第6話:防衛戦のシステムエラーと、おばちゃんのミス
その日、王都に非常警報が鳴り響いた。
「――東の空より、魔物の群れ接近! その数、およそ300!」
王城の作戦指令室は怒号に包まれていた。
ヨシコは王様や騎士団長のガインと共に、巨大な水晶を見つめていた。
映し出されているのは、空を埋め尽くすガーゴイルの群れだ。
「結界はどうなっとるんや!」
「だ、ダメです! 先ほどから出力が安定しません! エラーが出ています!」
魔導師長が悲鳴を上げる。
王都を守るはずの光のドームが、チカチカと点滅を繰り返している。
召喚時にヨシコが契約書を書き換えさせたことで「王権バグ」は直ったはずだが、長年のメンテナンス不足(ブラック労働による整備不良)がここに来て祟ったのだ。
「クソッ、迎撃部隊、前へ! 結界が消えた瞬間に撃ち落とせ!」
ガインが叫ぶ。
水晶には、城壁の上に整列する若い魔導師部隊が映っていた。
その最前列に、一人の少年がいる。
まだあどけなさの残る顔。
恐怖で杖を持つ手が震えている。
「……あ」
ヨシコの心臓が、ドクンと跳ねた。
――あの少年を下がらせたら、前線が崩れる。
しかし、少年の顔色が生気のない土気色をしている。
それは、あの日――徹夜続きでボロボロになり、そしてある日突然、デスクから消えてしまった息子の、最後の疲れた笑顔と重なった。
(あかん。消えてまう。あの子もまた、どこかへ……!)
ヨシコの頭の中で、冷静な判断回路が焼き切れた。
「逃げろ! カケル!!」
ヨシコは叫ぶと、出口へと駆け出した。
総務としての役割も、指揮官としての立場も、すべて吹き飛んでいた。
ただの「母親」として、幻影を追いかけようとしたのだ。
「ヨシコ殿!? どこへ行く!?」
「現場や! 私が行って止めてくる!」
ヨシコがドアノブに手をかけた、その時だった。
エプロンのポケットに入れていたスマホが、最大音量で着信音を鳴らした。
自動的にスピーカーがオンになり、怒声が響き渡る。
『座れ、姉さんッ!!』
部屋中の空気が凍りつくような、鋭い声。
長男のイチロウだ。
『今、現場に行ってどうする! 姉さんは魔法が使えるのか! 剣が振れるのか! 生身の人間が飛び出しても、足手まといになって二人とも死ぬだけだ!』
「で、でも! あの子が……カケルみたいに、また消えて……!」
『カケルはもういない!』
イチロウの容赦ない言葉が、ヨシコの胸を刺す。
警察が捜索を打ち切り、「失踪(おそらくは自死)」と断定したあの日がフラッシュバックする。
ヨシコはハッとして動きを止めた。
『姉さんが今やるべきことは何だ。感情で動くことか? 違うだろ! ……シロウ、解析は!?』
間髪入れず、四男のシロウの声が響く。
『終わってる! 姉ちゃん、スマホを水晶に向けて! 結界の魔術式を映して!』
ヨシコは震える手でスマホを構えた。
イチロウの叱責で、冷や水をぶっかけられたように意識が覚醒する。
そうだ。私は何をしている。
泣いて探し回っても、あの子は見つからなかった。
でも、今目の前にいるこの子は、まだ助けられる。
「……ごめん。私が悪かった」
ヨシコは自分の頬を、パァン! と両手で叩いた。
乾いた音が室内に響く。
顔を上げた時、そこにはいつもの「最強の総務」の目が戻っていた。
「シロウ! 映したで! どこがバグの原因や!」
『右下の第7術式や! あーもう、滅茶苦茶やな!』
シロウの早口な関西弁が、指令室に響き渡る。
『記述がループしててメモリ食い潰しとる! 典型的なスパゲッティコードや! 現場の魔導師長に伝ええ! 「3行目の詠唱をカットして、5行目の魔力をバイパス直結させろ」って!』
ヨシコは魔導師長に食ってかかった。
