表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界総務のヨシコさん(58)  ~エリート弟妹たちとスマホで繋がって「魔王軍ホワイト化」始めます。残業代はきっちり請求しまっせ!~  作者: 早野 茂
第一章:ナケナシ王国立て直し編 ~契約書の罠とブラックな労働環境の改善~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/18

第8話:国境の砦と、インスタントコーヒー外交

王都を出て数日。

ヨシコは隣国との国境にある「ガルド砦」に到着していた。  ここを抜ければ、魔王領へと続く中立地帯だ。  

だが、砦の空気はピリついていた。


「止まれ! この先は通行止めだ!」


 巨大な城門の前で、槍を持った兵士たちが殺気立っている。  

見れば、国境の向こう側にも、隣国「ゴウマン帝国」の軍隊が陣を敷き、睨み合っている状態だ。

一触即発。

今にも矢が飛んできそうな緊張感である。


「通行止め? 困るわぁ。私、急いでるんやけど」


「急いでようが知らん! ゴウマン帝国との開戦が近いのだ! 一般人は下がれ!」


 隊長らしき男が怒鳴る。  

ヨシコは眉をひそめた。

またか。

また「上の都合」で若者たちが殺し合いをさせられようとしている。


「……なんで喧嘩してんの?」


「資源だ! この国境付近にある『魔銀ミスリル』の鉱脈、あれは我が国のものだ! 帝国が不当に採掘権を主張してきている!」


「だから戦争して奪い合うんか。……アホらし」


 ヨシコは呆れてため息をつくと、荷物からスマホを取り出した。  

『家族グループチャット』から呼び出すのは、次男のジロウだ。


『――ボンジュール、姉ちゃん。どうした? 電波状況が悪そうやけど』


「ジロウか。今、国境で足止め食らってんねん。なんか鉱山の取り合いで戦争するんやて」


 ヨシコはスマホの画面を見た。

アンテナの表示などどこにもない。


「ほんま、不思議なもんやで。このスマホ、アンテナも立ってへんし、こっち来てから一度も充電してへんのに、電池はずっと満タンや」


『……恐らく、召喚された際の時空の歪みで、エネルギー保存則がバグってるんやろうね。シロウ(四男)が「永久機関に近い状態や!」って興奮してたで。……まあ、通信が繋がるなら何でもええわ』


