第五話
お店も終わって日付が変わる頃に、アパートへ帰ってくるのがアタシの日課。
もっと揉めると思ってた明菜たちとの話し合いも、なんだか拍子抜けなくらい呆気なかった。
亮介がしっかり判事を勤めてくれて、公平に場を収めてくれたから、だけどね。
いつも言われ慣れてる言葉……亮介にも、言われちゃった。
『人の物を欲しがっても、意味ないんじゃないのか?』
アタシが他人の恋人を奪っちゃう事は、けっこうお店じゃ有名だから……明菜がバラしたのね。亮介ったら、優しいくせにヒドイのよ。アタシに必要なのは、恋人じゃなくてカウンセラーだ、ですって。
涙出てきちゃったじゃない。
アタシはビョーキだから、病院で治療が必要らしいわ……。
人間ってさ、図星を突かれると、認めたくないものなのよね。
アタシは、人のモノを欲しがる困ったチャンだけど、カウンセラーが必要なほど心が疲れてるヒトなんかじゃないわ。……そう思って、その場では反抗的な目で応えてた。
ずっと傍に居て、二人が互いを気に掛ける姿も、まっすぐにお互いを見る視線も、アタシに遠慮しながらの密かなアイコンタクト、……なにもかもが羨ましかったわ。
ほんの10分に過ぎなかったけれど、明菜と彼氏の仲が親密だって事を知らしめるには充分な時間よね。
憂鬱な気分。
あ、そだ、今日の分のメール、チェックしてなかったわ。なんかもぉ、どーでもいい気分なんだけど。
携帯を開いて、メールボックスをチェック。だいたい、お客からしか来ないもん。
みんな下心ありありの内容ばっかりで、中には露骨にホテルへのお誘いまで来るのよ。アタシに期待するものが解かっちゃって、トキメキもしないわ。
その中に、見覚えのない宛名のメールが1通、届いていたわ。
「誰かしら?」
ぜんぜん見覚えないんだけど。
スギタ……題名は、アシタ・ヒマ?
よっす。 覚えてる? こないだのナンパ師だよーん。
トモダチのトモダチ頼って、色々、調べちゃった。突然、
メールしてゴメン、キモイ? (メールも調べちゃった)
こないだもゴメン。けど、また会いたい。
明日の朝9時、ハチ公前で。ダメっすか?
ダメでも待ってる。(10分くらい?)
おやすみ。
……なんなのよ~、このメール!
馴れ馴れしい。
けど、べつに、……うん、明日は予定ないわ。
それに、お姉ちゃんの結婚式、キープ君を見付けておかないとね。
本命は、ものの見事にフラレちゃったしね。
二次会にはコイビトと一緒でもいい?なんて、見栄を張っちゃったからさ。
なんとかしないとダメなのよね。
ワンルームの壁一枚を占拠して、真っ白のロングドレスが鎮座しているの、アタシの部屋。
結婚式に着ていくつもりよ。
ウェディング・ドレスと見紛うような、このドレスを着て、お姉ちゃんの隣に立ってやるんだ。
お姉ちゃんより、だんぜん、綺麗でしょう? って。
隣には、素敵なカレシを並べなくっちゃ。
一人で踊る道化になんて、なりたくないわ。
朝、8:55。
ハチ公が、ここからは一望出来るのよ。広場近くのビル、二階の喫茶店。
約束の場所に、彼氏が来たのはついさっき。時計ばっかり気にしてるのよ、可笑しいわ。返事のメールなんか、出してないのよ、アタシ。
それなのにアタシを待ってるの? ホントに、10分間も、待ってるかしら?
彼氏を眺めている間に、あっという間に時間なんて過ぎていくの。もう、15分が経過したわ。
彼は律儀にアタシを待ってる……。
馬鹿ね、メールの番号知ってるんなら、連絡すればいいじゃない。そう思って見てたら、視線の先の彼氏も、気付いたみたいに携帯を取り出したわ。そうそう、メールを打ってくればいいのよ。
ドキッとしちゃった。バッグに忍ばせたアタシの携帯の着信よ。
突然、店内に着信のメロディーが流れ出して、みんながそわそわし始めるの。みんな、誰の携帯が鳴ってるのかとか、大して興味がなくても気になるらしいの。不思議なものよね。
そして、掛かってきたコールを取ったのは、アタシ。
「もしもし?」
店内の視線が、一瞬だけアタシに集中する。そして、すぐに、注目は終わる。
『あ、もしもーし? 今、どこ? もしかして、メール、読んでない?』
びっくりしたけど、やっぱり彼だったわ。
メールアドレスだけじゃなくて、携帯のナンバーも知ってたのね。内心の動揺は押し殺しておいて、ちょっと気取って応対するのよ。
「メール? もちろん読んだわよ? 今? えっとねー……あなたの前のビルの、二階。見える?」
顔を上げた彼氏と目が合ったみたいだったから、手を振ってあげる。
『ひっでー、いつから居たんだよー、俺、ずっと待ってたんだぜ?』
携帯は切らないままで、彼氏はこっちへ向かって小走りにやって来るわ。
うふふ、ドラマみたいね。
「ねー、注文しとこうか? 何か食べる?」
『んじゃ、モーニング頼んどいて。』
「オッケー♪」
ねぇ、彼氏。
スギタ君。
……他人の彼氏じゃないとトキメかないアタシって、変ですか?
