第14話:魔王様の通信簿と、恐怖の360度評価
魔王城に、平和な朝が戻ってきた。
四天王たちは適度に休み、顔色も良い。
業務棚卸しのおかげで、無駄な残業も消えた。
すべては順調……に見えた。
だが、給料日前日。
ヨシコは廊下の隅で、一匹のゴブリンが泣いているのを見つけた。
「どないしたん? お腹痛いんか?」
「グスン……違うゴブ。小隊長から、今月の査定を渡されたゴブ……」
ゴブリンが見せてくれた給与明細(羊皮紙)を見て、ヨシコは目を疑った。
『評価:D(減給)』 『理由:情熱不足。定時退社が多すぎる』
「なんやこれ? あんた、先週の『武器庫の整理』、誰よりも早く終わらせてたやんか」
「そうなのゴブ! 効率化して定時で終わらせたのゴブ! ……でも、隣のオークは、ダラダラ残業して小隊長の肩揉みしてたから、評価A(ボーナス付き)だったゴブ……」
ゴブリンが大粒の涙をこぼす。
ヨシコの眉間に、深い皺が刻まれた。
「……なるほどな。現場の『物差し』が腐ったままや」
トップが変わっても、中間管理職の意識が変わらなければ、組織は変わらない。
そして、その中間管理職を評価しているのは、他でもない魔王だ。
バン!
ヨシコは玉座の間の扉を蹴り開けた。
「魔王! ちょっと座り!」
「な、なんだヨシコよ。私は今、四天王から上がってきた『決裁書類』を承認しているところだ。……ちゃんとハンコを作ったぞ」
「ハンコはええ! あんた、全軍にどういう『評価基準』を出しとるんや!」
魔王ゼノンはキョトンとして答えた。
「基準? 那辺は各部隊長に任せているが……当然、『忠誠心』と『熱意』を重視せよと伝えているぞ」
「その『熱意』ってなんや?」
「それは勿論、夜遅くまで城に残っている者や、私の前で大きな声で気合を入れる者……そういう姿勢のことだ」
ヨシコは頭を抱えた。
諸悪の根源はここだ。
社長が「遅くまで残る奴が偉い」というメッセージを発しているから、中間管理職(小隊長たち)はそれを忖度し、部下にもそれを強要する。
典型的な「長時間労働&太鼓持ち至上主義」の連鎖だ。
「アホか! それは『頑張ってる』んちゃう! 『仕事が遅い』か『胡麻擦っとる』だけや!」
「な、なにぃ!? だが、数値に出にくい『頑張り』をどう評価するというのだ!」
ヨシコはスマホを取り出し、三男のサブロウ(経営コンサルタント)を呼び出した。
「サブロウ。……出番や。『人事評価制度』を一から作り直すで」
『――了解ですわ、姉さん。一番難しいフェーズですな。「何をもって良しとするか」の定義を変えるわけですから』
スピーカーから、冷静な声が響く。
『魔王さん。あなたの発するメッセージが曖昧だから、現場の評価が歪むんですわ。これからは全軍統一の「評価シート」を導入し、客観的な基準を作る必要があります』
ヨシコは魔王の前に、新しい羊皮紙を叩きつけた。
【魔王軍・統一評価シート(Ver.1.0)】
「ええか。全軍、このシートで評価させろ。項目は三つや。
①『成果』:何をしたか(声の大きさやない、達成率や!)
②『能力』:効率よくやれたか(定時で終わったら加点や!)
