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例えシリーズ

かこのはなしですが。

作者: 咲坂 美織

これは『例え、君が幽霊でも』の番外編となっております。ただ本編からは独立しているので、本編を読んでいなくても理解はできると思います。


今回は本編にも少し登場した、樹の兄、浩紀の過去の話になります。

「井上~」


 情けない声で僕を呼ぶ声。その声だけで誰が来るのかは分かった。正直振り向きたくもないが、そういうわけにもいかない。というわけで、僕は嫌々振り返る。


 案の定、そこには情けない顔をしたこの学年で僕が数少ない親友と呼べる友人、星宮彼方ほしみやかなたがいた。親友というわりには扱いがひどいって? んなこと知るか。


「どうしたんだよ、彼方」

「どうしたもこうしたもないよ! この前の模試! 結果返ってきたんだよ~」


 なるほど。そういうことか。中学3年の10月にもなると確かに模試の結果が気になるところだろう。僕は気にしたことないけど。そもそも高校受験に失敗したからといって死ぬわけじゃあるまいし。


 そんなことを彼方にこぼしたら、「それは出来る奴の言い分だ」と怒られた。以来こいつ以外の前では言わないようにしている。この時期のクラスメイトの嫉妬ほどウザいものはない。


「見ろよ、これ。第一志望がC判定だ~。何でこんな中途半端なんだよ。いっそD判定とかのほうが諦めつくのにー」

「んなこと言っても僕にはどうしようもないでしょ。自分で出した結果だろ。受け入れろ」

「あ、いや、本題はそこじゃなくて、……勉強見てくんない?」


 それか。僕の成績はずば抜けていいというわけじゃないけど、テストでは毎回上位には食い込む成績を維持している。対して彼方は毎回学年順位3桁という、僕とは正反対の成績を維持(?)している。


「分かった。毎日図書室で1時間。それでいいな?」

「恩に着るよ、井上~」


 また情けない顔ですがりついてこようとしたから、鳩尾に拳を軽く一発お見舞いしてやった。




 そんなこんなで時はあっという間に過ぎ、気がつけば雪がちらちらと舞う季節になっていた。この頃になると、彼方の成績はぐんぐんと伸びて僕と同じ学校を目指せるほどになっていた。その成長ぶりは教えた僕も舌を巻いたほどだ。


「なあ、浩紀」

「何だ、彼方」

「ありがとな。浩紀も自分の勉強があるのに俺の勉強ばっかみてもらって」

「いいよ、別に。僕もそんなに勉強してるわけじゃないし」


 うわ、嫌味な奴! と言って笑う彼方はいつの間にか僕のことを名前で呼ぶようになっていた。

 僕のことを名前で呼ぶのは今はもう家族くらいしかいないから、なんかちょっと新鮮で、くすぐったくて、嬉しい。もちろん、そんなこと彼方本人には言わないが。……心の中でだけなら感謝してやるよ。


「んじゃ、またな!」

「またな、彼方。今日教えたこと、忘れるなよ」

「んなこと分かってるよ!」


 そう言って、まだもうちょっと残って勉強するという彼方と別れて家に帰る。もうすぐ私立受験だ。いくら滑り止めだといっても疎かにするわけにはいかない。


 僕はこの日先に帰ったことを、この先何年も後悔することになる。




「……兄さん、兄さんってば!」

「んだよ、樹。こちとら貴重な睡眠をとってんだ。邪魔すんな」

「あう、ごめんなさい……、じゃなくて! 本当に大変なんだってば! いいから電話に出てよ!」

「ったく、うるさいな」


 弟の樹に急かされるようにして保留にしてあった受話器を取る。保留を解除すると担任の切羽詰まった声が聞こえてきた。


「井上くんか!? 良かった、家にいたのか。今すぐ学校に来てくれないか」

「先生、一体どうしたんですか? もう7時ですよ。こんな時間に生徒呼びだすなんて……」

「星宮君が屋上から落ちたんだ。詳しくは学校に来てから話す」


 受話器からツーツーという音が聞こえたが、僕はそのまま呆然と受話器を握りしめていた。今担任は何と言った? 彼方が……、


「嘘だ、嘘だろ……」

「兄さん……?」

「樹、僕ちょっと学校に行ってくる。母さんには言っといて」

「え、ちょっと待って。兄さん!?」


 この時期はみんな塾に通っている。この時間に家にいる生徒は少ないだろう。僕も例にもれず塾に通っているが、今日はたまたま休みだった。


 いつもの習慣で外に出られる格好だったので、そのままコートを掴んで外へ飛び出す。緊急事態なので私服で学校にへ行くのがどうこう言われることはないだろう。

 いつもは徒歩通だが、今日は自転車に飛び乗る。コートに自転車の鍵入れっぱなしで助かった。


 自転車を飛ばすこと3分。校門付近で待っている担任が見えた。

 自転車を降りて鍵をかけるのもそこそこに担任のもとに駆け寄る。担任の顔もかなり青ざめていて事態の深刻さが分かる。


 担任の後について敷地内に入る。校舎の外には警察官や救急隊員らしき人たちがいて、担任はその中の警察官の一人に声をかける。一言二言話すと、僕についてくるように言って校舎の中に入った。


