海の見えるホスピス
ここ、聖ヨハネ会横須賀ホスピスは相模湾を望む風光明媚な場所にある。季節は冬、暖房完備の病室からは、まるで別世界だが、海は折からの強風に白波を立てている。換気口から取り入れられた院内の空気にも微かに潮の香りがするようだ。
「きらきら」
「?」
「だから、きらきらよ。まったく、貴女は鈍いわね」
私、山田椿の最愛の人、高垣真理子はいつもこんな調子。どんな状況にあろうとも、その軽妙洒脱な言動を変えようとはしない。どんな状況……、そう、今、彼女は死病に侵されている。薬石効なし、もはや抗がん剤治療は、その副作用で彼女を苦しめるだけだ。
鎌倉市のパートナーシップ制度に基づく連れ合いとなった私たちは、相談の上、ホスピスへの入所を決めた。
「あなたのお父さんは『からあげ君』が食べたい、って言ったんだっけ?」
「ええ、そう、『もう何を食べてもいいですよ』って看護師に言われてね。『母の手料理』なんて言うかな? って思ったら、なんと、病院の一階のコンビニで売ってるアレ。なんだかねぇ〜 複雑だったわ」
「お母さん、あんまり家庭的じゃなかったの?」
「そうねー 美味しいもの、高級なもの、は食べさせてもらったけど、みーーんな、家政婦が作った料理」
「メイドさんがいる家なんて、さすがねー でも、お父さん、気を使ったんじゃない? 簡単に買えるものってこと」
「そうかもねー」
「でもね、私には異論がある。死に臨む者は、何より生者を気遣わねばならぬ」
「どういうこと?」
「ほら、私が無茶振りしたらさ、貴女、どうしようか? って考えるわよね? それは、それは、心に残る思い出ができる」
「貴女って人は!」
拭っても拭っても溢れ出る涙、嗚咽する私の肩を摩りながら彼女は。
「だから教えてあげない、きらきら、が何か? 探してらっしゃい、期限は……、もう、そう長くはないわね」




