第7話:旅立ちの理由と、特大弁当
「……よし、荷造り完了や」
王城の一室で、ヨシコはパンパンに膨れ上がった風呂敷包みを叩いた。
中身は着替えや日用品、それに市場で買い込んだ調味料や保存食だ。
王様が「勇者の装備」として支給してくれた「マジックバッグ(容量無限)」もあるのだが、すぐに使うものは手元にないと落ち着かないのが、おばちゃんの性分である。
「ヨシコ殿、本当に行かれるのですか?」
部屋の入り口で、騎士団長のガインが沈痛な面持ちで立っていた。
その後ろには、暫定ギルド長のミランダや、先日助けた少年魔導師もいる。
「せや。契約は契約やからな」
ヨシコは風呂敷を背負うと、皆の方に向き直った。
「私がここに来たんは『魔王を何とかするため』や。……この国の内側(ブラック体質)はだいぶマシになったけど、本題はまだこれからやろ」
「し、しかし! 貴殿がいなくなれば、また元に戻ってしまうかもしれません! 国王陛下も『宰相になってくれ』と仰って……」
「アホか。いつまでも私が付いてたら、あんたらが成長できへん」
ヨシコは苦笑しながら首を振った。
「契約書は直した。シフト表も組んだ。不正会計も潰した。……土台は作ったんやから、あとはあんたらが運用するだけや」
厳しい口調だが、その目は優しい。
ガインたちは何も言い返せず、ただ俯いた。
「それにな……」
ヨシコは窓の外、遥か彼方に霞む「魔王城」の方角を見つめた。
「放っとかれへんのよ。魔王ってのも」
「魔王を……ですか?」
「ああ。こっちに来て分かったんやけど、魔王軍かて組織や。末端の兵隊たちは、好きで人間を襲ってるわけちゃう。上からの命令で動いてるだけや」
ヨシコの脳裏に、かつてブラック企業の営業職だった息子の言葉が蘇る。
『無理なノルマなんだ。でも、やらないと自分の居場所がなくなる』 魔王もまた、何かのシステムに縛られた被害者なのかもしれない。
「あっちにも、ブラックな環境で泣いてる子供がおるかもしれん。……やったら、行かなあかんやろ」
ヨシコの決意は固かった。
ガインは深く一礼し、道を空けた。
城門の前には、黒山の人だかりができていた。
騎士団員、冒険者、スラムの子供たち、そしてパン屋の店主や犬耳の少年まで。
ヨシコが王都滞在中に世話を焼いた人々だ。
「おばちゃーん! 行っちゃやだー!」
「校長! 俺たちもっと教えてほしいことあるのに!」
レオ率いるスラムの技術者集団(元スリ)たちが駆け寄ってくる。
ヨシコは苦笑しながら、彼らの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「泣くな泣くな、湿っぽいのは好かん。……ほら、これやっとくわ」
ヨシコは懐から、分厚いファイルをレオに手渡した。
「なんこれ?」
「『業務引継書』や。
工場の運営マニュアル、品質管理基準、あと美味しいまかないのレシピも入ってる。
困った時はこれを読みな」
「……ッ! うえぇぇん、校長ぉぉ!」
レオがヨシコの腰にしがみついて泣く。
それを見て、他の人々も次々とヨシコに駆け寄ってきた。
「ヨシコ殿! これを持って行ってください!」
「ウチの店で焼いたパンだ! 腐るほどあるぞ!」
「回復薬です! 最高級品です!」
「靴下編んだの! 履いて!」
あっという間に、ヨシコの周りは「餞別」の山になった。
金銀財宝ではない。
パン、干し肉、果物、衣類、お守り。
すべて、彼らがヨシコを想って用意した「生活の糧」だ。
「ちょ、ちょっとあんたら! こんなに持てへんわ! マジックバッグにも入らんで!」
ヨシコは嬉しい悲鳴を上げた。
かつて、こんなに見送られたことがあっただろうか。
ただの総務のおばちゃんが、異世界でこんなにも愛されている。
その時、人混みがサッと割れ、ファンファーレと共に王様が現れた。
その後ろには、数人の兵士が何やら「巨大な額縁」を運んでいる。
「……ヨシコよ」
「なんや王様。またなんかトラブルか?」
「違う。……約束の品が完成したから、見せに来たのだ」
王様の合図で、兵士たちが額縁にかかっていた布を取り払った。
「どや!」
そこに描かれていたのは、精密な油絵だった。
召喚時のあの時。
引きつった顔で怯える王様と、その横で満面の笑みでピースサインをするヨシコ。
背景の石碑の文字が日本語に変わっているところまで、忠実に再現されている。
「……ぶっ! なんやこれ!」
ヨシコは吹き出した。
「めっちゃリアルやんか! 恥ずかしいわ!」
「国の宝として、玉座の間に飾ることにした。『国を変えた瞬間』の記録だ」
王様は真顔で胸を張った。
どうやら本気らしい。
この国は、数百年後もこの「ピースサインをするおばちゃん」の絵を拝むことになるのか。
ヨシコは呆れつつも、目頭が熱くなるのを感じた。
「……おおきに。私の顔、忘れんといてな」
「忘れるものか。……それと、これだ」
王様が、背中に隠していた包みをおずおずと差し出した。
竹の皮で包まれた、温かい何か。
「わしが……今朝、厨房で作った。中身は梅干しと、焼き鮭だ。……厨房の者に作り方を教わったから、味は保証する」
「……ほう」
ヨシコは包みを開けた。
綺麗に握られた、大きなおにぎりが入っていた。
王様の手には、火傷の跡と、絆創膏が貼ってある。
「……不器用やなぁ。でも、王様にしては上出来や」
「フン。……死ぬなよ。必ず帰ってこい」
「はいはい。有給消化したら戻ってくるわ」
ヨシコはおにぎりを大事に風呂敷へしまうと、皆に向かって大きく手を振った。
「ほな、行ってくるで! 留守の間、ちゃんとメシ食うんやで! 歯ァ磨いて寝や!」
「「「行ってらっしゃい!!」」」
数百人の大合唱に見送られ、ヨシコは王都を後にした。
その背中は、来た時よりもずっと大きく、そして温かく見えた。
街道を歩きながら、ヨシコはスマホを取り出した。
「……見たか、カケル。お母さん、ちょっとは人気者になれたみたいや」
画面の向こうには、まだカケルの既読がつかないメッセージアプリがある。
防衛戦の時は取り乱してしまったけれど、今はもう大丈夫だ。
「待ってなさい。魔王も勇者も、あんたも……お母さんが全員まとめて面倒見たるから!」
最強の総務おばちゃん、第二章「旅路編」のスタートだ。
(続く)
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます! これにて「第一章:ナケナシ王国立て直し編」完結です。 王様のおにぎり、不格好だけど最高のご馳走ですね。
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明日からは「第二章:魔王軍ホワイト化計画」がスタートします! 敵地へ乗り込むヨシコさんを、引き続き見守ってください!




