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第八話 地下遺跡

 湖音は思い切ってその獣耳の武芸者に話しかけてみた。


「始めまして、湖音と言います。あの、鉄斎さんて、もしかして日本をご存知なのですか?」


「ということは御主も日本人ですな? 拙者は父が日本人、母が日本人と獣人(ライカンスロープ)のハーフなので、4分の3が日本人なのです。まさかこんなところで同郷の方に会えるとは思わなんだ。よろしくお頼み申します」

 そう言ってお辞儀をした鉄斎を見て、慌てて湖音も礼を返す。


「僕はユスティーシュ。魔術師だ。かの高名なカリバーンと行動を共にできるとは光栄だな。よろしく頼むよ」


「鉄斎でいいですよ。世間では聖剣カリバーンなんて持ち上げられておりますが、所詮エクスカリバーには及ばない二番手ゆえ」

 苦笑をしながら返す鉄斎。

 湖音に続いてユスティーシュも挨拶をしたのを見てフェイが言葉を続けた。


「自己紹介が終わったらさっさとお行き、時間が無いよ。道はザックと鉄斎なら分かるだろ」


「時間が無いっていうのは?」

 ユスティーシュの問いかけにフェイが険しい顔をした。


「今この街には厄介な奴がいるのさ。驚異(ラ・メルヴェイユ)。名前くらい聞いたことあんだろ。三銃士ならともかく、あいつだけは止められない。追いかけられる前に、とっとと逃げるんだね」


「げ、マジか。なんつータイミングの悪い。仕方ねえ、さっさと行くか。鉄斎、よろしく頼むな」

 ザックの問いかけに首肯する鉄斎。


「行くってさっき言ってた地下ですか?」


「ああ。地下納骨堂(カタコンベ)から地下採石場、古代遺跡に降りる」


 ザックの話によると魔術師ギルドの地下だけでなく主要施設の地下には、非常時に外部に抜けるための脱出路が繋がっているのだが、おそらく今回は封鎖されているとのことだった。

 だが、魔術師ギルドの地下からは他には知られていないものの、さらに古代遺跡へ通ずる通路があるのだと言う。

 ギルドでは普段そこからの発掘品を研究したりしている事もあるらしい。


「この古代遺跡を以前調べた時に、外部へ抜けられる通路を見つけていたんだ」


 フェイの案内で施設の地下に降りて行った一行は、鍵のかかった古めかしい扉の前にいた。

「この先が地下納骨堂だよ。準備はいいかい?」


 三人が頷くとフェイは鍵を開けた。扉の中は真っ暗だったが、ユスティーシュが明かりの魔術を使うと進行方向に光球が浮かび上がった。その光に照らされて、周囲に幾つもの髑髏が浮かび上がった。


「きゃっ!」

 それを見て思わず悲鳴をあげる湖音。


「稀に死霊などのアンデッドが出ることもあるからね。気をつけてお行き」

 フェイの言葉に思わず辺りを見回してしまう湖音だった。


「ああ。色々ありがとな。じゃあ行って来る」


「納骨堂は他の施設からも入れるからね。追っ手に出くわさないように気をつけるんだよ」


 一行はフェイ達に礼を言うと、鉄斎を先頭にザック、湖音、最後にユスティーシュの順番で進んでいった。最初はあまりの遺体の多さに怯えていた湖音だったが、10分ほど進むと辺りの様子が変わってきた。


