第2話:騎士団と豚汁と、勤怠管理第2話:騎士団と豚汁と、勤怠管理
「――なんやこれ。お通夜会場か?」
それが、ナケナシ王国の騎士団詰め所に入ったヨシコの第一声だった。
王様との「業務委託契約」を無事に(強引に)済ませたヨシコは、早速、現場視察に来ていた。
案内された詰め所は、じめじめとした湿気と、男たちの汗、そして鉄錆の匂いが充満していた。
床には泥だらけの鎧が転がり、長椅子では数人の騎士が死んだように眠っている。起きている者も、目の下にどす黒いクマを作り、焦点の合わない目で虚空を見つめていた。
「おい、貴様! 部外者が勝手に入るな!」
奥から怒鳴り声が飛んできた。
現れたのは、ひときわ立派な鎧を着た大男だ。騎士団長のガインというらしい。
顔は厳ついが、その頬はこけ、肌は土気色をしている。
「部外者とは失礼な。今日からここの『業務改善』を担当するヨシコや。……それにしても団長さん、えらい顔色悪いな。ちゃんと寝てんの?」
「寝る? 笑わせるな! 魔王軍の脅威が迫っているのだぞ! 我らが眠れば、誰が国を守る!」
ガインは血走った目で叫んだ。
その背後で、若い騎士がよろりと立ち上がり――そのまま、ガシャン! と音を立てて倒れた。
「おい! しっかりせぇ!」
ヨシコは駆け寄り、若い騎士を抱き起こした。
体は熱く、唇はカサカサに乾いている。
腕の中に伝わるその体の軽さに、ヨシコはハッとした。 行方不明になった息子と同じくらいの年頃だ。
それがこんな、ボロ雑巾のように使い潰されて。
「根性が足りんぞ! 立て! 貴様、それでもナケナシ王国の騎士か!」
ガインが怒鳴る。
その瞬間、ヨシコの目つきが変わった。
(……あかん。見過ごせへん)
ヨシコの中に、沸騰したような怒りが込み上げる。
彼女は振り返りざま、雷のような怒号を飛ばした。
「やかましいわ!!」
空気がビリビリと震え、ガインが口をつぐむ。
「根性で腹が膨れるか! 根性で体力が回復するか! ……見てみぃ、この子、栄養失調と過労やないか! こんなボロボロの体で戦場に出して、犬死にさせる気か!」
「し、しかし……我が国には兵も資源もないのだ! 気合でカバーするしか……」
「しかしもカカシもあるか! 総務ナメんなよ!」
ヨシコは立ち上がると、割烹着の袖をまくり上げた。
「厨房はどこや! あるもん全部出しな! まずはメシや!」
30分後。
詰め所に、信じられないほど良い匂いが漂い始めた。
出汁の香り、味噌の芳醇な香り、そして肉の脂が溶け出す甘い匂い。
死んだように眠っていた騎士たちが、一人、また一人と鼻をひくつかせて起き上がってくる。
「お待たせ! 特製『具だくさん豚汁』やで!」
ヨシコが大鍋をドンとテーブルに置いた。
厨房にあった干し肉と根菜、それにヨシコが買い物袋に持っていた(召喚された時、今夜の夕飯用に買っていたのだ)味噌を使った、即席の豚汁だ。
「な、なんだこの料理は……スープか?」
「ええから食うてみ!」
若い騎士がおずおずと椀を受け取り、一口すする。 その瞬間、カッ、と目を見開いた。
「う、うまい……! 体が、熱くなる……!」
五臓六腑に染み渡るとは、まさにこのことだ。
塩分とアミノ酸、そして野菜のビタミンと肉のタンパク質。疲弊しきった彼らの体に、暴力的なまでの活力が注入されていく。
「おかわりはあるで! 遠慮せんと食いな!」
騎士たちが我先にと鍋に群がる。ガツガツとむさぼり食い、中には涙を流しながら椀をすする者もいた。
「馬鹿な……高貴な騎士が、このような庶民の汁物を……」
団長のガインだけが、プライドを捨てきれずに立ち尽くしている。
ヨシコはため息をつくと、椀を無理やりガインの手に握らせた。
「あんたが一番、顔色悪いで。上が倒れたら、下も休まれへんのや。……毒見やと思って、一口おあがり」
「う、うむ……」
ガインは渋々、口をつけた。
そして――無言で椀を飲み干し、震える手で差し出した。
「……おかわりを頼む」
「はいよ!」
全員の腹が満ち、少し顔色が戻ったところで、ヨシコはスマホを取り出した。
