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旅する龍と世界の終わり  作者: LFG!


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16/30

12:太陽と勇者(1)

シグ視点です!

 ♦ ♦ ♦




 神殿騎士シグではなく、()()()()()()として戦場を駆ける。


 『聖剣グラム』――世界樹ユグドラシルより授かった、闇祓いの剣を振るう。

 右目を解放した今となっては、この魔の奔流さえも対応の範疇だ。


 遠くを見れば、紅の嵐が魔物を蹂躙している。


 どれほどの時を戦い続けただろう。


 戦況は、既にこちらの勝利へと傾いていた。

 減り続ける魔物に、冒険者と衛兵たちの歓声が強まる。


 その時だった。


 闇の海を割って、怪物が姿を現した。

 ドロドロとしたどす黒い影をまとったその姿には、見覚えがある。


 ――核。


 伝承に語られる三体の邪龍が、その身を無数に分割して生み出した負の残滓。

 邪龍復活のためだけに動く分身たちの中でも、特に強大な存在――それを核と呼ぶ。


 その輪郭は絶えず揺らぎ、無数の怨嗟が集い、形を成したかのようだった。

 凝縮された闇が形を持つ。蠢く黒煙の奥で、深紅の双眸が光を放つ。

 口腔の奥では、獄炎が息づくように(くすぶ)っていた。


 咆哮が空を裂く。


 ――グォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!


