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異世界総務のヨシコさん(58)  ~エリート弟妹たちとスマホで繋がって「魔王軍ホワイト化」始めます。残業代はきっちり請求しまっせ!~  作者: 早野 茂
第二章:魔王軍ホワイト化計画・始動編 ~ワンオペ魔王と疲弊する中間管理職~

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第9話:門番トロールと、絶対強制請求書

 国境を越えると、空気が一変した。  空は常に鉛色の雲に覆われ、地面は痩せた赤土が続いている。  ここが、魔王の支配領域だ。

「……暗いなぁ。街灯くらいつけたらええのに」

 ヨシコはスマホのライトで足元を照らしながら、ボヤいた。  数時間ほど歩くと、街道を塞ぐように巨大な影が現れた。  魔王領の第一関門を守る、巨漢の魔物――トロールだ。身長は3メートルを超え、手には丸太のような棍棒を持っている。

「グルル……人間か……」

 トロールが低い唸り声を上げ、ドスンと前に立ちはだかった。  普通の人間なら腰を抜かす場面だ。  だが、ヨシコはスマホのライトを彼の顔に向け、まじまじと観察した。

「……自分、顔色悪いで?」

「あ?」

「目の下のクマ、すごいやん。それに肌もガサガサや。ちゃんと寝てんの?」

 トロールが虚を突かれたように固まる。  ヨシコの目は節穴ではない。  トロールの装備している革鎧はボロボロで、継ぎはぎだらけ。手にした棍棒も、使い込まれてひび割れている。そして何より、その瞳には「殺意」ではなく「疲労」が滲んでいた。

「う、うるさい! 金だ! 金を置いていけ! さもなくば……ゴホッ、ゴホッ!」

 脅し文句の途中で、トロールが激しく咳き込んだ。  その拍子に、彼の腰蓑から何かがパラパラと落ちた。  ヨシコが拾い上げると、それはクシャクシャになった羊皮紙だった。

「なんやこれ。『督促状』……? 『借用書』……?」

 ヨシコが読み上げると、トロールが慌てて奪い返そうとする。

「よ、よこせ! それは俺の……!」

「『今月末までに金貨5枚を返済せよ。さもなくば棍棒を差し押さえる』……?」

 ヨシコは眉をひそめた。  魔物の門番が、借金?

「……これ、どういうことや。あんた、魔王軍の正規兵やろ? 給料もっとるんちゃうんか」

「……足りないんだ」

 トロールが、その場にドスンと座り込んだ。地面が揺れる。  彼は大きな手で顔を覆い、情けない声で語り始めた。

「給料は出る……だが、装備は『自腹』なんだ」

「はあ!? 自腹!?」

「鎧も、武器も、関所の修繕費も、全部『個人事業主扱い』だから自分で払えって……。でも、ここを通る人間なんて滅多にいないから、通行料も入らなくて……」

「それで、借金して武器買うてんのか?」

「武器がないと、クビになるから……」

 トロールの肩が震えている。  ヨシコの脳裏に、怒りの炎が燃え上がった。  業務に必要な道具を従業員に買わせる。典型的なブラック企業の「やりがい搾取」と「経費の押し付け」だ。

