第15話:古参オークの逆襲と、残業という名の麻薬
新評価制度導入後の、初めての給料日。
魔王城の中庭は、かつてないほどの熱気に包まれていた。
「やったゴブ! 評価Aだゴブ! 給料が1.5倍だゴブ!」
「私もです! 定時で帰って勉強してた資格が評価されました!」
若手のゴブリンや、中途採用のダークエルフたちは歓喜している。
成果と効率が正当に評価され、モチベーションは爆上がりだ。
だが、その歓声の裏で、どす黒い殺気が渦巻いていた。
「……認めん。俺は認めんぞぉぉぉッ!!」
ドォォォン!
巨大な戦斧が地面に叩きつけられ、石畳が砕け散った。
現れたのは、魔王軍でも古株の重鎮・オーク将軍ガガンとその取り巻きたちだ。
彼らは一様に目を血走らせ、給与明細を握りしめている。
「なぜだ! なぜ俺が『D評価(減給)』なんだ! 俺はこの軍に30年も尽くしてきたんだぞ!」
「そうだ! 俺たちは昨日だって深夜2時まで城に残っていた!」
「若造どもが帰った後も、俺たちは『魔王城の灯り』を守っていたんだぞ!」
ガガンたちが吠える。
彼らは、これまでの「長時間労働&忠誠心」ルールでの勝ち組だった者たちだ。
それが一夜にして「生産性の低いお荷物」と判定されたのだ。
プライドはずたズタだろう。
魔王ゼノンが玉座の間から慌てて出てきた。
「ガ、ガガンよ、落ち着け。それは新しい基準による公正な査定で……」
「黙れ! 魔王様は騙されているのだ! その人間の女に!」
ガガンの矛先が、ヨシコに向いた。
「貴様だな! 『効率』だの『定時』だの、軟弱な文化を持ち込みおって! 汗をかかない仕事に何の価値がある!」
「……汗かくだけが仕事ちゃうわ」
ヨシコはモップを持ったまま、冷ややかに言い返した。
「あんたら、深夜2時まで残って何してたん? 日報見たけど、『部下の監視』と『精神統一』ばっかりやんか」
「それが重要なんだ! 上司が残っていることで、現場に緊張感が生まれる!」
「それを『邪魔』って言うねん」
ヨシコの一刀両断に、ガガンは顔を真っ赤にして激昂した。
「ぬかせ! 俺たちはストライキに入る! 古参の力を見せてやる!」
「そうだ! 俺たちが動かなければ、現場は回らないぞ!」
ガガンたちは中庭に座り込み、武器を掲げて気勢を上げ始めた。
いわゆる『守旧派の抵抗』である。 魔王はオロオロしているが、ヨシコはため息をついてスマホを取り出した。
三男のサブロウ(経営コンサルタント)だ。
「サブロウ。……予想通り、『抵抗勢力』のお出ましや」
『――やあ姉さん。彼らが怒っているのは、金のためやない。「自分の存在価値」を否定されたからや。彼らにとって「残業」は、会社への愛の証明やったんや』
「……愛、か。歪んどるけどな」
『言葉で説得しても無駄ですわ。彼らのプライドの源泉である「実力」で分からせるしかない』
ヨシコは電話を切ると、ガガンの前に歩み寄った。
「ガガンさん。あんた、自分らが一番強いと思てんのか?」
「当たり前だ! 若造どもとは鍛え方が違う!」
「なら証明してみぃ。……おい、ゴブリン!」
ヨシコは、先ほど喜んでいた若手ゴブリンを手招きした。
「へっ!? お、おいらゴブ?」
「せや。このオーク将軍と勝負や。『岩砕き』でな」
中庭にある訓練用の巨岩。
それをどちらが早く砕けるか。
単純な力比べだ。
ガガンは鼻で笑った。
「ハッ! 馬鹿にするな! オークとゴブリンでは種族値が違うわ! 俺なら指一本で……」
「始めッ!!」
ヨシコの合図とともに、ゴブリンが動いた。
速い。
彼は無駄のない動きで岩の「目」を見極め、一点にハンマーを叩き込んだ。
カァァァン!
小柄な体からは想像できない鋭い一撃。
巨岩に亀裂が走る。
入隊当時は岩一つ砕けなかった最弱のゴブリンが、定時帰宅でしっかりと体を休め、勤務時間中に集中して筋トレに励んだ成果だ。
「な、なにっ!?」 ガガンが焦って戦斧を振り上げる。
ドォォォォン!!