「聞いたか! 第7術式の3行目を削除! すぐにバイパス繋げぇッ!」
「は、はいッ!」
魔導師長が慌てて通信魔道具で現場に指示を飛ばす。
モニターの中で、最前列の少年が呪文を唱えようとした瞬間―― 頭上の結界が、ブォン! と力強い音を立てて輝きを取り戻した。
ガーゴイルの爪が結界に弾かれ、火花を散らす。
「結界、再稼働! 強度安定しました!」
「よし! 騎士団、今だ! 反撃開始!」
ガインの号令で、安全な結界の中から一斉射撃が行われる。
ガーゴイルの群れは次々と撃ち落とされ、撤退していった。
少年は無傷だった。
へたり込み、安堵の涙を流している姿がモニターに映る。
戦闘終了後。
指令室の隅で、ヨシコは一人、スマホを握りしめてうなだれていた。
「……情けないわ。私、また間違うとこやった」
『人間だもの、仕方ないよ』
電話の向こうで、イチロウの声は優しかった。
さっきの鬼のような剣幕が嘘のようだ。
『姉さんがカケルの失踪を引きずってるのは知ってる。……俺たちだってそうだ。あいつを守ってやれなかった』
『せやで姉ちゃん』
シロウも続く。
『でも、だからこそ、姉ちゃんには「司令塔」でいてほしいんや。もう二度と、誰も見失わんために』
「……せやな。あんたら、いつの間にこんな立派になったんやろな」
ヨシコは目尻に浮かんだ涙を指で拭った。
生きているのか死んでいるのかさえ分からない息子・カケル。
その空席を埋めるように、かつて自分が守ってきた弟たちが、今は自分を支えてくれている。
「ヨシコ殿」
背後から声をかけられた。
振り返ると、ガインと、あの最前列にいた少年魔導師が立っていた。
「助けていただき、ありがとうございました! あの時、ヨシコ様が的確な指示をくれなかったら、僕は……」
「……いや、ええんや」
ヨシコは少年の手を取り、その温かさを確かめるようにギュッと握った。
ここにいる。
温かい。
消えていない。
「あんた、よう頑張ったな。怖かったやろ」
「は、はい……!」
「今日はもう帰り。家で美味いもん食って、泥のように寝なさい。これは業務命令や」
少年はボロボロと涙を流し、何度も頭を下げて去っていった。
その背中を見送りながら、ヨシコは深く息を吐いた。
カケルはまだ見つからない。
でも、私がここで頑張れば、巡り巡ってどこかの空の下で、あの子も誰かに助けられているかもしれない。
そう信じることにした。
「さて! 落ち込んでても腹は減る!」
ヨシコはパンと手を叩き、ガインを振り返った。
「団長、今日の祝勝会は私が仕切るで! 経費で一番高い肉、買うてこい!」
いつもの笑顔が、そこにはあった。
失われたものを嘆くのではなく、今あるものを守るために。 ヨシコの戦いは、新たな決意と共に続いていく。
(続く)
いつも気丈なヨシコさんが見せた弱音と、それを支える弟たち。
家族の絆を感じていただけたら嬉しいです 。
さて、今回ヨシコさんが思い出して涙した行方不明の息子「カケル」ですが……。
実は、彼もまた別の場所で、懸命に戦っています。
弊作「異世界召喚されたので、『前借スキル』で速攻ラスボスを倒して楽をしようとしたら、理不尽にも“感情負債140億ルーメ”を背負うことになったんだが? (以下『…前借スキル…』)」の主人公は、なんとそのカケル君です!
ヨシコさんが異世界で奮闘している裏で、息子は何をしているのか?
親子の物語がリンクするクロスオーバー、ぜひカケル君の無事も確かめてやってください!
▼『…前借スキル…』はこちらから読めます。
https://ncode.syosetu.com/n1424ll/
こちらもご贔屓にお願いいたします。




