第20話:勇者パーティの殴り込みと、受付での「門前払い」
平和条約の決裂から数日後。
魔王城は、いつも通りの穏やかな朝を迎えていた。
エントランスでは受付嬢が笑顔で挨拶し、社員(魔物)たちはタイムカードを押して、それぞれの部署へ向かう。
魔王ゼノンも、朝のコーヒー※を飲みながら日経新聞(魔界版)を広げていた。
※ヨシコが地球のコーヒーの製法をジロウに確認。
カフアの実を使い、リッチ料理長に伝授して、魔王国でコーヒーとして流通させ始めていた。
「うむ。今月の『働きがいのある城ランキング』……北部覇王軍が3位、西の竜王軍が2位。そして我が魔王軍が堂々の1位か。悪くない」
「調子に乗ったらアカンで。維持するのが大変なんやから」
ヨシコが窓拭きをしながら釘を刺す。
その時だった。
ドォォォォォォォン!!
凄まじい爆発音と共に、エントランスの巨大な扉が吹き飛んだ。 土煙が舞い上がり、警報魔法がビービーと鳴り響く。
「な、何事だ!?」
魔王ゼノンは椅子から飛び上がったが、次の瞬間、悲鳴を上げた。
「ああっ! ヨシコが昨日ピカピカに磨いた床が! 土足で泥だらけに!!」
侵入者の心配よりも先に、掃除の手間を心配する。
すっかり主婦(主夫?)目線が板についていた。
「そこかい! ……まあええ、行くで!」
魔王とヨシコがホールに駆けつけると、そこには光り輝く剣を掲げた、金髪の青年が立っていた。
後ろには、聖女、魔法使い、武闘家。 典型的な「勇者パーティ」だ。
「見つけたぞ、諸悪の根源、魔王ゼノン! 俺はアコギ王国の勇者レオ! 天に代わって貴様を討ちに来た!」
勇者レオが叫ぶ。
その目は「正義」の炎でギラギラと燃えている。
彼は土足でピカピカの床を踏みしめ、剣先を魔王に向けた。
「覚悟しろ! 今日こそ魔界を浄化し、人類に平和を……」
「ちょっと待ちぃぃぃッ!!」
勇者の演説を遮り、モップを持ったオカンが立ちはだかった。
「な、なんだ貴様は! 魔王の側近か!」
「ナケナシ王国勇者、兼、魔王軍総務担当のヨシコや! ……あんた、何してくれてんねん!」
ヨシコは吹き飛ばされた扉と、泥だらけになった床を指差した。
「この扉、先月修理したばっかりやぞ! 修理費なんぼすると思てんねん! それに土足! ここは土禁や言うてあるやろが!」
「は……? 土足……?」
勇者レオがポカンとする。
命のやり取りをする場に、まさか「掃除の文句」が出てくるとは思わなかったのだろう。
「と、問答無用! 魔物は人類の敵だ! 敵の城を壊して何が悪い!」
「敵でも『他人の家』やろが! 挨拶もなしにドア爆破する『正義』がどこにあるんや!」
ヨシコの一喝に、勇者がたじろぐ。
だが、後ろにいた聖女が金切り声を上げた。
「レオ! 聞く耳を持ってはダメです! 悪魔の言葉は毒です! さあ、早く浄化(虐殺)を!」
「そ、そうだな! いくぞ皆!」
勇者たちが武器を構える。
魔王軍の兵士たちも応戦しようとするが、ヨシコがそれを手で制した。
「手出し無用や。……こんな『常識知らず』に、あんたらの手を汚すことはない」
ヨシコはスマホを取り出し、冷静にダイヤルした。
呼び出すのは、この手の「不法侵入者」に一番効く専門家だ。
「イチロウ。……出番や。城に『強盗団』が入ったわ」
『――強盗団? いや、映像を見る限り……勇者パーティだね』
画面に映った長男・イチロウ(国際弁護士)は、冷静に眼鏡を押し上げた。
『姉さん。彼らの行為は、日本の現行法で以下の罪に該当する』
イチロウの淡々とした声が、ホールのスピーカーから響き渡る。
『刑法第130条・住居侵入罪。 刑法第261条・器物損壊罪。 さらに、武器を持って脅迫しているので、暴力行為等処罰法違反だ』
「な、なんだと!? 我々は王国の勅命を受けた勇者だぞ! 異世界の法律など……」
『ふむ。自分たちの世界の法律なら通じると思っているようだね』
イチロウが手元の資料に目を落とした。
『そこにあるのは、魔王軍の書庫から取り寄せた、この世界の法典だ。……これの『大陸間戦争協定』第9条を見てみたまえ』
イチロウが条文を読み上げる。
『“国家間の武力行使に際しては、最低でも24時間前に、文書による宣戦布告を行わなければならない”……とあるね』
「なっ……!?」
『さらに第10条。“宣戦布告なき奇襲攻撃は、重大な国際法違反(テロ行為)と見なし、交戦権を認めない”……とも書いてある』
イチロウの目が、冷ややかに勇者を射抜く。
『君たちの国、アコギ王国はまだ正式な宣戦布告をしていないはずだが? ……外交官が捨て台詞を吐いて逃げただけで、手続きは完了していないよ』
勇者が言葉に詰まる。
こちらの世界のルールでも、彼らは完全に「アウト」なのだ。
「う、うるさい! 悪を倒すのに手続きなどいらん! 俺たちの心にある正義がルールだ!」
「……正義、か」
ヨシコは勇者たちをじっと観察した。
ギラギラした目。
ボロボロの装備。
そして、目の下の濃いクマと、ガリガリに痩せた体。
彼らは「正義の味方」というより、何かに追いつめられた「強迫観念の塊」に見える。
「あんた……いつから寝てへん?」
「は?」
「目が充血しとる。肌もボロボロや。……ちゃんと飯食うてるんか?」
勇者が虚勢を張って叫ぶ。
「ね、寝ている暇などない! 俺たちが休んでいる間にも、世界は魔王に脅かされているんだ! 3日徹夜で行軍など当たり前だ!」
「……報酬は? 残業代は出てるんか?」
「金のためではない! 名誉と使命感のためだ! ……王様からは『世界が平和になったら褒美をやる』と言われている!」
ヨシコは天を仰いだ。
出た。「やりがい搾取」の極みだ。
「世界平和」という美しい目標を人質に、若者をタダ同然で使い潰す。
アコギ王国こそが、真正のブラック企業ではないか。
「……可哀想になぁ」
「な、何だと!?」
「あんたら、騙されとるで。それは『使命感』ちゃう。『洗脳』や」
ヨシコは一歩前に出た。
「ええか若造。ちゃんとした組織はな、従業員(勇者)に3日も徹夜させたりせん。万全の状態で戦わせるんが、上の責任や」
「黙れ! 魔物に俺たちの尊い自己犠牲が分かってたまるか!」
勇者レオが剣を振り上げる。
問答無用の一撃。
だが、その剣は魔王に届かなかった。
ガキィィン!!