轟音と共に、ガガンの巨岩が粉々に砕け散った。
パワーなら、やはりオークが上だ。
ガガンは荒い息を吐きながら、ゴブリンを睨みつけた。
「はぁ……はぁ……! 見たか! これが年季の違いだ! 俺の勝ちだ!」
確かに、勝負はガガンの勝ちだ。
だが、中庭は静まり返っていた。
ゴブリンの岩には深い亀裂が入っている。 あと一撃あれば砕けていただろう。
対するガガンは、肩で息をし、戦斧を持つ手が小刻みに震えている。
「……勝ったな。おめでとう」
ヨシコが静かに近づく。
その目は笑っていなかった。
「で、あんたの『全盛期』は、そんなもんやったんか?」
ガガンの心臓が跳ねた。
「昔のあんたは、息一つ乱さず、倍の岩を砕いてたんちゃうか? ……それが今、新人のゴブリン相手に、ここまで息切らして『辛勝』か?」
「そ、それは……昨夜も遅くまで残業を……」
「せや。『昨日のための仕事(残業)』にかまけて、体鈍らせとるだけやないか!」
ヨシコの一喝が響く。
「あの子を見てみぃ。定時で帰って、飯食うて、寝て、筋肉育てて……『明日のための仕事』をしとるんや。……このままやと、来月には抜かれるで?」
ガガンは呆然と、自分の手元を見た。
そこには、刃こぼれだらけで、柄がボロボロになった自分の戦斧があった。
「……手入れも……行き届いていなかったか」
ガガンは斧の刃をそっと撫でた。
忙しさを理由に、メンテナンスを後回しにされた相棒。
それはまるで、ボロボロになった自分の肉体のようだった。
「……斧が、泣いているな。俺自身と同じだ」
ガガンが戦斧を取り落とす。
その目から、険しい色が消えていた。
彼はゆっくりとゴブリンに向き直り、頭を下げた。
「……見事だった。俺の……惨勝だ」
「し、将軍……」
ガガンはヨシコの方を向き、背筋を伸ばした。
「認める。俺たちのやり方は、もう古い。……これからは定時で帰り、体を鍛え直す」
「おう。それがええ」
ガガンはニヤリと笑い、ゴブリンの肩を叩いた。
「だが、負けっぱなしは性分じゃないんでな。……来月の査定で、俺がA評価を取って名誉挽回した暁には……」
彼は親指で自分を指した。
「その時は貴様ら全員に、俺がとびきりの酒を奢ってやる! 覚悟しておけ!」
「の、望むところだゴブー!!」
中庭に、今度こそ明るい歓声が響いた。
ガガンは部下たちを引き連れ、定時退社のために更衣室へと向かう。
その背中は、昨日の「疲れたおっさん」ではなく、歴戦の勇士のそれに戻りつつあった。
去りゆくガガンの背中に、魔王ゼノンが声を張り上げた。
「ガガン!」
ガガンが足を止める。
「……期待しているぞ! 貴様は我が軍の誇りだ!」
その言葉に、ガガンは振り返らず、背中越しにグッと拳を突き上げた。
主従の間に、言葉はいらなかった。
騒動が収まった夕暮れ。
ヨシコは魔王と並んで、彼らの背中を見送っていた。
「……ヨシコよ。彼らは変われるだろうか」
「変われるわ。プライドの置き場所さえ間違わんかったら、いくつになっても成長できる」
魔王は深く頷いた。
「しかし、そちの息子……カケルと言ったか。彼の上司も、ガガンのようだったのか?」
その問いに、ヨシコは苦笑した。
「……せやなぁ。あの子の上司は、変わる前にあの子を潰してもうたけどな」
昭和の価値観を押し付けられ、心を病んでいった息子の姿が過る。
あの時、誰かが上司に「それは時代遅れや」と言ってくれていれば。
「……ま、ここは異世界や。ハッピーエンドにせなアカンな」
ヨシコは空を見上げた。
改革の痛みは乗り越えた。
組織の膿は出た。
魔王軍ホワイト化計画。
次は、この組織をさらに強固にするため、ついに「福利厚生(社内食堂)」にメスが入る。
戦士の体を作るのは、やはり「メシ」なのだ。
(続く)
「残業してる俺カッコいい」という勘違い、ありますよね。
ガガン将軍も改心して、これからは筋肉キャラとして輝いてくれるでしょう!
次回、飯テロ回ふたたび!
魔界の食材でアレを作ります。




