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旅する龍と世界の終わり  作者: LFG!


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17:チャンピオンマッチ




 崩落した山より、巨大な影が天を貫いた。


 ――天が、裂けた。


 稲妻のような音が奔り、空が光を散らす。

 裂け目の奥から姿を現したのは、右肩から腹にかけて焼けただれた、傷だらけの邪龍――ニーズヘッグ。


 その瞳は、無数の魂が渦を巻くように濁り、ただ一つの外敵――ニルファを捕捉する。


「復活させてやった恩を忘れよって……痴れ者がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 咆哮。

 空が悲鳴を上げ、風が裂け、大地がたわむ。


 対する空に、紅と黒の鱗を纏うもう一体の龍が、静かに翼を広げた。

 灼熱の光が喉奥に灯る。

 紅蓮の竜、ニルファ。


 幼き龍の体が、僅かに動いた瞬間――。


 ――aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa……!!


 低く、深く、地の底から響くような咆哮。

 その一声で、世界が軋む。


 紅蓮が満ち、純白の閃光となって放たれる。

 空間が歪み、黒の嵐が迎え撃つ。


 白と黒の奔流がぶつかり、天そのものが悲鳴を上げた。




「アンタらぁっ!私の後ろから出るんじゃねぇぞ!」


 ヒルデが盾を掲げる。

 黄金の紋章が両腕に浮かび、聖盾スヴェルが光を放つ。


「スヴェル――展開っ!」


 ヒルデの掛け声と共に、聖盾スヴェルを中心に、光の膜が広がっていく。

 それはまるで、聖盾自体が巨大化したようにも見えた。


 黒嵐の余波が襲いくる。

 光の膜がそれを受け止め、空気が悲鳴を上げる。


「ぐぎぎぎぎぎぎぎぎっ……!」


「ヒルデっ!」


 聖盾を支える両腕に、黒い波紋が散った。

 それは毒のように広がり、ヒルデの肉体を蝕み尽くさんとしているようだった。


「――フギン、ムニン! お願い……彼女を守って!」


 ルーンが祈る。

 呼応するように、二体の精霊が光を放ち、青緑の波がヒルデを包む。


 黒い波紋が溶け、癒しの風が駆け抜ける。


「……っ!?助かるぜ、シスター!」


「二人で守りましょう。魔力が尽きるまで――いいえ」


 ルーンの瞳が燃える。


「例え魔力が尽きようと。今度こそ、最後まで皆を守りきってみせるわ」


 ルーンの体が淡く光る。

 フギンとムニンが、ルーンに寄り添う様に、傍に漂う。


 ヒルデは驚き、ルーンを見る。

 次いで、ニヤッと笑った。


「……悪かったね」


「え?」


「アンタのこと、ただの足手纏いだと思ってた。でも……違った」


 ヒルデは、まっすぐルーンを見る。


「私が間違ってた。アンタは、強くて優しい――立派な人間だ」


 ルーンは息をつき、静かに微笑んだ。


「ルーンよ」


「……ん?」


「私の名前は、シスターでもアンタでもないわ。よろしく、ヒルデ」


「ああ。……よろしく、ルーン」




 黒い嵐はニルファを覆い隠す様に、その脅威を巻き散らしていた。

 

 全方位から押し寄せる黒嵐を前に、紅蓮の体がさらに紅く燃え上がる。

 陽炎が揺らぎ、瘴気を焼き切る。

 嵐が悲鳴を上げ、魔法陣が次々と崩壊していく。


 ニルファが咆哮を上げた。


 翼を折りたたみ、体を丸めていく。

 周囲を揺らぐ陽炎が、その力を収束させる。


 次の瞬間、弾丸のように空を裂いた。


 漆黒の刃となった翼が、音速を超えてニーズヘッグに迫る。

 紅黒の閃光が、黒き龍の首元をかすめた。


 ズバンッ――!!


 空気が裂ける音の後、鱗が飛び散り、黒い血が雨となる。


「ギャァァアアアアアアアア……ッ!!!」


 鳴き声は、最早悲鳴に近い。

 ニーズヘッグが後退しようとする。


 だが、ニルファはそれを許さない。


 瞬きの間にニーズヘッグに接近し、紅黒の尾を一閃。


 ――ドンッ!!


