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第三話

 マンションに帰ってからも、アタシはショックでしばらく泣いてたわ。


 悔しいじゃない、ひどいじゃない、……どーしてナンパ男にまで明菜より下だなんて言われなきゃなんないのよっ! ええ、もちろん知ってたわよっ、話に出て来たコの大半の名前はねっ。

 真鍋って子も……実物見たのは初めてだけど、話は聞いてたわよ。

 ぜんぜん、勝てないじゃない、神様って不公平だわ。


 アタシ……化粧を落としたアタシは……。松島菜々子なんて似ても似付かない地味なコなのに。

 素から綺麗な、あんな子には適わない。

 女の子になりたいって願ってても……素から女の子の、お姉ちゃんには……。


 う……っく、

 ヤな事、思い出しちゃったじゃない。それもこれも、みんな明菜のせーよっ。

 素からカワイイ、あんな子、大ッ嫌い。

 お姉ちゃんも嫌い。


 そーよ、お姉ちゃんは美人だったわ。

 素から美人。それにちゃんと女の子。

 だから、みんな、お姉ちゃんを褒めた。

 アタシが可愛くしたって、叱られるだけだったのに……。


『よしなさい! 正行! あなたは男の子なんだから、冗談でもスカートなんて履くものじゃないのよ! ほら、お姉ちゃんに返しなさい!』


 ひったくられたチェック柄のスカート……流行の……人気のデュオが同じスカートを履いていて、すごく欲しかった。


『お姉ちゃんに、返しなさい!』


「やっ……!」

 びっくりして、目を醒ました。

 ああ、夢。なんだ、また、夢を見てたのね。

 嫌になるわ。


 ……お姉ちゃんは泣いてた。

 アタシがお姉ちゃんの彼氏を取り上げるたびに、泣いて、アタシをなじったわね。

 指折り数えて、三回も、お姉ちゃんのカレシを取り上げたんだって思い出したら、また笑っちゃった。

 とっても気持ち良かったのよね……。


 彼氏を盗られて、泣いてるアナタの顔は、アタシをすっごく満足させてたのよ?


 アタシの色目にびくともしない男と婚約して。招待状なんて、厭味ったらしく送り付けてきて。

 それから、明菜みたいに、壇上から舌を出すつもりなんでしょう?

 負け犬の、アタシに向かって……。


 残念でした。お姉ちゃんよりイイ男捕まえたから、大丈夫よ、お幸せに。そう言ってやる予定なんだから、早くイイ男見付けなくっちゃいけないのよ。見掛けも、中身も、全部揃ったイイ男でなくっちゃ。

 そんな男が放っとかれてるワケないんだから、奪い取るのは当たり前よ。

 ……明菜なんかに負けるもんですか。


 渋谷のセンター街を闊歩してたアタシを、なんだか見覚えのある顔が呼び止めたのは、それから何日か経った、ある日の午後。路上で突然、腕を掴まれたのよ。俺だ、俺だ、って。

 え? 誰だっけ?

「俺! ほら、憶えてねぇの? ……参ったなぁ。ほら、その、平手食らった、」

 平手……それで思い出したのよ、あの時のナンパ男の顔。

 ああ! あのヒトをバカにした! て。


「なんの用よ! ヒトのこと、タンポポなんて言って……忘れないからね! あの一言!!」

「い、いや、ゴメン。悪かったと思って、謝ろうと思って、張ってたんだ。別に、けなしたつもりはなかったんだけど……。気を悪くしたんなら、謝るよ、ゴメン。」

 今さら謝られたって、どーなるもんでもないわよ。


 それに……、

 やだ、やっぱり昨日の今日で参っちゃってるわ、アタシ。


「……いいわよ、別に。当ってるし。」

 そーよ、落着いてよく考えてみたら、当ってたわよ。

 温室で大事に育ててもらった花とは違って、その辺に生えてる雑草よ、アタシ。

 花なんか付けてっ!て、めいっぱい叱られて育った、雑草よ。

 自然と目の辺りが熱くなって、視界がなんだかボンヤリしてきちゃってさ。

 みっともないわ、こんなにボロボロ泣いたって、可愛くもなんともないわ。


「な……、今度はなんなんだよ? 俺、またなんかマズイ事言った?」

「アンタのせいじゃないわよ。雑草が綺麗な花なんか付けてみたって、踏み付けられるだけね、ってハナシ。」

「なに? それ?」

「いいの。それより、張り込みご苦労様。アタシ、今日はヒマだから付き合ってもいーよ?」

 そう言ったとたん、ぱぁっと、表情が明るくなる。

 単純な男ね。


 どうせ、謝りたいなんてのも適当な理由でしょ。男が考えることなんて、一つきりだもんね。

 いいわよ、どうせ減るもんでもないんだもん、出し惜しみなんてしない。付き合ったげるわ、幾らでも。


 道玄坂のラブホテル街へ入るには、まだまだ時間が早すぎて……。

 その辺をうろうろ、デートみたいに歩き回ってみたわ。

 なんて安いオンナなんでしょ、アタシ。


 けっこう背も高いし、体格もいいし、オシャレだから、道行く女の子たちが振り返っては頬を綻ばせてる。このカレシも悪くはないんだろうけど、アタシには今ひとつ物足りないの。

 やっぱり、あのカレがいい。

 そんなアタシの願いが通じたのかしら、歩道の向こうに、あのカレの姿を見付けたのよ! やだ、うそ、運命を感じるわ!

「ねぇ! 亮介じゃない!?」

 思いっきり、親しみを込めて声を張り上げて。

 驚いたような顔をして、カレはこっちを見たわ。


 なんてラッキー。今度こそ、独りよ。

 少し先の信号が赤に変わって……車が途切れるのを見計らって、向こう側へ渡ったわ。あ、ナンパ君を忘れてた、振り返って見ると、彼もこっちへ渡ってる。付いてきちゃった。ちょっと残念かしら。


 息が掛かりそうなくらいの真近で止まる。カレはちょっと退きぎみ?

