第23話:覚醒する勇者たちと、ブラック企業の「被害者同盟」
その時、魔王城の平穏は、物理法則を無視した暴力によって破られた。
空が裂け、城門前の広大なスペースに、巨大な幾何学模様――「大規模転移魔法陣」が出現したのだ。 まばゆい光と共に、空間が歪む。
「な、なんやあれは!?」
ヨシコが目を覆う。 光が収まると、そこには五千の軍勢が突如として現れていた。 アコギ王国の最強戦力、「王立近衛騎士団」だ。 そして、その後方には、煌びやかな黄金の鎧に身を包んだアコギ国王と、重装備の側近たちが陣取っていた。
「わーっはっは! 見ろ! 我が国秘蔵の転移魔法だ! 魔石の消費が激しすぎて人形ごときには使えんかったが、決戦には惜しみなく投入したぞ!」
王が高笑いする。 そして、騎士団に向かって剣を振り下ろした。
「行け! 薬漬けの狂犬どもよ! 魔王城を食い尽くせ!」
『ウゥゥゥ……!!』
騎士たちが獣のような唸り声を上げた。 その目は赤く充血し、口からは泡を吹いている。 彼らは一斉に走り出した。その速度は、人間の限界を遥かに超えていた。
ドォォォォォン!!
凄まじい轟音。 先頭集団が、城壁に激突したのだ。 だが、彼らは止まらない。 折れた腕で、砕けた拳で、城壁を殴り続ける。 メリメリと石壁が悲鳴を上げ――次の瞬間、ガラガラと崩れ去った。
「う、嘘やろ……城壁を素手で……!?」
ヨシコが絶句する間に、狂戦士の群れが雪崩れ込んでくる。 ヨシコはモップを構えて前に出た。
「あんたら、ええ加減にしなはれ! 正気に戻るんや!」
大声で叫ぶ。その時だった。
「ヨシコさん! 危ない!」
勇者レオたちが叫び、ヨシコの前に飛び出した。 レオが剣を、武闘家が拳を構え、聖女と魔法使いが後方を固める。ヨシコを庇う完璧な防御陣形だ。
だが、騎士たちは彼らを一瞥もしない。 まるでそこに石ころしか無いかのように、彼らの脇を猛スピードで素通りしていく。
「えっ……?」
ヨシコと勇者たちが呆然とする中、騎士団は彼らにも目もくれず、ただ奥へ、奥へと進んでいく。
「無視……だと? 人間の俺たちが見えていないのか?」
レオが驚愕する。 その時、陣形の後ろで震えていた斥候のゴブリンが、頭を抱えてうずくまっていた。 騎士の大群が、ゴブリンのすぐ横を駆け抜けていく。
「ひぃぃ……! ふ、踏まれるゴブ! 潰されるゴブ!」
ゴブリンは死を覚悟して目を閉じた。 だが、いつまで経っても衝撃は来ない。
「……ん? あれ? 踏まれないゴブ?」
目を開けると、騎士たちは器用にゴブリンを避けて……いや、まるでそこに何もいないかのように通り過ぎていた。
「もしかして……僕の存在感が薄すぎて、気づかれてないだけゴブ……? それはそれで悲しいゴブ……」
ゴブリンが涙目で自虐する。 だが、ヨシコは違和感に気づいた。
「……いや、違う。薄いからちゃう。魔力や」
「えっ?」
「あんた、斥候やから『魔力を消す訓練』しとるんやろ? 今のあいつらには、魔力を出さない人間も、魔力を消したあんたも、ただの『背景』に見えてるんや」
ゴブリンが鼻をひくつかせた。
「……あ! そういえば、奴らの鎧から強烈な『対魔追尾香』の匂いがするゴブ! こいつらは今、魔力を出している魔物だけを『獲物』として認識するように、本能ごと誘導されてるんだゴブ! だから魔力を持たない人間は眼中にないゴブ!」
その言葉通り、騎士団は魔力を全開にして待ち構えていた魔王軍の主力部隊に襲いかかった。 魔族の強い魔力に反応し、躊躇なく剣を振り下ろす。
「うわぁぁぁ!」 オークが盾で防ぐが、リミッターの外れた剛腕に押され、吹き飛ばされる。
「くっ……反撃を! このままでは全滅する!」 炎の将軍ボルグが剣を抜こうとした。
「待ちなはれ!」
ヨシコが一喝した。
「反撃したら殺してしまう! 相手は操られとるだけの人間や!」
「しかし、このままでは我らが……!」
ヨシコは振り返り、勇者レオを見た。
「レオ! マリア! あんたらの出番や!」
「えっ? 俺たちが?」
「奴らは『人間(魔力のない者)』を認識できん。つまり、あんたらは透明人間と同じや! ……武器は使うな! 『手刀』と『体術』だけで、全員眠らせてやり!」
無茶な注文だ。 相手はリミッター解除された五千の狂戦士。 武器なしで制圧など……。 だが、レオの体は自然と動いた。
「……やってやる!」
レオが地面を蹴った。 ドン! 爆発的な加速。 自分でも驚くほどのスピードで、騎士の背後に回り込む。
(速い……!? 体が、軽い!)
