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第四話

 今日はひどく気分が悪いわ……。

 二日酔いの、翌朝みたいな感じなの。

 胸の中がドロドロしてて……アタシの心みたいにドロドロ。


 アタシったら、いつからこんなに嫌な人間になっちゃったんだろ。


 明菜、あのコ。きっと、昨夜のうちにヒドイ目に会ったわよね……。

 見知らぬ男たちが、あの子の帰りを待ち伏せているのよ。そして、一人が素早く後ろへ回って口を塞いで、あの子の部屋へ連れこむわ。

 いくらあの子がもがいたって、無駄なのよ、三人掛かりで抑え付けて、やがてはベッドへ括り付けられて、……それから、順番に犯されるの。

 自分達がヤリやすいようにって、最初は道具を入れられるのよ。血が流れてあの子が痛がっても、平気な顔してアイツ等は次々と自分の欲望を満たしていくわ。

 反吐が出そう。思い出しただけで、ほら、まだ手足が震えてきちゃうのよ。


 なんてヒドイ事したんだろ……! サイテーだわ、アタシ。


 ほんと、サイテーよ。今はこんなに参ってる。けど、そんなの上辺だけなの。……サイテー。

 自分のした事が怖くなる、なんて、いつも最初のうちだけで、そのうち平気になるのよ。自分を責めて、責めて、罪悪感でいっぱいいっぱいになっちゃったら、もう、後は平気。今度は自分を慰めてあげるのよ。


 あの子、きっと泣き叫んで抵抗するわ。

 嫌だ! まるで耳鳴りがあの子の悲鳴みたいに響いてくる!

 指先まで白くなって……寒いと思うのはどうしてかしら?

 自分の時のこと、思い出すから?


 アタシって、罪なオンナよね。可哀想だわ、アタシ。


 ライバルを蹴落としただけで、こんなに震えてる。

 馬鹿なオンナ……後悔するなら、最初から止めておけば良かったのに、意地になっちゃって止められなかった。自分がやられたコトなのに、もうその時の痛みを忘れちゃって。

 それで、こんなに震えてる。


 こんなに怯えてるんだもん、ホント、可哀想よ。ねぇ?


 誰か、アタシに大丈夫って言って。

 仕方なかったんだよ、って言ってよ。

 可哀想だ、って、同情してよ……。


 膝ががくがくするわ。震えが止まんないわ。歯がカチカチって、噛み合わないのよ。

 あの時みたいに小さく小さくなって、震えてるしか出来ないの。


 嫌だ、胃が痛いわ。

 本当にあの時のこと思い出しちゃうじゃないの、違う、昨夜ヤられたのはアタシじゃないわ!


 誰も居ない、真っ暗な部屋。暗くなってきても、灯りを付ける為に立ち上がることは出来ないわ。だって、アタシは今、打ちひしがれていて、それどころじゃない。

 そうよ、明りが付いていない事に構ってる余裕もないくらい、悲しみに沈んでるの。

 震えが止まらないのは、演技じゃないけど。


 真っ暗な部屋に、ひとりぼっち?

 誰も、明りすら燈してはくれない。

 ヒドイ人間に成り果てたコトなんかより、ホントはその方が可哀想?

 ひとりぼっちの部屋。誰もいない。振り向いてくれない。

 暗闇は嫌い。誰も助けてくれなかったあの日を思い出すから。


 夕方、6:00。

 そろそろお店に出る時間……気を取り直して、出勤するわ。

 ちゃんと働かないと、食べてけないもの。アルバイトで済んじゃう小娘とは違うもん。

「今日もよろしくね、ママ!」

 無理やり笑顔を作って元気なフリをして、そして一日を乗り切るのよ。

 それを繰り返してるうちに、すぐ、あの子の事なんか忘れちゃうわ。

「あら、最近早いのね、ユカリちゃん。感心、感心。」

 市松ママに褒めてもらったし、今夜も頑張ってお仕事しなきゃ。


「コンバンワー、ママ。彼氏連れて来ちゃったー♪」

 能天気なカワイイ声が耳に入って来て……、え? ウソでしょ?

 驚いて振り返った先に、明菜と彼氏の姿。

 なんで……?


