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旅する龍と世界の終わり  作者: LFG!


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18/30

13:龍の夜(1)

トネリコ視点に戻ります!



 

 ――音が、遠い。

 風も、光も、すべてがぼやけている。


 ゆっくりと瞼を持ち上げる。

 黒――次いで、白。


 視界の中に、見慣れた修道服があった。

 上体を起こす。

 そこに、ルーンがいた。


「……ルーン」


 声が出ない。

 喉の奥で、言葉が溶けた。


 自然と、青白い頬に手を伸ばす。

 だが――左手に鋭い痛みが走る。


「……あ」


 ぼんやりとしていた思考が、急速に輪郭を取り戻す。

 左の掌が、黄金に輝いていた。


『ここに呼んだ理由はひとつ。目覚めたら、ママを守ること』

『せっかく呼んだんだから!絶対にママ、守るんだよっ!』


 フギンとムニン。――さっきまで、確かにあいつらと話していた。


「……守る、か」


 だが、ルーンはもう――死んでいるはずで。


『いや殺してないし。ただ、ちょっと食べすぎただけだよ』

『それそれ!フギンってそういうとこあるんだよねーっ!』


「……っ!」


 ルーンの体を抱き上げる。

 氷のように冷たい。


 だが――フギンは殺していないと言った。


 左胸に耳を押し当てる。


 ……………………………………………………トクン。


「……ああ……」


 胸の奥が震えた。

 腕の力が抜ける。

 それでも、強く抱き締めた。

 

「……っ」


 涙が頬を伝う。


『特別サービス。ママを絶対に離すなよ』

『特別サービス!死んでも離さないでよねっ!』


「離さねぇよ」


 ――ゴゴゴゴゴゴゴ……!


 大地が鳴動した。

 空気が悲鳴をあげ、世界が轟音とともに揺れる。


 遅れて、衝撃。

 暴風が吹き荒れ、体が吹き飛ばされそうになる。


 ルーンを抱きかかえ、地に伏せて耐える。


 フヴェルミルの中心から、巨大な何かが天へと這い上がっていった。


 土煙が晴れた先に――黒き龍がいた。

 その眼は、天そのものを睨みつけていた。


 ――aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!


