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異世界総務のヨシコさん(58)  ~エリート弟妹たちとスマホで繋がって「魔王軍ホワイト化」始めます。残業代はきっちり請求しまっせ!~  作者: 早野 茂
第二章:魔王軍ホワイト化計画・始動編 ~ワンオペ魔王と疲弊する中間管理職~

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第12話:地獄の業務棚卸しと、魔王様の「手放す勇気」

 業務停止命令から一夜明けた、魔王城。

四天王たちは泥のように眠り続けているが、玉座の間では、一人の男が禁断症状に苦しんでいた。


「……し、仕事を……私に仕事をくれ……」


 魔王ゼノンだ。

机の上の書類をヨシコに没収され、手が震えている。

典型的なワーカーホリックの離脱症状である。


「アカン。あんたはまだ安静や」


「だが! 何もしないと不安で押し潰されそうだ! 世界が……魔王軍が崩壊してしまう!」


「崩壊せぇへんわ。現に今、城は静かやろ?」


 ヨシコはモップで床を磨きながら言い放った。

確かに、トップが働いていないのに、城は何事もなく(静かすぎるほど)平穏だ。


「ええか魔王。あんたが不安なんは、『自分が何をしてるか』を把握できてへんからや」


 ヨシコは懐からスマホを取り出し、三男のサブロウを呼び出した。


「サブロウ。……やるで、『棚卸し』や」


『――了解ですわ、姉さん。魔王の前にあの「魔法の付箋ふせん」を出してあげてください』


 ヨシコはカバンから、一束の付箋を取り出した。

日本から持参した、ただの強粘着付箋だ。

枚数は100枚ほどあるだろうか。


「魔王。今からあんたが抱えてる仕事を、この紙に全部書き出せ。1枚につき1個や。……全部やで?」


「ぜ、全部だと? ふん、足りるものか! 私の業務は数千、いや数万はあるぞ!」


「ええから書き!」


 魔王は「見ていろ!」とばかりに鼻息荒くペンを握り、猛烈な勢いで書き始めた。


 『侵略計画の立案』  『四天王への指令』  『予算の承認』……


 最初は、紙が破れんばかりの強い筆圧だった。

文字からも「我こそは支配者」という覇気が溢れていた。

しかし、10枚、20枚……と進むにつれ、ペンの速度が落ちていく。

50枚を超えたあたりで、文字の大きさは半分になり、線はヘナヘナと頼りなくなっていった。


「……ぬ、ぬぅ……」


「どないした? 数万あるんちゃうんか?」


「ま、待て……今、思い出している……他に重要な案件が……」


 魔王は脂汗を流しながら絞り出す。

筆跡はもはや、ミミズが這ったような震える線になり果てている。


 『城内の電球の交換確認』  『兵士食堂の献立チェック』  『自分の登場シーンのBGM選定』……


 そして、82枚目を書いたところで、ペンの動きが完全に止まった。

最後の一枚には、解読不能な象形文字のようなヨレヨレの線で、『ろうかのそうじ』と書かれていた。


「……お、終わった……か?」


 魔王は呆然と机の上を見た。

そこにあるのは、たった82枚の付箋だけ。

数万あると信じていた「世界の重み」は、可視化してみれば、机の隅に収まる程度の量だったのだ。


「う、嘘だ……もっとあるはずだ……! 私が24時間寝ていないのは、もっと膨大な……何かを……」


「思い出せへん時点で、そんな仕事はしてないやろ!」


 ヨシコが一喝した。


「人間、見えへん敵が一番怖いのと一緒や。『仕事がいっぱいある』いう恐怖心だけで、あんたは勝手にパニックになってたんや」


「だ、だが……たった82個とは……魔王として情けない……」


 ショックを受ける魔王に、ヨシコは優しく語りかけた。


「何言うてんの。あの鉄鋼王・カーネギーもな、悩みすぎて自殺まで考えた時に、悩みを全部書き出してみたんやて」


「て、鉄鋼王……? 人間の王か?」


「せや。鉄の城を築き上げた大富豪や。その天才ですら、死ぬほど悩んで書き出してみたらたった70個しかなかったそうや。……あんたの82個は、それより多い。十分すごいやんか」