 打ち下ろされたその一撃が、空を震わせる。

 ニーズヘッグの巨躯が、流星のように地へ叩きつけられた。


 その衝撃で、大地が陥没し、遠く離れた【グネサイド】の街の残骸が一瞬で崩壊した。

 爆風が駆け抜け、煙と塵が空を覆う。


 視界が白く閉ざされる。


 ――グルアッ!


 リルが咆哮したかと思えば、俺とルーンの体をその牙で掬い上げ、自らの背に放り投げた。


「うおっ!?」


「きゃっ!?」


 俺達が体勢を整える間に、シグとヒルデが跳躍し、素早くリルの背に着地する。


「ヒルデ!ルーンを頼む!」


「あいよ!アンタも、世界樹様を落とすんじゃないよ!」


 次の瞬間、身体に強烈な遠心力がかかった。


 リルが荒野を蹴る。

 風が裂け、景色が流れる。


 体勢を崩しかけた俺の背を、シグが押さえつけた。


「悪い、助かった!」


「問題ないよ。それより、姿勢を低くするんだ。余波が来るっ!」


 リルの唸りが地鳴りのように響く。

 街を駆け抜けるその脚は、まるで雷そのものだった。


 ――グルルルッ……!


 リルが唸り声を上げながら、縦横無尽に街を駆ける。


 街から少し離れた荒野に立って始めて、リルは動きを落ち着かせた。


 顔を上げる。


 ニルファは上空で静止していた――だが、全身が朽ちかけている。


 嵐の毒と呪詛が体内を蝕み、鱗の下から赤黒い煙が漏れていた。

 それでも、ニルファに動じた様子はなかった。


 アギトが開かれる。


 胸中の紅蓮が暴発するように燃え上がり、乱流となって大地へと降り注ぐ。

 紅蓮の龍焔が、扇状に広がって地表を飲み込んだ。


 地が膨張し、残骸が溶け、空気すら灼けて白く歪む。


 ――だが。

 炎の海の中から、再び何かが飛び立った。


 ――aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!


 軌跡を描くように魔法陣が並び、そこから無数の魔弾が放たれる。

 その衝撃だけで、地上が削り取られた。廃墟は塵と化し、風に散る。


「あれは……」


 シグが呆然と呟く。


「ニーズヘッグだろうな」


 俺の言葉に、三人が一斉に俺を見る。


「大方、ダメージを受けすぎたんだろ。あの巨体を維持するだけの力を、さっきの攻撃から身を守るために使いきったみてぇだな」


 思い返す――あの扇状の紅蓮。

 全てを焼き尽くすほどの光熱を、奴は真正面から浴びたのだ。


「聖堂に侵入してきた時も、人型になって入ってきやがったしな。あんくらい、造作もねぇだろ」


「……トネ?」


 ルーンの声が、風を裂いた。

 彼女は眉を寄せ、まっすぐに俺を見据える。


「ん?どうした、ルーン」


「貴方……何を、考えているの?」


「……」


「作戦を忘れた訳じゃないわよね?ニルとニーズヘッグが戦って、ニルが打ち勝った時。私とシグ、ヒルデの三人が、瀕死になったニルを限界まで消耗させて、【フランク】に連れ帰る」