 腹の奥を痺れが駆け抜ける。

 鼓膜が破れそうな咆哮。

 耳を塞ぎたくても、塞げなかった。

 代わりに、ルーンを抱く腕に力を込める。


 見上げた瞬間、全身を走る異様な嫌悪感。

 胸が締めつけられ、血の気が引く。


 まるで、皮膚の下の神経一本一本まで、俺の体があの龍を拒絶しているかのようで――目を逸らしたくても、視線が勝手に固定されてしまう。


 理由はわからない。

 けれど――本能が警鐘を鳴らしていた。


「頼まれたって、離さねぇ」


 山よりも巨大な龍を睨み据える。


「来るなら来いよ、糞ったれ。――こいつ(ルーン)は、俺が守る」


 あんな龍、胸に穴が空いたような、あの後悔に比べりゃ怖くもねぇ。


 突風が吹き荒れ、砂が肌を打つ。

 咆哮の余波で暴風が荒れ狂い、目を開けていられないほどの砂が頬を叩いた。


 大地が再び轟音を上げ、崩壊した街並みの残骸が空を渦巻く。

 上体を起こそうとしても、風の圧力がそれを許さない。

 大地は唸り、崩壊した街の残骸が空を渦巻く。


 ルーンを抱き締め、地に伏せる。

 腕の中の冷たさが、決意を鋼に変えていく。


 砂粒が皮膚を打つ。

 息を吸えば砂が肺に入り、咳き込んで痛みが走る。


 砂を吸い込み、咳き込みながらも、視線を逸らさなかった。


 砂煙の向こうで――龍が、遠ざかっていく。


 それだけで、再び大地が裂け、風が暴れる。

 それでも、膝を地につけて耐えた。


 ルーンに顔を寄せる。


 心の奥にあるのは、ただ一つ。

 守る。絶対に。


「こんなん、余裕だぜ……なぁ、ルーン」


 抱いた腕の中で、ルーンが小さく呼吸を始めた。

 冷たかった体が、わずかに温もりを取り戻していく。


 生命を感じる。

 それだけで、体の奥底から希望と力が際限なく湧き上がる気がした。


 次第に地面の揺れが収まり、轟音も遠のいていく。

 荒野の荒れた大地が、少しずつ落ち着きを取り戻した。


 砂煙の匂いと、振動の余韻だけが残る。


「……終わった、か?」


 ルーンを抱いたまま、ゆっくりと上体を起こす。


 龍は森の方角まで飛び去り、奇妙なことに――そこで動きを止めた。


 静寂。

 空白の時間が流れる。


 ルーンの呼吸は安定している。

 意識は戻らないが、血の気がわずかに戻っている。


 もう大丈夫そうだ。


 フギンとムニンが、なにかをしてくれたのかもしれない。


 ニルファとシグは……無事だろうか。

 あの化け物に立ち向かっていなきゃいいが。


 まぁ、大丈夫か。


 大きさが違いすぎる。

 山みたいな龍とどう戦うってんだ。


 相手にもされねぇよ。


 息をつく。


 今は、心配したって仕方がない。

 手の届かない仲間より、まずは目の前の仲間だ。


 今度こそ、間違えねぇ。


 そのまま、しばらく龍の様子を伺っていると――奴が、こちらを向いた。

 ニタリと、嗤った気がした。


 世界が息を止める。


 視界が、薄紫に染まりはじめた。

 ルーンも、俺も。

 肌の下から光が滲み出すように輝く。


 足元が、震えた。


 足元が震え、地面のひび割れから光が漏れた。

 それは次第に繋がり、形を成していく。


 円環。幾何学の線。

 似たものを見たことがある。


 ――これは、魔法陣だ。


 魔法使いが術を放つとき、宙に浮かび上がる独特な紋様。

 だが、規模が違った。

 空を仰ぐ。


 地に走る紋様と同じ光が、天一面を覆っている。

 呼吸を忘れるほどの光景。

 龍のいる森の先から、フヴェルミルの果てまで空が裂けていた。


 誰の仕業か、すぐにわかった。


「……無茶苦茶だろ」


 ルーンを抱き直す。

 指先が震える。


「……まぁ、任せろよ」


 紫の輝きが強まり、空気が震える。

 ピシピシと、世界が軋んだ。


「あんなもん……どうにかするのは、無理かもしれねぇけど」


 世界を包む紫の光が限界まで飽和し――。


 ――雷が、降った。


「お前一人くらいは、守って見せるさ」


 走馬灯のように、世界がスローモーションになる。


 紫の稲妻が、視界一面に落ちてくる。

 目前に迫り、世界が紫で満ちる。


 ――その時、蒼い光が瞬いた。


 小さな化けガラスが、目の前に現れる。


 思考が止まる。

 反射的に、叫んでいた。


「ルーンを守れっ!」


 体の熱が、ゴソッと抜け落ちる。

 蒼が紫を塗りつぶす。

 雷光が弾け、紫電が霧散した。


《君しては及第点》

《頑張ったじゃんっ!》


 続く雷も、蒼の光に弾かれて消える。

 バチチチチッと紫電が走るが、蒼は揺らぎもしない。


《相変わらず、彼女は品がないねぇ》

《ほんっと嫌い~っ!全然反省してないじゃんっ!》


 ルーンを抱いたまま、現れた化けガラスーーフギンとムニンを見据える。


「知り合いなのかっ!?」


《腐れ縁でね。最後に見たのは、五百年前くらいかな?》

《ニーズヘッグだよっ!ずっと寝てれば良かったのにーっ!!》


「止めろって言ってくれ!」


《無駄無駄。彼女、話通じないから》

《無駄無駄!食べることしか考えてないもんっ!》


 問答無用で雷の雨を降らすようなやつだ。

 確かに話は通じなさそうだが――恐怖が、じわじわと焦りを生む。


 そんな時間がしばらく続き、声を上げる。


「いつになったら終わるんだよ!?」


《さぁ? 気のすむまでじゃない?》

《あいつ、すんごくねちっこいの。おまけにしつこいっ!》


 最悪じゃねぇか。


 そう思った瞬間、雷が止んだ。

 パリンとガラスが割れる音がして、世界が色を取り戻す。

 空一面に浮かんでいた魔法陣が粉々に砕け散った。


 ようやく終わった――そう思った刹那。


 ーーaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!


 轟音。

 フギンとムニンが言っていたニーズヘッグの咆哮かと思えば、声音が違った。


 ニーズヘッグの咆哮が天を嘲るようなものだとすれば、これは――慟哭。

 はちきれる悲しみに泣く子供のような声。


 もう一頭。

 ニーズヘッグと比べれば幼体のような、それでも巨大な龍が姿を現れる。


《なるほど。今代は随分と性格が悪いらしいね》

《うわぁ、フギンそっくりっ!ドン引きーっ!》


 フギンとムニンの声が、遠く霞んで聞こえた。


 その姿に、既視感。

 胸の奥が疼く。


 あの姿――どこかで見たことがある。


 それどころか、懐かしいとさえ思える。


 あれは。

 あの龍は――。


「――ニル……ファ?」


 不思議と、そうとしか思えなかった。


 あれは、ニルファだ。

 森で見た姿よりも、ずっと大きく、禍々しい。


 けれど、その姿がかえって――()()()とさえ思えた。


《ファフニール。相変わらず、不憫な子供だ》

《怖がりなんだよねっ!悪い子じゃないんだけどさっ!》


 言い終えると同時に、蒼い光が揺らぐ。

 フギンとムニンの輪郭が、残像のように滲む。


()()()()()()。結構本気でやったんだけどね》

《ありゃりゃっ!久々に出れて、面白かったのになーっ!》


「……帰んのか?」


《うん。王様によろしく伝えといて》

《またねーっ!王様によろしくっ!》


 蒼い光が急速に薄れていく。

 フギンとムニンが、空に溶けようとして――。


《――サービス》

《――サービス!》


 声が重なる。


《運命を信じるな》

《運命を受け入れないでっ!》


 その言葉を残し、光は空へと消えた。


 言葉の意味が気になったが、もう当人たち……当精霊たちは、ここにはいない。

 そんなことより、あの龍――ニルファを助けなければならない。


「問題は、どうやって助けるかだな……」


 空に浮かぶ二頭の龍がぶつかり合う。


 その衝撃だけで、遥か離れたここにも風圧が飛んでくる。

 荒野が唸り、砂塵が舞い上がった。


 無力感が、胸を締めつける。

 どうすればいいかもわからない。


 その時。


 ニルファたちの方角から、白い影がこちらに向かって疾走してくるのが見えた。


「……狼?」


 その風貌を形容する言葉が、他に思い浮かばなかった。


 それは、あまりに巨大だった。


 通常の何倍というレベルではない。

 通常の何十倍もある巨体――その背に、誰かが乗っている。


 距離が詰まるにつれ、その誰かが見知った仲間だとわかる。


「――シグ!」


 シグが驚愕の表情でこちらを見ている。

 風を裂いて迫るその姿。


「……おいおい」


 ルーンを強く抱きしめる。


 次の瞬間、背後に影。

 見上げるほどの巨大な顎が――地面を噛み砕くように迫ってきた。




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