「ユカリ先輩、昨夜はどーも有りがとね。今度、倍にして返すわ。……憶えといて。」

 明菜ったら、今まで見たコトないくらい凶暴な目で、アタシのこと、睨んだ!


 なに……? アンタ、いったい何!?

 脚が震えて、うまく歩けないじゃないのっ……!

「ちょ……、ユカリちゃん、なんのコト? アンタ達、なんかあった?」

 市松ママがアタシと明菜を交互に見比べて、彼氏はアタシの視線を避けるみたいに目を逸らした。

 また、明菜に負けた。


 居心地悪いわ。

「はい、ぼーちゃん、おしぼり。あ、お酒はナイショね、一杯だけ……ね? いいでしょ、お願ぁ~い、」

 渋ってる彼氏はほとんど無視して、明菜は勝手に場を仕切ってく。なんでわざわざ負け犬のアタシを横に呼ぶのよ、アンタって子は!


 脚を組んで、それでも観念してじっとしてるアタシ。彼が何も言わないもんだから、明菜の方から切り出してきたわ。最後の判決シーンってトコね。黙ってる亮介の肘を突ついて、明菜が上目遣いに詰め寄るのよ。はっきりさせて、って。

「んで、……ぼーちゃんの口から、ちゃんと言って。ね? じゃないと、あたし……、」

 出たわね、ぶりっこ。必殺、お目々うるうる攻撃。


 自分で言うより、彼氏にはっきり言わせる……その方が、彼氏も覚悟が決まるし、なにより、気分イイわ。思いっきり、優越感に浸れるわよ。彼氏が宣言を読み上げる間の時間は、その後のどんな愛撫より高揚するものなのよ。解かってる、アンタの見え透いた魂胆なんか。

 なかなか切り出さない彼氏を、焦れた明菜が催促するみたいに肘でつついたわ。


 なによ、もう何を言われたっていいわ、覚悟したわよ。

 言いなさいよ、ホラ。

「その……、携帯の番号、消してくれないか? 今、ここで。さすがに、昨夜の事はやりすぎだと思う。」

 真面目な亮介の隣で、明菜は腕にしがみついて、舌を出してた。完全に、アタシの負け、ってコトね。

 彼氏が静かなのは、きっとまだアタシに同情してくれてるからね。

 どこかでアタシを信じてくれてる、目で解かっちゃった。アイツ等が強姦かける事なんか知らずにいたとか、そんな風に思ってるのよ。ただちょっと嫌がらせさせるつもりだったとか、そんな風に。

 アタシがそこまで腐ったオンナだなんて、信じたくないのよ。カレ。


 ごめんね、亮介。だけど、アタシはそこまで腐ってんのよ。


「解かったわよ、消せばいいんでしょ、……消すわ。」

 携帯を取り出して、操作。

 バカバカしい……男なんて、何人も居るもの。別にこの男じゃなきゃダメなんて……

 ……!

 ぼろぼろ涙がこぼれた。


 別れてくれ、なんて言葉、何回も聞いたし、その度、平気な顔してたアタシが……!

 このオトコなんて、まだ付き合ってもいない男なのよ? それなのに。

 ただ、携帯のナンバー消してくれ、って言われただけじゃない、

 そんなのより、もっとヒドイ事色々言われたじゃない、

 なんで……!


 泣きながら操作した指先は震えてて。アタシの存在が、いっこ、消されたみたいな気がした。


 アタシの剣幕で、明菜は疑いの目で彼氏を見てた。

 亮介が可哀想だから、弁解してあげるわ。

「別にアンタが疑うよーなコト、してないわよ。アタシが勝手に惚れて、横恋慕してただけよ。安心なさい。」

「え?」

「それより教えてよ、アンタ、どーして無事なの? 荒くれ共が、押し掛けたんじゃないの?」

 それが知りたいわ。あの悪党、絶対、仲間と一緒に行動するもの。

 三人一組のはずよ? どうしてなの?


 今度こそ、亮介の目には驚愕と、……アタシへの同情は消えたわ。

 チラッと明菜が彼氏を見たのは、どういう意味合いかしら?

 不味いことになった、まるでそんな風に思ってるみたいな目。冗談じゃないわ、アンタに同情されるほど落ちぶれちゃいないわよ。



「あー……、あたしとぼーちゃんと、2対3だったから、かな? だいたい、アイツら、弱っちかったわよ? ぼーちゃん止める方が大変だったんだから。アイツ等、半殺しにしてもやめないからさー、」


 亮介が、居たの……?


