プロローグ
色々いじってるうちに大胆に変わってきちゃったので、改訂版として投稿し直します。
古いのはそのうち設定でも置いておくかもです。
ま、クリスマスだし、いい加減投稿しないと年越しちゃうので。。。
「本当に、魔法が使えればよかったのに」
誰もいない、薄暗い舞台の上で、湖音はそんな風につぶやいた。
「ねえ、覚えてる? 昨年の舞台、凄かったよね。父さんのマジックは見ている人全員を幸せにできたもの。ねえ、お願いだからもう一回、姿を見せてよ、ねえ」
最後は涙で声にならなくなりながら、彼女は暗いステージの上から誰もいない客席に向かって、お願いと泣きながら言葉を繰り返した。
「私、一人になっちゃったよ。お願いだから父さんの魔法、もう一回見せてよ……」
数年前に作られたパリ郊外の多目的スタジアム『ラ・メルヴェイユ』は収容人数三十万人を超える世界最大の屋内型可動式スタジアムだ。各分野での最高の舞台となるべく作られたここでは、オープン以来、演劇・音楽・スポーツなどの様々なジャンルで後に伝説と呼ばれるような多くのショーが繰り広げられてきた。しかし今、その広大なステージの上には彼女の他に誰もいなかった。本来であれば今頃は世界最高のマジシャンによるショーが行われ、新たなる伝説を作り上げているはずだったのに。
彼女の父、 泉統は二十一世紀最高峰の魔術師と呼ばれていた。最新技術と磨き上げられたテクニック、人の想像の外にある奇想天外なトリックの数々。奇術の長い歴史の中でも彼の名は燦然と輝いていた。一人娘の湖音をアシスタントに、統は親子二人で世界を舞台に活躍していた。そんな彼の集大成と言うべきステージが、一週間前に開かれる事になっていた。
しかし公演前日の事故が二人の夢を全て失わせてしまったのだ。舞台の上では不死身でも全ては仕掛けがあってのこと。暴走する車の前では、世界最高の魔術師であっても成す術は無かった。車には何重にも安全装置が取り付けられ、今では自動車事故という言葉を聞く事も稀になっているこの時代。何故車が暴走したのかは現状では全くわかっていない。
ちょっと気分転換と言って出かけた父は、二度と戻る事はなかった。湖音が連絡を受けた時には、全てが手遅れだった。電話をとった後の記憶はブツブツと途切れている。病院、警察、ショーの関係者との会話やその後の葬儀などが断片的に記憶に残っているが、細かい事は覚えていない。
ふと気がつくと、湖音はまた暗い舞台の上に立っていた。最近はいつの間にかここに来てしまう。
彼女はもう、自分が次に何をすべきなのかわからなくなっていた。千々に乱れた想いが頭の中に渦巻き、考えられるのは只もう一度父に会いたい、それだけになっていた。
いったい幾度自問自答を繰り返しただろう。あの時父を止めていれば。出るのが数分ズレていれば。ホテルの従業員の誰かが止めてくれれば。スタッフの誰かが一本電話をかけて足止めしてくれれば。当たりどころが良ければ。優秀な医者がいれば。この国に来ていなければ。神様が本当にいたならば。父が魔法使いだったなら。不死身だったなら。私が魔法を使えれば。
「……本当に、魔法が使えればよかったのに」
もう一度彼女がそう呟いた時、暗かったステージの上に変化が起きた。
しゃがみこんだ周囲がうっすらと明るくなっている。辺りには光源は無いはずなのに。突然の中止によりスケジュールに空白ができたステージ上には、いくつかセットは残っているものの機材の電源は撤去されている。非常灯以外の明かりがある訳がない。
しかし俯いた彼女は気づかない。
うっすらとした明かりは徐々に三重の円と幾何学図形、何処の国とも知れぬ文字のようなものを組み合わせた形に変化していく。かつて魔法陣と呼ばれていたものに。
しかしまだ、俯いた彼女は気づかない。
「……望むならやろう、その力。 古の 理を手に入れよ」
やがてどこからともなく、しわがれた男の声が響く。ハッとして顔をあげた彼女の周囲では、男の声を受けて魔法陣がまばゆいばかりの光を放った。
「え、なにこれ!? ちょっと、何が……」
呆然とする彼女の周囲で魔法陣はさらに輝きを増し、ゆっくりと回転する魔法陣の円環は徐々にそのスペードを早めていく。
色々な事がありすぎて頭がいっぱいになっている湖音には、それに対応する術は無かった。人生で遭遇した事の無い状況が重なり、すでに考える事を半ば放棄していた。少ししてようやく、慌てたようにその場から動こうとするが、わずかに手遅れだった。
次の瞬間、魔方陣は暗いステージを埋め尽くす程の激しい光を放ち、湖音の姿を光の渦に飲み込んでしまう。
「ちょっと、何これー!」
それが彼女がこの世界で発した最後の言葉になった。
年内は少なくとも毎日更新します。
多分ですが。