第4話:冒険者ギルドと、不正会計の断罪
「――はあ? 手数料で半分引くって、どういうことですか!」
冒険者ギルドの受付カウンターで、若い女性冒険者の悲鳴のような声が上がった。
彼女の装備はボロボロで、革の鎧にはいくつもの修復跡がある。
命がけで薬草を採取してきたのだろう、手は泥だらけで傷だらけだ。
「決まりですから。ギルド運営費、施設維持費、それに『安全保障税』……合わせて報酬の50%を徴収します」
受付の男は、面倒くさそうに事務的に答えるだけだ。 少女は悔しそうに唇を噛み締め、わずかな銀貨を握りしめて肩を落とした。
「……ひどい話やな」
その一部始終を見ていたヨシコの目が、冷たく光った。
ヨシコは今日、ギルドの視察に来ていた。
魔王討伐の旅に出るにあたり、情報のハブとなるギルドの協力が必要だったからだ。
だが、足を踏み入れた瞬間から、ヨシコの「総務の勘」が警鐘を鳴らしていた。
冒険者たちは皆、装備が貧相で痩せ細っている。
対照的に、このギルドの建物はやけに豪華だ。
床は大理石、天井にはシャンデリア。
受付の職員たちの制服も、無駄に刺繍が入った高級品だ。
(金の流れが腐っとる。……匂うな)
ヨシコはツカツカとカウンターへ歩み寄った。
「ちょっと、あんた」
「あ? なんですか、おばさん。依頼ならあっちの……」
「ギルド長に会い来たんや。取り次ぎな」
「はあ? ギルド長は多忙で……」
ヨシコは無言で、王様から貰った『全権委任状(王家の紋章入り)』をカウンターに叩きつけた。
「……今すぐや」
通されたギルド長室は、さらに悪趣味だった。
ふかふかの絨毯、壁に飾られた名画、そして昼間からワインを開けている小太りの男。
ギルド長のドズーだ。
「やあやあ、噂の異世界勇者殿ですか。こんなむさ苦しい所へようこそ」
ドズーは愛想笑いを浮かべながらも、その目はヨシコを「田舎の老婆」と値踏みしていた。
「単刀直入に言いますわ。さっき受付で見せてもろたんやけど……このギルド、報酬の中抜きがエグすぎまへんか?」
「中抜き? 失礼な。正当な『手数料』ですよ。組織を運営するには金がかかるのです」
「ほう。ほな、その金の使い道、詳しく教えてもらおか」
ヨシコは割烹着のポケットからスマホを取り出し、テーブルの上に置いた。
通話先は、長男のイチロウだ。
「イチロウ。聞こえるか?」
『ああ、バッチリだ姉さん。……こりゃひどい部屋だね。成金の典型だ』
ドズーが眉をひそめる。
「なんだその板は。……まあいい。運営費の内訳ですか? ええと、修繕費に、人件費に……」
「帳簿出しなはれ」
「は?」
「口で言うても信用できへん。あんたがつけてる帳簿、今ここに出しなさい言うてんの!」
ヨシコの剣幕に圧されたのと、王家の委任状の効力もあり、ドズーは渋々、金庫から分厚い帳簿を取り出した。
どうせ素人には読めないだろう、とタカをくくっているのが顔に出ている。
だが、それは致命的なミスだった。
ヨシコは老眼鏡をかけると、カバンから愛用の「12桁電卓(ソーラー式)」を取り出した。
「おっしゃ、監査の時間や!」
タタタタタタタッ!
静かな部屋に、電卓を叩く凄まじい連打音が響き渡る。
ヨシコの指は残像が見えるほどの速度で動き、目は帳簿の数字を次々と貪っていく。
「……3月の修繕費、架空計上やな。工事の実績がない。……接待交際費、対前年比400%増? 誰と飲み食いしたらこんな額になるんや」
「な、なにをブツブツと……」
「おいドズー! この『特別顧問料』ってのはなんや! 毎月、王都の貴族の口座に送金されとるやないか!」
ドズーの顔から血の気が引いた。
ヨシコは帳簿を指差しながら、スマホに向かって叫ぶ。
「イチロウ! ここのギルド規約、第12条! 『手数料ハ運営ニ必要ナ経費ニ限ル』ってあるな?」
『ああ。そして王国法第8条では『公益法人ハ不当ナ利益ヲ得テハナラナイ』とある。……姉さん、その帳簿の数字、完全に「横領」と「特別背任」の証拠になるよ』
スマホから響く冷静な法的指摘に、ドズーが震え上がった。
「き、貴様ら……何者だ……!?」
「ただの総務のおばちゃんや! ……あんたな」
ヨシコはバン! と机を叩いて立ち上がった。
「あの子らが泥だらけになって、命削って稼いだ金やぞ! それをあんたは、こんな高い酒に変えて飲み下したんか! 恥ずかしくないんか!」
「う、うぐっ……」
「その酒一本で、あの子の鎧が新調できたかもしれん。
ポーションが買えたかもしれん。
……あんたの贅沢のせいで、あの子らが怪我したり、死んだりしたかもしれんのやぞ!」
ヨシコの脳裏に、先ほどの少女の悔しそうな顔と、ツギハギだらけの防具が蘇る。
そして、それとは別の――遠い過去の、誰かの姿が一瞬だけ重なりそうになる。
無理をして笑っていた、あの顔が。
(……ほんま、ええ加減にせえよ)
こみ上げる怒りを飲み込み、ヨシコはドズーを睨み据えた。
「わ、わかった! 手数料は下げる! 3割……いや、2割でどうだ! 返金もする!」
「はぁ?」
「だから、許してくれ! これからは心を入れ替えて……」
