最終話:アコギ王国の倒産と、最強兄弟の「新規市場開拓」
アコギ王国の王都上空は、真っ青な晴天だった。
だが、王城前の広場は、かつてない緊張感に包まれていた。
王城を取り囲むのは、魔王軍の重装歩兵部隊。
そして、その最前列には、正気を取り戻した近衛騎士団五千名と、勇者パーティが整列している。
バルコニーに飛び出したアコギ国王が、拡声器で国民に向かって絶叫していた。
「国民よ! 聞け! 魔王軍が攻めてきたぞ! 奴らは野蛮な侵略者だ! 武器を取れ! 余を守るのだ!」
広場に集まった市民たちがざわめく。
「魔王軍?」
「騎士団が寝返ったって本当か?」
「怖い……」
恐怖と混乱が広がる。
だが、そこへ――。
『――あー、テステス。本日は晴天なり』
王の絶叫をかき消す、気の抜けた声が空から降ってきた。
上空に巨大なホログラム映像が出現する。
映し出されたのは、エプロン姿のヨシコと、スーツを着こなした二人の男(長男・イチロウ、三男・サブロウ)だ。
「な、なんだアレは!?」
王が空を指差して震える。
『アコギ王国の皆さん、こんにちは。魔王軍・総務担当のヨシコですぅ。……今日はな、「侵略」しに来たんちゃうで』
ヨシコがニカっと笑った。
『お宅の王様がやらかした不正の数々……その「第三者委員会による監査報告」に来ましたんや』
「か、監査だと!?」
『そちらにおわすのが、ウチの顧問弁護士と、経営コンサルタントですわ』
画面の中で、長男・イチロウが眼鏡を光らせた。
『――アコギ国王。我々は貴殿の進退を問うつもりはない。それは貴国の内政問題だからだ。……しかし』
イチロウの声が、冷徹に響く。
『貴殿の行為は、周辺諸国と結んだ「大陸間戦争協定」および「人道的国際法」に明確に違反している。よって、我々は国際社会に対し、以下の事実を公表する』
イチロウが指を鳴らすと、空中に巨大なスライドが表示された。 そこには、これまでシェイド(暗殺者)やシロウ(技師)、ロクロウ(医師)が集めた証拠の数々が映し出された。
報告1:平和条約における詐欺的条文の強要(信義誠実の原則違反)
報告2:自国兵士(近衛騎士団)への違法薬物投与と、人権を無視した生体改造
市民たちが息を呑む。 特に、報告2のインパクトは絶大だった。
『さらに、決定的な証拠があります』
三男・サブロウが、冷徹な関西弁で続ける。
『これ、先日の戦闘中に録音された、王様の音声データですわ。……再生しますで』
スピーカーから、王の声が流れる。
『黙れ! 権利だの休息だのと喚く道具など、我が国には不要だ!』(第22話・解雇通告時)
『行け! 薬漬けの狂犬どもよ!』(第23話・開戦時)
『金ならやる! 給料を倍に……いや三倍に……!』(第23話・逃走時)
広場が静まり返った。
そして、爆発的な怒号に変わった。
「ふざけるな! 俺たちの息子を道具呼ばわりか!」
「狂犬だと!? 騎士団は国の誇りだぞ!」
「こんな王のために戦ってたのか!」
市民の怒りの矛先が、魔王軍から国王へと一気に反転する。
アコギ王は顔面蒼白で後ずさった。
「ち、違う! これは合成音声だ! 敵のプロパガンダだ!」
『言い逃れはできません』
イチロウが淡々と告げる。
『この証拠が公表されれば、貴国は国際社会から「経済制裁」を受け、孤立することになるでしょう。……さあ、国民の皆さん。国の未来を決めるのは、我々(魔王軍)ではありません。貴方たち自身です』
ヨシコが引き継いだ。
「聞いたか、王様。……もう誰もあんたを『社長』とは認めてへん。従業員(国民)の信頼を失った組織に、明日はないんやで」
王城の門が、内側から開かれた。
出てきたのは、王の側近や兵士たちだ。
彼らは武器を捨て、両手を上げている。
もう誰も、王を守ろうとはしなかった。
「お、おのれぇぇ! 私は王だぞ! 神に選ばれた……」
王が逃げようとしたその時、背後から一人の男が立ちはだかった。
近衛騎士団長だ。
「……陛下。いえ、アコギ容疑者」
