 娘の方が深く溜息を吐く。

「でも、それは私の話だから……別にして欲しいの。弟は違う」

「だから、学校で苛められたんちゃうの?」

「違うよ。あいつは自分の進路に不満があるだけ」

 母の息を飲み込む様子が、影越しに伝わった。

 娘は続ける。

「あいつの夢を、母さんが知らない訳がないでしょ。もちろん、母さんだけじゃなく、私も反対してる。だけど、あいつは……」

 娘の真に迫る声に、母親も私も耳を傾けていた。

 その時、私の後ろで呼び声が聞こえた。

 私は体を固くする。

「いの」

 その人は私を優しく抱き寄せる。

「こんなところで……寒くないん?」

 私は首をふり、それに答える。

 その声に、私の全身は一瞬で弛緩していた。

 お兄ちゃんは、いつもと同じ角度と声色で、優しく頷く。

「せっかくやから、僕の小屋に来ぃへん?ここ、めっちゃ寒い」

 口論をする二人の影が、お兄ちゃんによって遠退いていった。

 お兄ちゃんの腕の中で、私はふと夜空を見上げる。

 私はお兄ちゃんの名を呼び、空を指さした。

 お兄ちゃんは「ほお」と声を上げ、足を止めた。

 月の光が私達を照らし、一つの月影が小屋の前の庭で揺れていた。

 私達はそこでじっとする。


 お兄ちゃんはストーブの上から薬缶を取り、カップに熱いお湯を注いだ。

 立ち上る湯気からは、ココアと砂糖の甘い香りが辺り一面に漂う。

「折角やから」

 スプーンでそれを混ぜながら、お兄ちゃんは続ける。

「昔の話でもせえへん?夜にこうやって二人で会うのは、滅多にないし」

 私はいつもとは違う毛布を被って、ストーブの前に手をかざしている。

 夜だからだろうか。あの二人の会話を聞いたからだろうか。

 気持ちの中の何処かが、静かに鼓動を打っていた。

 胸がざわめいている。

 お兄ちゃんの口から、滑り落ちるようにその話は始まった。

 私は普段とは香りの異なるその毛布を、ぎゅっとたぐい寄せる。

「僕にな、お姉さんがいるんや。先月、二十歳になったばかりの」

 お兄ちゃんは小指で鼻をかいた。

「姉さんは昔、男子達に苛められていてなぁ、殺されそうになったんや。袋詰めにされて。本人たちは軽い気持ちでやったと思うんやけど、姉さんはごっつきっつい喘息持ちだったんや。それで、生死の間を彷徨ったん」

「それで姉さんは、その事を僕たちに隠して、この小屋で自殺しようとしたんや」

 小屋の中に流れる時間が止まったような気がした。

「めっちゃ怖かった。僕はその時まだ五つやったから、すごくインパクトがあって、今でも良く憶えとる。この天井に紐を張って、そこに首をぶら下げている姉さんに、目が合ったん」

 私は天井を見上げた。

「僕はあの時、肌の毛が全部逆立った。急に寒く感じたんや。どうしてやろ、一歩も動けなかった。そうして固まっていたら、今度は汗が滝のように流れ出てな。大変やった。シャツがびしょびしょになるくらいに、ぎょうさん出たんよ」

 お兄ちゃんの目が、遠くを見ていた。

 私は、その遠くを一緒に視ることはできない。

「いのを見つけたとき、その事を思いだしたん。もしかしたら、あの時の僕の反応っちゅうのは、もしかして生きるための事なのかもしれへん。生きてるってことを、心よりも先に、体が訴えかけてきたんや。お前はまだ生きとるでーって。それで僕は動けるようになって、助けられた。あのままだったら、姉さんに殺されてたかもしれん」

