12:太陽と勇者(2)
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闇が蠢き、世界が軋む。
黒泥の翼がはためくたび、空間そのものが震えた。
その中心で、僕は駆ける。
勇者シグンドではなく、ただのシグとして。
「行くよ、シグ!」
「了解――合わせる!」
地を蹴った。
紅が、流星のように闇を貫く。
よろめいた核が黒炎を吐き出し、奔流となってニルファちゃんを呑み込もうとした。
呼応して、グラムを振り抜く。
放たれた光波が黒炎を撃ち抜き、炎は霧散して陽光に晒された霜のように消えた。
「さっすがぁっ!」
「これくらいはね!」
核の懐に潜り込む。
右目の紋章が、最適な切り口を示してくれた。
グラムが唸り、斜め上から袈裟懸けに闇を裂く。
核の左翼が削がれ、泥が飛び散る。
しかし――すぐに再生した。
影が絡まり、断面が蠢きながら元の形を取り戻していく。
「ほんっと、しつこいっ!」
「だったら、消し飛ばすだけだ!」
グラムに魔力を込める。
光波で足りないなら、範囲を絞って威力を上げればいい。
やったことはないが、出来るはずだ。
「グラム――撃ち抜けぇぇぇぇぇぇぇ!」
極光が線状に放たれ、核の右半身を貫いた。
ダメージが大きいのか、再生は遅い。
その隙を、ニルファちゃんは見逃さなかった。
「ナイス、シグっ!」
紅の連撃が炸裂する。
核は体を捻って抵抗するが、半身を欠いたそれは一方的に打ち据えられた。
轟音が響き、核の体が浮き上がる。
ニルファちゃんがその体を蹴り、空へ跳ぶ。
そして、上空から叩き落とした。
地に落ちた衝撃で、核の体から黒泥が噴き出す。
大地が割れ、泥がじくじくと流れ落ちていく。
「シグっ!そいつの真ん中に……何かある!」
「狙うかいっ!?」
「ぶっ壊してやろっ!」
「――了解!」
狙うは中心。
出すは全力。
魔力を込めたグラムが、一際強く輝く。
跳躍。
地に伏した核の中心部へ降り立つ。
不安定な体を踏みしめ、真っ直ぐに――深く、グラムを突き刺した。
「応えろ――グラムっ!」
聖剣から光が、音が、熱が膨張し、核の体を内側から膨れ上がらせる。
光が世界を包み、爆ぜた。
それは咆哮か、断末魔か。
核は光に焼かれ、爆光に呑まれていく。
だが――まだ崩れきらない。
中心部、深紅に輝くコアを露出させながら、なおも形を保っていた。
無数の影の触手が地に根を張り、コアを守るように蠢く。
その時。
上空から一直線に、紅が落ちた。
「これで——終わりっっ!!」
双眸はさらに深紅に輝く。
燃え滾るような血の色でありながら、確かな意志の光。
ニルファちゃんの輪郭が、熱に滲むように揺らめく。
風が巻き上がり、髪と衣が翻るたび――その背に巨大な影が重なった。
それはまるで、大地に堕ちる一頭の龍。
背から突き出す漆黒の翼。
鋼鉄を思わせる紅黒の鱗。
怒りでも憎しみでもない。
ただ、守り、外敵を打ち滅ぼすための威風。
爆ぜる風圧が、暗がりに沈んだ戦場を切り裂く。
一閃。
コアを貫く拳が、地を割った。
ドグン――。
見えぬ波動が走り、空間が歪む。
核の身体が、内側から崩壊を始めた。
泥のように溶け、黒き瘴気が血のように流れ出す。
やがてそれは、大地の亀裂へと吸い込まれていった。
巨体が沈みゆく最後の瞬間、深紅の瞳がわずかに細められる。
その光が、一瞬だけこちらを見たように思えた。
そしてすべては泥へと還り、大地に流れ落ちた。
グラムを大地に突き刺し、屈む。
「……ふぅ。流石に、ちょっと疲れたかな」
心地よい疲労が全身を包む。
長い夜が、終わった。
「おつかれー」
横から声がする。
振り向くと、ニルファちゃんが手を振っていた。
「止め刺したのあたしだから……あたしの勝ちっ!」
「ははっ! そうだね……いやぁ、勇者に生まれて、負け知らずだったんだけどなぁ」
「ふっふー! シグもめっちゃ強いから安心していいよ!」
「そうかい? それは光栄だ」
ようやく、心から笑えている気がした。
ニルファちゃんは遠くのフヴェルミルの街を見つめる。
「トネとルーン、今どこにいるんだろ? 早く会いたいなぁ」
「僕もだよ。とりあえず街に戻ろう。二人も、戦いが終わったことに気づけば戻ると思うから」
「おっけーい」
グラムを還す。
立ち上がろうと地面に手をついた――ネチャリ、と粘ついた感触。
「……?」
手を見ると、黒い泥がついていた。
下を見れば、大地の亀裂を泥がゆっくりと流れている。
――どこに?