団長は静かに手錠(魔封じの錠)を取り出した。
「騎士団の名において、貴様を拘束する。……これより先は、我々国民の手で裁かせてもらう」
「ひぃぃぃッ!」
かつての栄華を誇った暴君は、無様に腰を抜かし、自らの部下によって連行されていった。
その瞬間、王都中から割れんばかりの歓声が上がった。
魔王軍の介入ではなく、国民自身の意思による「革命」が成し遂げられた瞬間だった。
数日後。
アコギ王国の王城で、戦後処理の会議が行われていた。
テーブルを囲むのは、魔王ゼノン、勇者レオ、騎士団長、そしてヨシコ。
「……王国の財政は火の車です。王が私腹を肥やし浪費しすぎて、国庫は空っぽだ」
サブロウ(画面越し)が、電卓を叩きながら溜息をつく。
『普通なら国家破綻ですわ。……ですが、魔王軍からの「技術提供」と「人材交流」があれば、再建は可能です』
「うむ! 我が軍のホワイトなノウハウを輸出しよう! 農耕、建築、医療……共に手を取り合えば、魔界も人間界も豊かになる!」
魔王ゼノンが胸を張る。
かつて世界を恐怖させた魔王が、今は「復興支援のスポンサー」になろうとしているのだ。
「レオ君、君が暫定的な国の代表になりなさい。国民からの人気も高い」
ヨシコに言われ、レオは照れくさそうに頭をかいた。
「俺に務まるでしょうか……。計算とか苦手だし」
「大丈夫や。あんたには優秀な仲間(労組メンバー)がおる。それに、困ったらウチの弟たち(コンサル軍団)が相談に乗ったるわ」
レオが顔を輝かせる。
「本当ですか! それなら心強いです! ……あ、でも……」
レオが言い淀むと、ヨシコはニヤリと笑った。
「もちろん、『報酬』と『必要経費』はきっちり請求させてもらうけどな。ウチの弟ら、仕事に関してはシビアやで?」
「は、はい! もちろんです! ……ですが、どうやってお支払いすれば……?」
レオが困惑顔で尋ねる。
当然の疑問だ。
こちらの世界の通貨(金貨)を、どうやって地球にいる彼らに送金するのか。
異世界間で銀行振込はできない。
「あ、そうか。送金手段がないな……」
ヨシコが腕組みをした時、画面の中のイチロウが、待っていましたとばかりに眼鏡の位置を直した。
『――ご安心を。その「送金ルート」についてですが……既に解決策があります』
「えっ? どうやるんや?」
『魔王軍の魔導解析班から連絡があったんです。「大規模転移魔法陣」の解析が終わったと。……あれを使えば、地球への恒久的なゲートが開けます』
会議室がどよめいた。
『座標も特定できた。ゲートが開けば、人と物の行き来が可能になる。つまり……』
サブロウが、商魂たくましい笑みを浮かべて引き継いだ。
『こちらの世界の「金・宝石・レアメタル」、そして「魔法技術」を地球に輸出し、代わりに地球の「製品・食料・インフラ技術」をこちらに輸入する。……我々兄弟は、その「独占貿易権」を頂きます。それがコンサル料の代わりですわ』
ヨシコは口をあんぐりと開けた。
「……あんたら、まさか」
『はい。我々は「異世界」という未開拓の巨大市場を手に入れたわけです。……姉さん、これはとんでもないビジネスチャンスですよ』
なんということだ。
姉を助けるために協力していたと思ったら、彼らは裏でちゃっかり「新規市場開拓」を進めていたのだ。
さすがエリート兄弟。
転んでもただでは起きない。
『ゲートが開通すれば、姉さんを元の世界――こっちの日本に帰還させることも可能です』
イチロウが本題を切り出した。
『……どうする? 帰ってくるかい?』
帰還。
それはヨシコがずっと願っていたことだ。
住み慣れた家。
便利なコンビニ。
そして、仏壇に写真を飾ったカケル。
「……そうか。帰れるんか」
『ああ。……どうする?』
ヨシコは窓の外を見た。
中庭では、オークと騎士たちが一緒になって宴会をしている。
厨房からは、リッチ料理長が作る新作メニューのいい匂いがする。
魔王ゼノンは、勇者レオと肩を組んで笑っている。
みんな、ヨシコが育てた「家族」だ。
でも、もし自分が帰ったら?
