第二話
ママの忠告はよぉく解かってるわよ。
コイビトを捨てるようなオトコは、何度でもそれを繰り返すものだ、って。
けど、イイ男に虫が付いてるのは当たり前じゃない?
恋愛だって人生だって、戦いなのよ、勝った者が商品を貰えるのよ。
売れ残りの商品なんて、何かあるから売れ残っているんだわ。
そんな欠陥品を掴まされるより、戦って奪い取る方が絶対、正しいのよ。
戦いに勝てばいいだけだもの。
彼氏を取られたなんて言って泣くのは、自分の非力を棚上げしてるだけだわ。
そして、負けた者は……。
そうよ、アタシは明菜との勝負に敗れただけ。
あんな小娘の、どこがアタシよりいいのか、そんなのは解かんないけど。
「先輩って、ソレしか楽しみないみたーい、」
アタシから見てもカワイイ笑顔で、猛毒を吐く小娘。
あれ以来、完全に、アタシと明菜は敵対した。
「あら、いやーね。ソレだけってコトないけど……強いて言うなら、ソレ以上の楽しみは無いんじゃなくって? ねぇ、ターさん?」
「ソレって、どれ?」
アタシと明菜の関係が変わった事を知って、大抵のお客さんは遠慮してくれるけど、中にはわざわざ同席にする悪趣味なお客さんも居たりするのよね。このターさんみたいに。
ホント、面白がってる。
「セッ・ク・ス。 嫌ぁね、知ってるくせにぃ。」
「うほほ、言葉だけで感じちゃってるの? 乳首、立ってるよ、」
つんつん、とかって触って来ても拒んじゃダメ。そういうのを売りにしてはいけないのよ。こういうお店の、暗黙のルールってヤツ。……て、解かってないでしょ、明菜!
あからさまに身を捩って、お客の指先を避けるんじゃないわよっ!
そのむくれた顔、やめなさいってのにっ。
「あはっ、明菜ちゃんは相変わらずガードキツイなぁ、」
ターさんは戸惑っちゃってる。そりゃ、こういうお店でセクハラ拒否なんて思わないわよ。
「触ってもいいけど、詰め物だよ?」
ハラハラして見てたら、ホラッ、て今度は胸を突き出して……、
お客はここぞと胸を揉みしだくのね。
「あ、ほんとだ、やーらかいねー、何詰めてんの?」
「シリコンのバック。 ぷよぷよでしょー?」
……狙ってたわね、明菜。
「出してみよーか? あったかいんだよ? ちょっとヒトハダー。」
能天気な笑顔で胸のボタンを外し始める明菜に、アタシはとっとと合いの手を入れなくちゃいけなくなっちゃう。アホの子を演じてるんだか素なんだか解かんないけど、放っておいたら大惨事だわ。
「ちょっとぉ、こんなトコでストリップなんてしないの! それはショータイムでやんなさいっ、」
「はーい、怒られちゃった。」
「えっ、ストリップあんの?」
下品な笑顔を浮かべたターさんの額を、アタシは微笑を浮かべてペチッと叩いたわ。
見事なボケツッコミよね。
明菜はヒトを自分のペースに巻き込むのが、とにかく上手いのよ。そして、無意識にでもニーズを使い分けてるの。お客によって、純粋にこの場を楽しみたいヒトと、下心があるヒトとがいるのよ。勘なのかしらね、そういうの、本当に鋭く見抜いちゃうみたい。
お客は残念そうに、閉じられてゆく明菜の素肌を目で追ってるわ。
タブーギリギリの戦術。明菜だから許されてるよーなモノ。
それにしても、明菜は完全にアタシを敵とみなしてるわね。
あんなコトされたら、あのお客、もう明菜の指名客じゃない。
バイトでしか入れないからって言って、大胆な行動は控えてたくせに。
解かったわ、仕返しにアタシのお客、片っ端から盗るつもりね。
仕返し……。
やだ、また耳鳴り。
それはキーワードなの。普段なら大したことない、けど、今日みたいに弱ってる日はカンベンだわ。
知らないわよ、アタシの知ったことじゃないわ、向こうが勝手に好きになっただけよ。
「せーんぱいっ、どーしたんですかぁ? 気分悪いのぉ?」
アホっぽい少女を演じながら、明菜がアタシに話を向ける。
あ……。やだ、つい、意識が別に行っちゃってた……。
ちょっとだけ感謝してやるわ、明菜。
「べ、別にいいじゃない、週末のスケジュールとか考えてたって……。」
「誰か誘ってくれないかなー? とか?」
ターさん、グッドタイミング!