「あいつ等けしかけたの、やっぱり君なのか。信じられなかったけど……。」

「どうして、貴方が居たの? アイツ等、用心深いのよ?」


 アイツ等に見つからずに近付けるなんて、そんなの、有り得ないわ。

 根っからの悪党。アタシに近付いた時は一人で、気付いた時には三人の玩具にされてた。用意周到に計画を立てて、獲物を罠に掛けるのよ。

 彼氏の存在に気付かないなんて、信じられない……!


「いや、俺もしょ、明菜を見張ってたから、」

「そーよ! アンタのせいで、ぼーちゃんにここでバイトしてるの、バレちゃったんだからねっ!」

「お前は反省しろ! ここへ出入りするのは卒業してからって約束だったろ!」


 明菜の言動を、ぴしゃりと抑える亮介。

 明菜ったら、あからさまにビクビクしちゃって……。怖がってるの?

 なによ、完全に飼い慣らされてるんじゃない、明菜ったら! ワガママ猫が、首輪を付けられてるわ。


「あー、もうっ! 巧く誤魔化せてたのにっ! アンタの彼氏とかが出しゃばって来なきゃ、バレなかったのにー!!」

 往生際の悪いことを喚いちゃって。けど、亮介の手がぴくりと動いて、途端に明菜がびくって身を竦めたの。驚きね、あの明菜がさ。


「なに、なんの話よ?」

「アンタの彼氏がチクッたんじゃん! アンタのこと、根掘り葉掘り聞くからっ! ぼーちゃんはヘンなトコ勘が鋭いんだからね! 三角関係になってんのバレて、ついでにここでバイトしてんのもバレたのっ!」

 ちょ、それ、アタシのせいなの!? 冗談じゃないわよっ!

「省吾!」

 怒鳴られて、明菜が飛び跳ねるみたいにビクッてなったわ。


「とにかく。今日は、ここを辞めさせる為に来たんだ。もうママさんは知ってると思うけど、こいつ、こんな所でバイトしてる場合じゃないんだ。留年寸前だから。」

「バラすなよ~!!」

 完全な男の声で、あのカワイ子ぶりっこの明菜がテーブルにつっぷしたわ……!


「君のことも……、本人から直接聞かない事には判断のしようがなかったから、今日は俺が無理に付いてきたんだ。連中は君に頼まれたとか言ってたけど、いくら何でもそこまではしないと思ったから。」

「……。」

 無言を貫くわ。ズルい?

 ごめんね、亮介。そこまでしちゃうオンナなの、アタシ。


 まさか、明菜がアタシを庇ったっての? 連中を焚き付けたのはアタシだって教えたんじゃないの?

 連中がベラベラ喋るくらいは解かるけど、なんで明菜がアタシを庇うわけ?


「けど……アタシの彼氏って、いったい誰のこと?」

 アタシ、そんな心当たりないわよ。


「あ、いつだったか、一緒に居ただろう? 俺のことを呼び止めた時。」

 え? あ! まさか、あの時のナンパ君?

「真鍋のツテで紹介されたけど? 彼氏じゃなかったのか?」

 え? え? ちょっと待って、こんがらがるわ、

 だって、カレはただのナンパ師で……それも、アタシ、振られたっぽくて。

 けっこう手酷くサヨナラされたって感じで。


 ……どーしてその彼氏が亮介に、アタシの彼氏って紹介されるワケ?


「俺との関係とか、ひどく気にしてたからそうなのかと思ったけど。違うのか? 変だな? ずいぶん本気なように見えたけどな。」

「ばっか! リョースケ、それってアレじゃん、ストーキング! お前もまえーに、おんなじよーなコトやってたべ?」

 びっくりした! やだ、なに、その言葉使い!?

 こ、これが明菜の本性なのね……! ヤンキーじゃないの! 完全に!

「……明菜だろ? 今。」

 冷たくツッコミを入れられて、慌てて口を抑えてるけど、もう遅いわよ。

 しっかり聞いたからね、明菜。


「やぁだ~、あたしったらぁ~♪」

 今さら、カワイ子ぶっても遅いってば。

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