 お兄ちゃんは、私の背中に手をあて、ゆっくりさすった。

「いの。人を救うって、どないすれば良いと思う?」

 突然の問いに、私は頭を悩ませた。

「人を救う……。うーん……どうすればいいんやろ。よくわかんない」

 お兄ちゃんは私をみながら何度も頷いて、ゆっくりと返してくれた。

「そう。僕にも、どうすればいいかちっとも分かららへん。只でさえ、人を救う方法なんてもんは人の数だけあんのに、一人ができる方法の数なんてほんの僅かしかあらへん」

 お兄ちゃんはカップに口をつけた。私もそうする。

「ましてや、僕にできることなんて何もない」

 熱い息と共に、それを吐き出す。

「姉さんは一人で立ち直った。打ち込める物ができたからだと思う」

 キーボードを指さした。

「そんな姉さんを凄いと思った。せやけど同時に、何もしてあげられなかった自分が悔しくてたまらんかった」

 私はお兄ちゃんに身を寄せ、息を吐くように呟く。

「……そんなことない」

 お兄ちゃんは目に悲しい色を浮かべて、私の頬を撫でた。

「お兄ちゃんは、私を助けてくれた」

 二言目で、微かだけれども力が入った。

 お兄ちゃんは目尻を下げて、優しく微笑んでくれる。

「僕はまだ、いのを助けてない。あの時は偶然、いのを見つけただけなんや。いのは、姉さんと同じように、苦しそうやった。同じ目をしてた」

 その瞳が、また遠くなる。

「僕に出来ることは、こうやって、いのと一緒にいることしかできない。できれば、いのを暖めてあげる魔法が作れれば、一番良いんやと思う。けど、僕には力がたりへん。誰をどうすることもできん。自分の将来の事さえ、どうにもすることができないんや……」

 胸の中にまた別の重い何かが膨らんでいた。

 それは苦しいけれど、めいいっぱいに私を満たしていた。

「……じゅうぶん。私は、このままでいい」

 こんな簡単な言葉だけど、私にとってはそれが全てだった。

 どのくらい前から、その想いを反芻してきたことか。

「私は、今、とてもあたたかい。お兄ちゃんの傍にいるだけで、ほんとうに暖かい」

 揺らめく熱気の上で、お兄ちゃんの長い睫毛がゆっくりと下ろされている。

 目を閉じて、私の言葉を噛み砕いている。

「せやけど、いの。僕はこのままじゃいられないんだ。永遠に、ここにいられない。僕は次の場所に行かなければいけないんや。それはいのも、同じ事」

 唾を飲み込んだ。そのごくりという音は、お兄ちゃんからなのか、私からなのか。

「だからその間に僕は、いのをできるだけ暖めたいと思う。できれば、もう二度と寒さを感じないような、暖かい魔法を、いのにかけてあげたいと思う」

 お兄ちゃんは毛布と一緒に私を抱き寄せ、耳元で囁いた。

 もう、寒い思いはさせたくない。


 その言葉が、どれほどの熱を持って私の心に届いたのだろう。

 心が火傷してしまう程のそれは、私の全身を熱くし、考えることすらできなくなった。

 冷静になった私でも、それは計ることはできないし、計ろうとも思わない筈だ。

 きっと、それは私を動かす全てであると思う。


 お兄ちゃんは既に魔法を唱え終えていた。

 私だけに、それは分かる。

 そしてそれはもう私の中で作用している。

 そのことを私は何度もお兄ちゃんに伝えようとしているのに、頑なにお兄ちゃんはそれを否定し続けた。何故だろう、お兄ちゃんが考えているのは、もっと別のものなのだろうか。

