妹尾という後輩
トイレから戻って席に座ろうとしたところ、ほかのメンバーが俺の席に座ってぺちゃくちゃ喋っていたので、どうしていいかわからなくなる。空きの席を探してうろうろするのはみっともなく、かといってどいてくれと言えるわけもない。
以上のことに〇.三秒で思い至る。
続いて行動の指針を二秒以内に出さねばなるまい。それが出来ないと、立派な「コミュ障があたふたする図」の出来上がりである。
「先輩? ああ、こちらへどうぞ」
妹尾さんがひらひらと、女の子にしても小さな手を振る。その隣には空席がふたつあった。願ってもない好条件を提示してくれた後輩に少し感謝した。
「トイレ長かったみたいですが、おなかの調子でも悪いのですか? 効きそうな薬をもっていますよ?」
まさか自分の顔から受けた精神ダメージで立ち直るのに時間を要したなどというバカげた説明をするわけにもいかず、ただ右手で制して席に着いた。
小さくため息をついてしまい、後輩がそれとなく様子をうかがっているのをうっすらと感じたが、気づかないふりをして拾った写真に目を落とす。写真に妹尾さんも気づいたらしく、遠慮がちに覗き込んできた。
「あ、なんだかほんわかしているいい写真ですね」
「そうだな」
「知り合いですか?」
「いや、落し物だ」
「あ、じゃあ届けなきゃいけません。とってもキレイなシーンを切り取った、技のある写真ですから」
非の打ちどころのない善性に彩られた後輩のまっすぐな言葉に、苛立ちこそ覚えなかったが、居心地の悪さは感じた。
まるでサラダにカレーを入れたかのような、どうにも混じりえない感覚に捕らわれ、また曖昧に「そうだな」とだけ言って瞳を閉じる。
ありていに言えば、電車の揺れるリズムに身をまかせ、寝たふりをした。
すると小さな手は俺の手元に残った写真を、好奇心のままにすっと奪ったらしい。
「なにか裏に書いてある……正月……自宅にて……」
そうしてよく写真を見たあと、彼女はにわかに声を高くして、ほのかに興奮のにじんだ声で言った。
「この場所、知ってるかも」