 耳をつんざく轟音と共に、大地が震える。


 全身の穴という穴から黒い泥が溢れ出し、地に走る亀裂へと流れ込む。


 泥は魔物を飲み込み、取り込みながら膨張していく。

 まるで、魔の軍勢を統べる王のようだった。


「これが、最後の――一仕事(ひとしごと)かな」


 握ったグラムが低く唸りを上げる。


 剣を構え、一気に駆けた。

 躊躇いはない。


 勇者として。

 トネリコたちの仲間として――この核を討ち滅ぼす。


 それだけだ。


 地を抉るように剣先を垂らし、一息に鼻先めがけて振り上げる。


 聖剣の黄金が閃き、闇を拒絶する光が弾けた。

 視界が一瞬、白く染まる。


 驚愕して、後方へ跳躍する。


「厄介な……っ!」


 切り飛ばしたはずの鼻先に、泥が渦を巻くように集まり、即座に再生する。

 その再生力に舌打ちを漏らした。


 長期戦はまずい。


 身体の奥底に、疲労がじわりと滲み始めている。

 剣を振るたび、腕に伝わる反動が重くなっていくのがわかった。


 再生を許せば、いずれ押し切られる。

 残された余力のうちに、決着をつけるしかない。


 再び構え直し、剣先をおろした――その時。


 紅の閃光が、戦場を横切った。


「シグっ!」


 紅の残光を引き、ニルファちゃんが軽やかに着地する。

 瞳を核と同じ深紅に輝かせながら、にこっと笑った。


「ねぇねぇ、聞いてよ!ここに来るまでにね、すっごく褒められちゃったっ!」


 場違いなほど明るい声に、思わず苦笑が漏れる。


「……それは、良かったね」


「うん!本気出しても、誰も怖がらなかったの!みんな、ありがとうって――笑ってくれたんだよっ!」


 その言葉に、ふと胸を突かれる。


 ルーンとトネリコの言ったことが脳裏をよぎる。

 そうだ。ニルファちゃんは、まだ子供なんだ。


 例え、邪龍の力を宿す核であっても、彼女は――優しい心を持つ、ひとりの少女だった。


「ニルファちゃんのおかげで、どれだけの人が助かったんだろうね」


「えへへ……そんなに、かなぁ?」


 照れたように身をくねらせるニルファちゃんに、心から笑う。


「勿論。助けられた人にとっては、君は英雄のように見えたと思うよ」


「英雄!?……えへ。いや~っ。まぁ、まぁ、それほどでも……あるかもっ!」


「あるさ。君がいたおかげで、僕は戦場の半分を気にしなくて済んだ。――ありがとう」


「まっかせて!あたし――超、強いんだからっ!」


 その言葉の終わりと同時に、三つの火玉が飛来する。


 ひとつをグラムが切り裂く。

 ひとつを紅が穿つ。


 残るひとつを光波が消し飛ばした。


「……無粋だなぁ」


 手慣れた仕草で剣を払う。


 一人じゃない。

 その事実が、張り詰めた精神に僅かな笑みを戻してくれる。


「シグ、最低」


「ええっ!?」


 ニルファちゃんの機嫌が急降下していた。


「あたしの方が強いもん」


 頬を膨らませてそっぽを向く。

 幼さが背に滲み出て、胸の奥が疼いた。


「シグ?……どうしたの?」


 ニルファちゃんが振り向く。


「僕は……なんて愚かだったんだろうって、改めて思ってさ」


「なんで?」


「皆に、ずっと隠し事をして……。上辺だけで仲間面をしてた。そんな僕が――」


「――違うよ」


「え?」


 ニルファちゃんは、ふわりと笑った。


「シグは、ずっと仲間だったよ。あたしたちのこと、いつも考えてくれる……優しい人だもん」


「……」


「お兄ちゃんがいたら、こんな感じだったのかなって思うくらい。多分、トネも同じだと思う」


「トネリコも……?」


「うん。だって、トネっていっつもシグのこと頼りにしてるじゃん。依頼中だって、困ったら真っ先にシグに聞いてたでしょ?」


 胸が熱くなる。


「はは……」


 乾いた笑いが漏れた。


「じゃあ、失望させちゃったかな?」


 冗談めかして笑ってみせたが、自分でもわかっていた。


 きっと今、僕は酷い顔をしている。


 笑い方を思い出せない。

 上手くできない。


 拳を握り締める。

 血が(にじ)むほどに。


「僕は、そんな君たちを――裏切ったんだ」


 言葉にした瞬間、全ての過ちが胸に蘇る。

 自然と俯き、ぽたりと涙が地に落ちた。


「シグってさ……」


 顔を上げると、ニルファちゃんが困ったように笑っていた。


「面倒くさいよね」


「……え?」


「もう終わった話じゃん。いちいち振り返ってる暇があったら――前向こうよ。あたしたちと一緒に、また冒険しよう!」


 差し出された手が、眩しかった。


「明日にはフヴェルミルも出ちゃうかもだしさ。トネとルーンとあたしとシグで――行ったことない場所、行こうよ!きっと、すっごく楽しいからっ!」


 笑う姿が、太陽と重なる。

 ああ、そうか。


 これが、トネリコの言ってた太陽なんだ。


 後悔も絶望も、彼女の光があっけなく塗り替えていく。


 明日が楽しみだと――生きたいと、心の底から思わされた。


 熱が迫る。

 視界の端で、再び三つの火玉が膨れ上がった。


 構えようとした僕よりも早く、紅が三つの火玉を弾き飛ばした。


 ニルファがピースサインを向けて笑う。


「ほら、やっぱりあたしの方が強いじゃん!」


 その笑顔に、最愛の人――ルーンの面影が重なる。


 もし、最初に出会っていたのが太陽(ニルファちゃん)だったら、

 僕は、どちらを愛したのだろう。


 胸の奥が熱くなる。

 だがそれは、悲しみではなかった。


「ニルファちゃん」


「なにー?」


「僕は、誇らしい。君たちと一緒なら、何だってできる――本気で、そう思えるんだ」


「えへっ。そうでしょ?」


「ああ。君たちと冒険できることに、心から感謝してる」


 涙はもうない。

 あるのは、確固たる決意だけだ。


 ――グゥゥゥ……ォォォオオオオオオオオオオッ!!


 空気がねじれ、霧が悲鳴を上げる。

 咆哮が世界の皮膜を裂き、全てを震わせた。


 核が、咆哮と共に無数の火玉を放つ。


 グラムを構える。

 紅が拳を構える。


「やっと『本物』になれたんだ。邪魔するなら、消えてもらうよ」


「トネとルーンが待ってる。最短最速で――終わらせちゃうからっ!」




 ♦ ♦ ♦

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