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旅する龍と世界の終わり  作者: LFG!


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1:寝坊助な君




 窓ガラスから差し込む陽光が、ほのかに室内を照らす。

 柔らかい光が壁や床に落ち、静かな朝の空気を温めているようだった。


「もう朝か」


 ぼんやりとした意識のまま、朝が来たことを悟る。

 掛け布団代わりの毛布を払いのけ、ゆっくりと上体を起こした。

 体を伸ばすと、肩や腰に程よい重さを感じる。


 そして、隣に目をやる。


「おはようさん」


「ぐがー……すぴー……」


 いつも通り、ニルファは薄着のまま毛布を蹴飛ばし、大きな寝息を立てていた。

 蹴飛ばされた毛布を引っ張り、寝坊助の腹の上にかけ直す。

 自然と、口元がゆるんでいた。


「風邪引くぞ」


「すぅ」


 気持ちよさそうに眠るニルファを起こさぬよう、そっとベッドを抜け出す。

 窓際に歩み寄り、留め具を外す。

 開いた窓から、秋特有のひんやりとした空気が流れ込んできた。


「寒っ」


 でも、換気はしておかないとな。

 窓の外の葉の揺れや遠くの子供の声が混ざり、街の目覚めを告げる。

 ぼんやり眺めていると、遠くの鐘楼(しょうろう)から、聞き馴染んだ鐘の音が響いてきた。


 ――ゴーン……ゴーン……。


 澄んだ空気にとけて、街の隅々にまで広がっていく。


「本日も晴天なりってな」


 鐘の音は、始業を告げる合図だ。

 定期的に鳴るそれを第一、第二、第三……と、街では誰しもがそう略す。

 時計のない生活にも慣れたものだ。


「もう五年になんのか」


 洗面台に行き、顔を洗って歯を磨く。

 髭を剃刀(かみそり)で整えているうちに、ふと、気づいた。


「この世界にきて五年ってことは……」


 ──ニルファと出会って、もう三年になるのか。

 時間の流れは早く、少し振り返っただけでたくさんの思い出が胸に浮かぶ。


「マジで早かったな」


 ベッドに目をやる。

 ニルファは豪快な寝息を立てたまま、微動だにしない。

 