「あれ、骨無くなってきた?」


「ああ、この辺りはまだ納骨堂として利用されていないんだ。この先だ」

 ここの納骨堂は過去の採石場を再利用して作られているらしい。なるほど、言われてみれば周囲には錆びたハンマーなどが落ちていたりするのが見て取れた。


「確かこの辺に……ああ、ここだ」

 ザックが指差した辺りにユスティーシュが光りを差し向けると、石壁に短刀が突立っていた。刀身には複雑な模様が描かれている。おそらくあれは魔方陣なのだろう。

 鉄斎が短く呪文を唱えると壁全体が薄く光り、次の瞬間消えていた。そこにはポッカリと新しい通路が光りに照らされて浮かび上がっていた。


「まだ研究中だからな、立ち入られないように封印しているんだ」


「やっぱ魔術ってすごいですね……」


「こんなのは初歩の幻覚魔術だからな。そしたらこの先の遺跡を見たらビックリするぞ。そこかしこに魔術を使っているからな」


「魔術って使える人少ないんじゃないんですか?」


「実は古い時代の方が、人は魔法を自由に使えていたんだよ。それこそ空を飛んだり、死者の復活なんかも伝説としてはあるのさ」

 ユスティースの言葉を聞いた瞬間、湖音はドキリとした。魔法の存在を知った時から、もしできるならと願っていた事が語られたのだ。


「……ねえ、魔法で死んだ人を生き返らせたりは出来ないって言ってましたよね?」


「うーん、難しいね。できるとも言えるし、できないとも言えるかな」


「どういうことなんですか?」


「今言った通りなんだよ、過去魔法で死者を復活させた記録は確かにある。だが、今その技術を持っている者は知られていないんだよね」


「……そうなんですか」


「まあ、教皇が使えるという噂があったり、十門にはその秘伝が伝わっているという話もあるけどね。残念ながら僕はまだ見たことが無い」

 ユスティーシュの返答に仄かな希望を繋いだ湖音だった。


「む、怪しい気配。皆下がれっ」

 鉄斎の言葉に緩んでいた意識が一気に引き締まる。

 確かに暗がりの奥から何かが動く音が聞こえてきた。

 鉄斎は刀を抜くと一行を下がらせた。ユスティーシュも杖を構えて呪文を唱え始めると全員の身体がうっすらと輝く。


「風の対衝撃防御を張ったよ。来るよ、警戒して」


 次の瞬間遺跡の暗がりの中から、何かが凄まじい勢いで飛び出してきた。


 遺跡から飛び出してきたのはスケルトンだった。納骨堂では会わなかったのに、まさか遺跡に入る所で会う事になるとは。

 もっとも湖音がそれと気付いたのは鉄斎が相手を叩き切った後だった。スケルトンは左鎖骨から袈裟懸けに真っ二つにされ、とどめと言わんばかりに頭蓋骨を踏み砕かれ、その動きを止めていた。


「……ほ、骨!? なんで動いてたんですか、これ?」


「アンデッドだ。死後、何らかの理由で仮初めの命を得た“動く死体”だ。見たことないか?」


「無いです! こんなの物語の中でしか聞いたことないですよ!」


「そうか。まあ、あまり強くはないからな。そんな心配しなくても大丈夫だ」


「いや、大丈夫って……」

 ザックの言葉に元いた時代とのギャップを感じてしまう湖音。


「怪我は無いか? 実は昼間、ザッと調べておいたのだがな。どこに隠れておったのか」

 戻ってきた鉄斎が湖音に声をかけた。

 なるほど、上で会った時に泥塗れだったのは下調べをしていたせいだったのか。


「うん大丈夫、ありがとう。鉄斎さん、ほんとに強いんですね。聖剣カリバーン、でしたっけ」


「ああ、こいつはな、フランス西部の街カルナックで起こった数百にも及ぶゴブリンの襲撃を一人で食い止めた英雄なんだ。スケルトン位は軽いもんだろ。恐らく国内でも五本の指に入る剣豪だよ」

 ザックの賞賛を受けても鉄斎は驕る訳でも恐縮する訳でもなく、淡々としていた。だが、耳が微かに赤くなっている事に湖音は気付いていた。ちょっと可愛いかも、と思ったがそれは言わない方がいいだろう。


「恐らく納骨堂から紛れ込んだんでしょうな。スケルトンには幻覚は効かないからの。それに遺跡の魔物にしては弱すぎる」

 ザックの言葉をまるで聞いていないかの如く、鉄斎は刀を鞘に納めながら言葉を続けた。


「第六層まで魔物がいないのは確認済みゆえ、先を急ぎましょう」


「違いない、改めて行くぞ」

 ザックもそれに対して反応する事は無かった。二人の間では当たり前のやり取りなのかもしれない。


 その後しばらくは何事もなく、一行は暗い遺跡の中を進んで行った。

 遺跡は古代ローマ時代のものだった。

 当時のアーケードが、そのまま埋もれていた。所々崩落している部分はあるが、場所によっては屋内に入ることも可能だろう。


「……ふわあ、遺跡ってローマ時代のものなんですね」


「お、湖音も名前を知ってるのか。世界最大の魔術大国だったからな」


「ええっ!?」


「なんだ、知らなかったのか?」

 ザックによるとローマというのは魔法が歴史上一番栄えていた時代なのだと言う。

 ローマは魔法によって栄華を極めたが、徐々にキリスト教にその座を譲り、ついには東西に分裂して衰退していったらしい。


「394年、フォロ・ロマーノにあったウェスタの聖なる炎が消えた時、魔法の時代は終わったんだ」


 当時、キリスト教と魔法勢力は血みどろの戦いを繰り広げていたのだが、313年のキリスト教国教化により、魔法勢力は一気に劣勢に追い込まれ、395年の東西分裂で魔法技術はローマから失われた。


