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異世界総務のヨシコさん(58)  ~エリート弟妹たちとスマホで繋がって「魔王軍ホワイト化」始めます。残業代はきっちり請求しまっせ!~  作者: 早野 茂
第一章:ナケナシ王国立て直し編 ~契約書の罠とブラックな労働環境の改善~

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第2話:騎士団と豚汁と、勤怠管理第2話:騎士団と豚汁と、勤怠管理

「――なんやこれ。お通夜会場か?」


 それが、ナケナシ王国の騎士団詰め所に入ったヨシコの第一声だった。


 王様との「業務委託契約」を無事に(強引に)済ませたヨシコは、早速、現場視察に来ていた。  

案内された詰め所は、じめじめとした湿気と、男たちの汗、そして鉄錆の匂いが充満していた。    

床には泥だらけの鎧が転がり、長椅子では数人の騎士が死んだように眠っている。起きている者も、目の下にどす黒いクマを作り、焦点の合わない目で虚空を見つめていた。


「おい、貴様! 部外者が勝手に入るな!」


 奥から怒鳴り声が飛んできた。  

現れたのは、ひときわ立派な鎧を着た大男だ。騎士団長のガインというらしい。  

顔は厳ついが、その頬はこけ、肌は土気色をしている。


「部外者とは失礼な。今日からここの『業務改善』を担当するヨシコや。……それにしても団長さん、えらい顔色悪いな。ちゃんと寝てんの?」


「寝る? 笑わせるな! 魔王軍の脅威が迫っているのだぞ! 我らが眠れば、誰が国を守る!」


 ガインは血走った目で叫んだ。  

その背後で、若い騎士がよろりと立ち上がり――そのまま、ガシャン! と音を立てて倒れた。


「おい! しっかりせぇ!」


 ヨシコは駆け寄り、若い騎士を抱き起こした。  

体は熱く、唇はカサカサに乾いている。  

腕の中に伝わるその体の軽さに、ヨシコはハッとした。  行方不明になった息子と同じくらいの年頃だ。

それがこんな、ボロ雑巾のように使い潰されて。


「根性が足りんぞ! 立て! 貴様、それでもナケナシ王国の騎士か!」


 ガインが怒鳴る。  

その瞬間、ヨシコの目つきが変わった。


(……あかん。見過ごせへん)