いや、なぜ。
「なんで……残ってるんだ?」
呆然と呟く。
嫌な予感が、背を這い上がった。
「どうしたのー?」
街へ歩き出していたニルファちゃんが、こちらを振り向く。
僕は答えず、倒したばかりの核を見つめた。
核はなおも、どろどろと体を崩壊させながら泥を流し続けている。
――なぜ、消えない?
本来なら、魔物は倒せば塵となって消えるはず。
瞬間、脳裏を電撃のような記憶が走る。
森で倒した魔喰熊は? 洞窟で見た新種は?
顔を上げ、叫ぶ。
「ニルファちゃんっ!魔物は――倒した後はどうなってたっ!?」
「え?……んー、そいつとおんなじ。泥になって死んだよ?」
ニルファちゃんは周囲を見渡した。
「他の人が倒した奴も、全部そうなんじゃない?……シグも同じでしょ?」
心臓が早鐘を打つ。
予感が、確信に変わる。
「僕はっ……違う。グラムで切った魔物は、全部――」
聖剣グラム。
世界樹ユグドラシルより授かった、闇祓いの剣。
「――グラムっ!」
名を呼ぶと、虚空から聖なる剣が顕現した。
握り、振りかぶり、魔力を込める。
グラムが唸る。
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!」
上段から振り抜く。
極光が核を呑み込み――核は光の粒子となって空へと消えた。
疑問が、確信に変わる。
「ど、どうしたのシグ? ……何かあったの?」
答える余裕はない。
足元の泥を見る。
地面の亀裂を伝い、それはフヴェルミルへと流れ続けていた。
「……っ!」
霧の軍勢の侵攻は終わっていなかった。
僕たちが戦っている間も――。
当初の目的通り、街へと進み続けていたのだ。
フヴェルミル――邪龍の眠る街へと。
「グラァァァァァァァァァァムっ!」
魔力を込める。込める。込める。込める。
振り抜いた。
「消し飛べぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
先ほどとは逆に、範囲を広げて光波を放つ。
極光が街へ向かい――ふっと掻き消えた。
その光景に、手遅れを悟る。
「……ぁぁ」
呟いた瞬間――
――ゴゴゴゴゴゴ……。
大地が震動し、空気が鳴動する。
世界が震えた。
轟音とともに、遠くの街の大地が裂ける。
崩壊とともに、濛々と土煙が舞い上がる。
その煙を突き破るようにして、天へと巨大な『何か』が這い上がっていった。
「……嘘」
ニルファちゃんの声が震える。
天を穿った影は、土煙も暗雲も吹き飛ばした。
フヴェルミルの大地を喰い破り、天を駆けるその姿――黒い龍。
山よりも巨大な黒き龍が、全身を天へと躍らせる。
蛇のような首がゆっくりと大地を見渡し――やがて、天を睨んだ。
――aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!
天地を貫く咆哮が、世界の終わりを告げる。
古より伝承される『邪龍ニーズヘッグ』の復活。
それは破壊と終焉の象徴であり――
後に龍の夜と呼ばれる滅びの始まりだった。
♦ ♦ ♦
いよいよ後編スタート!




