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主よみもとに♪  作者: 里井雪


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椿の花言葉

 私の名、椿の花言葉は「控えめな優しさ」、華やかな見た目に反し薔薇のように豊かな香りがないかららしい。確かに、いろいろな意味で私は控えめ、二流の人だ。


 そんな私だけれど、裕福な家に生まれた。父は世界的な企業のオーナー社長、IT関連の事業を手掛ける会社は、私が生まれた二〇〇〇年あたりからインターネットの発展に乗って急成長、昨今のAIブームも加わって、現在の時価総額は一兆円を超える。


 たまたまなのだが、会社の急拡大は、私の成長とともにあったともいえる。父からすると、私は「うさぎのしっぽ」ラッキーアイテムに思えるのだろう。いつも、常に、彼は私を擁護し、その全てを肯定してくれた。


 お蚕ぐるみで育った私は、幼いころから学んでいたヴァイオリンで身を立てることにした。音大を出てヨーロッパに音楽留学、戻ってすぐ、日本屈指のオーケストラに入る。正団員となった私は在籍わずか三年で、セカンドヴァイオリンのトップを任されることとなった。


 だが、出る杭は打たれるということだろう。ある演奏会の時、入念にチェックしたはずの弦が、なんと二本も同時に切れた。慌てふためく私。だが、そこはプロの集団、他の有能なメンバーが上手くカバーしてくれ、演奏会自体はことなきを得た。


 終わって楽屋に引き上げる私の耳に囁き声が聞こえてきた。内緒話などではない、わざと私に聞かせているのだろう。


「本番で弦を切るなんて、なってないわよねー そんな人がトップとか、信じられない」

「正団員になれたのも、トップになれたのも、親のコネでしょ? ン千万も『ご寄付』があったんだってさ」

「ま、とはいえ、所詮セカンドヴァイオリン、ちょっとぐらいミスしても、お客さんは気付かないわよねー」


 確かに父の会社はこのオーケストラの大スポンサーでもある。音大や留学先で大して成績もよくもなかった私が、こんな有名なオーケストラに入れたのは縁故採用、間違いなく親のコネだろう。分かっている、知っている、私なんて……。こらえていた涙が溢れてきた。


 と、その時、力強いアルトの低音が楽屋の空気を変えた。


「私は見てたわ、山田さんが入念に弦のチェックをしていたところ。なのに、図ったようなタイミングで弦が、それも二本も同時なんて、不自然よね? おかしいわよね? もしや……。まーー、この件は不問にしておいてあげる。だけど」


 コンサートミステレス(コンサートマスター)である高垣真理子、一メートル七十センチもある長身で細身のモデル体型の彼女。フェミニンな黒髪ロングに全く似つかわしくない。氷結の刃とでも表現すればいいだろうか。胸を刺し貫くような視線で楽団員を睨め付ける。


「山田さんより、彼女より、正確に、精密に、リズムを刻める人はいるかしら? 的確な分析力で他を支えられる人はいるかしら? 我こそは、って人いたら、ここで挙手して」


 私は決してうまいヴァイオリニストではない。だが、その正確さと分析力において、自分で言うのもなんだが天性のものを持っている。音大時代に付いたあだ名は「アンドロイド椿」まるでマシンのような、私。


「彼女は、自らの実力でトップになった。異を唱える者は彼女の才能に気付いていない、音を聴く素養がないということじゃないかしら? すなわち、プロ失格と知りなさい」


 シン、と水を打ったように静まりかえる団員たち。だが、人望厚い彼女のこと。


「高垣さんのおっしゃる通り。妬みや嫉みで事実無根の噂話を語るとは、人としていかがなものか? そう思いますね」


 こういう時には、ヒラメなお調子者の「正義感」が役に立つ。


 そんな「事件」があって、真理子と私は親しくなった。一回りも年上のお姉様、同性の気軽さもあって、食事に買い物に二人の友情は深まって行った。


「ねぇ、お姉様、コレどうかしら?」

「うーーん、そういうの地雷系って言うのよね。小柄で細身の椿には似合うと思うけど、あなた、もう、アラサーじゃなかったかしら?」


 人に媚を売るなどということは、今までの私には一切なかった。だが、彼女の前では、可愛い無垢な少女を演じたい、どうしても、そう思ってしまう。分からない、自身が計れない、この気持ち、なんだろう?


「お姉様、お姉様、私、あのクレープ食べたい♡」

「もう、太るわよ。舞台に上がる私たち、見た目も大事、そうじゃないの? それから、そのお姉様呼び、なんとかならないの?」


 なにやってるの私、上目遣い、わざと瞬きをして綺麗に塗れたマスカラを見せつけるなんて! 断じて、絶対、自分じゃない!!

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