18:世界樹の枝葉(1)
ノルンが言っていた。
俺の体には、邪龍すら上回る膨大な魔力が流れているらしい。
その理由はひとつ。
俺という存在が、世界樹の枝葉――その分離体だからだ。
世界樹。
この世界の外に在り、幾つもの世界を果実として実らせる、最初で最後の神樹。
ノルンの話が真実なら、俺たちの住むこの大地も、その果実のひとつにすぎないという。
――途方もない話だ。笑うしかなかった。
どうしてそんなことを知っているのかと問えば、答えは単純明快だった。
世界樹――ユグドラシルには意思がある。
かつて勇者と聖女に語りかけ、力を授けたその存在は、確かに実在していた。
そんな規格外の、神に等しい存在の枝葉が、俺という“形”を成している。
つまり――俺は、人間の姿をした植物だった。
五感はある。空腹も感じる。眠ることもできる。
けれど、それらは人間を模した仮初の機能にすぎない。
俺の肉体を構成するのは、世界樹の外皮。
神代の素材――あらゆる干渉を拒む絶対の器。
剣も、火も、毒も、氷も、空間さえも。
この皮一枚、傷つけることはできない。
思い返せば、命を狙われた夜があった。
暗殺者の刃が俺の胸を貫こうとした瞬間、鈍い音を立ててナイフは折れた。
皮膚の下にすら届かず、まるで大地を打ったかのように。
あの時は驚いた。
――だが、今思えば当然のことだったのだ。
肉体を構成するものとして、外せないものがある。
それは血だ。
だが、俺の体内を流れるのは血液ではない。
魔力の樹液。
それは命そのものと呼べるほど濃密で、傷を負えば瞬時に集い、組織を再生する。
つまり俺は、物理的な死から最も遠いところに立つ存在だ。
俺の死は、この世界の土台そのものの崩壊を意味する。
つまり――俺が滅べば、世界も滅ぶ。
だからこそ、ノルンもヒルデも俺を“様”付けで呼び、丁重に扱う。
俺を傷つけられる存在は、極めて限られている。
ユグドラシルに由来するものか、あるいはその枝葉すら超える邪龍たちだけだ。
ヒルデがこの戦線からの撤退を望むのも、当然のことだろう。
――けれど、それでも。
俺は断じて、植物なんかじゃない。
心は震える。
誰かを大切に思える。
怒れるし、哀しめるし、愛することもできる。
だから俺は、人間として生きる。
たとえこの体が神の造った器であっても――仲間と共に歩み、戦う道を選ぶ。
……まぁ、理屈はここまでだ。
今、大事なのは俺が人間かどうかなんて話じゃない。
俺の内を流れる魔力の樹液――それが、勇者よりも、聖女よりも、邪龍よりも、この世界の誰よりも、膨大な魔力をもっているということだ。
俺は知っている。
この世界で一番尊敬しているシスターが、教えてくれた言葉を。
『ちゃんと名前を呼んで……それから、心からお願いするの。助けてほしいってね』
『……そんなんでいいのか?』
『本当に心から願えば、それで良いのよ』
あの時、俺は自分に力なんてないと思っていた。
けれど――そうじゃなかった。
俺には、あったんだ。
魔力が。
仲間を信じ、自分を信じ、世界そのものに手を伸ばす力が。
だからこそ。
――俺は、俺のすべてを懸けて、仲間を守り抜く。
もうすぐ終わり。
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