「寝坊助め」


 無防備な寝顔に、思わず苦笑する。


「今日こそ遅刻しないといいが……」


「ずぴぃ」


「あんまり期待しないでおくかね」


 第二が鳴る前に、ギルドに到着しなくてはいけない。

 そろそろ起こさないとな。

 髭を剃り終え、ベッドに近づく。


「ったく」


 先ほど掛け直したはずの毛布は、すでに床の上だ。

 足元に目をやると、蹴飛ばされたそれが無惨に転がっている。


「風邪引くってのに」


「ぐぴ」


「ぐぴじゃねぇっての」


 人の親切を無為にしやがって。

 露わになった肌を見ないように、服を整えてやる。


「まぁ、最初に比べたらマシか」


 素っ裸で寝てた時のことを思えば、薄着に落ち着いただけでも上出来と言える。


「おい、起きろってば」


 ニルファの肩を優しく揺する。

 その目が薄く開いてこちらを見る。

 まだ眠そうな瞳が、朝の光に少しだけ輝いた。


「んむぅ。もう少し……」


「起きろっての」


 鼻をぎゅっと摘まんでやる。


「止めてよぉ」


 手を払われる。

 代わりに、頬をつついた。


「さっき第一が鳴ったとこだ。目だけでもひらいとけ」


「ん」


「言ったそばから閉じてんじゃねぇ」


 繰り返し頬をつく。

 手で払いのけられるが、お構いなしにつく。


「もーっ!わかったから、止めてよぅ」


 ぱっちりと瞼が開いたので、指を止める。


「最初から言うこと聞け」


「トネ、ほんとしつこい」


「寝坊助が生意気なこと言ってんじゃねーぞ」


「むぎゅっ!?」


 両頬を手でむにっと挟んでこね回す。


「やーっ!」


 勢いよく振り払われた。


「これに懲りたら、反省するんだな」


「あたしのほっぺで遊ぶの禁止!」


「どの口が言うか」


「この口!」


 にこりと笑ったその頬を、再び挟み込む。


「むぁーっ!」


「俺がお前に要求するのはただひとつ。目を開けてろ。オーケー?」


「お、おーけー」


「よし」


 手を離す。

 頬をさするニルファから目を外し、テーブル上のポットを手に取る。


「お前も飲むか?」


「飲む―」


「あいよ」


 二つのコップに水を注ぐ。

 一息に飲み干した後、もう一方をニルファに手渡そうとする。


「ほれ」


「ありがとー」


 ベッドに寝転んだまま手を伸ばしてくる姿を見て、溜息を吐く。


「水を飲みたきゃ体を起こすんだな」


「えー。このままでいいじゃん」


「頭からかけてやろうか?」


「ぶーっ」


 ニルファが跳ね起きる。

 かと思うと、俺の手からコップをひったくって、一気に飲み干した。


「んみゃ~!最っ高!」


 その弾ける笑顔につられて、つい笑ってしまう。


 同じベッドで寝る生活にもすっかり慣れた。

 部屋をわけるのも嫌がるし、甘えん坊なのは変わらない。


「ついでに身支度もすませちまえ」


「あいあい」


 戸棚を開いてごそごそと漁りだす。


「先に顔洗ってこい。寝ぐせついてんぞ」


「ん?気にしないけどなー」


他人(ひと)が気にするんだよ」


「別にいいじゃん」


「ダメ。ほら、つべこべ言わずに行ってこい」


「はーい」


 パタパタと洗面台に歩き去るニルファを見送る。


「朝から騒がしいやつ」


「なんか言ったー?」


「なんでもねぇよ」


 ニルファから目を外すように、窓の外を遠目に眺める。


 ――パキッ。


 ガラスにヒビが入ったような、奇妙な音がした。


「ん?」


 空に、紫色の膜のようなものが薄っすらと見えた。


「なんの音ー?」


 顔を洗うニルファに目を向ける。


「外。なんか、変な膜みたいなもんが――」


 そう言いかけて、目を凝らした。


「……あ?」


 ニルファが顔を洗い終えて、窓際に近づく。


「膜ってなに?」


「いや……紫色の、膜っぽいやつが」


「そんなのないよ?」


 そこにあるのは、いつも通りの青空だった。


「……ないな」


「変なの」


 そう言って、ニルファが戸棚に去っていく。


「気のせいか……?」


 瞬きを繰り返すが、空は青いままだ。


「嫌な感じだな」


 まるで、なにもかもが崩れ去ってしまう前兆のような――


 そんなはずはない、と小さく息を吐いて思考を押しやった。


「トネ―」


 戸棚を漁るニルファに目を向ける。


「どうした?」


「剣、いるかな?」


「戦闘する予定もないし、置いてってもいいんじゃねぇの」


「なら置いてくっ」


 がちゃがちゃと鞄に荷物を詰め込むその姿に、緊張がすこし溶ける。

 無邪気な手つきに、自然と笑みがこぼれた。


