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旅する龍と世界の終わり  作者: LFG!


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15:盾の勇者




 ――風が、痛いほどに顔を叩く。


 乾いた大地を蹴り、リルの巨体が荒野を駆け抜けていく。

 その背に乗るのは、俺とルーン、シグ――そしてもう一人。


 勇者ヒルデリカ。

 『聖盾スヴェル』の継承者にして、シグの幼馴染だ。


「まさか、あの弱虫シグンドが、こんな立派な男になるとはねぇ」


「ヒルデ、もうその話はやめてくれよ……」


「だってさ。『自分には勇者なんて無理だ』って言って、右眼を隠しながら鋼剣を振ってた頃が懐かしくてさ」


「頼むから勘弁してくれ……」


 ヒルデは笑った。

 その笑みにはからかいだけではなく、懐かしさとわずかな寂しさが混じっていた。


 ニーズヘッグの襲来から一夜明け。

 俺たちは、ニルファが囚われているヘイズへ向かっていた。


 ――事の発端は、ノルンだった。


『ニルファさんを救い出したいんですよね?』


 ニーズヘッグを退けた直後、ノルンはまるで何事もなかったかのように微笑んだ。


『さっきは不可能って言いましたけど――可能性、できちゃいました』


 その顔に焦りも疲れもなかった。ただ、静かな確信と、澄んだ光があった。


 話を聞き終えた俺たちは、全員が無言で頷いた。

 そこに迷いはなかった。


 ――そして七日が経った。


「見えてきた……」


 地平線の向こうに、ヘイズの街影が現れた。

 胸の奥が熱くなる。そこは――ニルファと出会った場所だった。


 街並みはほとんど変わっていない。

 ただ中央のダンジョン跡だけが沈み込み、ぽっかりと大地に口を開けている。


 あの頃の喧噪は、もうどこにもなかった。


 俺は首から下げた十字架を握りしめる。

 銀の光が夕日に照らされ、かすかに揺れた。


 ノルンから託された、旅の切り札――彼女の魔力が練り込まれた結界の護符。

 それがあったからこそ、ニーズヘッグの目を欺き、ここまで来られたのだ。


「……世界樹様」


 背後からヒルデの声がした。

 振り向くと、彼女は真剣な眼差しで街を見つめていた。


「だから、やめろって言ってるだろ。俺は人間だ」

「あー、すみません。でも、どうしてもそう見えちゃうんですよ。……それより、あれ。ダンジョンの上。見えます?」


 ヒルデに促され、視線を凝らす。

 荒野の彼方、崩れた塔の上――。


 いる。

 遠くて輪郭こそ曖昧だが、間違いない。


「――ニルファ」


 その名を口にした瞬間、風が止まったように感じた。


 ルーンもシグも同じものを見て、無言で頷く。


「……ニルファ、ねぇ」


 ヒルデが小さく呟いた。

 その声音には、言葉にできない警戒が滲んでいた。


「ヒルデ」


 シグが制するように声をかける。


「何さ?」


「……わかってるんだろ?」


「そっちこそ。肝心な所は変わらないね、アンタは」


 ヒルデは視線をそらし、今度はルーンに目を向けた。


「そっちのシスターもだ。アンタら、本当に世界樹様を守る気あんのか?」


 ヒルデの声には、戦場を知る者の現実がにじんでいた。


「世界樹様を失ったら、()()()()()()()()()()()()