③『情意』:チームに貢献したか(一人で抱え込んだら減点や!)」
「な、なるほど……? 複雑だが、確かにこれなら『ゴブリンの言い分』も通るな……」
「せや。まずはあんたが四天王をこれで評価せぇ。そして四天王が部下を、部下がその部下を……と、上から順に『新しい物差し』を浸透させるんや」
魔王は真剣な顔で頷いた。
だが、ヨシコはニヤリと笑った。
「で、ここからが本番や」
「む?」
「評価ってのはな、上から下にするだけとちゃうんや」
「……どういうことだ?」
「『360度評価』。……今日から、部下もアンタのことを評価するんやで」
魔王の顔が凍りついた。
「ぶ、部下が……私を……? 魔王であるこの私を……採点するのか!?」
「当たり前や! トップの方針がブレてたら、現場が迷惑するんや! 自分のマネジメントがどう思われてるか、直視しなはれ!」
その時、スマホの向こうからサブロウの声が割って入った。
『姉さん、警告しておきますけど、「360度評価」は劇薬ですよ。用法用量を守らんと、上司のメンタルが崩壊して組織が壊れます。……魔王さん、耐えられる覚悟はありますか?』
魔王はゴクリと唾を飲み込んだ。
だが、彼は震える手で玉座の肘掛けを握りしめ、顔を上げた。
「……構わん。私は『裸の王様』にはなりたくない。真実を知るのが王の務めだ」
その言葉に、サブロウの声色が少し変わった。
『ほう……。あのプライドの高い魔王さんが、そこまで言いますか。……見上げた度胸ですわ。敬意を表しますよ』
ヨシコは全軍に「無記名アンケート(意識調査)」を配布した。 これまでは恐怖で口をつぐんでいた兵士たちの声を、吸い上げる仕組みだ。
数時間後。
集計結果が出た。 玉座の上で、魔王ゼノンは紙切れを手に震えている。
「よ、読むぞ……。えー、『魔王様へ』……」
ゴクリ、と喉が鳴る。
『ご意見:朝礼の演説が長いです。話が抽象的すぎて、現場は何を優先すべきか分かりません』(ゴブリン兵)
「ぐはぁっ!!」
魔王が胸を押さえてのけぞる。 初手からクリティカルヒットだ。
「ま、待て……! 『長い』のは百歩譲って認めよう。だが、面白くはないのか……? あのスピーチのために、毎回『スケルトンの肋骨ジョーク』を考えていたのだが……」
「スベっとんねん! 誰も笑てへんやろ!」
「くっ、苦笑いだと思っていた……! ウケていると……思っていたのに……!」
魔王は「笑いのセンス否定」という、予想外の方向からもダメージを受けた。
『ご意見:急に「我輩の像を作れ」とか思いつきで言うのはやめてください。通常業務が止まります』(オーク工兵)
「ぐぬぅっ……! あれは良かれと思って……!」
『ご意見:玉座の間が寒すぎます。威厳も大事ですが、空調を入れてください。報告に行くのが憂鬱です』(ダークエルフ秘書)
「そ、それは私の『氷の波動』が……すまん……」
次々と読み上げられる、現場の悲痛な叫び(という名の真っ当なダメ出し)。
これらは全て、これまでの「恐怖政治」では決して届かなかった声だ。
魔王のHPはみるみる削られ、最後には玉座の上で小さく丸まってしまった。
「……私は……裸の王様だったのか……。誰も私を……慕ってなど……」
どんよりと落ち込む魔王。
だが、ヨシコは最後の数枚を拾い上げ、魔王の目の前に突き出した。
「最後まで読み! 悪いことばっかりちゃうで」
魔王がおそるおそる目を開ける。
『ご意見:先日の全軍有給、ありがとうございました。初めて家族とゆっくり過ごせました。この軍に入ってよかったと、初めて思いました』(中級悪魔)
『ご意見:業務棚卸しのおかげで、無駄な仕事が減りました。これからは魔王様のために、もっと本質的な成果を出します』(四天王ラピス)
「……っ!」
魔王の目に、涙が浮かんだ。
「……そうか。……伝わっていたのか……」
「せや。部下はな、ちゃんと見てるんや。あんたが変わろうとしてることを」
ヨシコは優しく魔王の背中を叩いた。
「評価は『通知表』やない。『ラブレター』や。……悪いとこは直して、ええとこは伸ばす。あんたと部下の、交換日記みたいなもんや」
魔王は涙を拭い、力強く頷いた。
「……分かった。この『360度評価』、定期的にやろう。……いや、半年に一回だ! 耳の痛い話こそ、王が聞かねばならん!」
「お、ええ心意気や。……でも演説は短くしーや?」
「善処する! ……ジョークの勉強もする!」
その夜。
ヨシコは一人、新しくなった評価シートを見つめていた。
項目には、数字だけでなく「コメント欄」が大きく設けられている。
数字の羅列の横にある、広い余白。
そこに書かれる言葉こそが、この紙の本当の価値だった。
「……カケルも、数字だけやなくて、ちゃんと中身を見てくれる上司におったら、よかったのにな」
頑張っても報われない。
それが一番、人の心を折る。
逆に、正当な評価があれば、人は何度でも立ち上がれる。
このシートが現場に行き渡れば、あの泣いていたゴブリンも、きっと笑顔で働けるはずだ。
「さて……これで『仕組み』もできた」
だが、新しい制度を入れた直後が一番危ない。
現場では必ず、「前のほうが楽だった(サボれた)」という反発や、運用上の混乱が起きるものだ。
「……次の給料日、一波乱ありそうやな」
ヨシコの予感は的中する。
ホワイト化への道は、制度を作ってからが本当の戦いなのだ。
(続く)
部下からのダメ出しを読む魔王様……胃が痛くなりそうですが、必要なことですね。
評価はラブレター。いい言葉です。
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