 スピーカーから、キザだが落ち着いた関西弁が響く。  

次男・ジロウ(50歳)。  

かつては大手総合商社の役員として世界を股にかけ、数千億の商談をまとめていた男だ。

しかし、「人間にとって一番重要なのは、金やない。『食』や」と気づき、40代で電撃退職。

単身フランスへ渡り、今はパリで三ツ星レストランのオーナーシェフをしている異色の経歴の持ち主だ。


『姉ちゃん、その戦争、ちょっと探りを入れてみてくれへんか?』


「探り?」


『ああ。単なる現場の利権争いなんか、それとも「戦争そのもので儲けようとしてる黒幕」がおるんか。……もし後者なら、僕らが介入しても火に油を注ぐだけや』


 ジロウの声は慎重だった。

商社時代、数々の紛争地帯でのビジネスを経験してきた嗅覚だ。


『まずは両軍の指揮官を同じテーブルにつかせてほしいんや。彼らが「話を聞く耳」を持っとるかどうか……それが最初のテストやね』


「……なるほどな。わかった、場を作るわ。……例の『小瓶』使うで?」


 ヨシコはカバンの奥を探った。  

召喚される前日、実家に帰ってきたジロウが「姉ちゃん、これ土産。

パナマの農園で特別に作らせた最高級のインスタントや」と渡してくれた、金色のラベルの小瓶だ。


 ヨシコは砦の厨房からお湯を沸かしたヤカンを借りると、堂々と戦場の中央へ歩み出した。


「おい! 何をしている! 撃たれるぞ!」


「ちょっとお茶しに来ただけや! 撃つなら撃ち!」


 ヨシコは両軍の中間地点に折りたたみテーブルを広げ、真っ白なティーカップを三つ並べた。  

そして、瓶に入った「黒い粉」を入れ、お湯を注ぐ。


 ふわぁ……と、戦場には似つかわしくない、芳醇で香ばしい湯気が立ち上った。


「な、なんだこの香りは……?」


「まさか……『カフア』か?」


 殺気立っていた兵士たちが、どよめきと共に武器を下ろす。  

この世界にもコーヒーに似た「カフア」という飲み物は存在する。

だが、それは硬い実を数時間煮出して抽出する薬膳飲料であり、王侯貴族しか口にできない超高級品だ。

戦場で、しかも一瞬で用意できる代物ではない。


「そっちのゴウマン帝国の将軍さんも、こっちの隊長さんも、ちょっと休憩せぇへん? とびきりの淹れたで!」


 その高貴な香りの誘惑と、ヨシコの肝っ玉に気圧され、両軍の指揮官がおずおずとテーブルについた。  

だが、二人はカップに口をつけようとしない。

当然だ。

一触即発の場の真ん中で出された黒い液体など、毒物以外の何物でもない。


「き、貴様……本気か? その黒い泥のような液体、焦げた匂いがするぞ……」


「なんや、警戒してんのか。……ほな、お先に」


 ヨシコは自分のカップを持ち上げると、ふぅふぅと冷まし、優雅に一口すすった。


「……んー、これやこれ! 五臓六腑に染みるわぁ」


 ヨシコが美味しそうに飲み干して見せると、二人の指揮官もおそるおそる口をつけた。  

舌を刺す苦味。

しかし、その直後に鼻に抜ける圧倒的な芳香と、コクのある旨味。


「……っ!? に、苦い! だが……なんだ、この頭が冴え渡る感覚は!」


「美味い……! 王都の夜会で一度だけ飲んだカフアより、遥かに香りが高いぞ!?」


 二人の顔色が、みるみる変わっていく。  

本能が警戒する苦味を、文化的な「美味」としてねじ伏せるほどの品質。

芳醇な香りによるリラックス効果と、カフェインによる覚醒作用。  

張り詰めていた糸が、ふっと緩む瞬間だった。


 その空気を逃さず、ヨシコはスマホをテーブルに置いた。


『――メルシー。ヨシコの代理人、ジロウといいます』


 ジロウの声が、流暢な現地語(翻訳機能済み)で語りかける。  

突然、板から人の声がしたことに、二人は飛び上がった。


「なっ、いた、板が喋った!?」 「魔道具か!? 罠か!」


「うるさいわねぇ! 男は細かいことを気にせんでええ! 耳を傾けるだけでええねん!」


 ヨシコが一喝すると、二人は「は、はい……」と条件反射で縮こまった。  

場が整った。


『単刀直入に伺います。あなた方は、本気で戦争がしたいんですか? それとも、利益が出るなら手段は問わないんですか?』


 二人の指揮官が顔を見合わせた。  

王国の隊長が口を開く。


「……したくてする戦争などない。だが、あの鉱山がなければ国が干上がる」


 ゴウマン帝国の将軍も重々しく頷く。