彼らはまた、元の殺伐とした世界に戻ってしまうかもしれない。
いや、もう戻らないかもしれないが、それでも「総務のオカン」の席は空席になる。
(カケル……。あんたなら、どう言うやろな)
ヨシコは目を閉じた。
ブラック企業の過酷な労働から失踪してしまった息子。
彼を救えなかった後悔。 でも、ここには「救えた命」がたくさんある。
そして、「これからも救える命」がある。
それに、ゲートが繋がれば、いつでも帰れるし、いつでも会える。
ヨシコは目を開け、画面の弟たちに向かってニカっと笑った。
「……ごめんな、みんな。私、今はまだ帰らへんわ」
『!』
「こっちにはな、まだまだ世話の焼ける『大きな子供ら』がいっぱいおるんや。私が手綱握っとらんと、すぐに調子に乗ってブラック化しよる」
ヨシコは窓の外の喧騒を指差した。
「ここが、私の新しい『職場』で……新しい『家』や」
画面の向こうで、兄弟たちが顔を見合わせる。
そして、全員が優しく微笑んだ。
『……やっぱりね』
『姉さんならそう言うと思いましたわ』
『ま、僕らも「現地支社長」がいてくれた方が助かりますしね』
『健康診断の結果だけは、定期的に送ってくださいね』
彼らは分かっていたのだ。
姉が、困っている人を置いて帰るような人ではないことを。
「おおきにな。……あんたらも、無理したらアカンで。ちゃんと飯食うんやで」
『ああ。……ありがとう、姉さん』
半年後。
魔王城のエントランスには、新しい看板が掲げられていた。
【株式会社 魔王軍ホールディングス・総務課】
「はい、次の面接の方ー! どうぞー!」
ヨシコが元気な声で呼び込む。
リクルートスーツ(鎧)を着た若き魔物や人間たちが、緊張した面持ちで入ってくる。
「志望動機は?」
「はい! 地球の技術を取り入れた最先端企業で、世界一働きがいがあると聞いたからです!」
「よし! 合格! ……ただし、挨拶と掃除、書類の期限は徹底すること。ええな?」
「はいッ!!」
総務課のヨシコのデスクには、一枚の写真立てが置かれていた。
それは息子・カケルがピースサインをしている写真。
そしてその隣には、もう一つ、新しい写真立てが並んでいる。
芋ジャージ姿の魔王、ポーズを決める四天王、作業着姿の勇者パーティ、そしてエプロン姿のヨシコが、満面の笑みで写っている「集合写真」だ。
二つの家族が、机の上で笑い合っていた。
その頃、地球では――。
三男・サブロウが、テレビのビジネス番組で熱弁を振るっていた。
『この新商品「魔界エナジー・ドラゴンブースト」、なんとカフェインゼロで疲労回復効果は従来品の100倍! 働き方改革の切り札ですわ!』
六男・ロクロウは、学会で発表していた。
『異世界の薬草「万能草」から抽出した成分が、現代医学の難病を根治させる鍵になります』
彼らは彼らで、異世界の恵みを使い、地球をより良い場所に変えようと奮闘していた。
異世界総務のヨシコさん。
彼女は今日も、魔王城の片隅で、書類の束を片手に怒鳴っている。
「コラ魔王! 今日中に旅費申請しいやって言ってたやろ! それに、復命書がなければ出張は成立せえへんで!」
「ひぃぃ! すまんヨシコ! 後で書くから!」
「後ではアカン! それと、宿泊先の領収書も出しや! 領収書がないと自腹やで!」
「そ、それだけは勘弁してくれぇぇぇ!」
ホワイト企業と化した魔王軍。 そして、異世界と地球を股にかけた、最強の一族。 魔界の平和とコンプライアンスを守るため、総務のオカンの戦いは、世界を超えて、まだまだ続いていく――。
(おわり)
国民の手による革命、そしてアコギ王の逮捕。 すべて丸く収まり……と思ったら、弟たちがちゃっかりビジネスを始めていて笑いました。さすがです。
ヨシコさんの選んだ道、楽しんでしていただけましたでしょうか?