 何度も言う。そして私は行動に移している。

 お兄ちゃんの傍にいれば良い。

 お兄ちゃんの心が、近くにあればいい。

 そうするだけで、確かに私は寒さを忘れていたのだ。

 地下室に戻れば、おぞましい寒気が私の背筋を襲う。

 学校に行けば、止めどない苛めが私の心身を襲う。

 お兄ちゃんから離れるほど、私は辛くなる。

 死の誘惑に、負けそうになる。

 けれど、お兄ちゃんから貰った大切なものがある。

 それは私の胸の奥でいつでも同じ輝きを放ち、いつでも同じ熱を与えてくれる。

 生きていかなければならないと思う。

 生きていかなければならないと思う。

 もしかしたら、私はこの熱を誰かに与えることが出来るかもしれないから。

 そうしたら、私は、お兄ちゃんにそれを返すことができるから。

 お兄ちゃんが冷えてしまったその時に、惜しまずに全てをあげたいと思う。

 そうすれば、お兄ちゃんが欲しがっていた魔法の意味が分かるかもしれない。

 誰かを救う方法を、こんな私でも手にすることができるのかも知れない。

 だとしたら、私は……




 そういうことにしておこう。

 これが、私が考えられる最も害の無い結末で、彼女の想いもそこで帰結していれば良いと思う。そう身勝手に話を結んで私は満足する。

 もちろんこの話には続きがあり、そこにはしっかりとした終末も待っている。

 私は手垢で汚れたシャープペンを原稿用紙の上に置いて、椅子の背もたれに全身を預けた。

 少しの間、夢想する。

 もし、私があの時殺されていたら。

 そう思うときがある。

 もし、私が自殺に成功していたら。

 そう考える時がある。

 人の道というのは、どうしてこう辛いことばかりが多いのか。

 そう考えるのは私だけの自由だ。

 そして私が掴み取った不幸は誰にも渡す気はない。

 そもそも幸福というのも主観で決めるものであり、それができない私を呪うのもまた、私にしかできない。何を思い、何を起こそうとも、人の勝手だ。けれど、幸は誰かと、不幸は独りで、全てが結ばれれば良いのだと、何度も思う。何度も思うのだが。

 今、こうやって私が机に向かってこの文章を書いている間、彼女は愛媛みかんの空の段ボールの中で身を丸めて震えている。体温は低下する一方で、呼吸も安定しない。いわゆる虫の息というやつだ。

 何故このような結末になったかと言うと、弟は県外にある学校の寮に母親の手によって強制送還されたのだ。福祉の専門学校。弟の第二志望であったその学校が約束する未来は決して悪くないのに、弟は最後まで第一志望の工業系の学校に行くことを諦めなかった。正確には、プログラマーになる道を諦めなかった。寮に入れさせられた今でも、弟は夢を諦めていないだろう。

 そういうことで、弟は入寮するギリギリまで、小屋にて魔法の修行ならぬ、趣味のプログラミングを満喫していたわけだが、母親に連れ出され、小屋はもぬけの殻となった。と言っても、あの曾爺さんレベルのMSX2が小屋の中央に重い腰を下ろしているが、あれはゴミ同然であり、小屋の価値を動かす力もない。

 それで、弟が小屋から追い出された次の日、興味本位で小屋の中に入った私は、彼女を発見する。

 弟の連れの女である彼女は、弟がまだおねしょをしていた頃から愛用していた毛布に身をくるませ、寒そうにブルブルと体を震わせていたのだ。ストーブにはもう灯油は残っていなかったし、外ではちらちらと雪が降っていた。私の息が白くなる小屋の中の温度は、私達が恒温動物であるが故に、とても厳しい環境であっただろう。

 私は彼女を毛布ごと抱え、小屋にあった段ボール箱にゆっくりと入れた。

 段ボールには二つの穴が空いていた。ちょうど目と目のあたりだろう。私は私の執念深さに苦笑する。

 彼女を私の両親に診てもらう為に、家の中まで運んだ。両親はその子の様子を見て、一目で病気だと判断し、もう手遅れだろうと言い渡した。両親の申告に少し残酷さを感じたが、それを専門としている職業なので反論することはできなかった。私は腹の中で幾度となく転がしても落ち着かない、厄介な言葉を思い出す。論理と感情は相容れない。

