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異世界総務のヨシコさん(58)  ~エリート弟妹たちとスマホで繋がって「魔王軍ホワイト化」始めます。残業代はきっちり請求しまっせ!~  作者: 早野 茂
第一章:ナケナシ王国立て直し編 ~契約書の罠とブラックな労働環境の改善~

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第3話:スラムの悪ガキと、職業訓練

「お兄ちゃん、これまけて! 傷んでるやんか!」


「へいへい、わかったよ! 銅貨2枚でいいからもっていきな!」


 ナケナシ王国の市場は、活気に満ちていた。  

騎士団の業務改善を軌道に乗せたヨシコは、王様から「特別手当」をもぎ取り、今日は市場の視察(という名の買い出し)に来ていた。


「よしよし、ええ買い物ができたわ」


 ヨシコは戦利品の野菜が入ったカゴを抱え直し、ホクホク顔で通りを歩く。  

異世界の野菜は形こそ不揃いだが、味は濃くて美味い。

今夜は煮物にしようか、それとも天ぷらか。  

そんなことを考えていた、その時だった。


 ドンッ!


 すれ違いざま、小柄な影がヨシコにぶつかった。


「あっ、ごめんなさい!」


「おっと、危ないで。気ぃつけや」


 ボロボロの服を着た泥だらけの少年が、ぺこりと頭を下げて路地裏へ駆け去っていく。  

ヨシコは微笑ましく見送ろうとして――ふと、自分の腰元に違和感を覚えた。  

エプロンのポケットに入れていたはずの財布(ガマ口)がない。


「……ほう」


 ヨシコの目が、スッと細められた。  

ぶつかった衝撃で気を逸らし、その一瞬で抜き取る。

プロの手口だ。  

しかし、相手が悪かった。  

ヨシコは40年間、経理として「1円のズレ」も見逃さず、総務として「備品の紛失」を許さなかった女だ。


「……やりよったな」


 ヨシコはカゴを近くの屋台に預けると、走り出した。  

だが、少年の背中をただ追いかけたりはしない。

足の速さでは勝てないからだ。  

ヨシコは迷わず、少年が逃げ込んだ路地とは別の路地へ飛び込んだ。


(逃げる時のあの背中、昔のジロウ(次男)とそっくりや!)


 かつて、悪さをした弟たちを追いかけ回した日々が脳裏をよぎる。  

勉強をサボって逃げるイチロウ。

つまみ食いをして逃げるジロウ。  

彼らはいつも、「大人が入ってこれない狭い道」や「死角になる角」を選んで逃げた。

賢い子供ほど、合理的な逃走ルートを選ぶ。


(あの子は右利き。焦ったら必ず利き手側の角を曲がる……ここや!)


