水たまりに竿
何のことはない。写真の裏に「正月、自宅にて」という走り書きに続いて、「日光へと帰ってきた」という記入があったのだ。そして自宅の前でとられた写真の背景に見覚えがあるのだと、妹尾は息を弾ませた。
目をつぶって座席で寝ているふりをしていたのにガン無視で話しかけてきて、さらに肩をつかんで揺さぶってきた。俺の演技はバレバレだったのだろう。
「先輩。行きましょうよ、日光。しばらくしたら紅葉もきれいになりますよ?」
「写真一枚に大げさだな」
「こんなに感情の詰まった写真なのですから、きっと落とし主も嘆いています。ねえ、行きましょうったら」
「何も二人連れで行くこともないだろう」
「拾ったの先輩じゃないですか」
なんでそんなめんどくさいことをしなければならないのか。一銭の得にもならないどころか、電車賃の分は確実にマイナスではないか。理由のないことはしたくない。やるべきでないことを積極的にすることに意味などないだろう。水たまりで魚を釣ろうとするような荒唐無稽さに少しうんざりしてきた。
しかし後輩の瞳はこっちを見たまま動かない。凝視されるとこちらも恥ずかしい。
「先輩」
「…………」
「先輩ッ!」
「うぅ……」
思わずうめき声が漏れた。
「わかった……」
「ありがとうございます」
しぶしぶ承諾すると、妹尾はにこりと笑った。いつもはあっけらかんとした、夏の海が煌くような雰囲気なのに、その笑顔は時をゆっくりにするような、柔らかな日差しが肌をなぜるようなものだった。