「そーなの。まだ、全然、予定ないのぉ。せっかくの連休だっていうのに、寂しいヒトなのよ、アタシ。けど、ターさんはきっと予定入ってるんでしょ?」
そっと、意味深な手をお客の膝に這わせて上目遣い。こっちの意思は伝わったはずよ。
「俺はないよ? あ、明菜ちゃんは?」
明菜が先なの!? バカにしてるわっ、
「あたしぃー、カレシと旅行行くのー♪」
無邪気で罪のない極上の笑顔で、ビール片手にカンパーイ。
ターさんも、誘ったつもりが見事に空回りしたコトに気付いちゃって、目が泳いでるわ。
「もー、京都でイチャイチャしまくりー。いいでしょー。」
「京都かぁ、いいなぁ、俺もあやかりたいねー。で、次は俺と東北あたりでイチャイチャしない?」
「かまくらー、おミカン食べてぇ、おコタの中で脚でイタズラすんだよねー♪」
「そうそう♪」
「ヤ・ダ・♪」
アタシへのお誘いはそれっきり立ち消えってワケね。
ふーん。
思いっきり、宣戦布告してくれたわね、明菜……。
ターさんからは見えない角度で、明菜がアタシに向かって舌を出したわ。
絶対、絶対、絶対、絶っっっ対っに! アンタの彼氏、奪ってやるからっ!!
週末土曜日の朝6:00。
この時間なら、きっと寝ぼすけの明菜はまだ寝てる。
電話のコールは何度目かで、ようやく通じたわ。まだるっこしいけど、仕方ないわね。
なにせ相手は京都だもん。
『……もしもし?』
低くて落着いたソフトバリトン。カレシの声。
「アタシ。……ねぇ、今、なにしてるの?」
地声にならないように気をつけて。少し低めの声がセクシーなはずよ。掠れた声で囁いた。
どうせ明菜は寝こけてるんでしょ、その間にバッチリ印象付けてやるわ。
『今、俺と遊んでるトコ! もー邪魔すんな!』
ガチャン、て。
あイタ~、明菜が聞いてたのね、しくったー……。
にしてもやっぱりムカつくコよね。朝っぱらから、ヤってんじゃないわよ、羨ましい……。電話なんか掛けるんじゃなかったわ。悔しいし、ムカつくし、なんかムラムラしてきちゃうしっ。
「あーあ。アタシも誰か構ってくれるヒト、探しに行こうかなぁ……、」
計画は失敗。次の作戦は二人が帰ってからだもん、暇になっちゃった。
ぷらぷらとセンター街をお散歩。
お昼はどこで食べようかな。
「ねぇ、一人? 今、ヒマ?」
……けっこうイケメン。ワイルド系。鼻ピアスがちょこっと気に入らないかな?
けど、うん。ついてってもいいかな。
「お昼どこにしよーか迷ってたの、なぁに?」
「おっ、いいじゃん、俺もメシにしよーと思ってたトコ。一緒にどう?」
「アタシぃ、ファストフードとか苦手なんだけどぉ?」
「俺、いい店知ってるからさ、案内するよ。こっちこっち。」
そして、ごく自然なかんじに手を繋いで歩き出す。
もう、前から付き合ってます状態ね。
すんごく手馴れてない? ナンパ師だわ、コイツ。
「よ、」
途中、すれ違いざまに片手で挨拶。
ダレ? すんごく綺麗な男の子……ドキッとしちゃった。
視線はなんだかものすごく怖いんだけど、金髪に染めた髪ってものすごく人を選ぶじゃない? それがものすごく似合ってるコなんて、アタシ、初めて見たかも。感動しちゃったわ。
金髪って、茶色系で誤魔化したのじゃないのよ、白なの、白。キラッて光っちゃう金色よ!