 ヨシコの中に、沸騰したような怒りが込み上げる。  

彼女は振り返りざま、雷のような怒号を飛ばした。


「やかましいわ!!」


 空気がビリビリと震え、ガインが口をつぐむ。


「根性で腹が膨れるか! 根性で体力が回復するか! ……見てみぃ、この子、栄養失調と過労やないか! こんなボロボロの体で戦場に出して、犬死にさせる気か!」


「し、しかし……我が国には兵も資源もないのだ! 気合でカバーするしか……」


「しかしもカカシもあるか! 総務ナメんなよ!」


 ヨシコは立ち上がると、割烹着の袖をまくり上げた。


「厨房はどこや! あるもん全部出しな! まずはメシや!」


 30分後。  

詰め所に、信じられないほど良い匂いが漂い始めた。  

出汁の香り、味噌の芳醇な香り、そして肉の脂が溶け出す甘い匂い。  

死んだように眠っていた騎士たちが、一人、また一人と鼻をひくつかせて起き上がってくる。


「お待たせ! 特製『具だくさん豚汁』やで!」


 ヨシコが大鍋をドンとテーブルに置いた。  

厨房にあった干し肉と根菜、それにヨシコが買い物袋に持っていた(召喚された時、今夜の夕飯用に買っていたのだ)味噌を使った、即席の豚汁だ。


「な、なんだこの料理は……スープか?」


「ええから食うてみ!」


 若い騎士がおずおずと椀を受け取り、一口すする。  その瞬間、カッ、と目を見開いた。


「う、うまい……! 体が、熱くなる……!」


 五臓六腑に染み渡るとは、まさにこのことだ。  

塩分とアミノ酸、そして野菜のビタミンと肉のタンパク質。疲弊しきった彼らの体に、暴力的なまでの活力が注入されていく。


「おかわりはあるで! 遠慮せんと食いな!」


 騎士たちが我先にと鍋に群がる。ガツガツとむさぼり食い、中には涙を流しながら椀をすする者もいた。


「馬鹿な……高貴な騎士が、このような庶民の汁物を……」


 団長のガインだけが、プライドを捨てきれずに立ち尽くしている。  

ヨシコはため息をつくと、椀を無理やりガインの手に握らせた。


「あんたが一番、顔色悪いで。上が倒れたら、下も休まれへんのや。……毒見やと思って、一口おあがり」


「う、うむ……」


 ガインは渋々、口をつけた。  

そして――無言で椀を飲み干し、震える手で差し出した。


「……おかわりを頼む」


「はいよ!」


 全員の腹が満ち、少し顔色が戻ったところで、ヨシコはスマホを取り出した。


「さて、腹も満ちたところで仕事の話や。団長、これがあんたのとこの『勤務表』か?」


「うむ。我が軍は24時間体制で警備にあたっている」


「アホか! 全部黒塗りやないか! こんなん人間がやるスケジュールちゃうわ!」


 ヨシコは『家族グループチャット』の通話ボタンを押した。  

呼び出したのは、次女のハナコだ。


『――まいど、姉ちゃん。異世界で、また何かあったんか?』


 スピーカーから、銭の音がしそうな甲高い関西弁が響いた。  

次女・ハナコ(42歳)。外資系保険会社でリスクマネジメントを担当する、損得勘定の鬼だ。


「ハナコか。いま騎士団におるんやけど、ここの勤務体制が昭和のブラック企業も真っ青でな。ちょっと知恵貸したって」


 ヨシコはスマホのカメラで勤務表(という名の地獄のリスト)を映す。


『うわぁ……。これアカンわ姉ちゃん! リスク係数が天井突き抜けとるで!』


 ハナコの声がワントーン上がる。


『過労死ラインなんかとっくに超えとる! これで事故起きたら、労災認定間違いなしや! 賠償金なんぼ払うつもりなんや!? 国ごと破産しまっせ!』


「誰だ、その声は!」ガインが警戒する。


『初めまして。姉がお世話になってますぅ、リスク管理コンサルタントのハナコですぅ。……団長さん、単刀直入に言わせてもらいますけどな』


 ハナコの声色が、ビジネスライクな凄みを帯びた。


『「疲労は泥酔と同じ」ってご存知でっか?』


「で、泥酔だと……?」


『せや。徹夜明けの兵士の判断能力は、酒飲んでベロベロの状態と同じレベルまで落ちるんや。そんな酔っ払いの集団で魔王軍と戦って、勝てるわけないやろ! ミスして死ぬのがオチや! その損失、誰が補填するん?』


 ガインが言葉に詰まる。  

根性論ではなく、「損失コスト」の観点からの指摘。

反論の余地がなかった。


『人が足らんのやったら、なおさら「シフト制」にせなアカン! 戦力を3グループに分けて、8時間ごとにローテーションするんや。常に「シラフで元気な兵士」を前線に置く! その方が、全員ヘロヘロで戦うより、防御力パフォーマンスは数倍に跳ね上がりまっせ!』


「……な、なるほど……」


『姉ちゃん、今すぐウチで使ってるシフト表のひな形送るわ! それ導入させ! ……タダとは言わんけど、今回は初回サービスにしといたる!』


「了解や。ありがとうな、ハナコ」


 通話を切ると、ヨシコは画面に表示されたシフト表をガインに見せつけた。


「聞いたな? 今日の夜番以外は、全員すぐに寝る! 命令や!」


「し、しかし……」


「『死んでお詫び』なんてさせへんで。生きて国を守るんが、あんたらの仕事やろ!」


 ガインはしばらくシフト表を睨んでいたが、やがて深々とため息をつき、肩の力を抜いた。  

憑き物が落ちたような顔だった。


「……貴殿の言う通りだ。我々は、焦りすぎていたのかもしれん。……なけなしの戦力だからこそ、大事に使わねばならんのにな」


 ガインはヨシコに向き直り、不器用に頭を下げた。


「感謝する、ヨシコ殿。……それと、この汁物、明日も作ってもらえるだろうか」


「あはは! 材料さえ用意してくれたら、なんぼでも作ったるわ!」


 数時間後。  

詰め所には、男たちの野太い、しかし安らかな寝息が響き渡っていた。  

泥のように眠る騎士たちの寝顔を見ながら、ヨシコは空になった大鍋を洗っていた。


 ふと、隅で眠る若い騎士に、毛布をかけ直す。


「風邪ひくで。……しっかり休みや」


 そう呟くヨシコの表情は、先ほどまでの怒れる総務の顔ではなく、どこにでもいる世話焼きなおばちゃんの顔に戻っていた。  

洗い物を終えたヨシコは、濡れた手を拭きながら、割烹着のまま騎士団の固い長椅子に腰を下ろした。


「さて、次はどこの掃除をしに行こかな」


 最強の総務おばちゃんの業務改善は、まだ始まったばかりだ。


(続く)


読んでいただきありがとうございます。

豚汁ってなんであんなに美味しいんでしょうね。


次回は、街に出て「スラムの悪ガキ」と対決です。

ヨシコさんの「オカン流・教育論」が炸裂します!


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― 新着の感想 ―
温かいご飯は、疲れた心と体に深く染み渡る優しさがありますね。立ち上る湯気、心地よい温度、そして食欲をそそる香りは、張り詰めた緊張を解きほぐし、心の底から「ほっ」とさせてくれます。ヨシコさんの作った【具…
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