 ルーンが近づく。

 その目は真っ直ぐで、俺の迷いを許さなかった。


「それが、ノルン様の宣託。貴方も、賛同していたはずよね?」


「そうだな」


 頷いた。

 だが、彼女の手が俺の腕を強く掴む。


「正直に言いなさい。トネ、貴方は――何をするつもりなの?」


「……ふぅ。やっぱりお前は凄いな、ルーン」


 まさか気づかれるとは。

 苦笑が零れる。


 シグが首を傾げ、ヒルデも喜色を浮かべる。


「トネリコ、どういう意味だい?」


「世界樹様、逃げる気になったのかい? それなら――」


「――なぁ、シグ」


 俺はヒルデの言葉を遮った。


 視線をまっすぐにシグへと向ける。


「お前、俺とニルファを信じてくれるか?」


「……え? もちろん、だよ」


「上辺の言葉はいらねぇ。本音で聞かせろ」


「……信じてる。君たちは、僕に勇者の意味を教えてくれた。尊敬してる。だから、どんな困難でも、君たちのためなら厭わないと誓うよ」


 その言葉を胸に刻みながら、俺は空を見上げた。


 ニーズヘッグは今や、ニルファと同格の大きさまで変貌を遂げていた。


 天空を裂きながらぶつかり合う、二体の邪龍。


 互いに満身創痍。

 鱗は砕け、翼は焦げ、咆哮が天を割る。


 どちらが倒れてもおかしくない。

 それでも、互いに退かない。


 命と命が、空でぶつかり合っていた。


 幾百もの魔弾を受け、身体の各所から蒸気のように瘴気を吐きながら、それでもニルファは翼を広げて空を支配している。一方で、ニーズヘッグもまた、かつての巨躯を捨て、同格の姿へと転じたことで、その猛威と殺意を研ぎ澄ませていた。


 焔と嵐の応酬の果てに、龍たちは遂に、互角の近接戦へと突入している。


 ──aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!


 ――aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!


 咆哮が響き合う。

 魂の叫びが、天を震わせる。


 もう、どちらが勝ってもおかしくない。

 どちらが崩れても、不思議ではない。


 だからこそ、今――。


「――俺に、全部賭けてくれないか?」


 激しくぶつかり合う二体の龍から視線を外し、俺は仲間たちを見渡した。

 風が吹き抜け、焦げた空気が肌を刺す。


 けれど誰も、何も言わなかった。


 シグは真っ直ぐに俺を見つめ、ルーンは掴んでいた手をそっと離して、静かに見据えてくる。

 ヒルデは何か言いかけて、唇を閉ざした。


「ニルファも、ニーズヘッグも、とっくに限界の先にいる。このままじゃ、どっちが先にくたばるかなんて、紙一重だ。世界にとっては……ノルンにとっても、それでいいんだろうけどな」


 拳を握る。

 強く。

 骨が軋むほどに。


「けど、それじゃダメなんだ。俺はニルファを助けたい。あいつがいなきゃ、ダメなんだ。あいつだけが、俺の太陽で――希望だから」


 喉の奥が焼ける。


 震えているのは恐怖じゃない。

 胸の底に溜めていた熱が、今にも弾けそうになっているからだ。


「今からやろうとしてることは、ノルンの作戦からすりゃ、ただの博打だ。賭けに勝つ保証なんて、どこにもねぇ。でも――俺はそれでも、守りたいんだ。ニルファも、お前らも。全部」


 ルーンを、シグを、ヒルデを順に見渡す。

 覚悟の言葉を噛み締めながら。


「――俺は、絶対に勝つ。だから……俺に、全部、賭けてくれ」


 最初に頷いたのはルーンだった。

 そのわずかな動きが、確かな信頼の証に見えた。


 少し遅れて、シグも頷く。


「……ったく」


 ヒルデが小さく呟く。


 俺は笑って問いかけた。


「ヒルデ、どうだ?」


 ヒルデとは、まだ日が浅い。

 ノルンとの方がよほど長い付き合いだ。


 だからこそ、迷うだろうと思っていた――が。

 

「惚れた」


「……は?」


「聞こえなかったのかよ?世界樹様……じゃねぇな。トネリコ様、アンタに惚れたって言ったんだよ」


 胸を張り、ヒルデ――聖盾の勇者は堂々と宣言した。


 そして膝をつき、拳を胸に当てる。


「聖盾の勇者ヒルデリカ。私の全てを、貴方に捧げます。トネリコ様、ご武運をお祈りいたします。命令を」


「……そこまで大げさじゃなくていいけどな。まぁ、よろしく頼む」


 俺は笑って、視線を空に戻す。

 紅蓮と黒嵐が、空の果てで咆哮を交わしている。


「オールインだ。人間の強さってやつを――傍迷惑な大バカ野郎共に、叩き込んでやろうぜ」


 それは、命を懸けた宣戦布告だ。


 紅と黒が渦巻く天の只中へ、俺たちは身を投じる。

 世界を覆う絶望の中で、ただひとつの光を救い出すために――。




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