ガイジンさんみたいに肌が白くって、お人形みたいなカオ。作り物だと思いたいけど、凶悪な視線がそういう事しない人種だって教えているのよ。黒のスウェットで。
ナンパのカレシが、物おじもせずにそのコに話しかけたわ。
「お? ワックスどした? 髪の毛、サラサラよー?」
「うるせぇ、切れたんだよ。センターで買いに行くトコだべ。」
「近所で買えよ、そんくれぇ……。」
「ねぇんだよっ、」
吐き捨てるよーな一言を残して、金髪の綺麗な男の子は遠ざかってった。
お互い、歩調を緩めただけ、すれ違いざまの短い会話はそれでおしまいだったわ。
「ねぇ、ねぇ、ダレ? 今の子? あんなカワイイ子、知ってるくせに、アタシのこと声掛けたの?」
アタシが実は男だってコトは気付いてるんでしょ?
手を握ってみれば、解かるはずよ。アタシ、手ぇ、大きいもの。
「うん? 知り合い……ってか、知人のトモダチ? いや、あんまトモダチって程でもないしなー、ええと。……アイツは有名人だからさ。ヤクザの愛人だし。」
キャー、なになに、ソレ!? すんごく興味あるじゃないー、ワイドショーみたいっ!
「いやーん、聞きたーい! なになに?」
「あー、知ってるって、絶対! ほら、新聞とかにも載ったべ?」
新聞……、あ!
「もしかして、大阪の?」
「そうそう、それ。だから、いいだろ? もう。」
そっかぁ……、納得。
確かに超の付く有名人だわね、この界隈じゃ。大事件起こした、時の人ってヤツよ。あのアブなそうな目もなるほどなのよ、それ聞いたら。
「いくら何でもヤクザに喧嘩売るヤツぁ居ないだろーって。あ、なんだよー、また満員かよー、」
名前も知らない彼氏が連れて来てくれた場所は……路地裏にひっそりと店を構える小さなレストランで。昼前だというのに、小汚い路地には、短めだけれど行列が出来ていたの。
「どーするー? ここはピカ1で旨い店だけど……、」
「うん、大丈夫。お勧めなんだったら、食べてみたいわ。」
ちょこっと待つくらいなら、全然ヘーキよ。
「アタシ、けっこうこの辺ぷらぷらしてるけど、こんな店は知らなかったなー。どーも有り難うね、いっこ賢くなった気分♪」
素直に感謝しただけなんだけど、すっごく感動してくれたみたい。カレシったら、目がキラキラしてんの。イチオシの店って、褒めてもらうと嬉しいのは、誰でも一緒ね。
ヒマな時間はお喋りで埋める事にして。
さっきのコを肴に、盛り上がってるうちに、あっという間に行列の最前列。
「……んでさー、アイツの周りってけっこう華やかなもんだから、個人個人はあんま目立たねぇってか、群れでギラギラってか……、」
「ふーん、」
「目が慣れちまうんだよなー、これが。」
綺麗どころには興味ない、って事でしょ? ちょっと複雑だわ、それ。
アタシ、一応、美人で通ってるんですけど?
「男の綺麗なのは見慣れてっからさ、俺。」
「……なんでアタシに声掛けたのよ、」
だんだん気分悪くなってきちゃうじゃん。ちょっと声のトーンも下がっちゃったわ。
「んだからさー、ギラギラは慣れてんだよ。真鍋なんて最たるモンじゃん? ギンギラギン。」
さっきの綺麗なコね。確かにウザいくらいに整ったカオしてたと思うわよ。羨ましいくらい。
彼氏は、なんとか説明しようとして必死なのよ。アタシに声を掛けたのは、顔とか見掛けじゃないんだ、って、その理由を、必死でさ。
「んー、なんて言ったら通じるかなー? ほら、花で例えるとするだろ?」
花、だって。
見るからに不良ですってカンジの、お兄ちゃんがさ。
「あ、笑うなよ。俺ン家、花屋なんだよ。……だからさー、真鍋は牡丹で、よくつるんでるショーゴってのが薔薇なんだよ、頭真っ赤でさー、ホント、バラの花。目立つんだよ。二人して悪目立ちってヤツ? も一人西岡ってのも居て、ソイツは百合かなー? 綺麗っていうか、目立つんだよ、とにかく。でもさー、花って、いっぱいあるとそのうちみんな一緒に見えてくるんだよなー。」
カレシったら、わりとトンチンカンな理屈を一気に捲し立てたわ。ご苦労様ね。
「じゃあ、アタシは?」
すかさず聞き質すと。
ちょっと照れて頬が赤くなった。
アタシは、あなたの目には、どんな花に映ったの?
「たんぽぽ。」
平手打ち。
そのまま、路地をUターンしたわ。
……バカにしてる。