 また、同時代にアレクサンドリアにあった図書館も破壊された事で魔法技術は完全に絶え、歴史の表舞台からは姿を消す事になったのだった。

 この時、かろうじて残った魔法技術を保護しようとした集団が、後の十門なのだと言う。


「俺達が魔術と魔法と、使い分けていたのには気がついたか? まだ今の魔法技術は当時のレベルには全く追いついていないと言われているんだ。文献に残るような世界の法則を変えるような技は使えず、小手先の技術レベルのものしか使えない。それを自嘲して俺達は自分達を魔法使いとは呼ばず、魔術師と呼んでいる。ま、鉄斎を笑えないって事さ」


 肩を竦めるザックの背中は少し寂しそうに湖音には見えた。


「そうだったんですね。ごめんなさい、気がつかなくて。もう魔法て言わないようにしますね」


「いや、別に気にしてないからいいぞ。ああ、それに魔法使いも一人だけいるしな」


 ギルド(マスター)飛天。

 彼女は現在世界で知られている唯一の『魔法使い』であり、その実力は魔術師の中でも十指に入る実力者であった。


「なんか、皆さんと一緒にいると凄い人だらけで全然実感できないですね」


「うーん、上には上がいるからね。あまり気にしなくていいと思うよ」


 そんな雑談を繰り返しながら、いくつか都市の層を下って行く一行。

 階層を下る毎に都市は古い時代のものになっていった。

 驚くべきは、下の階層に行く程に遺跡の都市機構にまだ機能している部分が多いことだった。照明も二割ほどはかろうじて生きており、か細い光を放っていた。また一部の扉は魔力を利用した自動扉なのだろう、一行が通り過ぎる時に音もなく開き始めた。

 鉄斎が確認してくれていなければ、魔物の襲撃を警戒しなければならないので進行速度はこの半分もいかなかっただろう。


「それで、どうやって魔術を使う事に成功したんだ?」

 しばらくして、ザックが湖音に問いかけた。


「お前の魔力量だと、魔術を成立させるには針の穴を通すような精密なコントロールが必要になるはずだ。正直、こんなに早く魔術を使えるようになるとは思わなかったぞ」


「実はですね、マキナに協力してもらったら出来ちゃったんです。魔導書も記憶してもらってましたし」

 あっさり言う湖音にザックはため息をついた。恐るべきは未来の技術と言った所だろうか。

 続けて使用方法を詳細に話していくと、ザックは考え込んだ。


「魔術とは究極の所、理屈とイメージが大切なんだ。術の発動までのプロセスを理解し、後はそのイメージを実現するための対価である魔力を用意すれば、魔術は成立する。呪文はそのイメージを固めるための補助にすぎない。もしかしたら、お前に呪文は必要無いのかもしれんな」


 なるほど湖音の場合、術が発動する理屈を科学的に理解し、マキナにイメージを図示させる事もできる。呪文の必要は無いかもしれない。究極のところ、自身は魔力の電池となり、マキナに命令(オーダー)すれば術は発動するかもしれない。

 ザックが湖音を振り返った時には、その瞳が虹色に輝いていた。


「ちょっ、待て! 何する気だ!」

 急激な魔力の高まりを感じ、慌てて制止するが遅かった。湖音の右手には輝く光球が生まれていた。光球はアーケード内を煌々と照らし出した。その光量はユスティーシュの作りだしたものの数十倍にも及ぶだろう。はるか先、突き当たりの建物のファサードまでが浮かび上がる。