 私は、彼女を自室へ連れていき、机の隣に置いた。死を看取る事が、私が彼女に対して行うことができる唯一の感謝であると考えたからだ。

 その後私は小屋に戻り、弟が小屋に籠もった一週間で何をやらかしたのかを確認した。

 インスタント食品、レトルト用品の空容器から発せられる異臭に鼻をつまみながらも、私は片手で色々なものをかき分け、MSXの雑誌を見つける。発行年月日を確認した。だいぶ古い。

 続けてゴミの山をがさがさ漁っていたら、固い感触のものを見つけたので、それを拾い上げる。カセットテープを発掘した。ラベルには鉛筆でブロック崩しと書かれていて、私はまたもや苦笑した。筆跡から、明らかに弟のものだと分かったからだ。このMSXという遺産を遺した父によるものではない。

 数多くあるカセットテープの中から、私は一番新しいカセットテープを見つける。それは私が要らなくなって弟にあげたハイポジションタイプのカセットテープだったので、一目で判別がついた。幾度のエアーチェックで伸びきったはずのテープも、このような活路を得て再び活躍することができるのだ。

 私はそのカセットテープに張られたラベルを確認し、黙ってカセットテープのリーダとレコーダの機能を併せた機材を探した。そして私はそのテープを機材にセットし、テレビモニタとMSXの電源を入れた。

 テレビモニタに青い画面が浮かび、薄暗くて埃だらけの小屋の壁がさめるような濃紺一色となった。

 私は画面を見つめる。

 モニタに現れる画質の荒い文字、安っぽいビープ音。

 私は指が記憶していたコマンドを打ち込み、カセットテープからプログラムのリードを命令する。そしてカセットテープの再生ボタンを押す。

 テープを回すためのモーターの回転音が続き、テレビモニタに読み込み終了のメッセージが表示される。私は停止ボタンを押し、カセットテープを取り出した。

 そのラベルにはこう書かれている。

 アルファベットで、MAGIC。


 私は走って自室に戻り、彼女が入った段ボールを両手で抱きかかえた。

 その後、急いで階段を下り、段を踏み外して転げ落ちそうになりながらも、母親の制止によって助けられた。その後、母親は私に「なにをする気なん……?」と訊ねてきたが、私は何も答える気は無かった。私には私なりの死の扱い方があって、それを実行したかったからだ。

 そうやって彼女を小屋の中に連れていき、MSXが起動しているテレビモニタの前に座った。私は彼女を毛布で包みながら段ボール箱から取り出した。そして彼女を両手で抱きかかえ、ちゃんと聞こえるように耳元に囁いた。「一緒に見よう」

 私は彼女の頭を胸にあて、空いた片手でキーボードのボタンを押した。RUN MAGIC。

 すると、画面は一気に真っ暗になり、ちゃちな音楽が流れ始めた。

 曲名は分からない。きっと弟が自作したものだ。

 私と彼女は、その音楽を黙って聴いた。

 電子音ほど冷たい音は無いと思っていた私と、音楽と音の区別がつくかどうか分からない彼女は、その音楽に真剣に耳を傾け続けた。

 そして音楽が一つの周期を終え、また新たなメロディを紡ぎ出そうとした時、画面に何かが現れた。

 白色の、僅かなビット数で表現されたその記号の集合を、絵だと認識するには時間がかかった。そしてその絵は、記号の表示位置を変えながら、ゆっくりと不器用に動き出し始めた。

 歩いている。その絵は歩いていると、かろうじて認識する事ができた。

 絵はこちらに向かって歩いているのか、次第に大きくなっていった。

 私達はモニタをじっと見つめ、その動向を探った。知らぬ間に咽喉に唾が溜まり、私はそれを大きな音を立てて飲み込んだ。彼女の瞳孔は潤み、動悸は激しさを増すばかりだった。

