第17話:戦慄の健康診断と、魔王様の「メタボリックシンドローム」
その日、魔王城の大広間は、処刑場のような静けさに包まれていた。
ずらりと並んだ長机。白衣を着た医療班。
そして、謎の魔導器具の数々。
今日は、魔王軍初の「全軍一斉健康診断」の日である。
「……おい、聞いたかゴブ」
「……ああ。判定で『E』が出たら、その場で処分されるらしい」
「……ひっ! 隠せ! 不調を隠すんだ!」
兵士たちはガタガタと震えている。
彼らにとって「不健康」とは「欠陥品」と同義だ。
これまで怪我や病気は、隠して働くか、バレて捨てられるかの二択だったのだから。
「次! サイクロプス! 視力検査や!」
ヨシコが手元の名簿を叩いた。
巨大な一つ目の巨人が、おずおずと検査台の前に立つ。
「右目……あ、目は一個か。……ええから、この『C』の切れ目どっちか言うてみぃ」
「え、えっと……ぼやけて見えねぇ……上、かな……?」
「下や! 視力0.1以下! ……あんた、最近頭痛するやろ?」
サイクロプスがギクリとする。
「ど、どうしてそれを……」
「スマホ(遠見の水晶)の見すぎによる『眼精疲労』や。……判定D! 要精密検査!」
死刑宣告を受けたかのように、サイクロプスが崩れ落ちる。
続いて呼ばれたのは、デュラハン(首なし騎士)だ。
「次! あんた、最近肩が上がらんらしいな?」
「は、はい……首がないのに、なぜか首周りが凝るのです……」
「そらそうや。いっつも自分の生首を左手で持ってるからや。重心が偏っとる」
「!?」
「『慢性的な片側荷重による脊椎歪み』や。……判定D! 生首はリュックに入れて背負え!」
次々と下される非情な診断。
会場は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
だが、ヨシコ一人では診断しきれない。
彼女のスマホ画面には、白衣を着たクールな青年の顔が映し出されていた。
『――姉さん。次、魔王の番だね』
六男・ロクロウ(30歳)。
世界中の難病を治療してきた、天才総合診療医だ。
彼は画面越しに、送られてきた魔王のバイタルデータ(魔法数値)を冷徹に見つめている。
「魔王! あんたの番やで!」
「ふ、ふん! 必要ない!」
魔王ゼノンがマントを翻して現れた。
その顔には脂汗が滲んでいる。
「私は魔王だぞ? 不老不死の肉体を持つ最強の存在だ! 病気など……」
『数値は嘘をつかないよ、魔王さん』
スマホからロクロウの声が響く。
『血圧180の110。中性脂肪値が基準の3倍。尿酸値は危険域。……典型的な「高血圧」と「脂質異常症」、おまけに「痛風」予備軍だ』
魔王が石化した。
最強の魔王が、人間界の中年サラリーマンと同じ病名を告げられたのだ。
「う、嘘だ……! 私はまだ数千歳……人間で言えば30代だぞ!?」
『ストレスと運動不足、それに不規則な食生活だね。……最近、深夜に「魔界ラーメン(背脂マシマシ)」とか食べてないかい?』
「ぐっ……! そ、それは残業の唯一の楽しみで……」
『それが血管をボロボロにしてるんだ。……判定E。即入院レベルだね』
ガーン!!
