表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/18

薔薇が抱いた闇

空を得てして、太陽を得ず。

地を得てして、海を得ず。

闇を手にして、光を得ず。


私が産まれた朝、預言者はこう言った。

それは私の人生を表す言葉であり、そして縛るものである。空を手にしても太陽が無ければ命は育たず、地を手にしても海が無ければ命は産まれず、闇を手にしても光が無ければ何処へも行けぬ。

王の座、美貌、権力、財力、実力に恵まれた。


なのに一番欲しいものだけがいつも足りないのだ。







「物思いに耽っているところ邪魔して悪いんだけど、スコーンのおかわりを貰えないかな」

「それを最後の一つにしてハパルーに帰ってくれるならね」

城下を眺めていた私が振り向くと、12個めのスコーンを腹に収めたらしい男が紅茶を啜りながら侍女を呼んでいた。君が飲んでいるそれは私の紅茶じゃないのか。

「いつも思うけど、この城のスコーンは絶品だね!料理長をうちに引き抜きたいくらいだ」

「国王が気楽に国を抜け出すものではないと私は思うんだけど、君は違うのかね」

「大丈夫大丈夫。影武者は置いて来たし、皆私が抜け出すことには慣れてる。上手くやってるさ」

朗らかに笑っているこの男はシリウス・ハパルー。隣国ハパルーの国王だ。同盟国として長年付き合ってきたハパルーは昔から身近な存在として親しんで来たものの、この男は些か親しみすぎではないだろうか。

「抜け出すにしても城下程度を奨めておこう。でないと家臣が気の毒だ」

「へえ。お前でも他人の心配をするんだね?てっきりそういう感情は母親の腹に忘れてきたんだと思ってたけど」

「ハパルーに何かあればオスタシアにまで被害が飛んできそうだ。君は私に迷惑がかからない場所でどうにでもなってくれたら良い」

「なるほど」

新たに運ばれて来たスコーンの山に手を伸ばしたシリウスは頷きつつも私の紅茶に手を伸ばして来たから代わりに側にあった花瓶を渡しておく。

「良い花瓶だ。・・・まあ今は私がオスタシアに居ても、可愛い妹を心配する兄という立場があるからね。どうかな、アティは。可愛いだろう!お前何かには絶対やりたくない」

「私だって人の顔を見た途端怯えるような娘を妻にしたくない」

「怯える?あー!お前に近づけないようあることないこと吹き込んだからかな。悪いね、妹は想像力が豊かなんだ。だからお前に関しても色々決めつけてかかってるかも」

「随分と大切にしてるね。その掌中の珠を私に預けてくれた点には感謝しよう。腕前は期待して良いのかな」

「当然だ。あれでも初陣は済ませてあるし、大抵の武器なら扱える。ただ槍は上手くないから持たせない方が良い」

「頼もしいね。射撃は?」

「私が知る限り外した事は無いな。多分一番得意だ。ただし急所に当たる確率は高くないぞ」

「それだけ出来るなら十分だよ」

射撃は集中力がいるものだ。想像力云々は性格の問題として、一瞬で相手に狙いを定める事が出来るなら冷静さもそれなりにあるはずだろう。

「妹を任すんだから、こちらの要望も忘れないでくれよ」

「ああ、私の要望もね」

そう返すとシリウスが悪戯めいた笑みを浮かべた。

「それはそうと巫女殿は?せっかく来たんだし今日こそは口説き落としたい」

「・・・見た目はともかく、中身は老婆だって覚えてないのか、君は」

「赤ん坊だろうが老婆だろうが女性は女性だよ。総じて愛でるべき存在だ。お前はそれが解らないなんて人生の半分以上を無駄にして生きている!」

「人生ねえ」

女とみれば口説かなければ楽しめない人生など初めからお断りなのだが、つい先程まで考えていた内容にさらりと触れられて何も言えなくなる。

「それも預言とやらに決められてしまうのだからどちらみち退屈なものではないかな」

「ああ、お前の預言か。安心しろ、預言など気の持ちようだ。私は産まれた時蛙と過ごすように言われて以来ずっと部屋に蛙がいるが、だから別にどうというわけではないよ。まあ少しげこげこ賑やかかな、雨の日は特に」

「楽しそうで何よりだ」

預言など所詮預言者がそれらしく言ったものだと言ってしまえばそれまでだ。しかし私の預言はあの日、あの夜に一度実現している。

あの忌まわしい、悪夢のようなーーー

『ワースダットの悲劇』に。


「エディオス、産まれた時のお前と、今のお前は違うぞ。何たって生きて来た時間が間に挟まるんだから預言が必ずしも一番最初に聞いた形のまま一生付き纏ってくるとは思わない事だな。お前が考えて選択した分だけ何かしら変わるものさ」

スコーンを口にしていたシリウスはふと真面目な目で私を見た。

変わるといわれても何が変わるのか。

今更変わった所でどうにもならないと言うのに。

「覚えておくよ、一応ね」

「今日の夜には忘れてそうな顔してるぞ・・・」

シリウスは眉を潜めていたが、気を取り直したように私に笑いかける。

気遣うような、慰めるような笑顔。

「お前には巫女殿もいる。大丈夫だ」




そうだろうか。

私はいつも、一番欲しいものだけが足りないのに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