騎士はレオに気づかない。 魔族に向かって剣を振り上げた瞬間――。 トン。 レオの手刀が、騎士の首筋に吸い込まれた。
ガクッ。 騎士が糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
「……えっ? こんなに簡単に?」
レオは自分の手を見つめた。 かつては疲労で鉛のように重かった体が、今は羽のように軽い。 思考もクリアで、相手の動きが止まって見える。
武闘家が鋭い当て身で、魔法使いが指先からの電撃で、次々と騎士たちを無力化していく。
「すごい……! 私たち、こんなに強かったっけ!?」
五千の騎士たちが、次々と沈黙していく。 その光景を見ながら、ヨシコが叫んだ。
「当たり前や! あんたらは『要らん子』ちゃう!」
ヨシコの声が戦場に響く。
「毎日飯食うて、風呂入って、ふかふかのベッドで寝て……人間らしい生活を送ったからこそ、本来の力が出せたんや!」
レオの手が止まらない。 次々と騎士を無力化していく。
「理性を飛ばして、寿命削って限界超えたところで……心身ともに充実した『プロ』には勝てへんのや! 胸を張り! あんたらこそが、世界最強のパーティや!」
わずか数分。 広場には、気絶した騎士の山が築かれた。 だが、まだ終わらない。 薬の効果は切れていないのだ。 彼らは目を覚ませばまた暴れだす。
「マリア! 今や! あんたの溜まりに溜まった魔力、全部吐き出し!」
「は、はいッ!」
聖女マリアが杖を掲げた。 これまでの過労と魔力欠乏が嘘のように、彼女の体内には、魔王城での休息によって回復した膨大な魔力が渦巻いている。
「お願い……みんなを癒やして! 広域浄化魔法・サンクチュアリ!!」
カッッッ!!! 目も眩むような純白の光が、魔王城全体を包み込んだ。 それは従来の聖女の限界を遥かに超える、奇跡のような光量だった。
光が、騎士たちの体に染み込んでいく。 充血が引き、浮き出た血管が収まり、荒い呼吸が穏やかになっていく。
「う……うう……?」
光が収まると、騎士たちが次々と目を覚ました。 狂気は消えていた。 彼らは呆然と自分の手を見つめ、周囲を見渡した。
「俺は……何を……?」
騎士団長が、ふらりと立ち上がった。 彼の記憶には、王に無理やり薬を飲まされた屈辱と、意識を奪われて操られた感覚が焼き付いていた。 そして、目の前には、自分たちを「物」として扱ったアコギ王がいる。
「……陛下」
騎士団長の低い声が響いた。 アコギ王が後ずさる。
「な、なんだその目は! 私は王だぞ! 貴様らの主だぞ!」
「……もし、貴方が『魔王軍と戦え』と命じたのなら、我々は命尽きようとも剣を振るいました。それが騎士の誇りだからです」
団長は拳を握りしめ、王を睨みつけた。
「しかし、貴方は命令すらせず、薬で我々の心と体を奪い、ただの『道具』として消費した……!」
チャキッ。 五千の騎士たちが、一斉に立ち上がった。 その視線は、もはや魔王軍には向いていない。 自分たちの誇りを踏みにじった、真の敵に向けられていた。
「我々は道具ではない! 人間だ!」
団長の怒号に、王が悲鳴を上げて尻もちをついた。
「ひぃぃッ! ま、待て! 金か!? 金ならやる! 給料を倍に……いや三倍に……!」
「金の問題ではない! 信頼の問題だ!」
団長が王に詰め寄る。 王の側近たちも、恐怖で武器を捨てて逃げ出した。
「お、おのれぇぇ! 覚えていろ! こんな国、滅ぼしてやる!」
王は懐から緊急転移の魔石を取り出した。 逃げ足だけは速い。
「給料三倍だ! ボーナスも出す! 有給もくれてやる! だから私を守れぇぇぇ!!」
王は最後まで、金さえ積めば人の心が買えると信じ叫びながら、光の中に消えていった。
静寂が戻った広場で、騎士団長はヨシコとレオに向き直り、深々と頭を下げた。
「……勇者レオ、そして魔王軍の方々。……貴殿らに救われた。この恩は一生忘れぬ」
「ええってことよ。……それより、これからどないするんや?」
ヨシコが尋ねると、団長は決意に満ちた目で言った。
「我々は王国に戻ります。……王を討つためではありません。国民に真実を伝え、この腐った国を内側から正すために」
「そらええ。……でもな」
ヨシコはニヤリと笑い、スマホを取り出した。
「ウチらも同行させてもらうで。……逃げた王様には、きっちり『精算』してもらわなアカンからな」
画面には、イチロウ(弁護士)とサブロウ(コンサル)が、完璧な証拠ファイルを片手にスタンバイしていた。
物理的な戦争は終わった。 ここからは、法と経済による「大人の喧嘩(公開処刑)」の時間だ。
次回、最終話。 アコギ王国の崩壊と再生。 そしてヨシコさんが選ぶ、これからの道とは――?
(続く)
勇者と魔王軍の共闘!
これぞ王道!
体調万全のプロフェッショナルたちが無双する姿、スカッとしましたね。
これにて戦闘終了……ですが、まだ終わりません。
次回、最終話。
逃げた王様への「精算」と、ヨシコさんの決断です。




