第10話:魔王様の「ホワイト宣言」と、24時間営業
関所を抜け、魔界の荒野を進むこと数日。
ヨシコはついに、魔王城の城下町にたどり着いた。
だが、街の様子がおかしい。
「……静かすぎひんか?」
昼間だというのに、通りには人っ子一人いない。
店も閉まっている。
まるでゴーストタウンだ。
不審に思いながら城門へ向かうと、そこには驚くべき光景があった。
城門が開け放たれているのだ。衛兵もいない。
代わりに、巨大な看板がドン! と置かれている。
『魔王城は24時間365日、あなたの挑戦を待っています! アットホームな職場で、世界を変える仕事をしよう!』
「……うわぁ」
ヨシコは顔をしかめた。
この文言。
このフォントの勢い。
日本のブラック居酒屋の求人広告でよく見るやつだ。
「夢」とか「感動」とか書いてある店ほど、裏では地獄が待っている。
「誰もおらんのなら、勝手に入らせてもらうで」
ヨシコはズカズカと城内へ侵入した。
長い廊下を進み、最奥にある「玉座の間」の扉を押し開ける。
「たのもー! 勇者のヨシコや! 総務担当として文句言いに来たで!」
扉が重々しい音を立てて開く。
広大な玉座の間。
その中央に、禍々しいオーラを放つ玉座……ではなく、書類の山に埋もれた巨大な執務机があった。
そこに座っていたのは、漆黒の角と翼を持つ美丈夫――魔王ゼノンだ。
だが、その目は充血し、頬はこけ、目の下にはトロール以上の濃いクマがある。
「……む? 何だ貴様は」
魔王はペンを止めず、書類に目を通しながら気だるげに言った。
「勇者や言うとるやろ! 聞こえへんのか!」
「勇者? ……ふん、冗談も休み休み言え」
魔王はヨシコの割烹着姿を一瞥し、鼻で笑ってすぐに視線を書類に戻した。
「そんな所帯じみた勇者がいるものか。冷やかしなら帰ってくれ。私は今、来期の侵略計画書と、四天王の評価シートと、城の修繕見積もりをチェックせねばならんのだ」
「秘書はおらんのか? なんで全部自分でやってんの」
ヨシコの問いに、魔王は手を動かしたまま答える。
「他人に任せられるか。私の仕事は完璧でなければならん。それに、部下たちは皆、私の情熱についてこれずに倒れていく……嘆かわしいことだ」
魔王はガバッと立ち上がり、両手を広げた。
「私は寛大だぞ! 『休みたければ休め』と言っている! ただし『世界征服という夢が遠のいてもいいならな』と付け加えているだけだ!」
「それがパワハラや言うてんねん!」
ヨシコは叫んだ。
典型的な「俺が寝ずにやってるんだからお前らもやれ」タイプのカリスマ経営者だ。
一番タチが悪い。
「貴様、人間にしては威勢がいいな。……気に入った!」
魔王はギラついた目でヨシコを指差した。
「貴様、私の部下になれ! 『幹部候補生』として迎えてやろう!」
「お断りや」
「待遇はいいぞ! 『やりがい』は無限大だ! 成果を出せば、世界の半分をやろう!」
「給料は?」
「金? そんな俗物的なものを欲するのか? 夢を追う同志に金など……」
「帰るわ」
ヨシコが踵を返そうとすると、魔王が机をバン! と叩いた。
「待て! なぜだ! なぜ誰も私の想いを理解しない! 私はこんなに働いているのに! 24時間、寝る間も惜しんで、魔族の繁栄のために……!」
魔王の叫びは、悲痛ですらあった。
ヨシコは足を止め、振り返った。
そこには、孤独な経営者の姿があった。
誰よりも責任感が強く、それゆえに誰にも頼れず、組織を崩壊させている裸の王様。
(……カケルの会社の社長も、こんなんやったんかな)
悪意がない分、余計に救いがない。
ヨシコは深いため息をつくと、スマホを取り出し、三男のサブロウを呼び出した。
「サブロウ。……今から『社長面談』するで」
『――承知しました、姉さん。話は全部聞いてましたわ』
スピーカーから、慇懃無礼な敬語混じりの関西弁が響く。
三男・サブロウ(45歳)。
経営コンサルタントとして数々の倒産寸前の企業をV字回復させてきた、「組織の設計者」だ。
『典型的な「創業社長の病」ですわ。「自分が一番優秀や」思い込んでるから、権限委譲ができへん。結果、ボトルネックが自分自身になって組織が死ぬんですわ』
ヨシコはスマホを魔王に向けた。
「聞いたか、魔王。あんたのやり方は、部下も自分も殺すやり方や」
「な、なにを……!」
「あんたが倒れたら、誰が指揮をとるんや? 誰も育ってへんのやろ?」
魔王が言葉に詰まる。
「ええか。まずはその机の上の書類、全部捨て!」
その言葉に、魔王のペンの動きが、ピタリと止まった。
ほんの一瞬。
だが、それは確かな「迷い」だった。
自分がしがみついてきた膨大な業務――それが「不要かもしれない」と指摘されたことへの、無意識の動揺だ。
「ば、馬鹿な! これは重要案件で……!」
「重要ちゃう! 『あんたがやらんでもいい仕事』が9割や! それを仕分けるのが総務の仕事や!」
ヨシコは腕まくりをして、ズカズカと執務机に歩み寄った。
「今日から私が『業務改善』したる! その代わり、定時になったらきっちり帰るし、残業代は分単位で請求するからな!」
魔王ゼノンは呆気にとられ、口をパクパクさせている。
人間に城に乗り込まれ、命ではなく「業務フロー」を奪われようとしているのだ。
「……き、貴様、名は?」
「ヨシコや。異世界から来た、ただのおばちゃんや」
ヨシコは仁王立ちして、ニカっと笑った。
「今は勇者みたいやな。知らんけど」
こうして、魔王城の玉座の間で、歴史上最も騒がしい「働き方改革」の幕が上がった。
(続く)
魔王様、まさかのワンオペ経営者でした。
責任感が強すぎてパンクする……意外と憎めないキャラです。
ここから怒涛の「魔王軍改革」が始まります!
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