 小首を傾げて見上げてさ、カレシの言葉を待ち受けるの。可愛い仕草でしょ。

 カレシ……亮介は、ちょっと途惑いの表情でそれでもアタシを遠ざけたりしなかった。


「やあ。」

 なんか他人行儀な挨拶ね。

 さては明菜ったら、何か言ったわね。ある事ない事吹き込んだんでしょ、どうせ。

 そんなのは想定済みなのよっ、それを逆に利用してあげるわ、明菜。他人を悪く言う嫌なオンナに仕立ててあげる。


「お久しぶり、今、一人なの? なにしてたの?」

「んー、待ち合わせ。なんか、省吾が誤解したみたいで……この間はごめん。」

 明菜っていうのは源氏名で、ショーゴっていうのが、あのコの本名。


 ちらちらと隣のナンパ君を気に掛けて……やだ、亮介ったら誤解しちゃったわ。ナンパ君も気を利かせて、どっか行ってくれてもいいのにさっ。こっちでコナかけといて、それはさすがに可哀そうかなっ。

 けど、このシチュエーションはオイシイわ。亮介はきっとナンパ君のこと、気になってる。

 ただのお友達よ、ナンパ君も、アナタも。今のところは、ね。


「ああん、気にしないで。せっかくの旅行中に電話なんか掛けちゃって……お邪魔だったわよね? こっちこそ、ごめんね。」

 さりげなく、優しさをアピール。

 情報は入ってるわ、明菜はとっても我が侭。そうよ、まだ完全にダメなわけじゃないもの。亮介のこの態度は、まだアタシに好意を持ってる証拠だわ。

「あ、まずい。そろそろ行くよ、じゃ。」

 時計を気にしてた亮介は、さっさとその場を駆け出したわ。

 待ち合わせの相手が誰だか、すぐに解かる反応よね。

「知り合い?」

 ナンパ君はさすがに勘が鋭いわね。

「ちょっと、ね。いいじゃない、別に。楽しみましょ?」

 時間的にもそろそろいい頃合でしょ。

 夕暮れで辺りが赤く染まってくれば、自然にあの界隈への人の流れも出てくるわ。


 アタシを見てくれないヒト。

 アタシを見てくれないヒト達。


 振り向いてくれた時は感動。あの快感が欲しくて、ずっと捜してる。

 優越感に浸れる、極上の獲物……明菜が泣き喚いてアタシを罵る姿が見たいの。

 明菜の彼氏と寝て、きっと泣いてるだろう明菜の事を想像するのよ。

 そしたら……ものすごく快感なの。


 病み付きなのよ、アタシ。

 この彼氏は違う男だけど、きっとカレも同じように、こうしてアタシを愛撫してくれる。

 ああ……亮介……、

 アナタはどんな癖を持ってるかしら……?


「なぁ、アンタ、誰のコト考えてんだよ?」

「え?」

 びっくりした! 急に、ヘンなこと、言わないでよ。

「べ、別に何も、」

「ウソ吐くなよ。……さっきのヤツの事、考えてたんだろ? 冗談じゃねぇよ、」

 ナンパ君は、吐き捨てるみたいにそー言って、さっさと服を着始める。

 え、うそ。帰っちゃうの……?

「……」

 ちょうどいい言い訳の言葉なんてのは、そんなに簡単には浮かんで来なかったわ。

 黙ってるうちにナンパ君の着替えが終わって。

「いくらナンパだっつってもよ、身代わりなんて御免だっての!」

 イラだった声が、アタシをなじって、そしてドアは閉ざされた。


 仕方ないわよね、やっぱ、バレちゃったらさー……。

 くすっ、て自然に笑えちゃって。


 ……!!

 なんでこんなくらいで、泣いてんのよ、アタシ。

 本音がバレただけじゃない、バカバカしい。

 どうせ、アタシなんてホントは!


 嫌な考えが吹き出してきて止まらない、

 傷口がまたパックリと開いて、じくじくと膿を吐き出してるわ。

『オカマ!』

 近所の悪ガキに罵られた言葉がまた甦る。

 女の子になりたかったのよ、何が悪いのよ。


『……いいなぁ、お姉ちゃんは……。』


 羨ましかった。

 だから、憎らしくなった。

 お姉ちゃんが大事にしてた人形。可愛いリカちゃん人形。

 盗んでゴミ箱へ捨てたのは、アタシ。

 買ってもらえないお人形が、どうしても欲しくって、お姉ちゃんが居ない時に盗ったのよ。けど、見つかるのが怖くて、すぐゴミ箱へ捨てたわ。すごく惨めで、苦しくて、悲しくて……。


 なんで、アタシばっかり!


 泣き腫らしたウサギのまま、アタシは帰路に着く。

 考えてみたって同じ。

 アタシは正直者だから、他人の物が欲しいのよ。

 欲しい物は欲しいのよ。


 来週は、お姉ちゃんの結婚式。それまでに、どうしてもカレシと別れてもらうわよ、明菜。

 あんまり使いたくなかったけど……こうなったら、人に頼んで、あの子を襲ってもらうわ。ボロボロになったら、男ってどうしてだか彼女を捨てちゃうのよね。怖くなるんだろうけど。


 汚いモノみたいな目で、アタシを遠巻きに見てたわ……。


 恨みっこなしよ、明菜。

 アンタだって、アタシのお客、盗ったんだからね。

 携帯を掛ける。知り合いの悪い男。

 好きにしていいわよ、って。明菜の住所を教えた。


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