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第六話

 今日はお姉ちゃんの結婚式。

 雨が降ればいいって念じ続けてきたのに、見事に期待を裏切ってくれて。晴天。


 フクザツな気持ちのまま、アタシは電車に乗り込んで……久々に田舎へ帰ってきたわ。髪はこの日に合わせてベリィショートにカットした。もう、どこから見ても男の子。サラシで隠した胸の膨らみ以外は。

 せっかく作った形のいいバストが今日のせいでオシャカになったら、今度はスギタ君を恨んでやるから。


 家を出たあの日と、なにも変わってないんじゃないかと思う景色だわ。

 ぽつぽつと、畑と田んぼが一面に広がってる中に家屋が散らばってるみたいな風景。


 こんな日だと言うのに、畑に出ているお父さんを見つけた。

「お父さん、」

「お、何だ、正行。早かったじゃないか。」

「あ……うん。やっぱし、遅刻しちゃ悪いと思って、」

 言葉使いはそうそう直せるものじゃないでしょ。カマっぽくてバレるんじゃないかって、心配したけど、お父さんは気付かなかったわ。


「あらあら、正行じゃないの。早いのねぇ? お式は10時からよ?」

 いやぁだ。のんびりしてるわ、この親ときたら。

 アタシなんて朝一番の電車に乗って、それでも、あんまり余裕ないわね、なんて思ってたって言うのに。普段着のままで何やってるのよ、二人共。


「やぁね、お母さんまで。10時なんてすぐよ、早く仕度しないと。お母さん、着物着るんでしょ?」

「あらあら大変、そう言えば着付けの予約取ってたわ、」

「ははは、正行。お前が居ないと、どうも我が家はルーズでなぁ……。そうだな、そろそろ仕度に掛かるとするか!」

 んもう。なんだか、家を出てきた時の、そのまんますぎて……泣けてきちゃうじゃない。

 ぜんぜん変わらない、アタシの帰るべき場所。


 けど……。

 それも、今日で変わってしまうのね。お姉ちゃんが、居なくなる。

「こら、正行。男が気安く泣いたりするんじゃない、」

「ん、……ごめん。」


 控え室には、綺麗な花嫁さん。

 素敵な旦那さまで良かったわね、お姉ちゃん。アタシ、今回はこんな格好してるけど……いつか、お姉ちゃんに負けない幸せを手に入れてみせるからね。


 お姉ちゃんが、アタシを見付けてにっこりと笑った。

 ダメじゃない、涙でせっかくのお化粧がハゲちゃうでしょ。

 アタシと違って、バッチリメイクしてあるんだから。


「正行、来てくれたのね……、ありがとう、嬉しいわよ、」

「いやぁね、当たり前でしょ……姉弟なんだから、」

 バカね、アタシ。

 アタシが泣いてどうすんのよ、お姉ちゃんが釣られて泣いちゃうじゃない。

 手を伸ばしたお姉ちゃんのレースの手袋を越えて、アタシの手とお姉ちゃんの手の温もりが伝わったわ。


 お姉ちゃん、

 お姉ちゃん、

 幸せになってね、お姉ちゃん、

 今まで色々、イジワルしてゴメンね、お姉ちゃん、

 大好きよ、お姉ちゃん……、

 大好きだったのよ、お姉ちゃんが。


「正行……、どうして、おめかしして来なかったの?」

「やぁね、お姉ちゃんが主役なのに、アタシが食っちゃうでしょ、」

 ごっつん、てした額が少しじんじんして……昔みたいにお姉ちゃんと笑い合ってた。

「今度の彼氏は取らないでよ? お姉ちゃんの旦那なんだからね、」

「さあねー? 油断してると盗っちゃうかもよ、」

バカ、……って、お姉ちゃんの声が小さく囁いた。


「……ブーケは、絶対、絶対、アンタが取るのよ。他人を押し退けてもいいから、絶対……判った?」

「うん、」


 何も言ってないのに、皆、アタシがオカマになっていた事を知ってた。

 それなのに、なんにも言わないのね、

 お父さんもお母さんも。

 アタシが切り出すまで待ってるつもり?

 素知らぬフリが、やさしくて、少しだけ痛かった。


 約束通り、お姉ちゃんの投げたブーケはアタシが貰ったわ。

 欲しがる女の子達には悪いけど、これは譲れないの。

「カノジョと約束してきちゃって……ごめんね、」

 そう言っておけば、お姉ちゃんにも、旦那さまの親族にも、恥を掻かせずに済むでしょ。……アタシが、ほんの少しだけ胸を痛めれば済むわ。


 大好きだったお姉ちゃん。今日からは、他人のモノ。

 悔しいと思ったのは……嫉妬していたのは……旦那の方に、だったのね。

 幸せになってね、大好きよ、お姉ちゃん。



 そのまま飛び乗った列車の窓から見える、夕焼けで暮れてゆく田舎の景色を心に留めておいたわ。

 アタシは花嫁にはなれないけれど……。

 このブーケは、いつか、アタシの旦那さまと一緒に捧げ持つわね。

 さよならお姉ちゃん。

 いつか……旦那さまと呼べる人と、戻ってくるわ。

 人のモノを欲しがる悪い癖も、それまでには治すように努力するわね。


 P.S

 お姉ちゃん。


 東京へ戻ってホームに立ったアタシを、出迎えてくれる人が居たのよ。

 深夜に近い上野のホームで……「おかえり、」って、スギタ君が待っててくれたの。

 こういう気持ちって、アタシ、多分、初めてだわ。

 こそばゆいみたいで、恥かしいみたいで、目がうるうるしてきちゃった。


 ありがとう、ただいま。


 裏声じゃなくて、「正行」だった頃のままの声が、自然に出てきたわよ。

 それから、手をつないで帰ったの。

 おかしい? 子供みたいでらしくないでしょ?

 アタシは大丈夫だから、心配しないでね。

 元気でね、お姉ちゃん。 サヨナラ。



「……今日、カノジョん家、泊まってもいい?」

「ん。……けど、散らかってるヨ、」

 つないだ手と手が、あったかい。


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