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異世界総務のヨシコさん(58)  ~エリート弟妹たちとスマホで繋がって「魔王軍ホワイト化」始めます。残業代はきっちり請求しまっせ!~  作者: 早野 茂
第三章:魔王軍ホワイト化計画・深化編 ~福利厚生の充実と意識改革~

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15/22

第15話:古参オークの逆襲と、残業という名の麻薬

 新評価制度導入後の、初めての給料日。

魔王城の中庭は、かつてないほどの熱気に包まれていた。


「やったゴブ! 評価Aだゴブ! 給料が1.5倍だゴブ!」


「私もです! 定時で帰って勉強してた資格が評価されました!」


 若手のゴブリンや、中途採用のダークエルフたちは歓喜している。

成果と効率が正当に評価され、モチベーションは爆上がりだ。

だが、その歓声の裏で、どす黒い殺気が渦巻いていた。


「……認めん。俺は認めんぞぉぉぉッ!!」


 ドォォォン!


巨大な戦斧が地面に叩きつけられ、石畳が砕け散った。

現れたのは、魔王軍でも古株の重鎮・オーク将軍ガガンとその取り巻きたちだ。

彼らは一様に目を血走らせ、給与明細を握りしめている。


「なぜだ! なぜ俺が『D評価(減給)』なんだ! 俺はこの軍に30年も尽くしてきたんだぞ!」


「そうだ! 俺たちは昨日だって深夜2時まで城に残っていた!」


「若造どもが帰った後も、俺たちは『魔王城の灯り』を守っていたんだぞ!」


 ガガンたちが吠える。

彼らは、これまでの「長時間労働&忠誠心」ルールでの勝ち組だった者たちだ。

それが一夜にして「生産性の低いお荷物」と判定されたのだ。

プライドはずたズタだろう。


 魔王ゼノンが玉座の間から慌てて出てきた。


「ガ、ガガンよ、落ち着け。それは新しい基準による公正な査定で……」


「黙れ! 魔王様は騙されているのだ! その人間の女に!」


 ガガンの矛先が、ヨシコに向いた。


「貴様だな! 『効率』だの『定時』だの、軟弱な文化を持ち込みおって! 汗をかかない仕事に何の価値がある!」


「……汗かくだけが仕事ちゃうわ」


 ヨシコはモップを持ったまま、冷ややかに言い返した。


「あんたら、深夜2時まで残って何してたん? 日報見たけど、『部下の監視』と『精神統一』ばっかりやんか」


「それが重要なんだ! 上司が残っていることで、現場に緊張感が生まれる!」


「それを『邪魔』って言うねん」


 ヨシコの一刀両断に、ガガンは顔を真っ赤にして激昂した。


「ぬかせ! 俺たちはストライキに入る! 古参の力を見せてやる!」


「そうだ! 俺たちが動かなければ、現場は回らないぞ!」


 ガガンたちは中庭に座り込み、武器を掲げて気勢を上げ始めた。

いわゆる『守旧派の抵抗』である。 魔王はオロオロしているが、ヨシコはため息をついてスマホを取り出した。

三男のサブロウ(経営コンサルタント)だ。


「サブロウ。……予想通り、『抵抗勢力レジスタンス』のお出ましや」


『――やあ姉さん。彼らが怒っているのは、金のためやない。「自分の存在価値」を否定されたからや。彼らにとって「残業」は、会社への愛の証明やったんや』


「……愛、か。歪んどるけどな」


『言葉で説得しても無駄ですわ。彼らのプライドの源泉である「実力」で分からせるしかない』


 ヨシコは電話を切ると、ガガンの前に歩み寄った。


「ガガンさん。あんた、自分らが一番強いと思てんのか?」


「当たり前だ! 若造どもとは鍛え方が違う!」


「なら証明してみぃ。……おい、ゴブリン!」


 ヨシコは、先ほど喜んでいた若手ゴブリンを手招きした。


「へっ!? お、おいらゴブ?」


「せや。このオーク将軍と勝負や。『岩砕き』でな」


 中庭にある訓練用の巨岩。

それをどちらが早く砕けるか。

単純な力比べだ。

ガガンは鼻で笑った。


「ハッ! 馬鹿にするな! オークとゴブリンでは種族値が違うわ! 俺なら指一本で……」


「始めッ!!」


 ヨシコの合図とともに、ゴブリンが動いた。

速い。

彼は無駄のない動きで岩の「目」を見極め、一点にハンマーを叩き込んだ。


 カァァァン!


 小柄な体からは想像できない鋭い一撃。

巨岩に亀裂が走る。

入隊当時は岩一つ砕けなかった最弱のゴブリンが、定時帰宅でしっかりと体を休め、勤務時間中に集中して筋トレに励んだ成果だ。


「な、なにっ!?」  ガガンが焦って戦斧を振り上げる。


 ドォォォォン!!


