告死天使
その翌日、一二月二四日、私はヴァイオリンケースを抱えて、真理子の見舞いに行った。看護師の方に頼み込む。
「今夜はイヴ、キャンドルサービスをやる予定です。そもそも、ここはホスピスであることも承知しております。ですが、お葬式の曲ですよ? さすがに、それは……」
私たちの会話を耳にした責任者らしい年配の看護師が見るに見兼ねたのだろう、仲裁してくれた。
「今、廊下の一番奥の部屋、空室でしょ? あそこでやればいいんじゃない? クリスチャンでない人たちは、讃美歌三二〇番が、お葬式の曲だなんて知らないでしょ?」
真理子のベッドを奥の個室に移動してもらった。
「どうしたの何が始まるの?」
不安な表情など一切ない、興味津々に彼女は問う。
「さあ、答え合わせをしましょう」
痩せこけた彼女の頬が緩んだ。私はヴァイオリンを出して軽く調音する。
「聴いて、真理子」
♪〜主よ みもとに……
涙が目が霞む、体に力が入らない、崩れ落ちそうな自身を叱咤激励し、私は旋律を奏でる、この音色、天にも届け、神よ、どうか、彼女を、私の最愛の人を天上の楽園に導きお守りください。
パチパチパチ
乾いた小さな音で彼女が拍手した。
「ブラボー!! そうそう、これが聴きたかったのよ」
「よかった、『フランダースの犬』のラスト、素晴らしかったもんね……」
そう言った私は込み上げる激情に抗えない。
「だから、お願い、パトラッシュ、私を置いていかないで! あの荷車に私を乗せて連れて行って! 貴女がいないと、私、私、もう、何にもできない!!」
「落ち着きなさいネロ、それはできない相談だって知ってるわよね? 君は仕事を終えてから来てくれればいい」
「だったら、イエスのように蘇ってよ!」
「私ね、ちょっと方向転換したの。前言訂正、復活はなし。だって、これから私が行くのは永遠の国、ずっと、ずっと、貴女を待っていられる、そう気付いたから」
「なら、なら、待っててね、お願い、約束、約束だよ、絶対だよ」
私は子供のように泣きじゃくり啜り上げる。
「椿、さあ涙を拭いて、これじゃぁ、どちらが病人なのか、分からないわ」
「そうね。ごめんなさい」
少し冷静になった私は作り笑顔に成功した。
「ところで、椿、あなたはなにか勘違いしていないかい?」
「?」
「私は『フランダースの犬』の曲を聴きたいなんて言った覚えはないわ?」
「だって、『ブラボー』って、言ってくれたじゃない?」
「あれはね、君の演奏に対する純粋な賞賛、さっきの君の旋律は光り輝いていた、きらきらってね。自信を持て! 若きヴァイオリニスト、君はもっともっと上手くなれる!」
「え? あ、あ、ありがとう」
虚を衝かれた私、そうか、きらきらとは、あの時、私に結婚を決意させた彼女の演奏を再現してみせろ、そういう意味だったのか。本当にダメな私、こんな簡単な答えにも辿り着けなかった。でも、だけど、紛れもない行幸? いや、聖夜に奇跡を神が成した、ということにしておこう。
「なんだか熱弁を振るったら眠くなってきたわ、少し寝るね」
「うん、お騒がせしました。ごめんね」
「なぜ謝る? 素晴らしいを演奏ありがとう、だよ? じゃ、おやすみ」
「おやすみ」
目を閉じた彼女の額に軽く口付けをして、私は窓の外を見た。カーテンを閉め忘れたのだろうか? 黒い重油のように畝る海、見上げても星空はなく鈍色の雲が一面に広がっている。
と、その時。雲の切れ間から光が差した。
アレ、もう夜なのに……。ああ、そうか、なるほど!
天空より死をもたらす者、黒い翼のアズライールが降りてきた。
突如、ベッドの足元に立った告死天使は彼女の胸をあたりに手を差し出した。繭のような白き珠を天使は抱く。きっとあれが彼女の魂なんだろう。
次の瞬間、アズライールは忽然と姿を消していた。
私は再び夜空を見上げる。微かな煌めき、白銀の光跡、天使に抱かれ、私の愛する真理子は永遠の国に召された。鈍色の雲は漆黒に変じ、白妙の雪が舞う。
今夜はホワイト・クリスマス♪
今年もこれは書く! 童話じゃない? 「大人の童話」だからいいのー な年末企画物。今回は私には珍しいかな、リアルに近いストーリー。ちょっと純文学っぽくないですか? ダメか……。
純文学といえば私小説、じゃぁないのですが、椿のお父さんが「からあげクン」が食べたいと言った〜病の経緯は、私が父を亡くした時、そのものです。また、お父さんの娘への想いは、デフォルメ(私は社長でもなく大金持ちでもないです)してありますが、どこか自分かな?
百合物にしたのはですねー 可愛い女の子を描きたかったからなんです。だけど、椿ちゃんの相手が男性だったら、どうしてもあざとさが出てしまい読後感が悪いかな? と考えました。
「抱かれたい男1位に脅されています。」はご存知でしょうか? 「受けの高人君、可愛いけど、わざわざ男性にしなくとも物語は成立しない?」と、ある腐った女性に聞いたところ「分かってないですねー 彼が女なら女性ファンから嫉妬の集中砲火を浴びるのですよ」「なるほど!」というのの裏返しです。
まーー、舞台を地元にして、ホスピスだのなんだのは、私の好みなので他作に似ていたり、なーーんと言っても「讃美歌320番」。
『フランダースの犬』だけではなく、史実に基づき映画『タイタニック』にも使われていたりします。
大好きな曲で、脚本を書いたYouTubeの音声ドラマ、さらには、朗読劇の際、生バイオリンで演奏してもらいました。私の葬式でも弾いてもらえないかしら?
ということで。改めまして、Merry Christmas! 最後までお読みいただいた皆様のご多幸を聖夜に祈念しております。