「さて、腹も満ちたところで仕事の話や。団長、これがあんたのとこの『勤務表』か?」
「うむ。我が軍は24時間体制で警備にあたっている」
「アホか! 全部黒塗りやないか! こんなん人間がやるスケジュールちゃうわ!」
ヨシコは『家族グループチャット』の通話ボタンを押した。
呼び出したのは、次女のハナコだ。
『――まいど、姉ちゃん。異世界で、また何かあったんか?』
スピーカーから、銭の音がしそうな甲高い関西弁が響いた。
次女・ハナコ(42歳)。外資系保険会社でリスクマネジメントを担当する、損得勘定の鬼だ。
「ハナコか。いま騎士団におるんやけど、ここの勤務体制が昭和のブラック企業も真っ青でな。ちょっと知恵貸したって」
ヨシコはスマホのカメラで勤務表(という名の地獄のリスト)を映す。
『うわぁ……。これアカンわ姉ちゃん! リスク係数が天井突き抜けとるで!』
ハナコの声がワントーン上がる。
『過労死ラインなんかとっくに超えとる! これで事故起きたら、労災認定間違いなしや! 賠償金なんぼ払うつもりなんや!? 国ごと破産しまっせ!』
「誰だ、その声は!」ガインが警戒する。
『初めまして。姉がお世話になってますぅ、リスク管理コンサルタントのハナコですぅ。……団長さん、単刀直入に言わせてもらいますけどな』
ハナコの声色が、ビジネスライクな凄みを帯びた。
『「疲労は泥酔と同じ」ってご存知でっか?』
「で、泥酔だと……?」
『せや。徹夜明けの兵士の判断能力は、酒飲んでベロベロの状態と同じレベルまで落ちるんや。そんな酔っ払いの集団で魔王軍と戦って、勝てるわけないやろ! ミスして死ぬのがオチや! その損失、誰が補填するん?』
ガインが言葉に詰まる。
根性論ではなく、「損失」の観点からの指摘。
反論の余地がなかった。
『人が足らんのやったら、なおさら「シフト制」にせなアカン! 戦力を3グループに分けて、8時間ごとにローテーションするんや。常に「シラフで元気な兵士」を前線に置く! その方が、全員ヘロヘロで戦うより、防御力は数倍に跳ね上がりまっせ!』
「……な、なるほど……」
『姉ちゃん、今すぐウチで使ってるシフト表のひな形送るわ! それ導入させ! ……タダとは言わんけど、今回は初回サービスにしといたる!』
「了解や。ありがとうな、ハナコ」
通話を切ると、ヨシコは画面に表示されたシフト表をガインに見せつけた。
「聞いたな? 今日の夜番以外は、全員すぐに寝る! 命令や!」
「し、しかし……」
「『死んでお詫び』なんてさせへんで。生きて国を守るんが、あんたらの仕事やろ!」
ガインはしばらくシフト表を睨んでいたが、やがて深々とため息をつき、肩の力を抜いた。
憑き物が落ちたような顔だった。
「……貴殿の言う通りだ。我々は、焦りすぎていたのかもしれん。……なけなしの戦力だからこそ、大事に使わねばならんのにな」
ガインはヨシコに向き直り、不器用に頭を下げた。
「感謝する、ヨシコ殿。……それと、この汁物、明日も作ってもらえるだろうか」
「あはは! 材料さえ用意してくれたら、なんぼでも作ったるわ!」
数時間後。
詰め所には、男たちの野太い、しかし安らかな寝息が響き渡っていた。
泥のように眠る騎士たちの寝顔を見ながら、ヨシコは空になった大鍋を洗っていた。
ふと、隅で眠る若い騎士に、毛布をかけ直す。
「風邪ひくで。……しっかり休みや」
そう呟くヨシコの表情は、先ほどまでの怒れる総務の顔ではなく、どこにでもいる世話焼きなおばちゃんの顔に戻っていた。
洗い物を終えたヨシコは、濡れた手を拭きながら、割烹着のまま騎士団の固い長椅子に腰を下ろした。
「さて、次はどこの掃除をしに行こかな」
最強の総務おばちゃんの業務改善は、まだ始まったばかりだ。
(続く)
読んでいただきありがとうございます。
豚汁ってなんであんなに美味しいんでしょうね。
次回は、街に出て「スラムの悪ガキ」と対決です。
ヨシコさんの「オカン流・教育論」が炸裂します!