 轟音と共に、ガガンの巨岩が粉々に砕け散った。

パワーなら、やはりオークが上だ。

ガガンは荒い息を吐きながら、ゴブリンを睨みつけた。


「はぁ……はぁ……! 見たか! これが年季の違いだ! 俺の勝ちだ!」


 確かに、勝負はガガンの勝ちだ。

だが、中庭は静まり返っていた。

ゴブリンの岩には深い亀裂が入っている。 あと一撃あれば砕けていただろう。


対するガガンは、肩で息をし、戦斧を持つ手が小刻みに震えている。


「……勝ったな。おめでとう」


 ヨシコが静かに近づく。

その目は笑っていなかった。


「で、あんたの『全盛期』は、そんなもんやったんか?」


 ガガンの心臓が跳ねた。


「昔のあんたは、息一つ乱さず、倍の岩を砕いてたんちゃうか? ……それが今、新人のゴブリン相手に、ここまで息切らして『辛勝』か?」


「そ、それは……昨夜も遅くまで残業を……」


「せや。『昨日のための仕事(残業)』にかまけて、体鈍らせとるだけやないか!」


 ヨシコの一喝が響く。


「あのゴブリンを見てみぃ。定時で帰って、飯食うて、寝て、筋肉育てて……『明日のための仕事』をしとるんや。……このままやと、来月には抜かれるで?」


 ガガンは呆然と、自分の手元を見た。

そこには、刃こぼれだらけで、柄がボロボロになった自分の戦斧があった。


「……手入れも……行き届いていなかったか」


 ガガンは斧の刃をそっと撫でた。

忙しさを理由に、メンテナンスを後回しにされた相棒。

それはまるで、ボロボロになった自分の肉体のようだった。


「……斧が、泣いているな。俺自身と同じだ」


 ガガンが戦斧を取り落とす。

その目から、険しい色が消えていた。

彼はゆっくりとゴブリンに向き直り、頭を下げた。


「……見事だった。俺の……惨勝だ」


「し、将軍……」


 ガガンはヨシコの方を向き、背筋を伸ばした。


「認める。俺たちのやり方は、もう古い。……これからは定時で帰り、体を鍛え直す」


「おう。それがええ」


 ガガンはニヤリと笑い、ゴブリンの肩を叩いた。


「だが、負けっぱなしは性分じゃないんでな。……来月の査定で、俺がA評価を取って名誉挽回した暁には……」


 彼は親指で自分を指した。


「その時は貴様ら全員に、俺がとびきりの酒を奢ってやる! 覚悟しておけ!」


「の、望むところだゴブー!!」


 中庭に、今度こそ明るい歓声が響いた。

ガガンは部下たちを引き連れ、定時退社のために更衣室へと向かう。

その背中は、昨日の「疲れたおっさん」ではなく、歴戦の勇士のそれに戻りつつあった。


 去りゆくガガンの背中に、魔王ゼノンが声を張り上げた。


「ガガン!」


 ガガンが足を止める。


「……期待しているぞ! 貴様は我が軍の誇りだ!」


 その言葉に、ガガンは振り返らず、背中越しにグッと拳を突き上げた。

主従の間に、言葉はいらなかった。


 騒動が収まった夕暮れ。

ヨシコは魔王と並んで、彼らの背中を見送っていた。


「……ヨシコよ。彼らは変われるだろうか」


「変われるわ。プライドの置き場所さえ間違わんかったら、いくつになっても成長できる」


 魔王は深く頷いた。


「しかし、そちの息子……カケルと言ったか。彼の上司も、ガガンのようだったのか?」


 その問いに、ヨシコは苦笑した。


「……せやなぁ。あの子の上司は、変わる前にあの子を潰してもうたけどな」


 昭和の価値観を押し付けられ、心を病んでいった息子の姿が過る。

あの時、誰かが上司に「それは時代遅れや」と言ってくれていれば。


「……ま、ここは異世界や。ハッピーエンドにせなアカンな」


 ヨシコは空を見上げた。

改革の痛みは乗り越えた。

組織の膿は出た。

魔王軍ホワイト化計画。

次は、この組織をさらに強固にするため、ついに「福利厚生(社内食堂)」にメスが入る。

戦士の体を作るのは、やはり「メシ」なのだ。


(続く)

「残業してる俺カッコいい」という勘違い、ありますよね。

ガガン将軍も改心して、これからは筋肉キャラとして輝いてくれるでしょう!


次回、飯テロ回ふたたび!

魔界の食材でアレを作ります。


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