 普段はなかなか入る機会のない校長室に案内される。そこには集会でよく見かける校長と知らない人がた。


 知らないほうの人は僕が入ってくるのに気がつくと、立ち上がって挨拶してくれた。僕も礼を返す。どうやらこの人は警察の人らしい。


「君、星宮彼方君の親しい友人だったんだって? 今回、彼がこんなことをした動機に心当たりはないかい?」

「こんなことしたって、彼方は自殺したとでも言うんですか!? 勉強も順調、友人関係も順調の彼が!?」

「いや、そんなことは言っていない。ただその可能性が高いだけだ。気を悪くさせてしまったのなら謝る。すまなかった」


 頭を下げたその人の態度はいくら子供の僕とはいえ、一目で誠意がこもっていないことが分かるものだった。もっとも僕はもういちいちそんなことに突っかかるほど子供ではないが。


 担任を見上げると、担任も困った顔をしていた。顔はまだ青いままで、今にも倒れそうだ。

 目だけで大丈夫かと問うと、担任は少し笑った。生徒に任せて一人休むわけにはいかないということか。今さらだけど僕、いい担任もったな。


 それからいくつか質問を受けたけど、僕はすべて分からないと答えた。今は一つ一つの質問にしっかりと考えられるほどの余裕がなかった。


 警察官の質問攻めからやっと解放されて、僕はふらふらと校舎から出た。担任が家の前まで送ると言ってくれたが、すぐ近くだし自転車で来たから大丈夫だと言って断った。


 外にはもう警察官の姿も救急隊員の姿もなくて、少しだけほっとした。とにかく、少しだけ一人になりたかった。

 誰もいない花壇の淵に腰掛ける。一月のこの時期にこんなところに座っていたら風邪引くだろうな。受験前なのに。でも今の僕にはどうでもよかった。


「浩紀、そんなところに座ってると風邪ひくぞ。もうすぐ私立受験だろ」

「いいよ、別に。どうせ滑り止め……って、え!?」

「あー、新鮮。浩紀がそんなに驚いた顔、初めてみたかも」


 驚いて声をしたほうを振り向くと、そこには彼方・・がいた。


「お前、本当に……彼方か?」

「何だよ、浩紀。まだ半日もたってないのに俺の顔忘れたのか?」

「だってお前、落ちたって……。そうか、夢か! 僕は夢を見てるんだな」

「……なんかテンパった浩紀って可愛いのな」


 そう言って彼方は手を持ち上げて僕の頭に(ムカつくことに、僕も結構身長は高いほうだが彼方のほうが僕より高い)のせ……ようとした。


 正確には、のせてそのまま僕の体を通り抜けた。二人ともしばらく無言でその手を見つめていた。しばらくして、彼方が小さく笑う声が聞こえた。


「彼方、笑い事じゃ……」


 僕は反射的に咎めようとして……出来なかった。


 彼方のその笑う顔が、とても悲しそうで、途方に暮れた子供のようで、もう抱きしめられないと分かっていながらも、抱きしめてやりたくなった。代わりに拳をギュッと握りこむ。


 どのくらいそうしていただろうか、唐突に彼方が話しかけてきた。


「なあ、浩紀。これだけは信じてもらいたいんだけどさ、俺別に自殺したわけじゃないから」

「分かってるよ、そんなこと」

「ただちょっとした事故……」

「嘘だろ。伊達に親友やってるわけじゃないんだ。それくらい分かる。まぁ、もっとも……」


 僕は立ち上がると彼方に背を向けた。空に浮かんでいる月を見上げる。三日月だった。


「彼方なら死んでも口割らないことも知ってるけどね。……って、もう死んでるか」

「浩紀……。悪い」

「悪いと思ってるなら、さっさと成仏しな。友人の死にきれない様を見せられるこっちの身にもなってみろ」


 振り向くと、僕よりもでかい男が俯いていた。ユーレイでも泣けるんだろうか。僕はふとそんなことを思った。




 それからの2ヶ月間は地獄だった。


「彼方……っ」


 僕は学校に行くたびに陰鬱な表情になっていく彼方を見続けた。何もしてやることができない自分が嫌になった。

 でも勉強だけは頑張ったおかげもあり、私立は無事合格した。もしこれで私立に落ちでもしたら僕は一生彼方に顔向けできなかっただろう。


 そして運命の公立受験も無事終わり、後は残すところ卒業式のみとなった。

 その頃の彼方はもう目も当てられないようなものへとなっていた。着ていたものはどういうわけかボロボロになり、目はぎらつき、犬歯をむき出しにしている様はもう人間には見えなかった。


 夜のうちに何者かにカーテンを破かれたり、花瓶を割られたりすることが多くなった。先生たちが生徒たちが登校する前に早朝見回りをすることで対処しているらしいが、人員不足のせいかとても間に合っているとは思えなかった。



