スマホを打つ女子
仕方なく、合宿の終わったあとに一週間をはさんで、日曜日に妹尾の案内で日光へ行くことになった。九月の終わりとはいえ、時折汗ばむような熱気に包まれることもあるコンクリートジャングルから逃避できるのであれば、少しは金を払って電車に乗る価値もあるだろう。
「先輩、お待たせしました」
やってきた妹尾は水色のフリルのついたブラウスに丈の長いゆったりとしたスカートの、秋をほのかに感じさせるいでたちでやってきた。ブラウスのきれいな色とくすみのない健康的な肌が相まって、生娘のものとも淑女のものともつかない不思議な魅力を発していた。
「馬子にも衣装だな」
「ああ、なんとにべもなくばっさりと」
皮肉を言うと逆に面白そうに笑っているあたり、かなりのお人よしである。
「では行きますか」
「ああ」
俺の先を歩き出した妹尾はゆったりとした、足の長さを感じさせる歩幅で、ヒールのついたサンダルでコツコツと軽快なリズムを刻みながら歩いていく。すらりと背の高い彼女がそういったものをはくと、視線が急に同じくらいになって驚いてしまう。
「ああ、あそこですね」
北千住の中央改札口からすぐのところに特急に至るルートが書かれた案内が地面に貼られており、乗り降り口はたやすく見つけられた。
「日光へ行くのは久しぶりです」
「その割には写真を見ただけで見覚えがあると言っていたが、むかし良く行っていたということか?」
「そうです。祖母の家が、日光に近い中禅寺湖のほとりにあるんです。最近祖母は老人ホームへ入ってしまったので、行く機会がなくなってしまったのですけれど」
そういう経緯があったのか……。それならばそこの地理には詳しいということだ。ひとまず持ってきておいた地図は無駄になってしまったので、どこかで適当に捨てておこう。
「時間帯もなかなかタイミングが良かったみたいですね。次の特急は七分後にくるみたいです」
そう言われて電光掲示板に目をやると、列車のスペーシアが来るという旨の情報が流れていた。見上げた視線をおろし真横にやると、妹尾は少し上気した頬を緩ませて、手の中のスマートホンをいじっていた。この手の表情はのろけ話をする女子に特徴的なものなので、彼氏にでもメールかLINEを打っているのだろう。とすると、彼氏以外の男と遠出するとかまずいんじゃないか? という思考が頭をかすめるが、むしろ男として見られていないと考えるのが自然である。そのほうが気楽でいい。
しかし、少しの間の待ち時間とはいえ、二人だけでは会話がもたない。何か話題になるものでも用意しておけばよかったと、後悔しながらベンチで次の列車を待った。