第13話:四天王の強制有給と、休むという業務
三日間の強制睡眠から、四天王たちが目覚めた。
場所は魔王城の医務室。
彼らはガバッと跳ね起きると、一斉に顔面蒼白になった。
体は嘘のように軽い。思考もクリアだ。
なのに、心だけが「何か仕事をしなければ」と焦り、落ち着かない――典型的な社畜の禁断症状だった。
「み、三日……!? 俺たちは三日も寝ていたのか!?」
「不味い……兵站が止まっている……報告書が……」
「処刑だ……職務放棄で処刑される……」
彼らはパジャマ姿のまま、転がるように玉座の間へ駆け込んだ。 扉を開けると、そこにはスッキリした顔で紅茶を飲んでいる魔王ゼノンと、モップがけをしているヨシコがいた。
「魔、魔王様! 申し訳ありません! 寝過ごしました! 直ちに業務に戻り……」
「ならん」
魔王ゼノンが、静かに手で制した。
四天王たちが「ヒッ」と縮こまる。処刑宣告か。
しかし、魔王は机の上の「③任せる」箱から書類の束を取り出し、彼らに差し出した。
「お前たち。……いつも、すまなかったな」
「え?」
「私はお前たちを信頼している。だから、これらの業務は全てお前たちに任せる。……私の顔色など伺わず、お前たちの判断で進めてくれ」
四天王たちは、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で固まった。
あの「俺が全部チェックする」と言っていた魔王が? 信頼? 任せる?
「あ、あの、魔王様? 頭でも打たれたのですか?」
「失礼な! ……ヨシコの受け売りだ」
魔王は少し顔を赤らめて咳払いをした。
「だが、その業務に取り掛かるのは『明日から』だ。今日はヨシコから別の命令がある」
ヨシコがモップを置き、仁王立ちした。
「四天王! 今日一日、あんたらには『有給休暇』を命じる!」
「ユウキュウ……?」
「給料が出る休みのことや。仕事は一切禁止。城の裏にある『魔王庭園』で、全力で遊んで来い!」
こうして、四天王たちは美しい花が咲き乱れる「魔王庭園」に放り出された。
だが、彼らは困惑していた。
「……『遊べ』と言われても、どうすればいいんだ?」
「『全力で遊ぶ』ということは、何かの訓練でしょうか……」
長年の社畜生活により、彼らの思考回路は完全にバグっていた。
炎の将軍ボルグは、花壇の前で直立不動になり、
「目標、前方のアジサイ! 観賞開始! ……綺麗だ! 以上!」
と、軍事報告のように花を見ていた。
氷の参謀ラピスは、ベンチに座り、
「現在の気温、湿度、風速から算出し、最も効率的な『リラックス姿勢』を計算します……」
と、数式をブツブツ呟いている。
ヨシコは木陰からその様子を見て、盛大にため息をついた。
「アカン。重症や。……『やりたいこと』すら忘れてもうたんか」
ヨシコはスマホを取り出した。
『家族グループチャット』には、すでに五男・ゴロウ(保育士)からのアドバイスが届いている。
『――やっほー姉ちゃん!』
スピーカーから、明るく朗らかな声が響く。
五男・ゴロウ(38歳)。
子供たちに大人気のベテラン保育士だ。
『話は聞いたよー。遊び方を忘れちゃった子供には、「きっかけ」を与えてあげるのが一番だよ。昨日、彼らが泣きながら「やりたい」って言ってたこと、あったでしょ? それを思い出させてあげなよ』
「なるほどな。さすがゴロウや」
ヨシコは頷くと、カバンからいくつかのアイテムを取り出した。
彼らは「セラピー」で、本音を叫んでいた。
それを叶えてやればいいだけだ。
ヨシコはまず、直立不動のボルグに歩み寄った
その腕の中には、城の裏庭で捕まえた「野良猫(魔獣ベビー)」が抱かれている。
「ボルグさん。あんた昨日、『家で猫と遊びたい』言うて泣いてたな?」
「うっ……! そ、それは……取り乱してつい……」
「家には帰られへんけど、代わりにおるで。……ほら」
ヨシコはボルグの目の前に、ふわふわの毛玉を突き出した。
猫が「ミャ?」と鳴く。
ボルグの強面が、一瞬で崩れた。
「お、お前……俺を怖がらないのか? ……よしよし、ここが痒いのか?」
数分後、そこには地面に寝転がり、猫のお腹に顔を埋めてデレデレになっている将軍の姿があった。
次に、ヨシコは木陰に隠れている闇の暗殺者シェイドの元へ向かった。
彼は習慣で、無意識に日陰を選んでしまっている。
「シェイドさん。『日向ぼっこしたい』言うてたやろ。なんで日陰におるん?」
「……長年の癖で、つい……光の下に出ると落ち着かなくて……」
「今日は仕事ちゃうねん。ほら、特等席や」