 そして、卒業式の日。


 僕は朝早くから学校に来ていた。初めてこんなに朝早く来たが、校舎内はひどかった。花瓶は割れ、カーテンは破かれ、机はぐちゃぐちゃに投げ捨てられたかのように倒れていた。


 僕はまだ誰も来ない自分の教室を驚いた顔をした担任と一緒に片付けた。

 今までもだいぶ荒れていたと思っていたが、これを見るとだいぶましだったんだな、と思う。


「先生、最近はいつもこんな感じなんですか?」

「ああ。いつも綺麗にしきれなくてすまなかったな。でも今日は井上が手伝ってくれたからいつもより綺麗に出来そうだよ」


 教室が一通り綺麗になると、担任は他のクラスを手伝いに行った。僕は他のクラスまで手伝う気にはなれなかったので、式が始まる時間まで適当に時間をつぶすことにした。


 ちなみに卒業生はまだ来ていないが、在校生たちはもう登校し始めていて、雑巾を片手に3年の教室を綺麗にしてくれていた。……そういえば去年僕たちもやったなぁ。


 後輩の中一人だけ先輩が居ては後輩たちも作業しにくいだろうと思い、僕は誰もいないであろう屋上へと向かった。


「う~、さすがにまだ3月の初めだからな。コート持ってくればよかった」


 雲で覆われた空の下はまだまだ空気が冷たい。僕は汗をかかない程度に体を動かしながら時間をつぶすことにした。


 しばらくすると、ちらほらと見知った顔が登校してきた。そろそろ教室に戻ろうと思ったとき、僕はふと視線を感じてそちらに顔を向けた。


「彼方……?」


 そこには最近の彼方ではなく、2か月前の姿に近い彼方が居た。服も、表情も2か月前に戻っていた。

 しばらく無言で見つめ合う。先に口を開いたのは彼方だった。


「卒業おめでとう、浩紀」

「どうも」

「そっけねぇな。もっと他に何かないのかよ。せっかく俺が最後の別れを言いに来たのに」

「ちょっと待て、最後の別れってどういうことだ」

「どうもこうも、そのまんまの意味だよ」


 突然のことに、僕は呆然と目の前にいる彼方を見つめた。よっぽど僕の間抜け面が面白かったのか、彼方が急に吹き出した。 

 何だよ、失礼な奴だな。


 僕が不機嫌になったのが分かったのか、彼方がひいひい笑いをこらえようとしながら謝ってきた。笑ってたら意味ないっつうの。


 僕は不機嫌なまま彼方の笑いが収まるのを待った。


「……フウ、久々にこんなに笑ったなぁ」

「そりゃあ良かったですね」

「そんなに怒るなよ。俺が悪かったって」


 今度はちゃんと謝ってきたので、親友ということで許してやることにする。


「それよりも、最後の別れってどういう意味だよ」

「ああ、それな。実は最近分かったんだけどさ、この体って、2ヶ月くらいしかもたないみたいなのよ」


 彼方曰く、ユーレイの体を維持できるのはおそらく2か月。ユーレイになると破壊衝動が抑えきれなくなる。だから普段は絶対に物を壊すようなことをしない彼方も教室をあんな惨状に出来たのか。


「んで、これ1番大切なこと。最後の日だけは正気に戻るらしい」

「それって……」

「そういうこと。たぶん浩紀が考えていることで合ってると思うよ」


 僕が考えていること。それは、“今日彼方が居なくなる”ということ。

 今日で彼方が落ちてからちょうど2カ月だし、現に彼方は正気に戻った。


 僕が言葉に詰まっていると、彼方は寂しそうに、でもどこか穏やかな顔で笑った。


「俺が居ないからって泣くなよ」

「誰が泣くか! とっとと消えちゃえ」

「まあまあ、そう言わずに。浩紀、いろいろと迷惑かけてすまなかった」

「………………」


 何も答えない僕に彼方は苦笑すると、僕の耳に顔を寄せて囁いた。


「ごめんな。それと、今までありがとう。楽しかったぜ」


 下に向けた視線を上げると、そこにはもう誰もいなかった。


「僕も楽しかったよ。じゃあな、親友」


 僕は卒業式に出るため、校舎の中へと入っていった。

 屋上を出るとき、微かに笑い声が聞こえた。


「井上、どうしたんだ? 顔がにやけてるぞ」

「何でもないよ」


 彼のことは、しばらく僕の胸の内だけで。

 大切で、優しい思い出と共に。

これにて『例え、君が幽霊でも』シリーズは全て完結となります。

いかがでしたでしょうか?


次は『例え』シリーズの元となる話を上げていきたいと思います。あ、もちろんまだ連載中の他作品も続きを書いていきます。

まだまだ頑張りますよぉ♪


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

リクエスト、感想等もお待ちしております。


この作品が貴方にとって楽しめるものでありますように。

以上、美織でした☆

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