 その絵が、その犬が、喋る。

「いのり、ずっと一緒だよ」




 もちろん、未だに私は魔法など信じない。

 誰かが圧倒的な技術を得て、それを他の人が見た時、奇蹟だの魔法だの囃し立てても、私は絶対にそんな言葉を使わない。

 魔法とはきっと、誰にも使えたもので、誰しもが使えなくなったものであると思うから。

 そんな論理的ではない理由で、私は魔法を認めてこなかった。

 私は小屋の隣に立っている立派な松の木の下に、彼女を埋めた。

 彼女は魔法を見た後、テレビモニタに向かって何かの返事をするかのように小さく鳴いた。その声は、悲しみや嬉しさ、悔しさや切なさ等の色々な感情を混ぜたような複雑な響きを奏で、私にはその意味をしっかりと掴むことができなかった。けれど、彼女が返事をしてくれた事自体が、とても重要な気がした。

 彼女を埋葬した事で、私は両親からこっぴどく叱られたが、とても火葬する気にはなれなかったので、私は埋めた場所を両親に教えなかった。火葬してしまっては骨しか残らないし、焼失した肉体が、本当の温かさを得られると思わなかったからだ。それに病気で蝕まれていた彼女の痩せ細った骨など、絶対に見たくない。

 それから私は、子犬を探していたという近所の設計事務所の人の所を訊ね、事実を語った。飼い主の人は一瞬だけ悲しそうな顔をしたけれど、すぐに笑顔に戻り、私の顔を見つめて「弟さんによろしく」と言った。私は再度、その人に頭を深く下げ、謝った。

 そして私は弟の携帯に電話をかけ、彼女の報告をしたが、弟は黙ったまま「うん」と頷くだけで、他には何も言わなかった。弟の中でまだ整理ができていないのだろう、と私は喋りながら思っていたら、弟は最後に一つだけ私に尋ねた。質問の内容があまりにも腹立たしかったので、私は弟に罵声を飛ばし、そのまま電話を切った。

「僕、プログラマーになれるかな?」




 親父が私達に見せてくれたものがある。

 それを魔法と呼ぶには、あまりにも貧素で滑稽なものであったけれど、私達姉弟は心の底から喜んだ。なんて事のない、ただの文字や記号で作られた動画のプログラムであったのだけれど、私達は感動した。

 人を感動させた瞬間が魔法である。人の心の色を染めることができたら、それは魔法である。

 魔法の定義なんて、どんなふうにも言える。もちろん、対象が人間じゃなくても、方法がどんなものであろうとも。

 けれど私は魔法を信じないし、だからこそ、魔法を使うことができない。

 私は来月からプログラマーになるのだし、それで人の心を動かせるとは思えないからだ。

 ただただ地道にシステムを構築していき、人が当たり前だと思うことを、死ぬ思いをしながら実現していくのだ。それに問題があったり、不便で使い難いと批難されれば、そのシステムは藻屑以下と化す。それに感動の余地は無いし、やりがいを感じるには辛すぎると私は思っている。だから弟にも、プログラマーだけにはなって欲しくなかったのだ。

 だけど、魔法は確かに存在する。私は信じないけれど、それは確かに私の目の前を何度も通り過ぎて、誰かから誰かのもとへ届けられる。

 私はそれを遠い目で見ながら、いつの日かゆっくりと果てていくつもりだったけれど、弟は生意気ながらも、それを阻止しようとした。犬なんかに「いのり」なんて名前をつけて、しょうもないプログラムなんかを作った。

 もう一度言おう。

 私は魔法を信じない。

 私にはもう、魔法なんて唱えられないからだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] この作品の途中から涙を堪えて読んでいました。とても温かな作品だと思います。自分の中の『魔法』を新たな視点でも見ることができました。これからもこの作品のような世界観を大切にして、新しい作品、魔…
2009/01/22 23:23 クローバー
[一言] シンプルなタイトルに惹かれて拝読させて頂いたところ、あっという間に話に引き込まれてしまいました。 そして、プログラミングを、魔法を作るという言葉で表現したところに斬新さを感じます。 「私」の…
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