 魔王の顔に、パァァ……と光が差した。


「そ、そうか……私は、その人間の王よりも重荷を背負っていたのか……!」


「せやせや。自信持ち。……で、カーネギーはその70個を『自分でできること』と『できないこと』とかに仕分けて解決したんや。あんたもやるで」


 ヨシコは残った付箋の束をポケットにしまうと、スマホをスピーカーにした。


『――よし、現状把握は完了ですな。姉さん、「ECRSイクルスの原則」で仕分けましょか』


 ヨシコが4つの箱を並べた。

それぞれにマジックで大きく文字が書かれている。


①【排除(Eliminate):捨てる】

②【結合(Combine):まとめる】

③【交換(Rearrange):任せる】

④【簡素化(Simplify):楽にする】


「まずこれ。『登場シーンのBGM選定』。これ要るか?」


「なっ! 重要だぞ! 魔王の威厳は演出が9割……」


「アホか! 誰も見てへんわ! ①【捨てる】箱行きや!」


 ヨシコは付箋をビリッと剥がし、ゴミ箱(①)へダンクシュートした。


「あああ! 私のこだわりの演出がぁ!」


「次! 『兵士食堂の献立チェック』。あんた料理できんのか?」


「できぬ! だが、兵士には健康でいてほしいので……」


「なら料理長に任せぇ! 素人が口出すな! ③【任せる】箱行きや!」


 ペタッ。容赦なく③の箱へ。


「次! 『四天王の日報チェック』。……これ、まとめて月1回でええやろ。②【まとめる】箱行き!」


「次! 『決裁書類へのサイン』。ハンコ作ってポンと押せ! ④【楽にする】箱行き!」


 ヨシコの千手観音のような手さばきで、机の上の82枚が次々と剥がされ、箱へ吸い込まれていく。

魔王は悲鳴を上げながら、それを阻止しようとする。


「や、やめろ! それは私がやらねば! 私が確認しないと気が済まないのだ!」


「それが『我執エゴ』や言うてんねん!」


 ヨシコの手が止まった。

息を切らして付箋を守ろうとする魔王の目を、真っ直ぐに見据える。


「魔王。あんたは優しい。責任感が強い。……でもな、それは部下への『信用』がないのと同じや」


「……信用……?」


「あんたが全部チェックしたら、部下は『どうせ魔王様が直してくれる』と思って育たへん。 ……失敗させぇ。 任せて失敗させて、最後に尻拭くのがトップの仕事や」


 魔王の手から力が抜けた。

机に残った付箋は、わずか数枚。

『魔王軍の最終目標決定』『部下の生活を守る』『緊急時の最終決断』。

本当に彼がやらなければならない仕事は、それだけだった。


「……私は……怖かったのかもしれん」


 魔王はガックリと膝をついた。


「仕事を抱えていないと、自分が『魔王』でいられなくなる気がして……。暇になるのが、怖かったのだ」


 ワーカーホリックの正体。

それは、自己存在証明への不安だ。

魔王の視線が、山積みになった③【任せる】箱に向いた。

一番上には『兵士食堂の献立チェック』の付箋が見えている。


「……そういえば」


 魔王がポツリと呟いた。


「……ラピスは料理が趣味だと言っていたな。彼女なら、私などが考えるより遥かに栄養バランスの良い献立を組むだろう。……ボルグは兵士たちと毎日酒を飲んでいる。現場が何を食いたいか、一番知っているのは彼だ」


 魔王の脳裏に、部下たちの顔が浮かんだ。

疲れ切っていたが、それぞれが得意分野を持った優秀な部下たちの顔が。


「……そうか。私は、彼らの才能を使うことすらサボっていたのだな」


 ヨシコは優しく微笑むと、空っぽになった執務机の上を台拭きで拭いた。


「ええんやで。暇な王様こそ、平和な証拠や」


「……そうだな」


 魔王は、初めて見る「自分の机の木目」を撫でた。

窓の外を見ると、夕日が沈もうとしていた。

いつもなら、これから深夜までの残業が始まる時間だ。


「……ヨシコよ。私は今夜、何をすればいい?」


「帰って風呂入って寝ろ。……あ、その前に」


 ヨシコは③【任せる】箱を指差した。


「明日、四天王が起きたらこれを渡すんや。『いつもありがとう。これからは君たちを信じて任せる』って一言添えてな」


「……言えるかな。威厳が……」


「言えるわ! それが一番カッコええ魔王や!」


 魔王は照れくさそうに、しかし小さく頷いた。

その顔からは、あのどす黒いクマと、憑き物が落ちていた。


 ふと、奥の廊下(医務室の方角)から、微かな声が聞こえた。

誰かの笑い声だ。

それも、一つではない。

泥のように眠る彼らが、夢の中で重圧から解放され、久しぶりに笑い合っているのかもしれない。

城を包んでいた重苦しい空気が、少しずつ、だが確実に変わり始めていた。


 その夜。

ヨシコは一人、片付いた玉座の間でスマホの画面を見ていた。

「……カケルも、捨てられへんかったんかなぁ」


 真面目すぎるがゆえに、抱え込み、潰れてしまったかもしれない息子。

もっと早く、「逃げてもええ」「捨ててもええ」と教えてやれていれば。


「……ま、今からでも遅くないか」


 ヨシコは、誰もいない玉座(社長の椅子)をポンポンと叩いた。

ここをホワイト企業にしたら、次は世界中のブラック企業を回ってやる。

お母さんの「業務改善」は、まだ始まったばかりだ。


(続く)

「任せる勇気」。

上司にとって一番大事なスキルかもしれません。

魔王様、憑き物が落ちてよかったです。


次回、休むことを忘れた四天王たちに、ヨシコさんが「遊び」を教えます!


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