「……アホくさ。そんなん、会社が払うのが当たり前や!」

 ヨシコはスマホを取り出し、家族グループに通話をかけた。

「イチロウ! シロウ! 今ちょっとええか!」

『――ああ、姉さん。どうしたんだ』 『――なんや姉ちゃん、今いいとこやったのに!』

 長男のイチロウ(弁護士)と、四男のシロウ(工学博士)だ。

「ここにおる門番のトロールな、業務に必要な備品の自腹購入させられとるんや。借金までしてな。……これ、どうにかならんか?」

『……酷いね。魔界の法律は知らないけど、一般論で言えば「労働基準法違反」だ。業務遂行に必須なものは、使用者が負担すべきだ』

 イチロウが淡々と法的見解を述べる。

「せやろ! でもな、この子、気が弱くて上司に言えそうにないんや。……ガツンと言える『武器』が欲しい」

『武器、ねぇ……』

 イチロウが考え込み、そして不敵に笑う気配がした。

『シロウ。例の「術式解析」、終わってるか?』

『おぅ兄貴、完璧やで! この世界の「契約魔法」のコードは解析済みや。……姉ちゃん、スマホの画面にPDF送るから、それを紙に書き写してくれへんか?』

「書き写す? ただの書類か?」

『ただの書類やないで』

 シロウの声が弾む。

『地球の「法的文書フォーマット」に、この世界の「強制執行術式」のパターンを組み込んだハイブリッド書類や! イチロウ兄貴が文章を作って、僕が術式を埋め込んだ。……名付けて『絶対強制請求書アブソリュート・オーダー』や!』

「……なんか凄そうやな」

 ヨシコはニヤリと笑うと、カバンからノートを取り出し、画面に表示された複雑な紋章と条文を、ペンで正確になぞった。  そして、ゴズ(トロール)が出してきた大量の領収書を集計し、請求金額を書き込む。

 書き上げた瞬間。  ブォン……ッ!  ただのノートの切れ端が、ドス黒く、しかし神々しい紫色の光を放ち始めた。

「ひぃっ!? な、なんだその禍々しい紙は……!?」

 ゴズが恐怖で後ずさる。  紙からは、上位の悪魔すら震え上がらせるような「絶対的なプレッシャー」が漂っている。

「ゴズ。これを持って上司の机に叩きつけろ」

「そ、そんなこと言ったら殺される……!」

「殺されへん! むしろ、この紙を見せたら上司は腰を抜かすわ!」

 ヨシコは光り輝く請求書を、ゴズの手に強引に握らせた。

「ええか。あんた一人で戦わせたりはせん。この紙にはな、ウチの最強の弟たちの『念(知識と技術)』が込もってるんや。……上司が文句言うてきたら、勝手にこの紙が黙らせよる!」

 ゴズはおそるおそる手の中の紙を見た。  紙の表面には『経費精算書(兼・未払い賃金請求書)』の文字が、まるで燃える刻印のように浮かび上がっている。  不思議と、持っているだけで力が湧いてくる。背中を押してくれるような、巨大な手の平を感じる。

「……これなら、いける気がする」

「いける! 強気でいけ! 組織ってのはな、現場が止まるのを一番恐れるんや!」

 ヨシコはゴズの背中を、バシッ! と叩いた。

「借金取りが来たら、私の名前出し。……『このバックには、魔王より恐ろしい一家がついてる』ってな」

 ゴズは涙目でヨシコを見下ろした。  恐ろしい形相のトロールが、今は頼もしい戦士の顔をしている。

「……ありがとう。人間のおばちゃん……」

 ゴズは涙を拭うと、腰のポーチから何かを取り出し、ヨシコに差し出した。  無骨な手のひらに乗っていたのは、小さな赤い木の実だった。

「これ……通行料もいらないし、お礼だ。森で拾った木の実だけど、甘いんだ」

「……おう、もらうわ。ありがとな」

 ヨシコが受け取ると、ゴズは何度も頷き、光る請求書を盾のように掲げて関所の奥へと戻っていった。  その足取りは、地面を揺らすほど力強かった。

 その後ろ姿を見送りながら、ヨシコは小さく息を吐いた。  大きな背中が、もう丸まってはいない。

「……カケルも、あんなふうに戦える『武器』を持ってたら、逃げんで済んだんかなぁ」

 ヨシコはスマホの画面を撫でた。  ここにはいない息子。もし彼が生きていて、どこかで理不尽と戦っているなら、このスマホのように誰かが力を貸してくれていればいい。  そう願わずにはいられなかった。

「よし! 次行くで!」

 ヨシコはゴズがお礼にくれた木の実をかじり(意外と甘かった)、再び歩き出した。  魔王軍ホワイト化計画。  ヨシコの手には「最強の武器(スマホと弟たち)」がある。どんなブラック上司も、もう敵ではない。

(続く)

「自腹で装備を買う」……身につまされる話です。

門番ゴズ君、これからは胸を張って働いてほしいですね。


次回、ついに魔王城へ到着!

そこで待っていたのは、ブラック企業の社長……もとい、魔王様でした。

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