信頼を得るにはまず己が信頼すべし
私を間に挟んでやっとエディオス様もギルバートも本来の目的地へと足を運び始めた。左右からの圧迫感が半端ないんだけど、真ん中を歩いたとて私は貴方達が互いに傷付けあうのを防ぐ発泡スチロールにはなれないんだが。それより早く歩くと膝が痛くなるのでもう少しゆっくり歩きませんか、お兄さんや。
「各国の姫にはオスタシアに入国した後、ディアローザで日々を過ごして頂いている。君もこれから暫くはそこに通って貰うよ」
決してギルバートを目に映さないように私だけを見ながらエディオス様が言った。おお、ディアローザ!本気だな!
ディアローザは小さな宮殿に近い建物だ。そこはオスタシアの国王が正妃以外の側室や寵妃を住まわせる場所でもある後宮とか大奥のような場所。つまりそこに姫を案内してるって事は本気で正妃を決めるつもりなんだろう、安心した。別隣を歩くギルバートに視線を送るけど、彼は前を向いたまま表情を変える事もない。興味が無いのか、まだ納得していない感じだなあ。
「うんうん、良いと思います。ディアローザなら環境も整ってるし、エディオス様も来やすいし正妃探しには良い場所ですよね!」
対して私はテンションが上がる上がる。やっとこさこの男の世話を半分引き受けてくれる人物が決まろうとしているのだ!上がるに決まってる!
「良いご縁が結べるよう、私頑張りますからね。貴方はまず人に優しくする練習をしていて下さい、それが一番今の貴方に足りない能力だから」
それから引き出しの中の性癖を速やかに削除することだ。これに尽きる。
「気が向いたらね」
「向けて下さい。すぐに」
何だよ、気が向いたらって。必ずやらなくてはいけないことに気が向くも何もない。それとも貴方は人に優しくすることすら上から目線でしか出来ないとでもいうのか。
「・・・まあでも、エディオス様も誰かを好きになればその人に優しくできるかもしれないし、好みのタイプとかないんですか?」
「好みねえ・・・好みでは無く、その反対ならあるよ。私を美しいと思えないような人間はいらない。もっと言えば、私を美しく映さない瞳なんて必要ないと思わないかね」
とち狂ってるのか、こいつ。
おかしいおかしい、全部おかしい!
必要ないのは貴方のその考え方だ。貴方は間違っている!
だいたいその理不尽の塊みたいな発想はどうやって生まれたんだろうか。「私以外の男を見る瞳なんていらないよ」ならまだ解る。反応だって、うわっ、この人一緒にいたら危険だ、いつか監禁される!みたいな短い言葉で終わらせる事ができる。でも今なんて?何かナルシストに病まなかったか、この人。やっぱりとち狂ってる。そんなに自分が好きならやっぱり自分の顔と結婚してくれ。そうしたら貴方も幸せ、皆幸せだ。ただし私はオスタシアを守らなければならないので、そんなクズな国王陛下には王座から降りてもらうがな。
「まあ私を美しいと思わない人間なんて早々いないから心配しなくても大丈夫だよ。それより、君にこれを」
自己完結までナルシストに終わらせて、彼はいきなり私の耳に手を伸ばしてきて何か冷たいものを装着してきた。あまりにも自然な動作で反応が遅れてしまう。
な、何だ、何をつけたの?
洗脳道具?やめろ!私は貴方の信者になんてなりたくない!
「陛下、今のそれは?」
今までずっと黙っていたギルバートがすかさず反応して私を自分の方へ引き寄せる。助けて!もうすぐ頭が割れそうに痛くなるかもしれない!
「お前には関係ないよ」
ギルバートの言葉にエディオス様は冷たく答えた。じゃあ関係ある私には説明してくれるんですね?
私がそわそわしながら耳に付けられた固いもの・・・イヤリングかな?それを触っていたら、突然耳元から白い霧のようなものが噴き出した。ひ、ひいいい!!何だこれ!魂か?魂なのか!?
た、助けて!!
耳から!耳から魂が!!
こらっ、私の魂すぐに戻ってこい!お前は私の魂なんだから私の言うことしか聞いちゃいけないはずだ!
白い霧は混乱する私の目の前で丸い球体のようになったあと、空中で霧散する。
消えてしまった。私の魂が成仏してしまった!!
「ふふっ、ヒナコ、とても良い顔をしているね。恐怖と絶望が混じりあった顔だ」
とち狂った男がとち狂ったことを言っている。何がふふっ、だ!何がおかしいというんだ!この人殺しぃぃ!!あれっ、でも私動ける!生きてる!わああああ!生きてるぞお!
「陛下!!」
ギルバートの鋭い声を煩そうに舌打ちで払って、彼は私に美しく微笑んだ。
「安心したまえ、私は君を傷付けたりしないさ。そうだろう?」
聞かないでくれ。
今の私には頷けないから。