魔王の頭上に、巨大な岩が落ちてきたような衝撃が走る。
周りの兵士たちがざわめいた。
「ま、魔王様がE判定……!?」
「処分されるのか……!?」
「魔王軍は終わりだ……」
絶望的な空気が流れる中、一人のガーゴイル(石像兵)が、突然倒れた。
「おい! どないしたんや!」
ヨシコが駆け寄る。
ガーゴイルは胸を押さえて苦しんでいる。
その石の皮膚には、微細な「ヒビ」が入っていた。
「……す、すみません……実は前から、胸が痛くて……でも、言ったら壊されると思って……」
「アホか! なんで黙ってたんや!」
『姉さん、スマホを胸に当てて!』
ロクロウの指示で、ヨシコがスマホを当てる。
ロクロウは画面越しに「魔力聴診」を行い、即座に診断を下した。
『……「疲労骨折」からの「魔力不整脈」だ。過労で石の心臓にヒビが入ってる。……このまま働いてたら、あと数日で砕け散ってたよ』
会場が凍りついた。 魔王が青ざめた顔で叫ぶ。
「な、なんと……! 私の配下が、そこまで追い詰められていたとは……!」
「あんたも人のこと言えんけどな!」
ヨシコは倒れたガーゴイルの手を握り、全軍に向かって叫んだ。
「よう聞き! 判定『E』はな、Eliminate(排除)のEちゃう! Emergency(緊急治療)のEや!」
ヨシコの言葉が、石壁に反響する。
「悪いとこが見つかったら、直せばええ! 早期発見なら治るんや! ……一番アカンのはな、隠して無理して、取り返しがつかんようになることや!」
ヨシコの脳裏に、カケルの顔が浮かんだ。
「大丈夫です」「まだやれます」と言って、健康診断の結果を机の奥に隠していた息子。
もし、あの時、無理やりにでも病院に連れて行っていれば。
「……体はな、車の部品とちゃうねん。取り替えがきかんのや。……壊れる前に、言うてくれ。頼むから」
ヨシコの声が、わずかに震えた。
その真剣な響きに、ガーゴイルが涙を流した。
そして、隠れていた兵士たちが、次々と手を挙げ始めた。
「……実は、腰が痛いゴブ」
「……最近、眠れないのです」
「……胃がキリキリして……」
堰を切ったように溢れ出す、体の悲鳴。
それは、彼らが初めて「弱音を吐いても殺されない」と知った証だった。
『……やれやれ。これじゃあ今日は徹夜で処方箋書きだね』
ロクロウが苦笑しながら、キーボードを叩く音が聞こえる。
『でも、手遅れになるよりずっといい。……姉さん、魔王さんには特製の「減塩・禁酒プログラム」を送っておくよ』
「頼んだで!」
「な、禁酒だとぉぉぉ!?」
魔王の絶叫が響く中、魔王軍初の健康診断は幕を閉じた。
翌朝。
魔王城の中庭には、奇妙な光景が広がっていた。
「いち、に、さん、し!」
「「「ゴブ、ゴブ、ゴブ、ゴブ!」」」
全軍揃っての「ラジオ体操(第一)」だ。
先頭では、えんじ色の「芋ジャージ」を着た魔王ゼノンが、悲鳴を上げながら前屈をしている。
背中にはヨシコのマジック書きで『魔王(中性脂肪注意)』と書かれていた。
「うぐぐ……! これが世界征服より辛いとは……!」
「膝曲げたらアカンで! しっかり伸ばす!」
ヨシコの檄が飛ぶ。
ふと横を見れば、昨日倒れたガーゴイルが、胸に真新しい包帯を巻き、どこか晴れやかな顔で腕を回していた。
早期発見のおかげで、接着魔法で綺麗に治ったらしい。
朝の光の中、数千の魔物が健康的に体を動かす。
それは、どんな強力な魔法よりも、この軍隊を強くする儀式だった。
「……さて。体調管理もできた」
ヨシコは空を見上げた。
衣食住、そして医療。 人が(魔物が)働くための基盤は整った。
だが、組織にはまだ、最も厄介な「心の闇」が残っている。
次回、いよいよ魔王軍編クライマックスへの助走。
「ハラスメント講習」と、無自覚な加害者たち。
五男・ゴロウ(保育士・メンタルケア)が、再び輝く時が来る。
(続く)
魔王様、まさかの生活習慣病(予備軍)。
皆様も、健康診断の結果はちゃんと見ましょうね……(自戒)。
次回、パワハラ鬼教官 vs 最強保育士!
言葉の「翻訳ゲーム」は必見です。