 ヨシコは路地裏の地図など見ていない。  

ただ、「自分が悪ガキならどう逃げるか」という経験則だけで、ゴミ捨て場の角を曲がり――そこで足を止めて仁王立ちした。


「へへっ、チョロいぜ……うわっ!?」


 ドンピシャのタイミングで飛び出してきた少年が、ヨシコの割烹着に激突し、尻餅をついた。  

少年は信じられないものを見る目でヨシコを見上げる。


「な、なんで先回りして……!?」


「悪ガキの行動パターンなんざ、万国共通や! ウチからは逃げられへんで!」


「くそっ、離せよババア!」


 少年が懐からナイフのようなものを抜き、デタラメに振り回そうとした。  

だが、ヨシコは眉一つ動かさない。  

ナイフを持つ少年の手首を、スッと自然な動作で掴むと、クルリとひねり上げた。


「痛っ!?」


「刃物はあかん。危ないやろ」


 流れるような手捌きだった。  

護身術など習っていない。  

ただ、毎日のように取っ組み合いの喧嘩をしていた男兄弟を、怪我させないように、かつ力づくで引き剥がして仲裁していた「お姉ちゃんの実力」だ。


 ヨシコは少年の手から奪い返したガマ口財布を開いた。

中身は無事だ。  

だが、ヨシコが注目したのはそこではなかった。


「あんた……えらい器用な指しとるな」


 少年の手は垢まみれだったが、その指は長く、節くれ立っていた。  

さっきのスリの技術。

ぶつかった衝撃すら感じさせない、繊細で素早い指先の動き。


「……腹、減ってるんか?」


「は?」


 いきなりの問いかけに、少年が目を白黒させる。  

ヨシコはため息をつくと、市場で買ったばかりの串焼き(謎の鳥?肉)を一本取り出し、少年の口に突っ込んだ。


「食え。話はそれからや」


 路地裏の古びた木箱に座らせ、串焼きを食べさせている間に、ヨシコはスマホを取り出した。  

『家族グループチャット』から呼び出すのは、三男のサブロウだ。


『――もしもし、姉さん? どないしましたん?』


「サブロウか。今な、スリの子供捕まえたんよ」


 ヨシコはスマホのカメラで、ムシャムシャと串焼きを食べる少年(と、遠巻きに見ている仲間の子供たち)を映した。


『なるほど……。スラムの貧困問題ですな』


 スピーカーから、冷徹だが理知的な男の声が響く。  

三男・サブロウ(45歳)。

経営コンサルタントとして数々の企業を再生させてきた、「組織の設計者」だ。


「警察に突き出してもええけど、どうせまた戻ってくるだけやろ。根本的にどうにかできへんかと思ってな」


『さすが姉さん、目の付け所が鋭いですわ。その通りです』


 サブロウの声は、どこか楽しげだ。

難題ほど燃えるタイプらしい。


『犯罪を減らすのに一番効く特効薬は、罰則強化やのうて「雇用」ですわ。彼らが悪さするのは、それ以外に「稼ぐ手段」を知らんからです』


「手段、なぁ」


『姉さん、その子の手を見てみなはれ。……スリができるっちゅうことは、並外れた「ファインモータースキル(微細運動能力)」があるっちゅうことですわ。それを活かせる産業を作ったらええんとちゃいます?』


 ヨシコはハッとして、少年の手を見た。  

汚れているが、可能性に満ちた手。


『この前、シロウ(四男)が言うてましたわ。「異世界の魔道具なんて、どうせ中の回路は雑な作りですぐ壊れるんちゃうか?」って。……もし、彼らがその器用な指先で、精密な組み立てができたら、どないです?』


「……なるほどな。あんた、ええこと言うわ」


 ヨシコの顔に、商売人の笑みが浮かんだ。  

通話を切ると、ヨシコは少年の前にしゃがみ込んだ。


「自分、名前は?」


「……レオ」


「ええか、レオ。その指な、人のもん盗むためにあるんちゃうで」


 ヨシコはカバンから、壊れて捨ててあった「魔導ランプ」の残骸を取り出した。市場のゴミ捨て場で拾ったものだ。


「これ、分解してみ」


「はあ? なんだよ急に」


「ええから。あんたのその指なら、できるはずや」


 レオは不審がりながらも、ランプを受け取った。  

そして、小さな留め具や複雑な配線を、驚くべき手際で外していく。

工具もなしに、爪と指先だけで。  

あっという間に、ランプは綺麗な部品の山になった。


「す、すごい……」


 見ていた仲間の子供たちが歓声を上げる。

レオ自身も、驚いたように自分の手を見つめていた。


「合格や」


 ヨシコはニカっと笑い、レオの頭をガシガシと撫でた。


「あんたら、今日から私の部下や。

ここで『モノづくり』を教えたる」


一週間後。  

スラム街の一角にあった廃倉庫は、見違えるような活気に包まれていた。  

看板には下手くそな字で『ヨシコ職業訓練校(兼・魔道具修理工房)』と書かれている。


「こらっ! そこ、ハンダ付けが甘いで! もっと丁寧に!」


「うっせーなババア! わかってるよ!」


 作業台に向かうレオたちの目は真剣そのものだ。  

彼らが修理した魔道具は「新品より長持ちする」と評判になり、市場の商人たちがこぞって修理依頼を持ち込むようになっていた。  

修理代として得た金は、彼らの給料となり、そして明日の材料費となる。


『姉さん、すごいですわ。これ、完全に「精密機器メーカー」の生産ラインですやん』


 視察に来たサブロウ(スマホ越し)が感嘆の声を上げる。  ヨシコは満足げに、子供たちが働く姿を眺めた。


 盗んだ金を数える時の暗い目ではない。  

自分の技術で稼いだ金を握りしめ、「今日は腹いっぱい食える!」と笑い合う、子供らしい誇りに満ちた目。


「ババア! ……いや、校長! これ直ったぞ!」


 レオが修理したての時計を持って駆け寄ってくる。  

その顔は煤だらけだが、太陽のように輝いていた。


――だが、レオは一瞬だけ、倉庫の外の路地を振り返った。

あそこに戻ったら、もう二度と、ここには戻れない気がした。


「おう、ようやった! ええ腕してるやないか」


 ヨシコはポケットからアメちゃんを取り出し、レオの手のひらに乗せた。


「これはボーナスや。……大事な手ぇや、もう汚いことに使うなよ」


「……おう!」


 レオは照れくさそうに鼻をこすり、作業場へ戻っていった。


 ヨシコはスマホの画面に向かって、小さく呟いた。


「サブロウ。教育っちゅうのは、飯の食い方を教えてやることなんやな」


『せやね。姉さんが作ったのは、ただの修理屋とちゃいます。彼らの「未来」ですわ』


 工房には、金属を叩く音と、子供たちの笑い声が響いている。  

それは、王都のどんな音楽よりも、ヨシコにとっては心地よい響きだった。


「さて、次はどこの帳簿を見に行こかな」


 最強の総務おばちゃんの下で、スラムの悪ガキたちは、世界一の技術者集団へと生まれ変わりつつあった。


(続く)


スリの少年たちが、まさかの技術者集団へ。

子供の手って、悪いことするためじゃなくて、未来を作るためにあるんですよね。


さて次回は、ついに「冒険者ギルド」へ殴り込み(?)です。

長男イチロウ(弁護士)がアップを始めました。

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― 新着の感想 ―
逃げるワルガキを先回りして、とっ捕まえるオカンは最強!その子の可能性を見抜いて、未来を作る技術集団に育てあげたオカンは最高! 私も日々、頑張ってるので、オカンから飴ちゃん欲しいわぁ〜
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