ナンパの彼氏はとっても気さくで楽しくて、そして優しいヒトだったわ。
このヒトを連れて、週末にはお姉ちゃんの結婚式に出席しようと思うの。それで、彼にもそれを伝えてOKを貰っておいたわ。
「んでもさ。ホントに、これ着てくつもり?」
部屋へ遊びに来たカレシが、自慢のドレスを見て言うの。
「そうよ? 変?」
「変……ってか、マズくねぇっすか?」
やっぱり誰が見ても、それが厭味だって事はバレちゃうみたいね。
「いいの。アタシ、お姉ちゃんの結婚式、祝ってあげる気なんて無いもん。」
「え!?」
じゃあ、なんで行くの? とでも言いたそう。スギタ君。
ん~、理由なんてないわ。なんとなく、許せない。……そういう事ってあるでしょ?
でも、そんなの理由にもなんないから、誤魔化す事にするの。
「見せてあげよっか? お姉ちゃんの写真。とっても美人なんだから~。アタシより5つ年上でね、」
けど、お姉ちゃんの話をしだすと、アタシ、止まらないのよね。嫉妬もあるけど、色々、自慢の姉なのよ。
「ふーん。カノジョ、お姉ちゃんっ子なんだ?」
スギタ君がなにげなく言った一言で、アタシは不覚にも固まっちゃったわ。
ナニ?
なに言ってんの?
アタシが誰を好きですって?
お姉ちゃん……?
そう思った途端、急に……。
そうよ、ホントに急に、涙が溢れてきちゃったのよ。
「な、どしたんだよ? ユカリちゃん? ……泣くなよ、」
慌てたスギタ君が、やさしい腕でアタシを包んでくれたわ。
「カノジョ、お姉ちゃんが大好きなんだよな? 盗られるみてーで、それで気に入らねぇんだよ。でもさ、やっぱ、大好きなヒトなんだったら、もっと素直に祝ってやろうや? な?」
……違うわ、
そんなんじゃないわ、
「きっと後悔するぜ? 一度っきりの、お姉ちゃんの晴れの日じゃん。カッコイイ姿見せてやった方が、喜ぶんじゃねぇ?」
アタシは女の子なのよ!?
外見はどうでも、中身は女の子で……そんで、お姉ちゃんが羨ましかった!
お姉ちゃんが憎らしかったのよ!?
家族に復讐してやるつもりで、今度、家に帰るんだからっ!
「アタシは……っ、」
「もっと素直になっちまえよ。苦しくってアップアップしてんの、丸わかりなんだよ、カノジョ。そんなん、似合わねーよ。俺が言うのもナンだけどさ……、聞いたんだぜ、ホントは楽しみにしてんだろ? 家族のトコ、帰んの、久しぶりなんだろ?」
目の前がぼやけて、暖かい滴がぽたぽたと膝に落ちて。
アタシ、帰りたかったの? いつでも待っててくれる家族の元へ……?
そんなの、信じてたの?
見捨てられるのが怖くて、ぎりぎりのラインを測ってた……。
ドコまで大丈夫? こわごわ……捨てられるのは怖いくせに……。
「う……、えっ、ひくっ、……うえぇ、」
広い胸とおっきい背丈のスギタ君が悪いのよ、こんな風に包み込んでもらったコトないから、アタシ、思いっきり、泣いちゃったじゃない。
「一生懸命なんだよ、カノジョ。踏まれても、踏まれても、一生懸命生きようとしてるみてーだ。くるくる表情が変わって、すんげー表情豊かで。そんで、他人の彼氏が欲しい、だとか言っちゃってさ、……正直だなー、って、感心した。俺の目にはさ、誰よりも、生き生きして見えたんだ。カノジョと居れば、もっと人生、楽しめるかなー……なんて、さ。」
それより疲れるかな? とかって、笑わないでよ。
そんな風に人に見られたコトもないから、ホントに照れちゃうじゃない。
「俺のダチからスーツ借りてやるよ。ちゃんとして、お姉ちゃん……喜ばせてやんなよ。一度っきりでいいべ? 今回、一度だけ、お姉ちゃんの為に我慢してやんなよ。」
ガマンして……男に戻れ、って、コト?
それで……お姉ちゃん、喜んでくれる?