ヨシコは一番日当たりの良い場所に吊るした「ハンモック」を指差した。
シェイドはおずおずと、光の下へ歩み出し、ハンモックに身を預けた。
ポカポカとした陽気が全身を包む。
「……悪くない。……ふぁ……」
数分後、彼は仮面を外し、無防備な顔で爆睡していた。
計算ばかりしているラピスには、「最新ファッション誌(人間界のもの)」と「アロマオイル」を置いた。
「ラピスさん。エステ行きたい言うてたな。これ、日本の『美容の魔導書(ファッション誌)』や」
「び、美容の……!?」
彼女は計算をやめ、夢中でページをめくり始めた。
「カワイイ!」と目を輝かせる姿は、ただの若い女の子だ。
一番若手のウィンには、「フリスビー」のような木製の皿を投げ渡した。
「ウィン! 『本来の仕事(遊撃)がしたい』言うてたな。空飛ぶんが好きなんなら、これ取ってこい!」
「えっ!? は、はい!」
ウィンは反射的に空へ飛び立った。
「目標確認、捕獲行動に移ります!」
最初は強張った顔で、義務的に飛んでいた。
だが、風を切り、雲を突き抜けた瞬間。
「……あ……」
翼に受ける風の感触。
全身を駆け巡る浮遊感。
「あはっ……あははははっ!」
彼はフリスビーをキャッチすると、そのまま空中で急上昇し、きりもみ回転を決めた。
「風だ! 僕は風だぁぁぁ!」
仕事のための移動手段ではない。
ただ飛ぶことの喜び。
かつて空を愛した少年の、無邪気な高笑いが庭園に響き渡った。
夕方。
庭園には、穏やかな時間が流れていた。
ボルグは猫を抱き、ラピスは顔色が良くなり、シェイドはあくびをし、ウィンは清々しい汗を流している。
そこに、魔王ゼノンがやってきた。
部下たちの、見たこともないリラックスした表情を見て、魔王は目を見開いた。
「……あんな顔を、するのだな」
「せやで。あれが、あんたの部下の『素顔』や」
ヨシコは魔王に缶コーヒー(ジロウ謹製)を渡した。
「ええか魔王。ええ仕事は、ええ休息から生まれるんや。ガチガチの頭で考えても、ええアイデアなんか出ぇへん」
「……そうかもしれないな。ラピスが笑っているのを、数百年ぶりに見た気がする」
魔王は嬉しそうに、そして少し寂しそうに微笑んだ。
「ヨシコよ。彼らは明日から、また戦ってくれるだろうか」
「戦うだけが仕事やないけどな。……ま、心配いらんわ」
ヨシコは庭園の方へ顎をしゃくった。
四天王たちが魔王に気づき、駆け寄ってくる。
その顔に、以前のような「怯え」や「疲労」はない。
「魔王様! 見てください、この猫! 『魔王軍マスコット』に採用しましょう! 士気が上がります!」
「魔王様、鎧のデザインが古いです! 私がもっと機能的でオシャレな新型を考案します!」
「魔王様……ここ、昼寝にいいですね。城内にも休憩室を作りましょう……」
口々に提案をしてくる部下たち。
それは「やらされる仕事」ではなく、彼ら自身が「やりたい」と思った前向きな提案だった。
「……ふっ、騒がしい奴らだ」
魔王は背を向け、目元を拭った。
「許可する! 全て採用だ! ……予算はラピス、貴様が管理しろ!」
魔王はそう宣言して去ろうとしたが、ふと足を止め、ボルグの腕の中にいる猫をちらりと見た。
誰も見ていない(と思った)隙に、そっと人差し指を差し出す。
「……よしよし、余が許可してやったのだぞ」
「シャーッ!!」
「うおっ!?」
猫に全力で威嚇され、魔王はビクッと飛び上がった。
「き、嫌われてなどいない! これは敬意の表れだ! ……たぶん!」
耳まで真っ赤にして早足で去っていく主の背中を見て、四天王たちは顔を見合わせ――そして、一斉に吹き出した。
その笑い声は、夕暮れの空にいつまでも響いた。
その夜、ヨシコは宿舎(元・牢屋を改装した個室)で、息子・カケルの写真を見つめていた。
「……カケルも、休みの日くらい、好きなことして笑っててくれたらええんやけど」
会社に行けば社員、家に帰れば息子。
でも、その前に「一人の人間」だ。
何が好きで、何で笑うのか。
それを忘れてしまうような働き方は、やっぱり間違っている。
「さて……空気はようなった。次は『仕組み』やな」
心は回復した。だが、組織の制度がそのままだと、またすぐにブラックに戻ってしまう。
ヨシコはスマホを取り出し、次なる専門家(兄弟)を呼び出した。
第2章・魔王軍編もいよいよ大詰め。
次は、誰もが納得する「評価制度」の確立だ。
(続く)
猫にデレデレの将軍、可愛すぎませんか(笑)
五男・ゴロウ(保育士)のアドバイスが光りました。
次は、誰もが嫌がる「人事評価」のお話です。
魔王様の通信簿やいかに!?