「ほんとだ、できました!」


「こんなところで練習するんじゃない! 万が一暴発したら生き埋めの可能性もあるんだからな!」


「ごめんなさい、ただの明かりだから大丈夫かと……」


「ついで死にたくは無いんだ。頼むから自重してくれ」

 ザックは何度目かわからないため息をついた。


「それにしても凄いね。全然疲れていないの?」

 ユスティーシュの問いかけにコクリと頷く湖音。


「改めて見ても恐ろしい魔力量だな。力を絞る事は出来ないのか?」


「一応、できる限り力を抑えたつもりなんだけど……」


「まあ、今後の課題という事か。生き埋めになりたくなければ攻撃魔術は避けておく方が無難だな」

 湖音もまだ生き埋めになる気は無い。ユスティーシュの言葉に一も二も無く頷いた。


 一行はそのままアーケード突き当たりの建物に入っていった。

 建物内は玄関ホールの床が抜け、下の階層が見えていた。


「この下が第六層だ。古代の下水道だった部分だな」


「でもすごいですね、街がそのまま埋まっているなんて」


「セーヌ川の氾濫で埋まったらしい。今の街はその上に作られているんだ」

 どうやら窪地部分の街がそっくり埋まり、その度に上に新しい街が作られたとのことだった。


 第六層はほとんど水が枯れた下水道だった。既に臭いなども残っておらず、歩くのには差し支えなかった。ここが使われていた時代であれば、大ネズミなどが出て来たかもしれない。しかし今では生き物の気配はどこにも存在しなかった。

 この第六層の下には自然の洞窟の第七層があるらしいが、今回は六層から封印してある古代の水路に入り、街の外に抜ける事になるようだ。

 静寂の中、一行の足音だけが辺りに響き渡っていたが、唐突に上から足音が響いて来た。それも複数の人数の音だ。


「なに? 何の音?」


「……皆、気をつけろ。追っ手の気配がする」


「まずいな、もう追いついて来たのか」


「この速度で追ってこれるのは、あいつでしょうな。奴は私でも勝つのは難しいゆえ、先を急ぎましょう」

 鉄斎の口調が微かに焦りを帯びていた。


「鉄斎さんでも敵わないって、もしかしてさっき言ってた人ですか?」


「うむ。驚異(ラ・メルヴェイユ)の実力は比較できるようなものでは無い」

 その口調に動揺が感じられる。それほどに有名であり、恐ろしいという事なのだろう。


 驚異(ラ・メルヴェイユ)——『鮮血の聖女』『破壊の女神』『紅の葬送曲』『血まみれの死神』『不死身の鬼女』『赤い理不尽』等々の通称で知られる彼女は、かつて教会に列聖され、祝福という名の呪いを受けているのだという。その祝福『常在戦場』は、戦場にいる限り一切の傷を負う事が無いというものだった。同時に列聖された三人のうち二人は戦場以外で倒されているのだが、彼女だけは休む事なく戦場を渡り歩いており、大陸中にその武勇を轟かせているのだと言う。


「あれは規格外だ。比べるもんじゃない。勝ちたかったらそれこそ伝説の三王でも探してくるしかない」

 ザックの言葉に鉄斎が眉を顰めるが、反論することは無かった。


 そうこうしているうちにも、足音はどんどん近付いてくる。

「ねえ、どっかに隠れるとか駄目かな?」


「無理だ。相手は生命探知も魔力探知もお手の物だ。隠蔽も探知妨害もお前、出来ないだろ? まあ仮にできても今からじゃ手遅れだ」


「そんな、じゃあどうすればいいの?」


「全力で水路まで逃げる。あっちは水が残ってるし、ボートも一艘用意してある。乗ったらこっちのもんだ。魔術で一気にぶっ飛ばそう」

 ザックの言葉に一行は駆け足で下水道跡を進んで行った。


「次のブロックを右折すれば封印してある水路だ。何とかなり……」


 ザックの言葉を遮るように轟音が響いた。次の瞬間前方に大量の土砂が降り、視界は砂埃で塞がれた。

 濛々と立ち込める砂埃の中、女性の大音声が響き渡った。


「貴様らが国に仇名す害虫共か、我が鉄槌にて引導を渡してやろう。申し開きはあの世でするがいい、速やかに叩き潰してくれるわ!」


 瓦礫の上に佇むのは、美しくも紅い偉丈夫だった。真紅の全身鎧に、緩くウェーブのかかった真紅の髪、極め付けは真紅に輝く瞳とその全身は鮮血を浴びたかのような赤一色に染まっている。

 一見すると華奢にも見える姿でありながら、全身鎧を全く苦にした様子も伺えない。それどころか驚くべきは、その右腕に握られた余りにも異形な戦斧だった。2メートルはありそうな太い柄の先には、無骨で巨大な歯車が幾つか取り付けられている。歯車は巨大な刃にも付いており、両者が噛み合う事でそれは巨大な戦斧の形を成していた。屈強な男達数人がかりでも、動かす事すら難しいであろうそれを軽々と持つ様は、一枚の絵画を思わせる迫力に満ちていた。


 メルヴェイユ——驚異という名で呼ばれる圧倒的なまでの死の具現が、一行の前に立ち塞がっていた。

明日は実家に帰って初詣です。

投稿、できるかなあ。

頑張りますっ。

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