第七話 助太刀
明けましておめでとうございます。
お正月でお酒飲み過ぎたので短めです。
その後、市内はパニックになった。教会に駆け込む人、街の外へ逃げようとする人などで市内は混乱の極みにある中、すべての門は銃士隊により封鎖された。市外からの攻撃か、市内で何者かが行った事態なのかが判明するまで人の出入りを制限するようだった。
こうして多くの人が不安に眠れぬ夜を過ごす中、湖音は二人に説教されていた。
「お前、アホだろう」
「……ごめんなさい」
「お前の魔力量は異常だと伝えていただろ。僅かのミスが取り返しのつかない事態を招く事もあるんだ……とはいえ、一人で、しかも一日で術を仕上げるとはなあ」
返す言葉も無い湖音はベッドの上に正座し、項垂れていた。
落ち込む湖音を見兼ねたのか、ユスティーシュが声をかけた。
「まあやっちゃったものは仕方ないよ。先の事を考えよう。それに魔術を習ったその日のうちにあれだけの術を行使するというのは普通じゃない。むしろ一人の天才魔術師の誕生を喜ぶべきだろ」
瞳を潤ませながら顔を上げた湖音に、ザックがさらに言葉を繋げた。
「市内が封鎖されている以上、街から出る事は出来ない。不審人物の洗い出しも始まるだろうから、少しまずい事になるぞ。ここには身許不明の女も一人いる事だしな」
泣き出しそうな顔で服の裾を掴む湖音を見て、流石に言い過ぎたと思ったのか、
「まあ安心しろ。ちゃんと逃がしてやるから」と慰めた。
「そうは言ってもどうする? ただの魔術の練習で済む問題では無くなっているけど」
ユスティーシュの言葉に少し考えたザックはニヤリと笑った。
「魔術で起きた問題だ、魔術師ギルドで解決するとしよう」
二時間後、3人は再び魔術師ギルドにいた。さすがにこの時間では表門こそ閉ざされていたものの、裏口からは中に入る事が可能だった。
騒然としたギルド内には多くの人間が出入りしており、とても夜中とは思えない。やはり先程の爆発のせいだろう。様々な人が行き交っているため、彼女らに注目する者はいなかった。
先程と同じくカウンターの奥に声をかけたザックは、二人を手招きし、奥に連れ立って入っていった。職員用の通路を抜け、しばらく長い廊下を歩くと重厚感のある大きな扉の前に立った。両脇に立つ鎧甲冑が槍を交差させ行く手を遮っていたが、しばらく待っているととガチャリと錠の外れる音が聞こえ、甲冑達は槍を引いた。甲冑の内部には誰もいなかったが、目元が仄かに輝いている。これも魔道具だったのだろう。
扉を開け中に入ると、そこは円形の小部屋だった。天井は見えないほど高く、中央には老人の胸像が置かれ、他には何も無かった。
「ギルド長の部屋まで頼む」
ザックが胸像に話しかけると、部屋そのものが上昇し始めた。なるほど、これはエレベーターなのだろう。
「こんなのあるんだ……これも魔術?」
「ああ、面白いだろ。他にも幾つか移動手段あるから、機会があったら見せてやるよ」
話している間にも上昇を続ける部屋は、しばらくすると一つの扉の前で止まり、再び錠の外れる音が響いた。ザックが扉を開けると、そこには一階とは異なった豪奢な廊下が伸びていた。流石は長の部屋へと通路といった所だろうか。
幾つかの扉を越えた、突き当たりの大扉。そこがギルド長の部屋なのだろう。三人が扉の前に着くと、軋み音を立てて扉が開いていった。
「まさかこんなに早く来るとはね。するってぇと、さっきの爆発はあんたらの仕業かい?」
正面のソファーにはフェイが腰掛け、煙管を燻らせていた。
「ああ、こいつが今日初めて魔術を覚えて、いきなり一人で成功させた発火の術があれだ。しかも魔導書無し。凄いだろ?」
「……初めて? 発火!? あれが?」
思わず身を乗り出したフェイの前で、ザックは肩をすくめ、湖音は身を竦めていた。
「フェイ、ちょっとヤバイ事態になりそうなんだけど匿って貰えないかな?」
ユスティーシュの目は「力になるって言ったよな」と雄弁に語っていた。
「フーッ。……参ったね。まさか来て早々エラい事してくれたもんだ」
呆れたように呟くと肩肘をつき考え込んだ。
「実はちょっと事情があって、こいつは人前に出せないんだ。フェイ、逃がしちゃくれないか?」
「……仕方ないね、地下からお逃げ。ただし条件がある。一人付けるから一緒に連れてお行き」
少し考え了承したフェイは手を叩く。
しばしの後現れたのはエレノアだった。
「長、お呼びですか?」
「来たね。鉄斎を呼んどくれ」
エレノアはピクリと眉を動かしたが「かしこまりました」と言いながら下がっていった。
「今、案内の者が来るから、それまでに何があったか詳しく話してごらん」
三人を見渡すフェイの眼差しは、隠し事は出来そうにない。思わず全て話しそうになる湖音の前にザックが口を開き、事のあらましを話し始めた。未来から来た話やマキナの事は巧妙にボカし、記憶喪失で通すらしい。全ての札を切る気は無いのだろう。
「……ああ、あの事件に関わっていたのかい。そりゃ確かに捕まると面倒な事になりそうだね。それに大聖との約定か。そりゃ仕方ないね」
そんな話をしていると、壁面の模様が輝きだしたかと思うと、まるで組木細工のようにカタカタと動き出し、扉の形に切れ目が入ったかと思うとスッと開き、一人の人物が現れた。
「フェイ殿、お呼びか?」
「ああ。これからこいつらと一緒に行動してくれ。ザック、鉄斎だ。カリバーンと言えば分かるだろ」
「剣士カリバーン? カルナックの英雄じゃないか!」
フェイの言葉にユスティーシュが反応した。
カリバーンと呼ばれた剣士、鉄斎は改めて自己紹介した。
「お初にお目にかかります。拙者、鉄斎と申す。ザック殿はお久しぶりですな」
「ああ、お前が来てくれるなら心強い。俺らは謂わば後衛だからな。前衛のお前が来てくれると助かるよ」
湖音は驚いていた。剣士と紹介されたが、相手はどう見ても侍だった。いや、武芸者といった方がよいだろうか。
元は美しい黒髪なのだろうが、薄汚れ、ほつれた髪を無造作に一まとめにしている。顔立ちも整っているが、泥にまみれ、お世辞にも清潔とは言い難い状態だった。身につけた革鎧の上からローブのように着物を羽織っているが、こちらも土に塗れていた。そして腰に差しているのはどう見ても日本刀にしか見えない。
だが、一番驚くべき事は、その頭の上に付いている獣の耳、だった。