「まぁ、大丈夫か」


「さっきの話ー?」


「おう。気のせいだったみたいだ」


「あはっ。トネってば、おっちょこちょいだなぁ」


「お前にだけは言われたくねぇわ」


「なにそれ。ひどー」


 違和感も、時間が経つにつれて落ち着いてくる。

 それが予兆だったと気づくのは、もう少し後のことだ。


「今日ってなにするんだっけ?」


「明日の討伐依頼の打ち合わせだろ」


「そうだっけ?」


 去年から、俺たちは四人パーティを組み、冒険者として活動している。

 もっとも、俺は戦えないので、実質三人パーティみたいなものだ。


「お前、赤角猪(レッドホーン)の肉に夢中だったからなぁ。案の定話聞いてなかったか」


「むっ、なにその言い方。トゲあるなー」


 むくれる顔に笑いを返す。


「言葉通りの意味だよ、あほめ」


「あー!あほって言った!ルーンに言いつけちゃうもんねーっ!」


「それは勘弁。またギルドで笑い話になっちまう」


「あたしたち、結構有名になっちゃったもんね!」


「お笑い担当だけどな」


「強いことでも有名でしょっ!」


「それもそうか」


 強い子供、戦わない大人、精霊使いのシスター、隻眼の神殿騎士。

 その個性豊かぶりは、一週間という短い滞在期間にも関わらず、既にこの街――フヴェルミルでも名の知れた冒険者パーティになっていた。


「準備できたよー!」


「着替え」


「あっ」


 ニルファは、パジャマ姿で照れくさそうに笑う。


「えへ。そう言えばそうでした」


「また笑い話が増えるところだったな」


「もーっ。すぐにそうやってからかう」


 リスのように頬を膨らませるのを見て、肩をすくめる。


「へいへい。むこう向いてるから、着替え終わったら教えろよ」


「こっち見てていいよ?」


「年頃の女としての自覚をもつんだな」


「トネだけだよ?」


「関係ねぇっての」


 窓際に立ち、外を眺める。

 賑やかな街並みは、ニルファと出会ったヘイズにも、勝るとも劣らない。

 活気だった表通りを見てぼんやりしていると、声があがった。


「いいよー」


 振り向くと――未成熟な体が目に入り、さっと顔をそらす。


「着替えてねぇじゃねぇか」


「動揺した?ねぇ、動揺した?」


 声だけでニヤニヤと笑っているのがわかる。


「もういい。先に行く」


 イラっとして、扉に向けて歩き出す。


「わーっ!?うそうそ!ごめんってばー」


「ごめんですむなら衛兵はいらねぇんだよ」


「ここには衛兵なんていないもーん」


「あばよ」


「待ってぇー!?」


 後ろから抱き締められる。

 背に受ける柔らかな感触を、努めて意識から外す。

 足を踏み出そうとしても、一歩も体が動かない。

 体からミシミシと嫌な音が鳴る。


「おい、力加減忘れてんぞ」


「――あっ!?ごめん!大丈夫!?」


 ぱっと離される。


「こんぐらいならな」


「本当ごめん……」


「気にすんなって。ほら、さっさと着替えろ」


「……うん」


 ごそごそと衣擦れの音が響く。

 着替え終わったニルファが、前に体を出してきた。


「大丈夫?」


「平気だ。痛くもねーし、気にすんな」


「本当かなぁ」


「くどいって。ほら、さっさと行くぞ」


「はーい」


 宿屋を出る。

 残り二人の仲間と合流するため、ギルドに向かって歩き出す。


「あんなところに出店あったっけ?寄っていこうよ!」


「もう時間ねぇって」


 感覚的に、もうすぐ第二が鳴る頃だ。

 繰り返しの遅刻は避けたい。


「間に合うって!ねーねー、寄っていこうよぉ」


 袖をぐいぐい引っ張られる。


「ルーンに怒られるぞ」


「あたしには怒んないもーん」


「あいつ、子供に甘いからな」


「子供扱い禁止!」


「そういうとこだろ」


「むーっ!ほら、早く行くよっ!」


 袖がミシミシと音を立てる。

 呆れたやつだが、そんなところがらしく感じて、つい笑ってしまう。


「わかったわかった。破れるから、離せって」


 パッと袖から手が離される。


「ほら、いこっ!」


 代わりに差し出された手を握る。


「へいへい」


 手を繋いで、二人並んで大通りを歩く。


「楽しいねっ、トネ!」


「……そうだな」


 眩しさに目を細める。

 秋の寒さも、二人で歩けば気にならなかった。


 街路樹の葉が赤や黄に色づき、踏みしめる石畳にカサカサと音を立てる。

 通りを行き交う人々の声や、屋台の匂いが、日常の温かさをそっと伝えてきた。




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