「我々とて同じだ。国益のために剣を抜くが、無駄な血を流すことが目的ではない。……資源が手に入るなら、手段は問わん」


 その言葉を聞いて、スマホの向こうのジロウの声が、ふっと柔らかくなった。


『……なるほど。どうやら、現場に狂信的な好戦派はおらんみたいやね。これなら話ができます』


 ジロウは「テスト」に合格を出したのだ。  

これなら、ビジネスの論理が通じる。


『提案させてもらいましょか。……その鉱山、両国で共同出資の「合弁会社」を作りませんか?』


「合弁会社だと……?」


『せや。僕は昔、商社で死ぬほどそういう交渉をしてきたからよう分かるんやけど……戦争の収支なんて、最初からマイナス(赤字)なんですよ』


 ジロウはスマホの画面に、シミュレーションのグラフを表示させた。  

「戦争した場合の損失」を示す真っ赤な棒グラフと、「共同開発した場合の利益」を示す青い棒グラフ。

その差は歴然だった。


『奪い合って設備を壊せば、復興に何年もかかる。でも、手を組めばコストは折半、利益は分配。明日からでも採掘ができる。……どちらが「美味しい」か、指揮官としての合理的なご判断をお願いします』


 目の前にある数字。そして、「王侯貴族の飲み物を一瞬で用意する」という魔法のような技術を持つヨシコたちの提案という説得力。


「……確かに、戦費を考えれば、独占しても元を取るのに10年はかかる……」


「共同開発なら、即黒字か……」


 二人の指揮官の目に、理性の光が宿る。  

彼らは軍人である前に、部下の命と国の財布を預かる管理職だったのだ。


「ですが、我々だけでは上層部を説得できません。何かしら、契約の『手土産』がないと……」


 帝国の将軍が渋る。  

すると、ヨシコはテーブルの上の「金色の小瓶」をドン! と突き出した。


「ほな、これも付けたるわ」


「えっ?」


「まだたっぷりと残ってる。この『魔法の即席カフア』、契約締結のボーナスとして現物支給や。……あんたら二人で仲良く分けな。大事に飲めば、半年は楽しめるで」


 二人の目が、宝石を見るように小瓶に釘付けになった。  

王様ですらめったに飲めない最高級品が、たっぷり入っている。

これを持ち帰れば、上層部への最高のアピールになるし、何より自分たちもまた飲める。


「条約を結ぼう!」


「即刻、停戦だ! 共同開発の詳細を詰めよう!」


 数時間後。  

国境の門は大きく開かれた。  

兵士たちは武器を地面に置き、張り詰めていた緊張を解いて、安堵の表情で座り込んでいる。


「……まいったな。あの『とっておき』、あげちゃったん?」


 スマホの向こうでジロウが苦笑する。


「しゃーないやろ。……料理も外交も、最後は『また同じテーブルにつきたい』と思わせたら勝ちなんやろ?」


『ハハッ、せやな。さすが姉ちゃん、言うことだけは一流の外交官や』


 ヨシコは空を見上げた。  

かつて息子も、会社勤めをしていた頃、こんなふうに眠い目をこすりながらコーヒーを飲んで踏ん張っていたのだろうか。  

(戦争より商売、か。……あの子も、そんな世界で生きててくれたらええんやけど)


 ヨシコは荷物を背負い直すと、和解した両軍の兵士たちに手を振った。


「ほなな! コーヒー飲みすぎたらあかんで! 胃ぃ荒れるからな!」


 こうして、一滴の血も流すことなく、一杯のコーヒーで国境紛争は終結した。  

背後からは「ありがとう、おばちゃん!」「こっちに来ることが有ったら、寄ってくれ!」という声がいつまでも響いていた。


 その声を聞きながら、後方で控えていた若い兵士は、まだ震える手をギュッと握りしめ、空を見上げていた。  

「……死ななくて、よかった」  

剣を振るうことなく終わった一日に、理解できないほどの安堵を覚えていた。

それが、この場にいた全員の偽らざる本音だった。


 国境を越え、いよいよ魔王領へ。  

ここから先は、人間の常識が通じない世界だ。  

だが、ヨシコの足取りは軽い。


「さて、次はどんな『厄介ごとの種』が落ちとるかな!」


 最強の総務おばちゃんの冒険は、第2章へと突入する。


(続く)

戦争するより、商売したほうが儲かる。

元商社マンの次男・ジロウの面目躍如でした。コーヒー飲みたくなりますね。


いよいよ魔界突入です!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