「くどいわね」


「あぁ?」


「いちいち覚悟を問わないと安心できないなんて……案外、怖がりなのかしら?」


 ルーンの声は冷ややかだったが、怯えは微塵もなかった。


「んだと……!?」


「――まぁまぁ、二人とも」


 シグが割って入り、俺も続けた。


「二人とも、落ち着け。遠いとは言っても、もうヘイズは見えてんだ」


 その一言で、ようやくヒルデが舌打ちし、空気が静まった。


 この一週間、ルーンとヒルデは事あるごとに衝突してきた。

 仲裁に入るのは俺かシグ、時にはリルまでが巻き込まれる。

 もう喧嘩の回数を数えるのはやめていた。


「世界樹様、今からでも引き返しませんか?」


「無理だ。あそこに――ニルファがいる」


「……あれは、邪龍ファフニールなんですよ。ノルン様の宣託に従えば――」


「大丈夫だ」


 ヒルデの言葉を遮った。


「俺がそう簡単に死ねないのは、ヒルデも知ってるだろ?」


「……それは、そうですが」


「殴ってみてもいいぞ?傷ひとつでもついたら、今すぐ帰ってやる」


 ヒルデが沈黙する。

 頑固な態度の裏に、彼女なりの優しさが滲んでいた。


「トネ……」


 ルーンが小さく呼んだ。


「ありがとな、ルーン。俺は大丈夫だ。最初は動揺したけど……今は、この体に感謝してる」


「……そう」


「それに、ノルンが言ってた。『魔力量だけなら邪龍より上』だってな」


 ニヤリと笑ってみせると、ルーンも微笑みを返す。


「ふふ。使えれば、の話ね」


「そこが問題なんだよ。出せなきゃ意味がない」


「世界樹様は、使おうとしてるだけマシですよ。世の中には、与えられた力を腐らせる奴だっている」


「……ヒルデ、それは僕のことだろ」


「大正解」


 ヒルデは鼻で笑い、肩をすくめた。


 シグは、沈痛な表情で俯く。


「後悔してる。本当だ。僕は……世界を、知らなさ過ぎた」


「遅すぎんだよ、ばーか。負けてから気づいたら手遅れなんだよ」


 その言葉に、ルーンが珍しく頷いた。


「負けてからじゃ遅い。……それは、私も同感ね」


「だろ?」


 ヒルデの横顔が、わずかに柔らかく見えた。


「私が倒れたら、後ろの誰かが死ぬ。だから、倒れない。負けない。だから――勇者なんだ」


 ヒルデの声には虚勢がなかった。

 ただ、戦場を生き抜いてきた者の静かな決意が宿っていた。


 ルーンですら、その言葉を否定できなかった。

 彼女の生き様は、正真正銘の勇者のものだった。


「世界樹様」


「なんだ?」


「ノルン様の宣託とはいえ、正直……今回の作戦は、正気の沙汰じゃない。でも――」


 ヒルデは真っ直ぐ俺を見た。


「――この命に代えても、貴方を守ってみせる」


 その短い言葉に、迷いは一片もなかった。


「おう、任せた」


 だからこそ、俺も迷わず応じる。


「俺たちは、勝つ、ニルファを取り戻して――五人でフランクに帰るんだ」


 俺には一つの秘策があった。

 ノルンにも、ルーンにも、シグにも――もちろんヒルデにも話していない。


 成功するとも限らない、博打のような策だ。

 話せば止められる。

 けれど、成功したら――望みはある。


 文字通り、起死回生の策だ。

 その秘策が、俺に確信にも似た静かな自信を与えていた。


 ヒルデは驚いたように目を丸くしたが、やがて笑みを浮かべた。


「世界樹様。アンタ……良い男だね」


「だろ? 最近、色々と思うことがあってな。仲間を守りたいって気持ちは、誰にも負けないつもりだ」


「言いますねぇ。まっ、確かに昔のシグンドよりは頼りになりそうだ」


 ヒルデはルーンとシグに視線を移す。


「世界樹様に、シスターに、弱虫勇者。……見た目は凸凹だけど、良いパーティだ」


 そして、静かに言葉を続けた。


「良い仲間を得たね、シグ」


「……ああ。僕には、勿体ない仲間たちだよ」


「わかりゃいいさ。守れ、シグンド。今度負けたら、誰も残らないぞ」


「――必ず」


「ん。いい返事」


 ヒルデは満足げに頷いた。

 そこには、静かな覚悟と、確かな温もりがあった。


「世界樹様。そろそろ日も暮れる。今夜はここで一眠り。……決戦は明朝だ」


「了解。――リル、頼んだ」


 リルが短く咆哮する。


 それきり、誰も言葉を発しなかった。

 風が唸り、夜が近づく。


 荒野に沈む夕日が、まるで血のように赤かった。

 リルの息が夜気を揺らす。


 そして――夜明け。


 龍の夜より十日目の朝。

 最後の決戦が、幕を開けた。




二人目の勇者登場!

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