ドズーがすがりついてくる。
だが、ヨシコは冷ややかな目で見下ろしたまま、スマホに向かって言った。
「……やてさ。イチロウ、告発の手続きは?」
『もう終わってるよ。姉さんが読み上げた不正の証拠を基に、「告発状」のドラフトを作成した。……今、姉さんのスマホに表示するから、王宮への「直訴用魔道具(目安箱)」にかざしてくれ』
「直訴用魔道具? ああ、部屋の隅にあるあの赤い水晶か」
ヨシコは部屋の隅に設置された、民の声を集めるための魔道具へ歩み寄った。
本来は手紙を入れるものだが、水晶部分は光を記録できる。
『スマホの画面の輝度を最大にして、水晶に押し当てて。……それと、確実に受理させるために「アレ」も添付しておこう』
「了解や」
ヨシコは、イチロウが作成した完璧な『告発状(PDF)』を画面に表示し、水晶に読み込ませた。
さらに、ダメ押しとして画像を切り替える。
召喚時に撮影した、「王様とのツーショット満面笑顔ピース写真」だ。
「件名は……『王様の友達・ヨシコより。大至急読んでな!』っと」
送信完了。
その数秒後。
城の方角から、緊急事態を告げる鐘の音が鳴り響いた。
「な、なんだと!?」
「聞こえたか? 王様もお怒りのようやで。……あんたの私財、銀行口座、別荘、全部『差し押さえ』や」
ヨシコはドズーの鼻先に指を突きつけた。
「あんたの贅沢のせいで、あの子らが怪我したり、死んだりしたかもしれんのやぞ! 返金くらいで済むと思うな! 刑務所で一生、罪償ってこい!」
その時、ドアが乱暴に開かれた。
武装した騎士たちが雪崩れ込んでくる。
王宮からの捜査官だ。
「ギルド長ドズー! および経理担当理事! 業務上横領の容疑で拘束する!」
「ひ、ひいいぃぃっ!」
ドズーと、甘い汁を吸っていた取り巻きの職員たちが、次々と引っ立てられていく。
連行されていくドズーの悲鳴が遠ざかると、ヨシコは残された真面目そうな若手職員たちに向き直った。
「さて、腐ったミカンは排除したけど、組織は回さなアカン。……三男のサブロウ(コンサル)、繋がっとるか?」
『ああ、聞いてたで姉さん。トップが消えて現場が混乱する前に、暫定処置が必要やな』
サブロウの冷静な関西弁が響く。
『王家に掛け合って、このギルドは一時的に「国営化」して監査を入れよう。それと、新しいギルド長には、現場からの叩き上げで、一番信頼されている人物を据えるべきや』
「せやな。……そこのお嬢ちゃん」
ヨシコは、部屋の隅で怯えていた地味な女性職員に優しく声をかけた。
彼女の袖口はすり切れ、指にはペンだこがあった。
ドズーたちの贅沢とは無縁に、実務を回していた証拠だ。
「あ、はい! わ、私ですか?」
「あんたの机の上にある、そのピンクの付箋」
ヨシコは、彼女のデスクと、押収した帳簿を指差した。
「この帳簿に貼ってある『未払い』の警告付箋と、同じやつやな。……あんた、ずっと気にしてたんやろ? 上の不正に気付きながら、言えなくて苦しかったな」
女性職員――ミランダの目から、涙が溢れ出した。
ずっと一人で、不正な経理処理を強いられ、心を痛めていたのだ。
「……はい……怖くて、何も言えなくて……」
「よう耐えたな。今日からあんたが暫定ギルド長や。ウチの弟が遠隔でサポートするから、好きにやりな」
ミランダは、涙を拭いながら何度も頷いた。
その指は、帳簿の端を強く握りしめていた。
これでギルドは正常化するだろう。
ヨシコは満足げに頷くと、懐から一枚の紙を取り出し、ミランダの前にパシリと置いた。
「あ、それとこれ。私の『特別監査報酬』の請求書な」
「へ?」
ミランダが目を丸くする。
「今回の不正発覚と資産回収の成功報酬や。回収額の20%。……ドズーの没収資産から引いといてな」
「は、はい! もちろんです!」
タダ働きはしない。それがプロの流儀だ。
ヨシコはニカっと笑うと、ミランダの肩を叩いた。
「ほな、あとは頼んだで!」
翌日。
ギルドの掲示板には、『手数料の完全撤廃』と『没収資産による過去の過払い金・全額返還』のお知らせが貼り出されていた。
「すげえ! 金が戻ってきた!」
「没収されたドズーの隠し財産だってよ!」
「これで新しい剣が買える……!」
冒険者たちの歓声が響く中、ヨシコは昨日の少女を見つけた。
彼女は返還された金で真新しい鎧を買い、泣きそうな笑顔で仲間に見せている。
その光景を見て、ヨシコは目を細めた。
「……これでええ。働いたもんが報われん社会なんて、嘘やからな」
ヨシコは懐に入ったずっしりと重い革袋(監査報酬)の重みを確かめると、軽やかな足取りでギルドを後にした。
冒険者たちが強くなれば、王都の守りも盤石になる。
これで心置きなく留守を任せられるというものだ。
「さて、路銀もしっかり稼いだことやし、そろそろ旅の準備でもしよか!」
最強の総務おばちゃんによる「王都の大掃除」は、これにて完了。
懐も心も満たし、次はいよいよ、魔王の待つ世界への旅立ちだ。
(続く)
悪徳ギルド長、成敗完了です!
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