金属音が響く。
勇者の剣を受け止めたのは、四天王の一人、炎の将軍ボルグだった。
かつては疲労でボロボロだった彼だが、今は肌ツヤも良く、筋肉がパンプアップしている。
「……軽いな、勇者よ」
「な、なにっ!?」
「睡眠不足で足元がふらついている。食事不足で剣に重みがない。……そんな『ブラックな剣』で、今のホワイトな我が軍が斬れると思うな!」
ボルグが軽く剣を振ると、勇者は木の葉のように吹き飛ばされた。
ドサッ! 床に転がる勇者パーティ。
圧倒的な「コンディションの差」だ。
「く、くそっ……なぜだ……! 正義の俺たちが、なぜ悪に負けるんだ……!」
「悪ちゃうわ」
ヨシコが倒れた勇者を見下ろした。
「うちは今、週休二日、残業規制、三食昼寝付きの優良企業や。……ボロボロのあんたらが勝てるわけないやろ」
勇者が呆然と周りを見る。
魔王軍の兵士たちは、皆、血色が良く、憐れみの目で勇者たちを見ていた。
「うわぁ、顔色悪っ……」
「可哀想に、休ませてもらえてないんだな……」
という同情の視線。
それが、勇者のプライドを粉々に砕いた。
「……嘘だ……こんなの、間違ってる……!」
勇者が地団駄を踏んで泣き出しそうな顔になる。
その時、どこからともなく、香ばしい醤油と生姜の匂いが漂ってきた。
「……ん?」
勇者パーティの後ろにいた、魔法使いの少女が鼻をヒクヒクさせた。
「……この匂い、もしかして唐揚げ?」
「……ええ鼻しとるな。今日のランチは『唐揚げ定食』やで。マヨネーズかけ放題や」
魔法使いの少女は、杖をカランと床に落とした。
そして、死んだ魚のような目で、リーダーの勇者レオを見た。
「……ねえ、レオ。私、もう降伏していい? 限界」
「なっ!? お前、何を言って……!」
「だって、私たち3日もカロリーバーしか食べてないじゃん。もう無理。魔王とかどうでもいい。唐揚げ食べたい」
若者特有の、あまりにドライな本音。
ブラックな職場環境への嫌悪感が、使命感(洗脳)を凌駕した瞬間だった。
「わ、私も……実はお腹が……」
武闘家も座り込んでしまった。
残されたのは、まだ「正義」にしがみつく勇者と聖女だけ。
「……イチロウ。警察(憲兵)呼ぶ?」
『いや、姉さん。彼らは加害者だが、同時に被害者だ』
イチロウが静かに告げる。
『彼らをここまで追い詰めた「雇用主(王国)」こそが真の悪だ。……姉さん、彼らを一旦「保護」してやれないか?』
「……せやな」
ヨシコはため息をつき、勇者に手を差し伸べた。
「立て、若造。……戦うんは飯食って、風呂入って、寝てからや」
「さ、触るな! 俺は……俺は……!」
拒絶しようとする勇者のお腹が、グゥ〜〜と盛大に鳴った。
城内に、微妙な空気が流れる。
「……ほら、意地張らんとき」
ヨシコは勇者の背中をパンと叩いた。
その温もりに、張り詰めていた勇者の糸が、プツリと切れたように見えた。
こうして、魔王城に新たな「居候(捕虜?)」が増えることになった。
だが、これはまだ序章に過ぎない。
勇者たちが「真実(王国の搾取構造)」を知った時、その刃はどこへ向くのか。
次回、勇者パーティへの「あれ」のススメ。
洗脳を解くのは、やはりあの男(三男・サブロウ)のロジカルシンキングだ。
(続く)
ドアを爆破して入ってくるのは、確かに不法侵入ですね(笑)
勇者たちもまた、ブラック企業の被害者でした。
彼らを救うための次なる一手は……まさかの……!?




